九話 ナンパが許されるか否かは顔次第
昨日、俺が考えたことを丸沢に話す。
風俗は最終手段として、出会い系も怖い。ナンパだってできない。
「ナンパと出会い系はまずいかもだけど、素直に風俗行っとけば?」
「軽蔑しないのか? 女って、風俗に行く男は嫌いかと思ってた」
「あたしも基本は嫌いだよ。でも、性犯罪に走られるくらいなら風俗の方がマシ。彼氏が、あたしを放って風俗行くって言い出せば怒るけど、他人の行動にまで文句つけるほど狭量じゃないって」
「実は、今日もさ」
風俗街を下見しに行ったことを教えた。
スーツを着ているのだって、身だしなみを整える目的だと。
「あたしとのデートに張り切ってるのかとばかり。髪も切ったみたいだし」
「デート? ただの飲み会だろ?」
「遊佐がデート気分なら、『勘違い乙』って言ってやろうかと思ったね」
「性格わりいな」
「デートじゃないにしろ、女と待ち合わせの前に風俗に行く方が性格悪い」
「下見な、下見。店に入ったわけじゃない」
「似たようなものよ。キモ」
風俗に行けって言ったかと思えば、下見に行ったって話すと怒る。
俺の行動は、どう考えても好意的に受け止めてもらえるものではないが、狭量じゃないと口にした矢先にこれだ。女心はよく分からん。
「とにかく、風俗は最終手段だ。童貞さえ捨てられればいいとは思ってなくて、恋人が欲しいんだよ」
「相手は? 身の程知らずな条件を出してたけど」
コンビニの店員である三屋村さんのことを話す。
行きつけのコンビニに綺麗な女性がいるから、できればその人がいいって。
「相手がいるなら、声かければいいじゃない」
「俺にできると思うか? できたとして、相手をしてもらえると?」
「ただしイケメンに限る」
一昔前に流行したセリフを言われてしまった。
悔しいが正論だ。ナンパが成功するかどうかは、結局のところ顔だ。
女性を楽しませる抜群のトーク力があれば、平凡な顔でも可能性は生まれる。俺にはトーク力もないけどな。
あるいは、回数をこなすか。質より量だ。
下手な鉄砲を数撃って当てるつもりで、百人でも千人でもナンパし続ければ、いずれ成功するだろう。俺でもいいと言ってくれる物好きも、どこかには存在する。
たった一人を狙うのであれば、俺には荷が重過ぎる。
ナンパ失敗で済めばいい方で、ストーカーやレイプ魔扱いされても驚かない。
さすがに失礼過ぎる感想か? だが、肌綺麗がセクハラになる世の中だしなあ。
「俺の先輩の小林さん、知ってるか?」
「急に話が変わったね。知ってるけど。あの人、イケメンだよね。遊佐の上司の新田さんもイケメンだし」
「小林さんが奥さんと知り合ったきっかけは、逆ナンだ。学生時代、小林さんがコンビニでバイトをしてた時に、奥さんから逆ナンされたんだと」
「納得。あれだけイケメンなら、そりゃあ女も逆ナンするわ」
「最初は『バイト中なのに邪魔すんな。なんだよ、この女は』とか思ったそうだ。だが、そこから付き合い出して今は結婚してる」
会社の飲み会があった時、色々と話してくれたので覚えている。
三屋村さんに声をかけようとしているのは、この話を知っているからでもある。
「コンビニでバイト中の相手をナンパしても、場合によってはうまくいくって見本があるんだ。つまり、俺にも可能性が」
「ないない。ナンパと逆ナンじゃ話が違うし、さっきも言ったけど、ただしイケメンに限る、だよ。遊佐じゃ無理」
「そこで相談なんだよ。どうすれば成功するか」
声をかけるだけなら、俺が勇気を振り絞ればなんとかなる。
が、ほぼ確実に失敗する。賭けてもいい。
三十路のおっさんでイケメンでもなく、特別な地位や能力を持っているわけでもないのに、若くて綺麗な女性が受け入れてくれるか?
どう考えてもノーだ。
「丸沢も女だし、女の立場から見て成功しそうな方法を、ぜひ」
「無茶振りもいいとこだね。そんな都合のいい方法、ないよ」
「そこをなんとか。この通り!」
俺が拝み倒せば、丸沢は冷めた目で見つつ深いため息をついた。
「なんであたしがこんなこと……何度聞かれても無理。方法はない。意地悪で言ってるんじゃないよ。逆に聞くけど、あたしが同じこと言い出したらどう? 若いイケメンを逆ナンしたいから、男の立場から見て成功しそうな方法を教えてって」
少し考えてみるが、考えるまでもなかった。
無理だって言う。夢見てないで、自分に合った男を捕まえろって。
酒とタバコをやめるって手もあるが、それは正直ナンパの成功率には関係しない。相手は丸沢の趣味なんて知らないんだから。
男からすれば、どう見ても若くなくて美人でもない女から声をかけられてもお断りだ。
イケメンなら女にも不自由しないだろうし、丸沢なんか相手にしない。
「無理か……」
「そゆこと。素直に風俗行っとけば? プロのお姉さんが相手してくれるよ?」
「風俗……それしかないか……でもなあ」
俺のプライドが。見栄が。
丸沢にこんな相談をしている時点で、プライドも見栄もあったもんじゃないが、なんか違うんだよ。
「都合よく、美少女が言い寄ってきてくれないかなあ」
これはこれで、プライドの欠片もない発言だが、つい妄想してしまう。
自分から一生懸命に行動して、どうにかこうにか女性を捕まえるのは、なりふり構わず必死になっているように見える。見苦しいし情けないしダサい。
それよりも、普通にしているのになぜか美少女からモテモテになる方が気分よくなれる。クールな男を気取りつつ「フッ」って笑うとか、イメージが簡単に湧く。
俺にそんなつもりはないんだがなあ。なぜか女が俺に惚れるんだよなあ。俺の体は一つしかないのに、辛いぜ。困ったもんだぜ。
性格が悪いと言われようとも、人生で一度は使ってみたいセリフだ。
今日買ったラノベの主人公も美少女から言い寄られていたが、読者の気分をよくするための措置だろうな。
自分から積極的に行動できる男も格好いいと思うがウケないのかね。
「キモい妄想だね。しつこいけど、ただしイケメンに限る」
「そんなことはないぞ。ほれ」
カバンから文庫本を取り出して、丸沢に見せる。
「遊佐、こういうの読むの?」
「普段は読まないが、今日は時間を潰すために買った。内容はともかく、美少女ヒロインが大勢登場しているのはいいな。好きな奴なら絵だけでも買う価値はある」
「ふうん……あたしは興味ないけど、それが?」
「この主人公は、美少女から次々に言い寄られている。基本的に自分からは行動せず、ヒロイン側から言い寄ってくるんだ。イケメンじゃないのに」
「いやあの、フィクションと一緒くたにされても……遊佐ってさ、魔法使いの件もそうだし、現実と妄想の区別がつかない人間?」
魔法使いを信じていた手前、自信を持って答えにくいが、区別はついている。
このラノベだって、作者の夢と妄想と欲望が詰まった内容だと理解している。それが人気を博しているのだから、読者の夢でもあるんだろう。
俺も同類だ。美少女から言い寄られることを望んでいる。
ただし、夢は夢。現実に起きうる話じゃない。
それでも、思ってしまう。
イケメンじゃない男がモテモテになっているなら、俺だって。
まさしく、そう思わせるために書かれているし、まんまと罠にはまっているのだろうが。
「区別はついているが、羨ましいとは思うな。モテモテになりたい」
「モテモテになっても、最終的に選べるのは一人でしょ? 余計に辛そうだけど」
「このラノベに関してなら、ハーレムOKの世界観だから一人を選ぶ必要はない。言い寄ってきたヒロインは全員手籠めにしてる」
「遊佐はハーレム願望があるの? 処女厨なのもキモいけど、ますますキモい」
「処女厨じゃないぞ」
キモいのは自覚しているので、言われても構わない。
処女厨と誤解されるのは嫌だし、これだけは訂正した。
処女厨の定義なんて知らないが、俺が思うに断固として処女しか認めない男のことだろう。
俺の場合は、処女であればベターなだけだ。何がなんでも処女にこだわりを持つわけではない。
「処女厨を否定してハーレム願望を否定しない……あたし、友達やめよっかな」
「現実でハーレムを作ろうとか思っちゃいないって。俺には作れないし、日本じゃ一夫多妻は認められてないし」
「作れるなら作るの?」
「最近、自分の性格がいかに悪いか自覚した。だから自信を持って作らないとは言えない」
「バカ正直なのは、いいのか悪いのか……」
なんとも言えない顔になった丸沢が、本を突き返してきた。
「ハーレムを作りたいなら、風俗で我慢しといて。お願いだから。よく知らないけど、ああいうお店ってお金さえ払えばハーレムっぽいプレイもできるんじゃないの? 実際にハーレムを作ろうとしたり、二次元美少女に転んだりするなら、そっちの方がマシ。友達が堕落するのはさすがに嫌だよ」
「転ばないようには気を付ける。童貞をこじらせると、マジで転びそうだし」
「そうして」
話が変な方向に進み、妙案は出ない。
丸沢に相談したはいいものの、飲み会だけして解散となってしまった。