二十三話 元の彼女と今の彼女が遭遇するような気まずさ
十二月二十四日、月曜日。天皇誕生日の振替休日で仕事は休みだ。
夜は丸沢をアパートに招いて飲む約束をしている。
朝から部屋中を大掃除した。普段から掃除はしているが、念には念を入れてピカピカに。出しっぱなしにしていた雑誌なんかも本棚に片付けた。
掃除も終わり、手持ち無沙汰になったので、今夜のシミュレートを行う。
たいしたことをする気はない。場所が違うだけでいつものように飲み、プレゼントを渡す。遅くならないうちに丸沢を駅まで送っておしまいだ。
「告白は……できないし」
失恋してからさほど時間がたっていないってのに、俺は丸沢が気になっている。
有体に言えば好きだ。
あいつを好きになる特別なきっかけがあったわけじゃない。
大瀬さんが三屋村さんを守ったような、ドラマチックな何かもない。
強いて言えば、結婚相手の条件を聞いた時に「あれ?」って思った。もしかして俺はって。
俺は、丸沢と結婚すると家計が酒代とタバコ代で圧迫されると考えた。
今思えば変な思考だ。裏を返せば、酒とタバコの問題が解決すれば結婚してもいいって言っているようなものだ。
そこから、自分の気持ちをさらに踏み込んで考えてみた。
結論としては、好きだが告白はためらっている。
俺の言動を振り返ってみれば、どの面下げて「好き」なんて言えるんだよ。
童貞を捨てるために、若くて可愛くて処女の女の子を恋人にしたいと相談した。いずれにも当てはまらない丸沢は対象外だとか、失礼極まりないことも考えた。
風俗の話もしたし、ハーレムの話も出たな。俺の性格上、ハーレムを作れるとなれば、絶対に作らないとは言い切れないって。
童貞を捨てさせてくれって土下座までしたし。
ここまでやっておいて、いまだに友達付き合いをしてくれているのが驚きだ。嫌われても当然なのに。
完全に自業自得だが、おかげで告白しにくいのなんの。
あとは、丸沢との関係が楽だってのも、告白をためらっている理由だ。
しょっちゅう一緒に飲んでいて、バカな話もできるし本音を暴露できる。童貞のこととか魔法使いのこととか、三屋村さんには話せないが丸沢には話せる。
これが楽なんだよ。丸沢と一緒にいると超楽。
格好つけなくて済む。恥ずかしい話もできる。自分を取り繕わず、本音をさらけ出せる。
三屋村さんが相手だと、こうはいかない。
男として格好つけたいと思う。恥ずかしい話はできない。嫌われないように自分を取り繕い、本音を隠す。
丸沢との気安い関係は、凄く楽だ。
楽だからこそ、自分に自信がない。楽な道に逃げようとしているように思える。
悪く言うなら妥協する。丸沢でいいやって。
丸沢は、真剣に考えるように何度も忠告してくれた。童貞を捨てるだけの相手に選ばれて、女が喜ぶわけがないと。
俺の気持ちは、果たして真剣に考えた結果なのか? 失恋から間もないのに、散々丸沢をバカにした発言をしてきたのに、どの口で真剣なんて言える?
「なんかあればいいが、ないもんなあ」
丸沢の魅力を知ったとか、気付かなかっただけで実は以前から好きだったとか。
胸を張って「好きだ」と言い切れる何かがあればいいのに、漠然としている。
好きなのは確かだが、告白に踏み切れるレベルじゃない。俺の気持ちを嘘とは言わないし、真剣なつもりでも、まだ真剣さが足りない気がする。
今日は飲んで終わりだ。世話になったことにお礼を言い、これからもよろしくって感じかな。
予定を考えているうちに時間は過ぎた。注文した物を取りに行くか。
弁当屋でオードブルを受け取り、ケーキ屋でショートケーキを二個買う。
クリスマスケーキは、二人で食べるには大き過ぎる。二人前のやつでも食べ切れるとは思えないし、普通のショートケーキだ。
買う物も買ったし、一旦帰って飲む準備をする。
そろそろ時間だ。丸沢を迎えに行こう。
コートを羽織り、マフラーと手袋もつけて、アパートを出る。
外に出れば、ヒンヤリとした空気が肌を撫でた。
今日は結構冷えるな。雪でも降ればホワイトクリスマスだ。
寒い中をゆっくりと歩き、駅に着いたのは待ち合わせの五分前だった。
丸沢は既に到着していて、人が多く行き交う駅前で佇んでいる。
が、様子が少しおかしい。
妙に寒そうにしている。手に何度も息を吐きかけ、こすり合わせたり。
今日は冷えるが、雪国ではあるまいし、氷点下に達しているなんてことはない。電車から降りて数分程度待っていただけでは、ああはなるまい。
いつから待っていたんだ? 六時五分前だから、俺は遅刻していないが。
「丸沢?」
「あ……やっときた。遅い」
「遅いって、まだ時間前だぞ?」
「時間前? 六時からなんでしょ?」
なんか食い違っている。話が噛み合わない。
まさかと思うが。
「俺、六時に迎えにくるって言ったつもりだったが……」
「あたしは、六時から飲み始めるつもりだった」
やっぱりか。嫌な予感が的中した。
丸沢は、移動時間を考慮に入れていたんだ。駅から俺のアパートまで移動し、飲み始めるのが六時だって受け取った。
だよな。普段、居酒屋で飲む時に六時って言えば、六時には店に入って飲み始めることを意味する。駅に六時とは受け取らない。
「ごめん、ミスった。ほら、手袋……冷たっ!」
自分の手袋を丸沢につけさせようと思って手を取れば、冷え切っていた。
「どんだけ待ってたんだよ。スマホに連絡入れてくれればよかったのに」
「い、急がせるのも悪いかなって……」
「本当にごめん」
温めようとして丸沢の手を握る。ぎゅーって。
「あ、あの……遊佐?」
多少よくなれば、手袋をつけてやる。ついでだしマフラーも渡す。
薄手のコートこそ着ているものの、マフラーや手袋は身に着けていないんだ。
「マフラーと手袋は? 今日は寒いだろ?」
「ちょっと甘く見てた。あたし汗っかきだし、汗かくの嫌だなって……汗臭いと思われたくないし」
「そんなに汗っかきだったか? まあいいや、早くあったかいとこに行こう」
「……分かってるんだけどね。他意がないって分かってるのに……ナンパ野郎」
「なぜ!?」
俺のどこがナンパ野郎だ。
と思ったが、よくよく考えればそうだったかもしれない。
丸沢の手を握ったり、手袋とマフラーを渡したり。
挙句、「あったかいとこに行こう」だ。ホテルにでも行って温まろうという意味にも聞こえる。
「遊佐って変に狙わない方が女受けいいんじゃない? 天然ジゴロの素質あるよ」
「ないし、あっても困る。つうか、さっさと行くぞ」
バカなことを言い出した丸沢を無視して、アパートに向かう。
恋人じゃないんだし、手をつないだり腕を組んだりはしない。隣に並んで歩く。
アパートの近くまでくると、丸沢はこんなことを言い出す。
「コンビニ寄っていい?」
「タバコなら買ってある。酒もつまみもバッチリだ」
「あたしが買う物、イコール、タバコかい……」
「他にあるか? ジュース? デザート? あったかい部屋で食べるアイスとかいいよな」
「色気の欠片もない……」
色気と言われてもなあ。
「分かった、肉まんだな。もしくは、あんまん」
「それのどこに色気がある! 替えの……何言わせんの!」
理不尽な怒られ方をするが、結局何を買うのかは教えてもらえなかった。
よく分からないまま、いつものコンビニに立ち寄る。買う物を絶対に見るなと念を押された。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
やっべ、大瀬さんと三屋村さんがいる。
まずは大瀬さんがキリッとした声で「いらっしゃいませ」と。次いで三屋村さんも明るい声で同様に。
癖でここにきたが、別のコンビニに行けばよかった。気まずい。
なんつうの? 元カノと今カノが遭遇しちゃいました的な?
三屋村さんは元カノじゃないし、丸沢も今カノではないが。
会釈だけして、なるべく視線を合わさないようにする。
よりにもよって、なんで二人そろってシフトに入っているんだよ。
クリスマスデートの代わりか? 仕事があって遊びに行けないから、せめてコンビニ内で一緒にいようと?
仲睦まじくて結構だな。くそったれ。
俺が迂闊だったのに、身勝手な文句を考えた。
二人に何を思われているのか気になりつつ、早く買い物を終わらせてくれと願いを込めて丸沢を見る。
丸沢は、日用品が置いてある辺りをうろついている。ハンカチでも買うのか?
見るなって言われたし、それ以上は見ない。
俺はどこを見ればいいんだ? 大瀬さんたちの方は見られず、丸沢も無理。
仕方なく、雑誌を立ち読みする。目の前にでかでかと「立ち読みはご遠慮下さい」と書かれた張り紙があるが、気にしていられない。
立ち読みしていたら、大瀬さんが近寄ってきた。
「お客様、立ち読みはご遠慮下さい」
「……結構いい性格してますね、大瀬さん」
「さて、なんのことでしょうか? 私は店長として、お客様に注意させていただいただけですが」
絶対に嘘だ。俺をからかっているんだ。
「本当にいい性格ですね」
「遊佐さんこそ。私が紹介するまでもなく、いらっしゃるじゃないですか」
恋人って意味だろうな。紹介してもらいたいって話したのを覚えていたのか。
客との細かな会話も覚えていられる、できる男ってところだ。
「あまり詮索はしないでもらえると助かります」
「クリスマスイブの夜に、シフトに入らなければいけないんですよ。嫉妬の一つは許してください」
「嫉妬って……ちゃっかり、三屋村さんと同じシフトにしているじゃないですか」
どこまで本当かは知らないが、大瀬さんでも俺なんかに嫉妬するんだなって思った。嫉妬される側であり、嫉妬する側の人間じゃないだろうに。
「誓って言いますが、偶然です。クリスマスの時期は、シフトに入りたがらない人が多く、私たちに回ってきました。それだけです」
「仕事とプライベートは混同していないと?」
「もちろんです。まあ、ラッキーだと思ったことは否定しません。せっかくのクリスマスイブ、このくらいの役得があってもバチは当たらないでしょう」
女性を虜にしそうなスマイルで、大瀬さんは言い切った。
「自分へのクリスマスプレゼントってところですか」
「言い得て妙ですね。祝日もクリスマスも関係ない私へのプレゼント。遊佐さんのようにはいきません。彼女が着けているマフラー、遊佐さんの物ですよね?」
この人、マジでよく見ているよな。俺との会話を覚えていただけじゃなく、マフラーまで。
とりあえず、一つだけ誤解を解いておくか。
「見せつけにきたわけではありませんので、そこは誤解しないでください。彼女がマフラーを忘れたため貸しているだけですし、ここへもいつもの癖で足が向いてしまったんです」
恋人同伴で、わざわざ見せつけにくる男とは思われたくない。
「癖で足が向いてしまうほどご利用いただき、ありがとうございます。何か買っていかれますか? サービスしますよ」
「どんなコンビニなんですか……」
俺の上司の新田さんに似ている。いけ好かないイケメンじゃない部分が。
俺の周囲のイケメンどもは、どうして内面までイケメンなんだよ。
嫉妬されたかと思えば、やっぱり俺が嫉妬してしまう。
俺と大瀬さんが雑談している間に、丸沢も終わったみたいだ。
「てか、何も持ってなくないか? カバンに入れた?」
丸沢がコンビニの袋を持っていなかったので疑問に思った。
肩からかけているカバンに入れたのかなって。
「置いてなくて。しょうがないし諦める」
「別の店に行くか?」
「そこまでしなくていいよ。行こ」
せっかくコンビニに寄ったのに、何も買わずにあとにした。
大瀬さんと三屋村さんに見られ損だったじゃないか。




