二十七話 記念日を大切にしない男は嫌われるが、では女は
十二月二十九日から一月三日までの六日間、会社は年末年始の休みになる。
今年はカレンダーの並びが悪く、大型連休とはいかなかった。
二十九日と三十日は曜日に関係なく休みになるのに、土日だったからな。少しずれて、二十七日と二十八日が土日ならよかったのに。
それでも、六日間も休めるのはありがたい。社会人はまとまった休みが少ないから貴重だ。
例年なら、俺は実家に帰省する。
姪っ子にも会いたいし、今年も帰省しようかと考えたがやめておいた。
丸沢と付き合い始めたからだ。付き合って初めての年末年始とくれば、一緒に年を越したり初詣に行ったりとイベントが目白押し。
この手のイベントや記念日を大切にしない男は、嫌われそうなイメージがある。
童貞の妄想だが、あながち間違ってもいないはずだ。
俺は実家に帰らずアパートに残り、丸沢と一緒に過ごそうとしたってのに……
この女は……
「恨んでやる……恨んでやるぅ……」
「鬱陶しい。謝ったじゃない。こうして昼食も奢ってるし」
一月四日、金曜日。
仕事始めである今日は、社員食堂で丸沢に昼食を奢ってもらっている。
カレーライスを食べつつ、俺は丸沢に恨みつらみの言葉を吐く。
「付き合いたてなのに……イベント……年越し、初詣、姫始め……」
「最後のは違うでしょうが。一週間ぶりに会うのに、文句ばっかり」
「一週間ぶりだからなんだよ」
俺がこんな風になっているのは、一週間も放置されたからだ。
前回会ったのは、十二月二十八日。仕事納めの日に会社で少しだけ話したのが最後だった。
休みの間は一度たりとも会っていない。
丸沢は、年末年始の休みを利用して友達と旅行に行っていた。
「浮気じゃないとはいえ、彼氏を放り出して……」
「あたしもどうしようか考えたんだけど、前から約束してたしさ。遊佐もいいって言ってくれたじゃない」
「友達を無視して俺を最優先にしろ、なんてダサいこと言えるか」
そこまで束縛するつもりはない。
彼氏がいるからといって、友達をないがしろにしてしまうと人間関係が壊れる。同性にしろ異性にしろ、友達付き合いはすればいい。
今回は、俺と付き合い出す前から約束していたし、そちらを優先すべきだ。
一緒に過ごしたいとは思ったものの、泣く泣く諦め、旅行に行ってもらった。
「じゃあ、今になって文句を言うのもダサいでしょうが」
確かにそうだ。
旅行に行っただけなら、俺も認めたんだし文句は言わない。
「昨日」
「旅行で疲れたし、一日中ゴロゴロしてた」
「お土産」
「忘れた」
「俺、彼氏だよな?」
「多分ね」
丸沢がこんな調子だから文句を言っているんだよ!
旅行から帰ってきたのは、一月二日の夜だった。
つまり、昨日は一日フリーだったんだ。俺と出かけられたんだ。
少し遅いが初詣にでも行こうと考え、楽しみにしていた。旅行中は邪魔になるだろうし連絡を取らなかったが、二日の夜には連絡して誘った。
それを、こいつときたらどうだ。
旅行で疲れたって理由で一日中ゴロゴロだと?
俺へのお土産も忘れただと?
挙句、多分彼氏だと?
これは怒っていいはずだ。俺には怒る権利がある。
カレーライスを奢ってもらうだけで許せるものではない。
「恋人とのイベントや記念日を楽しみにするのは、女だけじゃないんだぞ。男もだ。休みの間、俺がどれだけ孤独に過ごしたか……」
「友達は?」
「年末年始のクソ忙しい時期に誘えるかよ。大体、恋人がいるか結婚してるかだ。普通は、恋人と過ごすし家族と過ごす」
全力で「普通は」を強調してやった。
丸沢は普通じゃないって意味だぞ。理解しているか?
「ネチネチとうざい」
「楽しみにしてたのに……」
「あんまりうざいと、こっちも謝る気分じゃなくなるよ。今はあたしが悪かったって思ってるけど、そこまで言う必要はないじゃないって気持ちになる」
「俺が記念日を忘れたり丸沢を放置したりしたら? 丸沢は怒らないか?」
「あたしって、その辺気にしない性格なのよね。なんちゃら記念日とか面倒」
ダメだ、こいつの性格がよく分からん。記念日が面倒って変な奴だ。
クリスマスイブの時は、意外とロマンチストかとも思ったが。
「彼氏の方が記念日を忘れて、彼女に怒られるってのが、俺の知るパターンだ。そういう話はよく聞く」
「あたしも聞くよ」
「今は逆パターンだよな?」
「忘れてたわけじゃないでしょ。遊佐も許してくれたから旅行に行ったの」
「にしたって……いや、これ以上はいいか。ネチネチと悪かった」
しつこく絡むのは悪いし、嫌われたくもないからやめよう。
俺が誘ったのも急だったと思っている。二日の夜に連絡して、三日に初詣だ。疲れていて気分が乗らない気持ちは理解できなくもない。
ただし、許したわけじゃない。償いはきちんとしてもらう。
「今晩、付き合え。拒否は許さん」
「飲むの? 奢れってこと?」
「奢る必要はないが、俺の部屋で飲むぞ。明日は休みだからな」
仕事が始まったと思えば、明日と明後日は土日で休みだ。
今日は有給休暇を取得し、月曜が仕事始めって人も多い。
上司の新田さんは出社しているが、先輩の小林さんは休んでいる。
土日があるから今日はいくらでも飲める日だ。夜更かしもできるし、終電を逃したって俺のアパートに泊まればいい。
「つまり……スケベ」
周囲の目を気にしたのか、丸沢は小声で俺を罵倒した。
いわれのない侮辱だ。
「スケベはお前だ。ムッツリ女が。童貞捨てさせろとは言ってない」
「しないの?」
「……キスだけ」
クリスマスイブにちょこっとキスをされたせいで、悶々としっぱなしなんだ。
今日は俺からしてやる。
「タバコを吸ってないかどうかもチェックするぞ。まさかと思うが、クリスマスイブに俺のファーストキスを済ませたからって、また吸い出していないだろうな?」
「禁煙は続けてるけどね。旅行中もさ、友達から散々突っ込まれたよ」
「クリスマスイブの時の俺と似た反応になっただろ。簡単に想像できる」
「……合ってるけどムカつく。なんでみんなワンパターンな反応になるの? 病気を疑われたり、旅行をキャンセルして帰ろうとしたり。妊娠とも言われたし」
「日頃の行いは大切だってことだ。丸沢はなんて答えた?」
少し期待してしまう。
チョーカッコイイ彼氏ができたから、彼氏のために禁煙しているとか?
丸沢が言いそうなセリフではないが、こいつはいまいち素直じゃない。
俺の前ではツンケンしていても、女友達の前ではデレデレだったりする可能性はある。あるはずだ。あってくれ。
「まあ、彼氏ができたからって? 答えたけど?」
「ぐふぇ」
いかん、気持ち悪い笑いが漏れた。
「変な妄想してるところ悪いけど、あたしの友達の間じゃ遊佐の評判は最悪だからね。すぐに別れろって忠告されたよ。嫉妬心からじゃなくて、本気で心配して」
「はあ!? なんで俺が!?」
丸沢の友達になんて会ったことないのに、評判が最悪になる理由が不明だ。
まさかと思うが、あることないこと吹き込んだのか?
「あたしのせいでもあるけど、遊佐のせいでもあるよ。半分は……八割くらいは遊佐が悪い」
「だからなんで?」
「彼氏ができたって言えば、どういう反応すると思う?」
「からかわれるか、祝福されるか」
「それもあるけど、写真見せろって言われたの。スマホで写真撮ってるだろって」
写真があまりにも不細工だったから心配された?
そこまで酷い顔だとは思っていないが、たまたま変な写真だった可能性はある。
「見せろって言われても、あたしは遊佐の写真を持ってなかったの。彼氏の写真がないなんて嘘だって言われて、スマホを取り上げられて」
あ……すっげえ嫌な予感がひしひしと……
「ま、待て。オチが予想できた。碌でもないオチが」
「幸せ者にプライバシーなんかないって意味不明な理屈で、遊佐とのメッセージのやり取りを全部見られたわけ。つまり、例のアレも」
「終わった」
丸沢に送ったメッセージは、基本的には無害な内容だ。飲みに行こうって話ばかり。
ただし、以前にこんなメッセージも送った。
童貞を捨てる最良の方法を教えて。
男同士ならまだしも、女に送るメッセージだぞ。
なんというキモさ。おぞましさ。下手なホラーよりもホラーチック。
送ったのは俺だが。
「てことで、色々聞かれたから、遊佐の秘密話しちゃった。ごめんね」
「可愛く言っても許せるか! ふざけんなコラ!」
「声大きいって。ここ食堂だよ」
どうすんだよ。一緒に旅行へ行くほど親しい友達なら、俺が今後会うことだってあるかもしれない。どんな顔して会えばいいんだ。
「最悪だ……言わないって約束したのに……」
「い、一応、口止めはしておいたから、広まらないとは思うよ。魔法使いの話もしなくて、童……の方だけだし」
「信用できるか。丸沢に秘密を話すのがまずいって、よーく理解した」
「ごめんって。でも、あたしは助かったんだけどね。抜け駆けして彼氏作ったら、普通は嫉妬とかされるの。あたしの場合は、羨ましくない彼氏だから友情も壊れなかった。遊佐のおかげ」
「嬉しくねえよ!」
友達に自慢できる素晴らしい彼氏だとは思わない。問題だらけの人間だ。
だからって、これはあんまりだろ。丸沢の友達に、俺が童貞だって秘密が知れ渡るなんて。
笑われたりバカにされたりしているだろうな。三十歳にもなって童貞とか。
「ごめん」
「俺はいいが、あの人の秘密はバラすなよ。他人に迷惑をかけるのはダメだ」
大瀬さんと三屋村さんが付き合っているって秘密だ。
俺を信用して教えてくれたのに、裏切るのはなしだ。顔向けができなくなる。
「そっちは話してないから大丈夫。遊佐の方は許してくれる?」
「身から出た錆だし仕方ない。俺があんなメッセージを送ったのが原因だ。本当は、他愛もない冗談だったとかなんとか誤魔化してもらいたかったが」
「一つ嘘をつくと、どんどん嘘を塗り重ねることになると思って」
「だが、今晩は覚悟しておけよ」
「スケベ」
最後の会話だけなら恋人らしくて少しエロいのに、内容はバカそのもの。
初めて恋人ができたのにこれとは、俺の何が悪いんだ? 丸沢のせいか?




