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二十六話 雪の魔法

 丸沢(まるさわ)と付き合い始めたからって、いきなりお泊りとはいかない。

 クリスマスイブだし、おあつらえ向きではあるが、準備がまだなんだよ。

 心の準備とか避妊具とか。ベッドのシーツだって取り替えていない。

 今日は告白が成功したってことで満足し、駅まで送って行く。


「ううぅ……寒……」


 丸沢が身を震わせた。

 深夜になって一段と寒さが増しており、あまり厚着をしていない丸沢にはキツイだろう。


「そんな服装だからだ。俺の予備のマフラー、貸してやるって言ったのに」

「男物のマフラーなんて着けて帰ったら、親が大騒ぎするよ」

「その程度で騒ぐのか? 過保護に育てられた箱入り娘でもあるまいし」

「騒ぐは騒ぐでも、狂喜乱舞しそうだから怖いの。逃がしたら二度と捕まえられないし、おもてなしするから家に連れてこいとか絶対言うよ。んで、実際に遊佐を連れて行けば、うちの両親は土下座とかしそう」


 親不孝な娘だな。どれだけ心配をかけているんだか。

 俺も親から恋人や結婚について聞かれるが、三十歳だからそこまでではない。


「せめて、駅までとか?」

「考えたけど、意味ないかなって。あたしの家、駅で降りてから結構歩くし」

「わがままな。そもそも、初めから厚着してくればこんなことにならないのに」

「だって、汗が……」


 タバコ臭くならないか心配していたように、汗臭くならないために厚着を避けたらしい。


「キスの時にタバコ臭が気になるのはなんとなく分かるが、汗の臭いって気になるか? 夏ならともかく」

「キスじゃなくて……童貞に恋人ができれば押し倒されるかなって……」

「丸沢って、意外とムッツリだったんだな」


 全然準備をしていなかった俺とは違って、こいつは準備万端だったと。

 惜しい。こんなことなら、俺も準備しておけばよかった。

 まあ、焦らなくてもいい。時間もチャンスも、いくらでもある。


「というか、遊佐(ゆざ)はがっつかないの? 童貞のくせに?」

「なんか安心したって気持ちがある。告白できて満足、付き合えて満足。今のところは、だけどな」

「がっつくのはダサいって格好つけてるんじゃなくて?」

「その気持ちがないとは言わないが、安心感の方がでかい。なんだ? そこまで期待してたのか?」


 からかうように言ってみた。

 丸沢のことだし、「うっさい。期待してない」って答えるかと思ったが。


「……してた」


 まさかの返答だ。マジで?


「勝負下着だったんだけどなあ」

「マジ!? 似合わねえ……」

「うっさい! そこは喜べ!」

「いや、丸沢が勝負下着……無理、想像できない」


 三屋村(みやむら)さんなら想像できる。色っぽくてセクシーな下着なんだろうって。

 丸沢がセクシーな下着とか、ギャグにしかならない気がする。


「あたしが、どれだけ下着選びに時間をかけたと……そのせいで替えの下着を忘れたし」

「コンビニで買おうとしてたのは」

「下着」

「お前、バカだ」


 そしてドジだしムッツリだし。

 なのに、不思議と可愛いと感じる。惚れた弱みなのかな。


「遊佐が早いとこしてくれなきゃ、こっちも困るの。いつまでも禁煙続ける必要があるから」

「じゃあ、しばらくはキスもお預けだな。もっと禁煙続けろ」

「鬼! 悪魔! 人でなし!」


 酷い言われようだ。禁煙できるよう、協力してやろうって言っているのに。

 丸沢とじゃれ合いながら夜道を歩く。

 小っ恥ずかしいが幸せだ。


「俺は魔法使いになれなかったわけだが」

「は? まだ魔法使いなんて信じてるの?」

「夢があるだろうが。子供の頃とか、魔法が使えたらなって思わなかったか?」

「子供ならね。三十路のおっさんが魔法って」

「そんなこと言わずに、話に付き合ってくれよ。魔法は夢があるよな?」

「はいはい、そうかもね」


 不承不承といった感じで、丸沢が相槌を打った。

 乗り気じゃないみたいだが、俺も考えていたセリフはとても言えない。

 あり得ないほどキザなんだ。イケメンなら似合っても、俺には似合わない。


 俺たちが付き合えるようになったのは、恋の魔法かもな。


 なんて言えるか! 一生の恥になるわ!

 すんでのところで冷静になれて助かった。いくら付き合えて嬉しいからって、浮かれ過ぎだ。

 恥ずかしい思考は封印して、別の話をしよう。魔法使いの話を。


「別にさ、大それた野望なんて持ってなかった。まあ、魔法使いになれなかった時は、ショックで酷い考えも浮かんだが」

「万が一魔法使いになれれば、なんでもできそうなのに? もったいなくない?」

「確かに、なんでもできるかもしれないが」


 俺の三十歳の誕生日。三ヶ月ちょっと前か。

 随分と昔に感じるが、たったの三ヶ月なんだな。

 三ヶ月前にも考えた。魔法を使ってできることと、したいこと。


「テレビに出演して、魔法を披露して目立って有名になる。魔法の力を悪用して、宝くじを当てたり株で一儲けしたりお金を稼ぐ。悪い奴、気に食わない奴を片っ端からぶっ飛ばして、正義のヒーローごっこで気持ちよくなる」

「即物的だけど、誰でも考えそうではあるかな。あたしだってお金は欲しいし」

「美少女を手に入れる。世界の頂点に立ち、指導者として人々を教え導く。こんな感じで、自分の欲望を満たす行為をやりたい放題だわな。俺が望んでた、若くて可愛くて処女の女の子だって手に入れられるし、法を無視してハーレムも作れる」

「本当にやりたい放題ね」


 魔法使いになった俺は、欲望の赴くまま好きに生きられる。

 ただし、こっちは魔法を使ってできることだ。したいことじゃない。


「もっとも、そのつもりはなかった。簡単なことでいいんだ」

「例えば?」

「指先から火を灯してタバコに火をつける。部屋の中で浮いて宇宙飛行士ごっこ」

「しょぼ」


 しょぼくてもいいじゃないか。無法の限りを尽くすよりは世界に優しい。


「こんな寒い日なら、魔法の力で温めるとかな。夏はクーラー代わりにできる」

「それ、魔法である必要はなくない? 宇宙飛行士ごっこは難しいけど、他はいくらでも代用できるし」

「ま、その通りだ。タバコに火をつけるならライターでいいし、寒いなら温かい格好をすればいい。氷を作ってウイスキーのロックにするとかも考えたが、冷凍庫で普通に作ればいいんだよ」


 魔法がなくても困らない。魔法使いになれなくても生きられる。

 それに、丸沢とは付き合えなかった。付き合えていたとしても、俺の力や金が目当てになっていた。

 それじゃあ嬉しくない。

 口が裂けても言わんが。


「もしも魔法を使えるなら。簡単なことじゃなくて、でっかいことをするなら」

「どうする?」

「せっかくのクリスマスイブだし、雪でも降らせるかな。町の人たちに、ホワイトクリスマスのプレゼントだ」

「うっわあ……キザ」


 これでも抑えた方だぞ。恋の魔法うんぬんに比べれば。

 今日はクリスマスイブだ。酔っ払ってもいるし、人生初の恋人ができてテンションも高い。

 三ヶ月前に失敗した魔法を、もう一度だけ試してみようか。


 右手を夜空に伸ばす。

 奇跡の力を呼び起こすイメージで。

 ありったけの願いを込め。


「魔法使いの遊佐京侍(きょうじ)が雪を降らせる! そら!」

「空とかけ声の『そら』をかけたの? ますます寒くなった……」

「ダジャレじゃねえよ!」


 情緒のない奴だ。「ロマンチックで素敵」とか……言うわけないか。丸沢だし。

 俺にキザなセリフが似合わないのと同様、丸沢にも似合わない。


「あたしが遊佐にドン引きしたのって二度目。一度目は、若くて可愛くて処女の女の子を恋人にして童貞を捨てるって言った時ね」

「それと同レベル!?」


 自分のセリフを聞かされると、果てしなくキモいとは思う。

 にしたって、雪を降らせるのが同レベルはあんまりだ。


「ホワイトクリスマスの何がダメなんだよ……」

「あたし、雪って嫌い。電車は止まるし、会社に行くのも面倒だし、滑って転ぶこともあるし」

「本っ当に情緒ねえな。俺以下だ。俺たち付き合い始めたよな?」

「今さらでしょ。あたしがロマンチストになってもねえ」

「なんか違う……俺の想像してた恋人はこれじゃない……」


 甘々の空間になるものじゃないのか?

 付き合いたてなんだぞ。倦怠期の夫婦じゃないんだぞ。


「童貞の妄想お疲れ」

「魔法が使えたら、丸沢の性格を矯正してやりたい」

「女らしく? 無理無理、あたしにゃあ無理」

「さっきまでの丸沢は、可愛かったのに」

「遊佐は、あたしにべた惚れみたいだしさ。付き合えるって分かったら調子にも乗るって」

「丸沢だって俺にべた惚れだろうが! 何度も好きって言ってくれたし!」

「言ったっけ? 空耳じゃない?」

「可愛くねえ! なんで俺は、こいつを選んだんだ!?」


 ほんの数十分前まで、結構いい雰囲気だったとは思えない会話だ。

 俺と丸沢らしいっちゃらしいが。

 バカなやり取りをしつつ、駅の近くまでくる。

 そこで、丸沢が声を発した。


「あ……雪?」


 空から、はらりはらりと小粒な雪が舞い降りていた。

 俺の魔法が効いた? まさかな。


「遊佐のせいよ! 電車が止まったらどうすんの!」

「理不尽だ! てか、この程度の雪で止まるか!」


 雪が降って綺麗、とはいかないのが俺たちだった。

 俺のせいじゃないはずなのに、なぜか責められてしまう理不尽。

 周囲を見てみろ。クリスマスイブだからカップルもいるが、雪に感動しているじゃないか。


「雪の魔法って綺麗だよな? ロマンチックだよな? こんな演出ができれば、普通の女なんて落とせるぞ」

「おあいにくさま。あたしは普通じゃないの。普通じゃないから……ね、()()

「んむ!?」


 今の……キス?

 一瞬だったし、感触を味わう余裕すらなかったが、間違いなくキスされた。

 もちろん、唇に。


「あたしは、雪の魔法がなくてもとっくに落ちてる。じゃ、じゃあね!」


 丸沢は駅の改札口に駆け込んだ。

 あいつは……ロマンチストなのかどうなのか分からない奴だ。

 俺はファーストキスだぞ。ささっと奪ってくれやがって。


「キザなのはどっちだ」


 顔が熱い。キスされたせいでもあるが、丸沢のセリフのせいでもある。

 何が「雪の魔法がなくてもとっくに落ちてる」だよ。

 今頃、駅のホームで電車を待ちながら悶えているんだろうな。キザなセリフは、言った瞬間はいいが冷静になった時に恥ずかしくなるものだ。


 こっちだって恥ずかしい。夜も遅いが、周囲には人がいるってのに。

 さっさと帰ろう。気が高ぶって眠れないかもしれない。

もう少し続きます。

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