八話 若いと幼いは別物であり幼い女性に手を出す気はない
夜になって、俺は丸沢と飲むために店まで移動した。
俺も丸沢も、高級バーで静かに飲むってことをしない人間だ。
大衆居酒屋で十分事足りる。生ビールと適当なつまみがあればそれでいい。
日本酒や梅酒、ハイボールなんかもたまに飲むが、基本はビールだ。
少なくとも、無駄に金をかけてまで、高級ウイスキーだの高級ワインだのを優雅に飲みはしない。
駅からほど近い場所にあるチェーン店に到着すれば、既に丸沢が待っていた。
私服姿の丸沢って、何気に新鮮だ。
ただの飲み会だからオシャレしているわけでもなく、ごく普通の白いブラウスに黒のタイトスカートという出で立ちだった。
「お疲れ、丸沢」
「お疲れ……スーツなんか着て、どうしたの? 休日出勤だった?」
「中で話す」
挨拶もそこそこに店に入り、席に案内してもらう。
注文するのは、当然生ビール。それと食べ物を適当に。
二日前と同じように乾杯してから、丸沢が話を切り出す。
「それで、あの相談はマジで言ってんの?」
「マジもマジ、大マジだ」
「うん、死んでどうぞ」
にっこり微笑みながら、物騒な発言をされてしまった。
お怒りはごもっともだと思うが、こちとら真剣に悩んでいるんだよ。
「まあ、そう言わずにさ。今日は特別に、俺が奢る。相談に乗ってもらえるなら」
「乗る!」
現金な奴め。奢りだって知った途端に態度を変えやがった。
「ついでに、これも買っておいたぞ。俺からのプレゼントだ」
「セッタじゃん! 遊佐、分かってるね! もうなんでも相談に乗っちゃうよ!」
鞄からタバコのカートンを取り出して渡せば、丸沢はますます目の色を変えた。
宝石だの洋服だのよりも、酒を奢ってタバコを渡せばいいんだから、楽っちゃ楽な奴だ。
ちょうどタバコがなくなったのか、自分のをぐしゃりと握り潰して、俺があげたカートンを開ける。
本当に嬉しそうな顔だ。
女性にプレゼントを渡して喜んでもらえるのは、男冥利に尽きる話のはずなのに、妙に悲しくなる。
お前はそれでいいのか? いいんだろうな、きっと。
一箱だけを残し、他はポーチの中に雑に放り込む。
丸沢のポーチの中が見えてしまったが、タバコと財布しか入ってねえ……
女性なら、他にもあれこれ持っているものじゃないのか? 化粧品とか香水とかリップクリームとかさ。
最低限、ハンカチとポケットティッシュくらい持っておけよ。
「覗き見するな、変態。言っておくけど、ハンカチは持ってるからね。ポケットに入れてあるの」
「安心したが、化粧品は?」
「会社じゃないんだし、面倒。今だってすっぴんだよ」
「すっぴん? にしては……」
会社で会う時と、さほど変わらない気がする。
普段から厚化粧をしているわけじゃないんだろうが、変化に気付かないほど俺が鈍いのか?
「意外とって言うと失礼だが、肌綺麗だな。化粧で誤魔化さない三十代女の肌なんて、もっとボロボロだと思ってた」
「本気で失礼だね」
こんなに失礼な口を叩けるのは、相手が丸沢だからこそだ。
他の女性には言えない。友達でも会社の同僚でも。
母親なら言えるかもだが、母を女に分類するのは俺のプライドが許さん。普通にないだろう。
「だってお前、あれだけ盛大に飲み食いしておいてタバコも吸って、不摂生の極みみたいな生活だろ? なのに肌が綺麗とか詐欺だ」
「褒めてくれたのはありがとう。ただ、一つ忠告しておくと、褒め言葉でも人によってはセクハラって受け止めるからね」
「肌綺麗もか?」
「肌綺麗も。どういう風に受け止めるかなんて、それこそ人次第だしね」
男にとっては生き辛い世の中だ。
こんな感じで雑談をしつつ、ビールとタバコ。いつも通りだ。
「あたしの肌もねえ、やっぱ若い子には負けるよ。姉の娘、つまりあたしの姪っ子がいるんだけど、若いから肌もツヤツヤスベスベなの。まだ八歳でさ」
「それは、若いじゃなくて幼いだ。子供と勝ち負けを競うのが間違ってる」
八歳の子供に肌の綺麗さで太刀打ちできる三十代女性。
その方が怖い。人間じゃなくて化け物だ。
「八歳の肌に興味ないの? マジで綺麗だよ?」
「どれだけ鬼畜な男だと思われてるんだよ。俺の性格を素晴らしいとは言わないし、むしろ悪いが、八歳の女の子に手を出すほど落ちぶれてない」
「ふうん、少し安心したかな。遊佐がもし、『童貞捨てたいから姪っ子を紹介しろ』とか言い出したら、警察案件だった」
「つうか、八歳を女として見る奴がおかしい」
いくらなんでもあり得ない。気持ち悪い。
個人の性的嗜好で片付けられる範疇を超えている。
二次元限定ならまだ許せるが、現実にまで持ち込まれればそれこそ警察案件だ。
俺にも姪っ子がいて、まだ一歳半でめっちゃ可愛い。あれは天使だ。
もう少し成長したとしても、女として見ることはないと断言できる。
「若い方がいいんでしょ?」
「若いと幼いは違うっての」
若い方がいいってのは男としての正常な感情で許されても、子供はダメだ。
俺も子供は好きだし可愛いと思うが、性的な目で見ているわけじゃない。
「じゃあ、遊佐の言う『若い子』はいくつ?」
「二十歳過ぎ。大学生でも社会人でもいいが、高校生以下はないな。最低でも成人していてもらわないと困る」
「あたしに対する嫌味か! あたしゃあ、どうせ若くないよ!」
俺に文句を言って、丸沢はビールをあおった。
こいつにも女らしい悩みはあるんだな。
「両親にも諦められ始めてて、あたしは結婚できないと思ってんの。姉は結婚してるし孫もいるから、それで我慢するとか。三十二歳ならまだ余裕で間に合うっての! 女として現役だい!」
「結婚願望、あるのか? 一昨日は、今の生活が気に入ってるって言ってたが」
好きに酒を飲めて好きにタバコも吸える生活は、結婚したらできなくなる。
丸沢に耐えられるとは思えない。
酒とタバコを我慢するくらいなら、独身生活を満喫する方を選びそうだ。
「結婚願望はあるよ。結婚こそが女の幸せだ、みたいな古臭い常識を持ち出すつもりはないけど、人並みに結婚したいと思う。子供も欲しいしね」
「酒とタバコ」
「だから、そこが問題でさ。あたしの命の源であるお酒とタバコ。この二つと結婚を天秤にかけた時、どっちに傾くかっていうと……難しい」
命の源かい。俺ですら、そこまでは言わんぞ。
「許してくれる旦那を首尾よく捕まえたとして、妊娠中はさすがに我慢しないといけないしな」
「そう! そこ! 女って不便。男が妊娠してくれればいいのに」
「無茶言うな」
男の妊娠はともかくとして、丸沢も我慢しようって気はあるのか。
こいつのことだし、妊娠中でもお構いなしかと思った。
酒やタバコを続けて、確実に子供への悪影響があるとは限らない。健康な子供が産まれてくれるかもしれない。
逆に、酒とタバコを我慢したからって、健康になるとも言えない。
あくまでも確率の問題なんだから、どうでもいいって言いそうなイメージがあったんだ。
偏見だったな。申し訳ない。
「丸沢のこと、見直した」
「藪から棒に何?」
「なんでもない。てか、丸沢の結婚願望はいいんだよ。俺の相談に乗ってくれ」
「遊佐が聞いてきたくせに……で、相談ってあれだよね?」
いよいよ本番だ。夜は長いし、せいぜい付き合ってもらうぞ。