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二十五話 童貞なりに真剣に

 明日は仕事だ。遅くなるとまずいし、丸沢(まるさわ)を駅まで送って行く。

 そう言葉にしようとしたが、何も言えなかった。

 代わりに、別の言葉を口にする。


「あのさ……まだ帰らなくて平気か? 聞いてもらいたい話があって」

「平気!」


 丸沢は勢いよく返事をした。

 やっぱり期待している? 俺の勘違いじゃないよな?


 今日は何もする気はなかった。告白したり、童貞を捨てさせてもらったり、それは早いと思っていた。

 今でも覚悟を決めたとは言えない。俺はビビッている。

 だが、酔っ払って気が大きくなっていることもあり、言えそうかなって。

 そう思ったんだ。


「つ……付き合う……とか? どう?」


 言ってから、なんつうセリフだと後悔した。

 言い方があるだろ。「好きです」とか「付き合ってください」とか、最低でもそのくらい言えよ。

 自信なさげに疑問形になって、情緒もなければ威厳もない。


 しょうがないんだよ。所詮は俺だぞ。童貞だぞ。

 ドラマみたいな格好いい告白なんてできるか!


「……ぷっ」

「笑うな!」

「ご、ごめん。だって、遊佐(ゆざ)が……あたし一人だけ緊張してると思ったのに」


 告白するつもりなんてなかったから、さっきまでは平然としていられた。

 いざとなったらこれだ。情けないにもほどがある。

 こういう経験は、若いうちにしておくものなんだろう。

 告白したりされたり、恋愛経験を積んでおけば、もっと格好よく決められた。


「ダサくて悪いな。だが、真剣なんだ」

「うん、伝わった。土下座して『童貞捨てさせてください』なんて言ってた時よりも、ずっと格好いいよ。あの、あたしと付き合いたい……でいいんだよね?」

「付き合いたい。ちょっと前まで三屋村(みやむら)さんに夢中だった俺が言っても説得力ないが、丸沢が好きだ」


 好き。

 意外なほど自然と、この一言が口から出てくれた。


「あ、あはは……夢みたい。こんなあたしが、男性から告白されるなんて……」

「夢って大げさな。大瀬(おおせ)さんみたいなイケメンから告白されるなら分かるが」

「イケメンとかじゃないの。どんな男だって、あたしなんかお断りって考える。自分でも分かってるから」


 丸沢は、決して男にモテるタイプじゃない。

 容姿が優れているわけではないし、年齢も三十歳を過ぎている。現代の日本なら行き遅れと嘆くほどではないにしろ、若い女性と勝負すれば明らかに不利だ。

 おまけに、酒とタバコが大好きときた。

 性格はいいが、それは「友達付き合いをする分には」って前提条件がつく。

 俺も、丸沢とはただの飲み友達のつもりだった。友達として好きだと。


「あたしさ、結構前から遊佐を狙ってた。って言ったら信じる?」

「へ? お、俺を? 好きだった?」

「ごめん、好きじゃなかった」

「どういう意味だよ。好きだから狙うんじゃないのか?」

「遊佐に散々偉そうなこと言っておいてなんだけど、あたしも同じだったの。三十二歳にもなって独身だし、恋人もいない。あたしと付き合ってくれるなら誰でもいいって思った。一番身近で仲のいい男は遊佐だから、遊佐でいいやって」


 遊佐でいい、か。

 随分と失礼な物言いだが、俺に文句を言える筋合いはない。


「遊佐に偉そうな口をきいて、ブーメラン刺さりまくってたんだよ。自分を棚に上げて何を言ってるんだって」

「確かに、躍起になって童貞捨てようとした俺と変わらないな。俺でもいいって思えるから、付き合ってくれる?」

「付き合うのはそうだけど、誤解しないで。好きじゃなかった、だよ」


 好きじゃ()()()()。過去形ってことか?


「今の気持ちを聞かせて欲しい」

「今は好き。遊佐が好き」


 聞き間違いじゃないよな? 俺のことを好きって言ってくれた?


「マジ?」

「うん。恋愛相談みたいなことしてて、なんであたしがって思った。嫌だなって。コンビニ女に嫉妬して、そこで自分の気持ちを知ったの。遊佐が失恋して、悪いけどよかったって……性格悪いよね。あたしってこんな女だからさ、やめるなら今のうちだよ。今なら告白を撤回しても怒らない。もし、こんなのでもいいなら、付き合ってください」


 ぺこっと頭を下げる丸沢。

 俺は、後頭部に向けてタバコのケースを投げつけた。本気で投げたわけじゃないし、軽く当たった程度だ。

 何度かやられているから、お返しだ。


「何すんの?」

「真剣って言っただろ。簡単に撤回するか、バカ野郎」

「童貞のくせに」

「童貞なりに真剣なんだよ。めっちゃあれこれ考えたんだぞ」


 この際だ。腹を割って話し合う。


「俺は三屋村さんが好きだった。知ってるよな?」

「うん」

「失恋はしたが、じゃあ好みが変わったかっていうとそうでもない。若くて可愛くて処女の女性がいいと今でも思ってる」

「うん」


 短い相槌を打ちながら、丸沢は聞いてくれる。


「こんな状態で丸沢を好きなんて言っても、説得力の欠片もない。説得力がないから悩んだんだ。丸沢は真剣に考えろって言ってくれたし、真剣に考えたつもりだ」

「うん」

「俺は本当に丸沢が好きなのか。童貞捨てたさに妥協しようとしているだけじゃないか。丸沢と一緒にいるのは気楽だし、楽な道に逃げようとしているだけじゃないか。俺の気持ちは、果たして真剣なのか」

「うん」

「で、好きだが告白はできないってなった。今も告白するつもりはなかった」

「なんで? やっぱり、あたしじゃ嫌?」

「丸沢の問題じゃなくて俺の問題だ。これまで散々変なことを言ってきた。処女だのハーレムだの。そのくせ、今になって真剣? 失恋したからってあっさり乗り換えて真剣? ふざけんなクソが」


 自分のことだが、ふざけるなって思う。どこが真剣だと。

 真剣なつもりではあるが、まだ足りない。告白していい段階ではない。


「告白は早いと思った。クリスマスイブを一緒に過ごせればよかった。なんか勢いで言っちまったが、完全に予想外だ。ましてや、丸沢がOKしてくれたのも予想外だ。真剣じゃないしお断りって言われるかと思ったのに」

「言わないよ。だって、遊佐は真剣だから。伝わってるから」

「どこが? 口でならなんとでも言えるぞ。『真剣だ。丸沢が好きだ』って」


 口で言うのは簡単だ。自分自身をいいように見せられる。

 口じゃなくて、態度や行動が重要だ。

 真剣だと口にするなら、真剣な態度を取らなきゃいけない。真剣に行動しなきゃいけない。


「言葉って軽いんだよ。なんでも言える。変な話、遊佐京侍(きょうじ)はイケメンで優しくて誠実でお人よしで最高の男で、とかさ」

「それは言い過ぎ。自惚れ過ぎ」

「だよな。言葉にしたからって、真実になってくれるわけじゃない」


 言葉は嘘をつけてしまう。

 だからこそ、態度で示す。行動で示す。言葉を真実にするために。

 それをサボった瞬間、口先だけの人間に成り下がる。

 言葉を真実にするのは、決して簡単じゃない。とんでもなく難しい。


「言葉は軽い。行動が伴って初めて、言葉は重みを持ってくれる。じゃあ、俺は? 今まで何をやってきた? 全然ダメだろ」

「うん、なんか童貞の意見って感じ。無駄に難しく考え過ぎてる。『俺は真剣なのか?』って考えられているから、真剣なの」

「言葉遊びみたいじゃないか?」

「あたしは嬉しいからいいの。『とりあえず童貞捨てさせて』じゃなくて、一生懸命に悩んでくれたのが嬉しい」


 丸沢が俺を認めてくれる理由が分からない。

 悩んだからいいってのは変だ。悩んだ結果、行動に移さなきゃ。


「悩んだだけで、何もしてないぞ。さっきも言ったが、好みが変わったわけじゃないんだ。なんつうかこう、丸沢が大好きで他の女は眼中になくて、とか?」

「かえって胡散臭いよ。人間、そこまで綺麗になれない。あたしだってイケメンは好きだよ。コンビニにいた人とかさ。あの人が店長さん? よだれ垂れそうなほどいい男だった」


 丸沢も、ああいう男がいいのか。

 大瀬さんはイケメンだし無理もないが。


「そんなもんか」

「そんなもんよ。真剣じゃないって話なら、あたしが遊佐を好きなのも同じ。遊佐が童貞とまでは思ってなかったけど、恋人がいるとも思ってなかった。いれば、あんなに頻繁にあたしと飲みに行かないでしょ。恋人に悪いし」

「行かないな」


 飲み友達と恋人、どちらを優先するかとなれば、当然恋人だ。悩むまでもない。


「女っ気がなかった遊佐が遠くに行っちゃいそうで、焦っただけとも言える。焦った結果好きになれば、真剣じゃない?」

「丸沢の気持ちだし、なんとも言えないが……」

「あたしは真剣なつもりだよ。遊佐が好き。何度でも言うよ。好き」


 繰り返し「好き」と言ってくれて、心が温かくなる。今すぐに抱きしめてキスでもしたい気分だ。


「それにさ……自画自賛みたいになるけど、あたしも悩んだし」

「丸沢も?」

「遊佐って童貞でしょ。だったら、キスだってしたことないよね?」

「いやあ、どうかな。キスは経験済みって可能性も……」

「見栄張らなくていいから」

「まあ、ないけどさ」


 童貞だし、キスも未経験だし、異性と付き合ったことすらない。

 何もしないままで三十歳になった未熟な男だ。


「ファーストキスがタバコの味だと嫌じゃない?」

「って、禁煙はそれが理由かよ!」

「まあね。クリスマスイブに誘われたし、正直期待した。キスとか……その先も。タバコ臭くならないように禁煙して、お腹がぽっこりして幻滅されないように食べるのも我慢した。今日は飲んだけど、お酒も控えてたよ。三十二歳の女が一体何をやってるんだってセルフ突っ込みしたね」


 俺のために、だよな。すげえ嬉しい。

 チェーンスモーカーの丸沢が禁煙するって、相当の覚悟がいるんだよ。同じ禁煙でも俺と同一視はできない。


 大好きなタバコを、あって当たり前の物を、自ら断つ。

 まさしく、真剣だってことを行動で示した。そこまで考えてくれた。

 嬉しい。


「喜んでもらえた?」

「物凄く」

「これで分かったでしょ? あたしも一緒。遊佐が悩んだって聞いて、喜んだ」

「納得いくようないかないような……」


 禁煙という行動で示してくれた丸沢とは違うって感じる。

 考え過ぎなのかな。


「遊佐は、あっさり乗り換えるのが嫌なんだよね? 真剣じゃないように思えて」

「嫌だな。三屋村さんが好きでした。失恋したので丸沢を好きになりました。真剣じゃないだろ。自己嫌悪するし、丸沢にも嫌われそうだし、いいことない」

「あたしに嫌われたくないのはなんで?」

「そりゃもちろん好き……」


 うわあ……すっげえダサい。ようやく自覚した。

 真剣じゃないのがなぜ嫌か。丸沢に嫌われるからだ。


 俺は、丸沢相手なら、格好つけなくて済むと思っていた。童貞のことも魔法使いのことも話せるし、気楽な相手だって。

 違った。俺は格好つけたいんだ。

 真剣に好きだ、愛しているって言いたいんだ。


 なぜか? 好きな相手だからに決まっている。


「童貞のために、懇切丁寧に解説してくれてありがとう。やっと分かった」


 だけどな、俺のプライドは……いいけどさ。

 丸沢が付き合ってくれるなら、それでいい。


「俺と付き合って。丸沢が好きだ」

「うん」


 改めてお願いし、俺たちは恋人同士になった。

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