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第三夜 貴族ノ娘 之夢3


 神女に選ばれ、玉兎……否、永夜子の生活は一転した。


 まず、住まいを離れから本邸に移され、世話役として数人の巫女が付けられる。屋敷の人間の大半は奴隷同然だった永夜子が神女に選ばれたと知って戦々恐々となった。姿が見えると地面に額を擦りつけて平伏するようになり、関わることは一切なくなった。

 帝の命を受けて派遣されてきた巫女達は近衛兵のように彼女の周りに控え、食事も豪華になり、隙間風の入らない部屋の暖かな布団で毎日眠っている。


 視線を避けようとせっかく伸ばしていた前髪はばっさりと切り揃えられてしまったが、代わりに帝からかつぎ(頭にかぶる衣服・薄布)を賜っている。逆に悪目立ちしている気がしなくもないのだが、無いよりはましだといつ何時もそれを被って生活していた。


 しかし、それで永夜子が幸せになったかといえばそうではない。

 何故なら最も嫌う人の目に晒されている。人の中心に立たされている。自室にいてもどこかしらに感じる人の気配は永夜子は精神をすり減らす。離れで生活したくとも、受け入れられるとは到底思えなかった。

 毎日行われる勉強は以前と同じで他人の視線があるだけ覚えられないし、楽器も弾けない。何度も同じ場所で間違う永夜子だったが、巫女たちは「何度でも教えますわ」と微笑む。

 

 今日も琴の練習をしたが、何度も間違って一進一退を繰り返す。そうしている間に勉強時間は過ぎ、休憩時間だと巫女が去った部屋で落ち込んでいると、どこからともなく琴の音が響いてくる。それは先ほど永夜子が練習していた楽曲であるが、永夜子とは異なり一度も間違えることなく曲を奏でていた。


「まぁ、卯の花様ね」

「流石、都でも五指に入る腕前と言われているだけあるわ。なんて美しい旋律なのでしょう」

「本当ね。それに比べて……」


 その後はクスクスと笑う声。濁しているのは敢えてだろう。

庭から聞こえてくるのは侍女なのか巫女なのか、永夜子には分からない。そもそも巫女たちも女神の眷属にして、神女候補でもあった身だ。それ相応の教育を受けてきたというのに、選ばれたのは容量の悪い半ば見捨てられていた子供。派遣された巫女だからといって、味方とは限らない。その証拠に彼女たちが永夜子と親しくなろうという素振りは一切見せなかったし、感じる視線は『これ位どうして出来ないの』という冷嘲が浮かんでいた。

 

(どうして私なんだろう)


 手鏡を手に取り、自分を映す。映るのはあどけなさを残してはいるが窶れてどんよりとした暗い顔。美女と呼ばれる母の血を受け継いでいるとは思えない顔立ちは、丸顔でのっぺりとした父に似ていた。どう考えても、この世の美しさを全て集めたような美しい帝の傍に侍るには相応しくないと自覚していた。

 それに、人目に晒されるは今でも怖い。帝の妻となったら政などで人前に出ることになると聞いている。そんなの耐えられる訳が無い。

 

 琴の音が止む。拍手を送りたくなる程見事な腕前であった。それを弾いたのが実姉であることは間違いなく、これが当てつけの為に奏でられているのは永夜子もわかっていた。


(……お姉様……)


 周りから永夜子と呼ばれるようになって以来、姉はあからさまに妹を敵視するようになっていた。見掛けてもこちらを睨むか無視するか。自身が神女であるという絶対の自信をもっていたのに、見下していた妹を敬わなくてはならなくなったのだから、それも仕方がないだろう。本来であれば神女に対してその様な態度は不敬に当たるが、永夜子は告げ口をすることはしなかった。

 

 恨まれて当然だ。どう考えても自分は神女に相応しくない。美しく、聡明なお姉様こそ神女に相応しい。

 それなのに。


 思いに耽り、深く大きな溜め息を吐く。巫女から帝の来訪を告げられたのはそんな時だ。


「永夜子」


 来訪の報がもたらされて、暫く経ってから帝が来訪する。開口一番、永夜子の名を告げながら帝は辺りを照らすような輝かしい顔に笑顔を浮かべて入室してきた。以前は平伏して出迎えていたが、「永夜子が平伏する必要はない」と言われたので、正座して出迎える。


「こ、こんにちは、透明すみあきら様……」

「ああ。変わりないか?」

「あ、は、はい……」


 永夜子は透明に会うときもかつぎを被る。視線が気になるならそうして良いと帝本人が許可したからだ。透明は幼い永夜子の体を抱き上げ、胡座をかいた膝に乗せながら会話する。これが透明が来たときの決まりであった。


「と……透明様……」

「なんだい、永夜子」

「お、お願いが……ございます……」

「うん」

「わ……わたしを、神女の、お役目から」

「駄目」


 まだ言い終わってもいない内から断られる。当然だ、このお願いは会うたびにしているものなので、最早挨拶と同じだ。そして透明の答えるも同じ。


「永夜子の願いは何でも聞こう。だが、君が永夜子でなくなることだけはできない。君以外には永夜子にはなれないし、君は永夜子にしかなれない」

「け、けど……」

「そもそも、神女はその者の能力や才能を見て選ばれてなるわけでは無いのだからら代わりは利かないのだ。永夜子になる者は生まれる前から決まっている」

「え……?」

「君があまりにも神女を降りたいなどというから、もしかして()()()とそちらでは神女の存在にいくらか誤解があるのではと気付いてな。その表情を見るに……やはりな」


 これまで何度となく神女辞退を申し出て、いつもは「君以外神女はありえない」で終わるのに、初めての聞く話だ。


 神女は帝の宣託により夜の女神の眷族から選ばれる、というのが一般常識で、生まれた時から決まっているというのは初耳である。


 それでは、幾ら自分が辞退を望んでも辞退できないではないか。いや、そもそも神女であるとどうやってわかると言うのだろう。光明の男神の末裔にしかわからない何かがあるのかもしれないが、人より考えの浅い永夜子には想像もできない。

 だが、もしかしたら透明が神女の選定を誤っている可能性も否定できないのではないか。それはけして口にすることはできないが、僅かな希望となって胸の内に燻る。


「自信が無いのだろうが、私にはわかる。そなたは永夜子だ。案じることなく、私に身を任すといい」


 言って、手に触れるだけの口づけを落とされる。一気に顔が熱くなり、帝の手から逃れるがそうしてから帝に対して無礼なことをしてしまったと顔を青くする。しかし透明は気にした様子もなく微笑んでおり、永夜子の一挙一動を楽しんでいるようにも見えた。


「失礼いたします。茶をお持ちいたしました」


 戸が開く。入ってきたのは侍女でも巫女でもない、卯の花だ。本来であれば茶を出すなどこの家の娘である彼女の仕事ではない。彼女も黒髪黒目の女神の眷族の一人として神女に従事しているかと言われればそう言う訳でもない。その証拠に、卯の花は白と黒の巫女服ではなく、色鮮やかな派手な着物を身に纏っている。その意図は、透明の目に留まることを望んでいることは火を見るよりも明らかだった。


 透明は卯の花をちらりと一瞥し、眉間に皺を寄せたあと、顔を曇らせて永夜子を見やる。


「永夜子、私からの贈り物は気に入らなかったのかい?」

「え?」

「あの者が着ているものは、永夜子に贈ったものだ。どうしてあの者が着ている? いや、そういえば、君はこのかづき以外、私からの贈り物を身に着けているのを見たことが無いな。どうしてだい」

「え、あ、え……?」


 御簾の向こうで平伏している姉の姿を見、透明を振り返り、責められている雰囲気に俯く。

 確かに永夜子が着ているのは父から当てがわれた若緑色の着物。派手さを好まない永夜子は好き好んで地味な着物を身に纏っている。しかし、神女になって一カ月程経つが透明から贈り物があったなど初耳だった。贈り物があったのを知らなかったのだから着ていなくても当然なのだが、これでは帝からの贈り物を無碍にしたとみられてもおかしくはない。


「発言をお許しください。贈り物は確かに妹が頂戴いたしましたが、自分の身に合わないからとわたくしに譲ってくれたのです。妹を責めないでやってくださいませ」

「……本当か?」


 すかさず卯の花が口を出した。訝し気な問いに、戸惑いながら頷く。勿論違うのだが、長年虐げられてきた永夜子には、彼女たちの言葉を否定するという術を身に付けてはいなかった。それに、豪奢な着物はどうみても卯の花に似合っていた。地味で不細工な自分が着るよりは着物も満足だろう。


 はあ、悩まし気な吐息が降ってくる。呆れられた。胸の奥がずんと重くなる。


「そうならそうと言ってくれ。私が永夜子の為にと贈ったものを他人が纏うのは不愉快極まりない。だが、永夜子が下賜したというのなら仕方がないが、こういうことは二度とあってほしくない」

「も、申し訳ありません……」

「ああ、違う、君を責めたわけではない、だが、永夜子には私が贈ったものを身に着けてほしいのだ。さあ、永夜子。君は何が欲しい? 着物でなければ髪飾りか、遊戯板か、菓子か?」

「え……い、いえ、欲しいものは、特に……」

「誠か? 女子とは、着物や飾りを好むのではないのか?」

「そ、そうなのではないでしょうか……た、多分……」

「その他大勢の意見はどうでもいい。私は君の意見を聞きたい」

「そ、そういわれましても……欲しいものは……特には……」

「……君は欲がないのだな。わかった。欲しいものが思い付いたら遠慮なく言うように。よいな?」

「は、はい……?」


 透明がそこまでする理由がわからないが、どこか懇願にも似たそれに圧し負けて頷く。その返事に満足したように頷くが、室内にまだ卯の花が平伏していることに気付いた透明がすっと目を細めた。

 

「まだいたのか。茶を置いたらさっさと下がれ」

「あ、あの、今日は琴などいかがでしょうか? お話しだけではつまらぬでしょう? わたくしは琴の腕前は楽人たちからも評判で」

「永夜子との逢瀬に雑音は邪魔だ。もう一度言う、下がれ」


 雑音。卯の花の腕前は占いを得意とする一族でありながら、帝の専属楽師にも引けを劣らぬと評判であり、楽師の道もあり得ると噂されていることは永夜子も知っていた。その卯の花の楽器を雑音を邪魔だと宣言したことに、永夜子は驚きを隠せず、透明を見、姉を見た。


 卯の花もここまであからさまに拒絶されるとは思っていなかったのだろう。体は平伏したままで上げた顔には信じられないと言わんばかりに愕然としている。透明の鋭い命に悔しそうに下唇を噛み、潤んだ瞳で永夜子を睨みつけたかと思うと「御前を失礼します」と悔しさをにじませながら退出して行った。


「……全く、あの母娘は懲りていないようだな。安心しろ、永夜子。私は永夜子以外に興味はない」


 姉に睨まれた折、無意識に透明の着物を掴んでいた。頼られたのが嬉しかったのか、その手を愛おし気に撫でた透明の瞳は永夜子を真っすぐ見る。それは間違いなく実直で、永夜子しか映していない。というのに、永夜子は言い知れぬ不安に襲われる。


 何故だかわからない。が、透明は永夜子を見ているようで永夜子を見ていない。まるで永夜子の体の中を見透かしているようで、背中に冷たいものを走らせる。永夜子はただ、俯いた。



 それから暫く経ったある嵐の晩のことである。

 全てを吹き飛ばすような暴風と闇を裂くような稲妻が都を襲った。

 多くの建物や人に被害が起きたが、中でも被害を被ったのはとある緑の一族の屋敷であった。巨大な雷が屋敷に直撃し、全焼、住人全員が焼け死んだという。

 その中には、神女と噂される娘が焼け死んだと噂されているが、真実は定かでは無い。

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