二十二話 タバコを間断なく吸い続けるからチェーンスモーカー
数日後、仕事中に丸沢から連絡が入った。クリスマスプレゼントに関してだ。
内容は実に丸沢らしい。こんな物をクリスマスプレゼントとしてリクエストするのは、あいつくらいだ。
「お酒を飲むためのグラス……絶対にバカだ」
丸沢から届いたメッセージを読み、思わず声が漏れた。
確かに俺は、高価な代物は却下と言った。丸沢も遠慮したのかもしれない。
だが、グラス。カップルがおそろいにするとかでもないのに、酒用のグラス。
丸沢は丸沢だったか。
「遊佐、何をニヤニヤしてるんだ? 恋人から連絡でもきたか?」
丸沢のメッセージがあまりにもアレだったせいで、笑みがこぼれていたのか。スマホを見ていた俺は、上司の新田さんに言われてしまった。
仕事中にスマホを見ていたことへの注意ではない。仕事そっちのけで、四六時中スマホを見ていればさすがに怒られるが、たまになら平気だ。
「新田さんなら、クリスマスプレゼントをもらうとすれば何をもらいます?」
「いきなりだな。妻からもらうなら、普段から使える物がいいか? 財布とか」
「酒用のグラスをリクエストされました。バカですよね。情緒もへったくれもありません」
「ああ、なるほど」
なんで、「俺は察したぞ」みたいな表情になっているんですか。
新田さんだけじゃない。他の人もだ。
「仕事中はほどほどにな」
「すみません」
誤解だと騒ぎ立てる気にもなれず、素直に謝罪した。
全部丸沢のせいだ。文句を言ってやる。
理不尽にも責任を押し付けてから、仕事を続けるのだった。
そして平日が過ぎ、週末がやってきた。
十二月二十二日、土曜日。
クリスマスイブを明後日に控え、俺は丸沢へのプレゼントを購入するために出かける。
クリスマス商戦の真っ最中であり、あっちこっちが賑やかだ。
デート中の男女も多く、プレゼントを選んでいるのかもしれない。
一方で、俺が買うのはグラスだ。空しい。
なんかこう、男のプライド的にな。
誰も俺なんか気にしていないだろうが、自意識過剰でもこっちは気になるんだ。
いかにも「女性へのプレゼントですよ」って感じの物を買って、「この人は恋人いるんだな」って思われたら、プライドも満たされる。
つまらないと言えばそれまでだが、さほど変な感情でもないと思う。
例えば、クリスマスの時期にエロ本は買えない。ハーレム系ラブコメのマンガやラノベだって買えない。
んなもんを買うと、「あ、察し」って思われるだろうが。生温かい目で見られていると錯覚するだろうが。
いくらなんでも恥ずかしいと感じる俺は、間違っていないはずだ。
まあ、童貞をこじらせた男はこうなるっていう悪い見本として一つ。
変なことを考えつつ、目当ての物を購入。ラッピングもしてもらった。
酒はスーパーで買い冷蔵庫に入れてあるし、食べ物はクリスマスらしいオードブルを注文済みだ。当日取りに行けばいい。
他に買う物はあったか?
「……タバコも買っておくか。グラスだけじゃ物足りない」
タバコの方が高いのは、どういうわけだろうな。
十月に値上がりして、さらに高くなったんだ。ワンカートンで五千円だぞ。
タバコならコンビニで買えばいいし、アパートに帰る。
コンビニに寄れば三屋村さんがレジにいた。
もう一人、大学生くらいの男性もいるが、大瀬さんはいない。
いくら仕事だからって、恋人を別の男と二人きりにするのか。不安になったりしないのかね。
不安なんて言い出すと仕事にならないが、俺なら絶対に不安になる。
この男性店員は、大瀬さんほどイケメンではないにしろ、不細工でもない。少なくとも、俺よりは女性にモテそうな見た目をしている。
しかもこの時期だ。美人のバイト仲間と同じシフトに入れてラッキー、クリスマスに誘おう、とか考えてもおかしくない。
三屋村さんを信じているのか? イケメンは中身もイケメンだ。
なんで、コンビニに寄っただけで敗北感に打ちひしがれなけりゃならんのだ。さっさとタバコを買おう。
レジに並べば、俺の前のお客さんが男性店員で、俺は三屋村さんに当たった。
「タバコをワンカートン、お願いします」
「遊佐さん、禁煙は?」
「違います違います。セッタで」
「そういうことですか。またご友人にあげるんですか?」
「はい。私はちゃんと禁煙を続けていますよ。でも、友達は私以上のチェーンスモーカーでして。一緒に禁煙しようと誘えば、『死ぬ』って言われました」
「ヘビースモーカーの人って、どうして禁煙できないんでしょうね? ところで、ヘビースモーカーとチェーンスモーカーの違いってなんでしょう?」
「私も明確な定義は知りませんが」
チェーンスモーカーは、文字通りタバコを間断なく吸い続ける人だ。ヘビースモーカーよりもずっと依存性が高いイメージがある。
チェーンスモーカーはヘビースモーカーでもあるが、ヘビースモーカーはチェーンスモーカーとは限らない。
という説明をすれば、三屋村さんは納得していた。
「私は、吸っていた頃は一日に一箱程度だったので、ヘビースモーカーとも言えません。吸わない人からすれば、ヘビースモーカーだろって思うでしょうが」
「思いますね。一日一箱は十分にヘビーですよ」
「でも、考えてみてください。一時間に一本吸えば、一日で一箱近くになるんですよ。一時間に一本って、言うほど多いですか?」
「一箱は二十本入りでしたっけ? 睡眠や食事の時間を除くとしても、一時間に一本吸っていれば、一箱近くは消費しますね……って、騙されませんよ。だからって、吸っていいことにはなりません」
自己弁護をしたかったわけじゃないが、誤解されたかな。
だが、俺はヘビースモーカーでもチェーンスモーカーでもないのは事実だ。
さほど苦労せず、禁煙を続けられているのが証拠とも言える。吸いたいという欲求はあるものの、我慢できる程度だ。
丸沢は両方とも当てはまる。
会社のデスクでは吸えないから、しょっちゅう喫煙室に行って吸っている。
会議が二時間とか続くと、タバコを吸えなくて辛いって言っていた。
まごうことなきチェーンスモーカーだ。
「私はともかく、友達が禁煙するには病院に行くしかないと思います。個人の努力や根性では我慢できません」
「病気になってから病院へ行くよりも、禁煙のために行く方がいいですよ。ご友人に言ってあげればいかがですか?」
「言っても聞かなくて……っと、あまり話していてもダメですね」
俺以外の客がレジに並んだみたいだし、雑談は終わりだ。
「引きとめてしまい、すみませんでした。またお越しくださいませ」
三屋村さんに見送られてコンビニを出る。
そこで、男性店員から軽く睨まれたように感じたのは、気のせいだろうか?
女子大生にちょっかいをかける怪しいおっさんとでも思われたかな。ストーカーの件もあったし、過敏になっているのかもしれない。
ちょっかいをかけているのは間違っていないが、知り合いとして話をしているだけだ。
恋愛的な意味なら、もう諦めた。少し会話するくらいは許してもらいたい。
あるいは、あの男性店員も三屋村さんを狙っているのかもな。
俺も同類だから分かる。三屋村さんが絡まれている時に助けたが、これで仲が深まると喜んだものだ。
彼も三屋村さんを助け、いいところを見せたがっていてもおかしくない。
三屋村さんには大瀬さんがいるから報われることはないが。
他人の恋路に口を挟むのもなんだし、玉砕でもなんでもしてくれ。
俺は自分のことで手一杯だ。




