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三話 絶望

「すみません……今日は休暇を取らせてください……」


 九月十八日、火曜日。

 休みが終わり、本来なら出社しなければならないが、それどころじゃなかった。


「はい……はい……ええ、調子が悪くて……」


 体調不良を理由に休ませてもらおうと、上司に電話をかけている。

 電話越しの上司からは「三連休に遊び過ぎたか?」とからかうような声がした。


 土日に、敬老の日で祝日だった月曜日と合わせて三連休。

 いつもの俺なら、三連休を満喫しただろう。遊びに行くか飲みに行くか、部屋にこもってゲームをするか。

 だが、この三連休は……


「はい……え? いや、そこまででは……大丈夫です……多分」


 俺があまりにも沈んだ声になっていたからか、上司もからかうのをやめて、本気で心配し始めていた。

 上司はいい人なんだよ。仕事もできるし部下の面倒見もいいし、真面目一辺倒でもなく冗談だって言える。

 仕事が行き詰まっていて深夜まで残業した時とか、わざとバカなことを言って空気を明るくした。あの時は、チームメンバー全員で爆笑したな。


 気遣いのできるいい男って感じの人だ。尊敬できる上司だ。

 それだけに、心配をかけて申し訳ない。しかも、こんなバカバカしい理由で。

 明日は出社できると思うので、今日は休ませてください。


 上司への連絡を終えた俺は、スマホの電源を切ってカーペットの上に放り捨てた。誰かから連絡がきても、今は対応する気分じゃない。

 顔を洗わず、歯も磨かずに、ベッドに戻る。

 今の俺は、おそらく酷い顔をしていると思う。死にそうな顔だ。

 こうなっているのは、魔法を使えなかったから。


 一昨日、俺は童貞のままで三十歳の誕生日を迎えた。

 魔法使いになれると喜んだものの、結果は惨敗。魔法は全く使えなかった。

 一縷の望みをかけて、昨日も試してみたが変わらず。


 絶望だ。完膚なきまでの絶望。

 童貞のままで三十歳になったにもかかわらず、俺は魔法使いになれなかった。


「なんでだよ……嘘だったのか……?」


 思わず愚痴がこぼれてしまった。

 俺だって、現実と妄想の区別はついている。三十歳童貞が魔法使いになれるなんて、あまりにも非現実的だと思っている。


 それでも、だ。

 俺は信じていた。非現実的でもなんでも、魔法使いになれるって。

 信じていなきゃ、誰が三十歳まで童貞を貫くものか。人並みに性欲は持っているし、恋人が欲しいとか性行為をしたいとか思うのに、我慢するわけがない。

 俺は特別にイケメンではないが不細工でもないので、その気になれば恋人だって作れるんだ……多分。


 裏切られたという気分が募り、心に暗い影が落ちる。


「ははは……」


 乾いた笑いしか出ない。

 やけっぱちになって暴れられれば、すっきりするのかもな。

 それこそ、魔法をぶっ放しまくって世界に復讐するとか。


 魔法使いになれなかったから絶望しているのに、魔法を使って復讐とか矛盾している。

 だが、怒りや絶望によって力が目覚めるのもありだ。


 魔法という無敵の力を得た俺は、世界に復讐する。

 魔法使いになれたとしても、それは結果論だ。一度裏切られた事実は消えず、俺が変質したのは世界が悪い。俺に絶望を与えた世界が。


 俺を裏切った世界なんか知らない。全部壊れてしまえばいいんだ。ってな。


 つうか、こんな性格だからか?

 どこまでも身勝手で傲慢。独断と偏見に満ちた考えで行動し、魔法を悪用しようと考える性格だから、魔法使いになる資格を得られなかった?


「そんなつもりはなかったんだ……俺はただ、ちょっとした魔法を使って日常を楽しくできればって……」


 魔法使いになれたとしよう。俺は何をしたい?

 そう考えた時、これといった目的も目標もないんだ。


 使える魔法にもよるが、やろうと思えば色んなことができるようになるはずだ。


 テレビに出演し、魔法を披露して目立って有名になる。

 魔法の力を悪用し、宝くじを当てたり株で一儲けしたり、お金を稼ぐ。

 悪い奴、気に食わない奴を片っ端からぶっ飛ばして、正義のヒーローごっこで気持ちよくなる。

 困っている人を助ける。美少女を手に入れる。

 世界の頂点に立ち、指導者として人々を教え導く。


 自分の欲望を満たす行為をやりたい放題だ。無法の限りを尽くしたって、誰も俺を咎められない。

 魔法なんて未知の力を想定した法律は存在せず、俺に勝てる奴も存在しない。

 俺は魔法使いだ。選ばれし特別な人間だ。まさしく、物語の主人公のように。

 これ以上の快楽はないよな。すげえ気持ちいい。


 やりたいことをなんでもやれてしまうが、俺にそのつもりはなかった。

 何かをするために魔法使いになりたいんじゃなく、魔法使いになることそのものが夢であり目標だった。


 指先から火を灯してタバコに火をつけるとか。

 部屋の中で浮いて宇宙飛行士ごっことか。

 氷を生み出してウイスキーのロックにするとか。


 その程度の、些細なことでよかった。

 些細なことでいいと思っていたつもりだったが、違ったみたいだ。いざとなれば復讐なんて考える奴だった。

 こんな危険人物に、強大な力なんて与えられない。与えたが最後、世界がどうなることやら。

 神様みたいな存在がいるとすれば、許さないに決まっている。


「反省するから……だから、魔法使いに……」


 誰に向かって言っているのか、自分でも分からない。

 神様か、世界か、他の魔法使いか。

 誰でもいい。俺の声が聞こえているなら、この願いを聞き届けてください。


 叶うはずのない願いを抱きつつ、俺はふて寝する。

 上司に告げた体調不良の言葉も嘘じゃない。俺は確かに不調なんだ。

 風邪じゃなく、精神的に落ち込んでいる不調だが。

 何日も会社を休むわけにはいかないし、明日までには立ち直っておかないと。


 魔法使いになれなかった。夢は叶わなかった。

 だったら、新しい夢に向かって。なるべく前向きに。

 そう思えるようになっておこう。

 難しいかもしれないけど。

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