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二十八話 名前負けを気にしていても仕方ない

 休み明けのため、いきなり残業は勘弁してもらった。正月ボケを治すための暖機運転みたいな感じで、本腰を入れて張り切るのは来週からだ。


 俺は定時で帰り、コンビニに寄る。

 丸沢(まるさわ)は一度自宅に帰ってから、俺のアパートにくる予定になっている。場所は覚えたし、一人でも大丈夫だとさ。

 ビールはあるが食べ物が心許ないんで、コンビニで買い足しておく。


 シフトに入っていたのは、三屋村(みやむら)さんと大学生くらいの男性。クリスマス前にもいた二人だ。

 俺は今日から仕事だったが、大学生はまだ冬休み中か。羨ましい。

 買い物かごに、つまみになりそうな物を適当に放り込んでレジへ持っていく。


「あけましておめでとうございます。今日からお仕事だったんですか?」

「そうです。三屋村さんも、あけましておめでとうございます」


 三屋村さんと軽く新年の挨拶を交わして、ついでに雑談も。


「しばらくお会いしませんでしたけど、ご実家に帰られていたんですか? 私のシフトとずれていたのかもしれませんけど」

「帰省はしませんでしたね。用事があったので、こちらに残りました。三屋村さんこそ、シフトに入っていたということは、帰省は?」

「来週末に帰ります。成人式ですから」


 なるほど。正月に帰って、成人式でまた帰るのが面倒とかか。

 実家の場所は知らないが、遠いなら交通費もバカにならないだろうし。


「少し早いですが、成人式おめでとうございます」

「ありがとうございます。といっても、あまり実感はないんですけどね。成人式なんて退屈そうですし、着物を着るのと成人式後の同窓会が楽しみで」

「着物を買われたんですか?」

「レンタルにしておきました。他に着る機会もないでしょうし、買うのはもったいないなって。その代わり、とても綺麗な着物ですよ。今から楽しみです」


 大瀬(おおせ)さんはプレゼントしたがっていたが、レンタルにしたんだな。

 話も終わり、コンビニを出ようとした。

 が、余計な邪魔が入る。


「お客様、あまりうちの店員に付きまとわないでください。ストーカーで警察に訴えますよ」


 俺に忠告したのは、アルバイトの男性店員だ。


「はい?」

「ストーカー?」


 俺、三屋村さんの順に疑問の声を漏らし、お互いに顔を見合わせる。

 何を言っているんだ、って。


「私は別に、ストーカーでは……」

「以前もそうでしたが、いい歳をしたおじさんが大学生の女性に付きまとうとか恥ずかしいです。プライベートな情報まで聞き出して、完全にストーカーじゃないですか。俺は、こんな大人にはなりたくないですね」

「すみません」

「出禁にしますよ。さっさと帰ってください」


 たかがアルバイトに、出禁にできる権利があるとも思えないが、三屋村さんを助けようとしているのは分かる。

 俺が三屋村さんを狙っていたのは事実だから、完全に誤解とも言えない。

 大人しく謝罪しておいて、帰ることにした。





「てことがあったんだ」


 俺のアパートで丸沢と飲みつつ、先ほどコンビニであった出来事を話した。


「それで引き下がっちゃったの? 情けない。生意気なガキに、ガツンと言ってやればよかったのに」

「あながち誤解でもないからな。俺は確かに三屋村さんが好きだったし」

「だからって、ストーカー扱いされていいの?」

「三屋村さんか大瀬さんが言ってくれるだろ。ストーカーと思ってる人間の言い分なんか、聞くと思うか? 面倒になるだけだ」

「ムカつかないの?」

「少しだけな。でも、仲間意識みたいなものが大きい」


 全然腹が立たないわけではないが、不思議と悪い感情は持たない。

 俺に余裕ができているからかもしれない。丸沢と付き合っているって余裕が。

 仲間意識とは、彼も三屋村さんを好きだろうから、それを指しての言葉だ。


「礼儀もあったしな。タメ口じゃなくて丁寧語だった。過度に暴力的な言葉も使わなかったし、学生にしちゃあまともだ」

「まともな人間は、碌な根拠もなく人をストーカー呼ばわりしないでしょ」

「ちょっとした暴走だろ。三屋村さんの前で格好つけたくて暴走したんだ。気持ちは理解できる」


 好きな女性の前で格好つけたい。守ってあげたい。

 男なら憧れるヒロイズムってやつだ。


「三屋村さんには大瀬さんがいるし、彼の気持ちが報われることはないが、いい経験だ。一つ大人になるだろうさ」

「恋人ができた途端に上から目線になっちゃって……ダサ」


 丸沢とそんな話をしていれば、俺のスマホに電話がかかってきた。

 相手は三屋村さんだ。


「出ていい?」

「どうぞ」


 一応、丸沢に許可を取ってから電話に出る。


「はい、遊佐(ゆざ)です」

『三屋村です。今、お電話大丈夫ですか?』

「大丈夫ですよ。家で飲んでいるだけですから」

『よかった。先ほどは失礼しました。彼には、私と光河(こうが)さんから言っておきましたので。遊佐さんはストーカーじゃないって』

「ありがとうございます。それにしても、光河さん?」

『あ! て、店長です、店長!』


 普段は「光河さん」って呼んでいるんだな。

 大瀬さんの名前だが、格好いい。光の河なんてイケメンにピッタリだ。

 恋人なんだし、下の名前で呼んでもおかしくない。大瀬さんも「京子」とか呼んでいるのかも。


 下の名前で呼び合うっていいなあ。

 俺たちは、まだ「丸沢」と「遊佐」だぞ。一度だけ「京侍(きょうじ)」って呼んでもらえたが、すぐ「遊佐」に戻ったし。


『とにかくですね、出禁にはなりませんから、これからもご利用ください』

「はい。わざわざありがとうございました」


 長電話をすることもなく、必要な話をして電話を切る。


「コンビニ女?」

「そうだが、いい加減その呼び方はやめればどうだ?」

「うっさい。美人は敵だ。クリスマスイブに見たけど、何あれ? 何あれ?」


 二度言うほど美人だってことか。


「その気になれば、芸能人にだってなれるんじゃない? 背も高いしスタイルもいいし、モデルにだって」

「三屋村さんは美人だが、モデルは美人ばかりだし埋もれるんじゃないか?」

「埋もれるってのは、ある意味勝負になってるってことでしょ。あたしがモデルの中にいる状況を考えてみてよ。悪目立ちするって」

「そういう考え方もあるか」


 埋もれるのは、周囲と同レベルだから。それだけ美人だってことだ。


「アイドルなんかみんな同じ顔だって思ってたが、実は美少女だったんだな」


 いかにもおっさんの思考だが、最近の若いアイドルを見ると区別がつかない。みんな似たり寄ったりの顔だなって思っていた。

 そう思えるだけの容姿を持っているんだ。

 俺や丸沢からすれば羨ましい話だ。


「美人に嫉妬してもいいことないぞ。俺もイケメンには嫉妬するが、惨めになるだけだ」

「分かってるけどさ」

「つまらない会話よりも、もっと別の会話を」

「スケベ」

「だから、お前がムッツリなんだよ!」


 別の会話って言っただけで、どうしてスケベになるのやら。

 丸沢が期待しているなら……とも思うが、やっていいのか? 童貞なせいで尻込みしてしまう。

 付き合い始めてから、まだ半月もたっていない。恋人らしい時間も碌に過ごしていない。

 なのに、早くも一線を超えるっていうのがなあ。


「物事には順序があるだろうが」

「いかにも童貞の考えだね。何したいの? デートとか?」

「それはこの三連休にする。今日のところは……華恵(はなえ)


 冗談めかして下の名前を呼んだことはあるが、今のは違う。

 恋人になったのに、いつまでも「丸沢」じゃ格好がつかない。これからは「華恵」って呼びたいんだ。


「下の名前で呼ばれるのって変な感じ。それが順序? 子供じゃあるまいし」

「初めての彼女だぞ。やりたいことはいっぱいある。華恵も京侍って呼ぶこと」

「あたしはいいんだけどさ、遊……京侍は丸沢にしてくれない? 華恵って名前、あんまり好きじゃなくて。似合わないでしょ?」

「確かに、華やかじゃないもんな」

「そこはフォローして欲しかったけど……とにかく似合わないからやめて」

「ずっと丸沢って呼び続けろって? もしくは、あだ名でもつけるか? 丸ちゃんとか?」


 華恵が嫌なら、苗字からあだ名をつけるしかない。

 そっちの方が恥ずかしいと思うが。


「この歳でちゃん付けはねえ。丸沢でいいじゃない」

「そこまで華恵を嫌がるのが分からないんだが。俺だって名前負けしてるが、意外と気に入ってるぞ」


 京侍――京の侍。

 いかにもイケメンっぽい名前なのに冴えない顔だから似合わないが、名前自体は格好いいと思うし結構好きだ。

 華恵も綺麗な名前だし、いいと思う。


「せめて、花恵ならいいんだけど。くさかんむりに化けるの花ね」

「どう違うんだ? 漢字の意味的に」

「花は植物の花。フラワー。あたしの字の華は、形容的っていうの? 華々しい功績、華やかな服装、みたいに。だから余計に似合わない」

「いい名前じゃないか」


 華やかな(めぐみ)

 子供の幸せを考えて名付けたんだろうなって感じる名前だ。


「だって、名前負けしてる感が酷いし」

「名前負けを気にしていても仕方ないぞ。華恵なんて割と普通で、最近の子供みたいに突飛な名前でもないんだしさ」


 神話に登場する女神の名前とかなら、さすがに恥ずかしい。

 華恵はさほどでもないんじゃないか?


「遊佐は、華恵って呼びたいの?」

「遊佐じゃなくて京侍な。呼びたいかどうかなら、呼びたい。いかにも恋人っぽい感じがするから憧れる」

「じゃあ……いいよ。でも、会社ではこれまで通り丸沢ね」

「区別できるかなあ。間違って呼んだらごめん」


 許可ももらえたし、丸沢のことは華恵と呼ぶ。


「華恵、キスしていい?」

「そういうのは、わざわざ聞かないの。名前にこだわるのもそうだし、ところどころ童貞臭が漂うよね」


 華恵は俺をディスるが、照れ隠しと認識した。キスを嫌がらないのが証拠だ。

 前回は華恵からキスされたし、今日は俺から。

 ディープなやつじゃなくて、軽く触れるだけのキス。ついばむように何度でも。


 今晩は覚悟しておけと伝えてある。

 俺は有言実行の男、遊佐京侍だ。華恵がギブアップするまでキスしてやる。

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