表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

二十四話 寒い日はコタツで鍋に限る

 俺のアパートに丸沢(まるさわ)を招き入れる。

 このアパートに限った話じゃないが、自分の部屋に異性を招くのは初めてだ。


「お、おじゃましまーす」


 恐る恐る入ってくる丸沢は、柄にもなく緊張しているようだ。

 だが、すぐに顔をほころばせる。


「コタツだ! 鍋だ!」

「寒い日はこれに限るだろ。コタツで鍋。最高だ」

「うん、最高! 分かってるね、遊佐(ゆざ)!」


 部屋の真ん中にコタツを置き、上には携帯用ガスコンロと鍋を準備してある。


「ほい、ハンガー」

「ありがと。こっちもありがと」


 コートをかけるためのハンガーを渡し、俺のマフラーと手袋を返してもらう。

 コンロに火をつけ、冷蔵庫からよく冷えたシャンパンとビール、グラスを出して準備は整った。

 注文したオードブルを食べ、ビールを飲んでいる間に、鍋も食べ頃になる。


「随分と買ったね。食べ切れる? 飲み切れる?」

「残ったら明日以降の俺の飯にする。タッパーに詰めて持ち帰るか?」

「いらないって。あ、お金払うね。いくら?」

「じゃあ、三千円で」


 誘ったのは俺だし、丸沢に払ってもらわなくてもよかったが、一切もらわないのも気遣わせるかと思って少しもらう。


「三千円で足りる? こういうオードブルって高いでしょ?」

「きっかり折半にする必要もないだろ。俺を立てると思って」

「遊佐のくせに格好つけるね。お言葉に甘えよっかな」


 二人でコタツに入り、グラスにシャンパンを注ぐ。

 ビールでもいいが、クリスマスはシャンパンだろ。気分的に。


「メリークリスマス」

「メリークリスマス。今日は誘ってくれてありがと。乾杯」


 二人でグラスを打ち合わせ、シャンパンを飲む。

 うまいが、どうも慣れないな。俺はビールの方がいい。

 ビール缶のプルタブを開けて、そのまま飲む。


「ついであげるのに」

「ついだりつがれたり、面倒だしやめようぜ。いつも通り食って飲もう」


 会社の上司が相手なら、礼儀としてお酌をするが、俺たち二人ならやらない。

 俺は、自分で言ったようにいつも通り飲み食いする。

 鍋も食べ頃になったし、熱々の鍋を食べつつ冷たいビールをグーッと。


 俺ばかりが食べていて、丸沢はあまり箸が進んでいないようだ。

 まだ緊張しているのか?

 そういや、タバコも吸っていないな。灰皿を準備したのに綺麗なままだ。


「ちょっと待ってろ」


 一度コタツから出て、買ってあったタバコのカートンを持ってくる。

 クリスマスプレゼントじゃないからラッピングはしていない。

 カートンの袋を破り、一箱渡してやる。

 タバコは受け取ってもらえたが、丸沢が吸い出す様子はない。


「吸わないのか?」

「う、うん……せっかくだけどやめとく」

「丸沢がタバコを吸わない!? 110番だ!」

「警察呼んでどうすんのよ。あたしがタバコを吸わないのが事件だとでも?」

「事件だろうが! 大事件だ! 正気に戻れ!」

「正気を疑われるとか……普段の言動を振り返れば反論もできないけど」


 チェーンスモーカーの丸沢だぞ。睡眠時以外は常に吸っている奴だぞ。

 こいつなら、トイレや風呂で吸っていても驚かない。


「まさか禁煙?」

「実は、十日前から」

「110番と119番!」

「うっさいよ。あたしが禁煙したっていいじゃん」


 丸沢が禁煙。どういう風の吹き回しだ?

 健康を気にするとは思えない。増税だって無関係だ。

 何があってもタバコは吸う。吸い続ける。それこそが、俺の知る丸沢華恵(はなえ)だ。

 丸沢がタバコをやめる理由となると、考えらそうな可能性は一つしかない。


「妊娠?」

「アホか! なんでよ!」

「いやだって、丸沢が禁煙しそうな理由っつったら、妊娠したとしか思えなくて。お腹の子供に悪影響を及ぼすからじゃないのか?」

「してない! 妊娠もしてなければ、妊娠する行為もしてないし、妊娠させてくれる相手もいない! 悪いか!」

「そこまで言う必要はないが……」


 とか言いつつ、安心している俺がいる。

 丸沢が妊娠していないことも、相手がいないことも。


「しかし、妊娠じゃないならなんで禁煙を?」

「ゆ、遊佐も禁煙してるし、あたしもって思って。なんか悔しいじゃない。遊佐にできてあたしにできないのが」

「変な理由だな。調子は悪くないのか? イライラしたり」

「病院行ったし、医者からニコチンパッチもらったよ。今も貼ってあるから平気」


 ニコチンパッチとは、禁煙するためのアイテムだ。身体にペタッと貼り付けて使えば、皮膚を通じてニコチンが摂取可能になる。


 喫煙者がタバコをやめられない最たる理由は、ニコチン依存症になっているためだ。タバコを吸わない人でも聞いたことがあると思う。

 禁煙し、ニコチンの供給が止まれば、体がニコチンを求める。結果、イライラしたりタバコを吸いたくてたまらなくなったりする。

 ニコチンパッチでニコチンを供給しておけば、我慢しやすくなるってわけだ。


 ずっと使い続けることはできなくて、二ヶ月が目安だったか。何段階かに分けてニコチンパッチの種類を変え、ニコチンがなくても平気な状態にまで持っていく。


「俺は使ったことないが、あれって効果あるのか?」

「あたしも半信半疑だったけど、ある」

「プラシーボ効果じゃなくて?」

「かもしれないけど、使ってよかったって思うよ。これさ、要はニコチンを摂取するわけだし、妊娠中は使えないんだってね。使うなら今のうちって考えたの」

「効いてるにしては、食欲ないみたいだが」

「タバコとは無関係だって。食べるよ」


 丸沢は豆腐を一切れ、口に放り込んだ。


「あっふ! ほふ!」


 何を言っているかは分からないが、熱いんだろう。豆腐なんて放り込むからだ。

 ビールで流し込んでいるな。


「ドジ」

「うっさい! 遊佐のくせに生意気! あたしが年上だよ!」

「体育会系のノリじゃあるまいし、年上も年下もあるか」


 会社の先輩は敬うが、同期なら年上でも対等だと思っている。少なくとも俺は。


「くっそう……年上のお姉さんっぽくリードしたいのに……」

「お姉さん? おばさ……」

「あん?」

「丸沢さんはお姉さんでございます」


 曲がりなりにも女性の丸沢に、「おばさん」の単語は厳禁だ。

 むくれている丸沢は、ヤケ食いみたいに鍋を食べ始めた。

 それでも量は少なく、ほとんど俺の腹に収まることになったが。


 ビールも次々と空けて満腹だ。

 丸沢は、食べた量も少ないが飲んだ量も少ないな。俺の方が飲むとか異常だ。


「あー、食った食った、飲んだ飲んだ。これで明日が休みなら最高なんだが」

「普通に平日だしね」


 明日、十二月二十五日は火曜日で仕事がある。

 あまり遅くまで引きとめたら悪いな。

 クリスマスケーキを食べてから、プレゼントを渡しておしまいにしよう。


「ケーキ食べるか? クリスマスケーキは大きいと思って、普通のショートケーキにしたが」

「うん」


 二人でケーキを食べる。こんな時でもないとケーキなんて食べないし、新鮮な感じがした。

 丸沢は、酒好きタバコ好きにしては甘い物もいける口だ。

 甘い酒、甘いタバコは好まないが、甘味の類なら普通に食べる。


 最後にプレゼントの交換だ。丸沢からリクエストされたプレゼントを渡し、俺もネクタイを受け取る。

 できる男なら、もっとロマンチックな演出をするんだろうな。


 俺も考えなかったわけじゃない。グラスを二つ買っておくとか頭をよぎった。

 丸沢に中身を見るように促し、開ければ二つ出てくる。おそらく「なんで二つも?」って疑問を投げかけてくれるだろう。

 そこで、俺が一つを手に取り、「こっちは俺の分。おそろいにしていい?」と。


 あるいは、スーツを着ておくって手もある。仕事がないのにスーツを着ると怪しまれるが、以前も同じ真似をしたから、同じ理由を使える。

 風俗の下見だ。今日も下見に行ったってことにする。

 丸沢は怒るに違いない。だが、それも計算のうちだ。

 本当の理由は、丸沢にネクタイをほどいてもらって、プレゼントしてくれたネクタイを締めてもらいたいから。

 やってくれるように頼み、なんなら告白とか。下げてから上げる戦法だな。


 言うまでもないが、どちらもできるわけがない。当然のごとく却下した。


「ロマンチックじゃなくて悪いな」

「遊佐だし、期待してないって……ど、童貞だもんね」


 丸沢は少し照れつつ、「童貞」の単語を口にした。


「中高生じゃあるまいし、童貞の一言で照れるなよ。童貞だの処女だの、何度も口に出してるだろうが」

「だ、だって……」


 プレゼント交換が終わったあたりから、丸沢は落ち着きがなくなっている。

 部屋の中に視線をさまよわせ、所在なさげに体をもぞもぞ動かす。


 時間は夜の十時近い。なんだかんだ、結構な長時間飲んでいた。

 これだけの時間がありながら、丸沢は結局タバコを吸わなかった。

 灰皿は綺麗なままだ。俺があげたタバコは、封が切られないままコタツの上に散らばっている。


 本気で禁煙しているんだなと思わず感心した。

 俺を遥かに上回るチェーンスモーカーが禁煙なんて、辛いだろうに。

 いつまで続くかは知らないが。


「タバコはどうする? 持ち帰るか、ここに置いておくか。近くにタバコがあると吸いたくなりそうだし、置いとくか? 次の機会に吸えばいい」

「あたしの禁煙が続かない前提で話してるし……それより、次の機会って、また遊佐のアパートにお邪魔していいの?」

「いつでもいいぞ。また飲もう」


 今日はクリスマスなので奮発したが、普段飲む分には家の方が安上がりだ。

 しょっちゅう居酒屋に行くよりも経済的で、問題があるとすれば丸沢の移動が面倒なことか。

 丸沢が一人暮らしなら、俺が行くって手もある。

 お互いのアパートに行き来するとか、完全に恋人?


 変なことを考えていたら、丸沢とバッチリ目が合った。

 俺の勘違いでなければ、何かを期待するような視線で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ