二十四話 寒い日はコタツで鍋に限る
俺のアパートに丸沢を招き入れる。
このアパートに限った話じゃないが、自分の部屋に異性を招くのは初めてだ。
「お、おじゃましまーす」
恐る恐る入ってくる丸沢は、柄にもなく緊張しているようだ。
だが、すぐに顔をほころばせる。
「コタツだ! 鍋だ!」
「寒い日はこれに限るだろ。コタツで鍋。最高だ」
「うん、最高! 分かってるね、遊佐!」
部屋の真ん中にコタツを置き、上には携帯用ガスコンロと鍋を準備してある。
「ほい、ハンガー」
「ありがと。こっちもありがと」
コートをかけるためのハンガーを渡し、俺のマフラーと手袋を返してもらう。
コンロに火をつけ、冷蔵庫からよく冷えたシャンパンとビール、グラスを出して準備は整った。
注文したオードブルを食べ、ビールを飲んでいる間に、鍋も食べ頃になる。
「随分と買ったね。食べ切れる? 飲み切れる?」
「残ったら明日以降の俺の飯にする。タッパーに詰めて持ち帰るか?」
「いらないって。あ、お金払うね。いくら?」
「じゃあ、三千円で」
誘ったのは俺だし、丸沢に払ってもらわなくてもよかったが、一切もらわないのも気遣わせるかと思って少しもらう。
「三千円で足りる? こういうオードブルって高いでしょ?」
「きっかり折半にする必要もないだろ。俺を立てると思って」
「遊佐のくせに格好つけるね。お言葉に甘えよっかな」
二人でコタツに入り、グラスにシャンパンを注ぐ。
ビールでもいいが、クリスマスはシャンパンだろ。気分的に。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス。今日は誘ってくれてありがと。乾杯」
二人でグラスを打ち合わせ、シャンパンを飲む。
うまいが、どうも慣れないな。俺はビールの方がいい。
ビール缶のプルタブを開けて、そのまま飲む。
「ついであげるのに」
「ついだりつがれたり、面倒だしやめようぜ。いつも通り食って飲もう」
会社の上司が相手なら、礼儀としてお酌をするが、俺たち二人ならやらない。
俺は、自分で言ったようにいつも通り飲み食いする。
鍋も食べ頃になったし、熱々の鍋を食べつつ冷たいビールをグーッと。
俺ばかりが食べていて、丸沢はあまり箸が進んでいないようだ。
まだ緊張しているのか?
そういや、タバコも吸っていないな。灰皿を準備したのに綺麗なままだ。
「ちょっと待ってろ」
一度コタツから出て、買ってあったタバコのカートンを持ってくる。
クリスマスプレゼントじゃないからラッピングはしていない。
カートンの袋を破り、一箱渡してやる。
タバコは受け取ってもらえたが、丸沢が吸い出す様子はない。
「吸わないのか?」
「う、うん……せっかくだけどやめとく」
「丸沢がタバコを吸わない!? 110番だ!」
「警察呼んでどうすんのよ。あたしがタバコを吸わないのが事件だとでも?」
「事件だろうが! 大事件だ! 正気に戻れ!」
「正気を疑われるとか……普段の言動を振り返れば反論もできないけど」
チェーンスモーカーの丸沢だぞ。睡眠時以外は常に吸っている奴だぞ。
こいつなら、トイレや風呂で吸っていても驚かない。
「まさか禁煙?」
「実は、十日前から」
「110番と119番!」
「うっさいよ。あたしが禁煙したっていいじゃん」
丸沢が禁煙。どういう風の吹き回しだ?
健康を気にするとは思えない。増税だって無関係だ。
何があってもタバコは吸う。吸い続ける。それこそが、俺の知る丸沢華恵だ。
丸沢がタバコをやめる理由となると、考えらそうな可能性は一つしかない。
「妊娠?」
「アホか! なんでよ!」
「いやだって、丸沢が禁煙しそうな理由っつったら、妊娠したとしか思えなくて。お腹の子供に悪影響を及ぼすからじゃないのか?」
「してない! 妊娠もしてなければ、妊娠する行為もしてないし、妊娠させてくれる相手もいない! 悪いか!」
「そこまで言う必要はないが……」
とか言いつつ、安心している俺がいる。
丸沢が妊娠していないことも、相手がいないことも。
「しかし、妊娠じゃないならなんで禁煙を?」
「ゆ、遊佐も禁煙してるし、あたしもって思って。なんか悔しいじゃない。遊佐にできてあたしにできないのが」
「変な理由だな。調子は悪くないのか? イライラしたり」
「病院行ったし、医者からニコチンパッチもらったよ。今も貼ってあるから平気」
ニコチンパッチとは、禁煙するためのアイテムだ。身体にペタッと貼り付けて使えば、皮膚を通じてニコチンが摂取可能になる。
喫煙者がタバコをやめられない最たる理由は、ニコチン依存症になっているためだ。タバコを吸わない人でも聞いたことがあると思う。
禁煙し、ニコチンの供給が止まれば、体がニコチンを求める。結果、イライラしたりタバコを吸いたくてたまらなくなったりする。
ニコチンパッチでニコチンを供給しておけば、我慢しやすくなるってわけだ。
ずっと使い続けることはできなくて、二ヶ月が目安だったか。何段階かに分けてニコチンパッチの種類を変え、ニコチンがなくても平気な状態にまで持っていく。
「俺は使ったことないが、あれって効果あるのか?」
「あたしも半信半疑だったけど、ある」
「プラシーボ効果じゃなくて?」
「かもしれないけど、使ってよかったって思うよ。これさ、要はニコチンを摂取するわけだし、妊娠中は使えないんだってね。使うなら今のうちって考えたの」
「効いてるにしては、食欲ないみたいだが」
「タバコとは無関係だって。食べるよ」
丸沢は豆腐を一切れ、口に放り込んだ。
「あっふ! ほふ!」
何を言っているかは分からないが、熱いんだろう。豆腐なんて放り込むからだ。
ビールで流し込んでいるな。
「ドジ」
「うっさい! 遊佐のくせに生意気! あたしが年上だよ!」
「体育会系のノリじゃあるまいし、年上も年下もあるか」
会社の先輩は敬うが、同期なら年上でも対等だと思っている。少なくとも俺は。
「くっそう……年上のお姉さんっぽくリードしたいのに……」
「お姉さん? おばさ……」
「あん?」
「丸沢さんはお姉さんでございます」
曲がりなりにも女性の丸沢に、「おばさん」の単語は厳禁だ。
むくれている丸沢は、ヤケ食いみたいに鍋を食べ始めた。
それでも量は少なく、ほとんど俺の腹に収まることになったが。
ビールも次々と空けて満腹だ。
丸沢は、食べた量も少ないが飲んだ量も少ないな。俺の方が飲むとか異常だ。
「あー、食った食った、飲んだ飲んだ。これで明日が休みなら最高なんだが」
「普通に平日だしね」
明日、十二月二十五日は火曜日で仕事がある。
あまり遅くまで引きとめたら悪いな。
クリスマスケーキを食べてから、プレゼントを渡しておしまいにしよう。
「ケーキ食べるか? クリスマスケーキは大きいと思って、普通のショートケーキにしたが」
「うん」
二人でケーキを食べる。こんな時でもないとケーキなんて食べないし、新鮮な感じがした。
丸沢は、酒好きタバコ好きにしては甘い物もいける口だ。
甘い酒、甘いタバコは好まないが、甘味の類なら普通に食べる。
最後にプレゼントの交換だ。丸沢からリクエストされたプレゼントを渡し、俺もネクタイを受け取る。
できる男なら、もっとロマンチックな演出をするんだろうな。
俺も考えなかったわけじゃない。グラスを二つ買っておくとか頭をよぎった。
丸沢に中身を見るように促し、開ければ二つ出てくる。おそらく「なんで二つも?」って疑問を投げかけてくれるだろう。
そこで、俺が一つを手に取り、「こっちは俺の分。おそろいにしていい?」と。
あるいは、スーツを着ておくって手もある。仕事がないのにスーツを着ると怪しまれるが、以前も同じ真似をしたから、同じ理由を使える。
風俗の下見だ。今日も下見に行ったってことにする。
丸沢は怒るに違いない。だが、それも計算のうちだ。
本当の理由は、丸沢にネクタイをほどいてもらって、プレゼントしてくれたネクタイを締めてもらいたいから。
やってくれるように頼み、なんなら告白とか。下げてから上げる戦法だな。
言うまでもないが、どちらもできるわけがない。当然のごとく却下した。
「ロマンチックじゃなくて悪いな」
「遊佐だし、期待してないって……ど、童貞だもんね」
丸沢は少し照れつつ、「童貞」の単語を口にした。
「中高生じゃあるまいし、童貞の一言で照れるなよ。童貞だの処女だの、何度も口に出してるだろうが」
「だ、だって……」
プレゼント交換が終わったあたりから、丸沢は落ち着きがなくなっている。
部屋の中に視線をさまよわせ、所在なさげに体をもぞもぞ動かす。
時間は夜の十時近い。なんだかんだ、結構な長時間飲んでいた。
これだけの時間がありながら、丸沢は結局タバコを吸わなかった。
灰皿は綺麗なままだ。俺があげたタバコは、封が切られないままコタツの上に散らばっている。
本気で禁煙しているんだなと思わず感心した。
俺を遥かに上回るチェーンスモーカーが禁煙なんて、辛いだろうに。
いつまで続くかは知らないが。
「タバコはどうする? 持ち帰るか、ここに置いておくか。近くにタバコがあると吸いたくなりそうだし、置いとくか? 次の機会に吸えばいい」
「あたしの禁煙が続かない前提で話してるし……それより、次の機会って、また遊佐のアパートにお邪魔していいの?」
「いつでもいいぞ。また飲もう」
今日はクリスマスなので奮発したが、普段飲む分には家の方が安上がりだ。
しょっちゅう居酒屋に行くよりも経済的で、問題があるとすれば丸沢の移動が面倒なことか。
丸沢が一人暮らしなら、俺が行くって手もある。
お互いのアパートに行き来するとか、完全に恋人?
変なことを考えていたら、丸沢とバッチリ目が合った。
俺の勘違いでなければ、何かを期待するような視線で。




