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二十一話 高級店に誘うのと自室に誘うのはどちらが意味深か

 十二月十四日、金曜日。

 クリスマスイブまで十日となった。


 今日は会社の部署で集まって忘年会があり、帰宅したのは夜の十一時だ。

 普段なら二次会、三次会といくらでも付き合うが、今日は早めに帰らせてもらった。

 丸沢(まるさわ)とは、チームどころか部署も違うからな。忘年会にいなかったんだ。


 いや、丸沢目当てで忘年会に参加したわけじゃない。

 飲むのが好きな俺にとっては、会社の飲み会や忘年会は楽しい行事だ。喜び勇んで参加する。

 今日は、ちょっとやりたいことがあったので帰宅した。

 アパートに帰り、スーツを脱ぐ前に丸沢へ電話する。

 夜も遅いが、あいつなら起きているはずだ。


『もしもし』

華恵(はなえ)もーん」


 いつぞやと同じネタを繰り返せば、電話を切られてしまった。

 こらえ性のない奴だ。酔っ払いの冗談に付き合ってくれよ。

 もう一回かける。


『あのさ、寒いネタを繰り返しても余計に寒くなるよ。遊佐(ゆざ)にはギャグの才能ないから』

「ギャグの才能があれば、今頃芸人にでもなってる。芸人はモテるって話だし、美少女アイドルと付き合えそうだ」

『切る』

「ごめんごめん。冗談だって」

『……なんかあった? 前はショックな出来事があったから、電話してきたよね』


 寒いジョークを言った時の俺の状態まで覚えていてくれたのか。

 些細なことだが嬉しい。


「今日は違う。忘年会があって飲んだから、酔っ払ってるんだ。テンションがおかしいとすればそのせい」

『ああ、忘年会か。じゃあ、用件は?』

「せっかちな奴だな。小粋なトークを楽しもうぜ」

『切る』

「ごめんごめん。冗談だって」


 なんだかんだ、こうやってネタを繰り返すのに付き合ってくれる。

 おまけに、これからする話が恥ずかしいってこともあり、ついついネタに走ってしまいがちだ。

 だが、そろそろ真面目にいくか。


「丸沢、クリスマスに予定ないって言ってたよな? 飲まないか?」

『……クリスマス?』

「おう。それとも、予定入った?」

『予定はないけど……クリスマス?』


 わざわざクリスマスに誘う意味を考えているな。

 拒否されないことを祈る。


「OK? NG?」

『えっと……二人で? 同期の誰かも誘うの?』

「二人で」

『そうなんだ……まあいいけどさ』

「サンキュー。そんじゃあ、店なんだけど、予約しようと思ったのにどこもかしこも埋まってたんだ。二十四日も二十五日も、どっちもダメだった」


 これは嘘だ。いい店がないか調べたが、予約状況までは確認していない。

 変に高級店へ行くよりも、別の場所がいいんじゃないかと思って。


『よ、予約が必要な店に行くの? 居酒屋じゃなくて?』

「たまにはいいだろ。だが予約は取れなかったし、俺のアパートでどうだ?」

『ええっ!?』


 アパートに誘えば、さすがの丸沢も驚いた声を発した。

 意味深な発言だとは俺も思っている。

 夜景の見える高級ホテルでディナーってのも意味深だが、自分のアパートに誘うのも同じだ。どっちの方がより意味深だろうな。


 いきなりアパートに誘うのは気が引けて、理由が欲しかった。

 だから「予約は取れなかったし俺のアパートで」とした。嘘も方便だ。

 とはいえ、丸沢が俺のアパートを嫌がって居酒屋を望めば、無理強いはしない。

 俺もビビッているんだ。強引に連れ込むような度胸はない。


「居酒屋がよければ、そっちにするけど? 俺のアパートでもタバコは吸っていいから、そこは気にせずにどっちがいいか決めてもらえれば」

『タバコも重要だけど……酔っ払いの冗談じゃないよね?』

「アルコールの力を借りてるのは否定しないが、本気だぞ」

『本気なんだ……クリスマスに、遊佐のアパート……』

「あ、もしかして、俺に襲われるとか考えてる? ないから心配するな」

『うっさい! 考えてない!』


 茶化して言えば、怒られてしまった。

 照れ隠しだと理解してくれ。

 三十歳にもなって幼稚だ。言葉にしない内心を察しろと要求するのは図々しいとも分かっているが、所詮は俺だぞ。


 三十歳なのに童貞で、女性との交際経験すらない男。

 まともな誘い方ができるなら、とっくに彼女を作っている。

 もちろん、襲わないのは本当だ。散々童貞を捨てたいと言ってきた俺でも、一足飛びで関係を深めようとは思わない。


「丸沢の身の安全は保障する。大丈夫大丈夫、安全だから。絶対。安心安全の遊佐京侍(きょうじ)。ジェントルマンの遊佐京侍。遊佐京侍をよろしくお願いします」

『余計に胡散臭くなったけど……』

「マジで言ってるんだけどな。三屋村(みやむら)さんのことで相談に乗ってもらったし、世話になっただろ。恩返しのつもりなんだ」

『他意はなくて?』

「襲って欲しいなら襲うが? 俺だって童貞捨てたいし、ウィンウィンの関係だ」


 他意はない、とは言っていない。わざと誤魔化した。


『ウィンなのは遊佐だけでしょうが。童貞の夢を壊して悪いけど、「あなたに抱かれたいの。お願いします、私を抱いてください」なんてあり得ないから』

「そんな妄想はしてない。ただしイケメンに限る、だろ?」

『ま、まあ、ね』

「つうか、結局居酒屋にするのか? 俺のアパートか? なんなら丸沢のアパートでもいいぞ」

『あたし、実家暮らし』

「無理だ」


 即座に諦めた。無理に決まっている。

 丸沢の実家になんて行けるか。ご両親に挨拶とか、段階をいくつすっ飛ばしているんだよ。

 しばらくバカな会話を繰り返し、丸沢はようやく決める。


『じゃあ、あの、遊佐のアパートで』

「二十四日と二十五日、どっちにする? 俺はどっちも空いてるが」

『あたしもどっちでも……』

「二十四日にしておくか? ちょうど振替休日だしな。二十五日だと、どっちかが残業になる可能性がある」

『うん……』

「調子狂うから、しおらしくならないでくれよ。『飲むから定時帰り!』とか『両日飲む!』とか言い出すのが丸沢だろ?」

『あたしはそんなの……言うけどさ。と、とにかく、二十四日で決定? 時間は? 遊佐のアパートの場所も知らないし』


 丸沢と相談して、細かい部分を決めていく。

 日にちは、二十四日のクリスマスイブ。時間は夜の六時から。

 最寄り駅まできてもらい、俺が迎えに行くことにした。

 酒とつまみは俺が用意する。丸沢が重いビールを抱えて移動するのは大変だろうし、そもそも誘った側が用意すべきだ。


「あとさ、プレゼントは何がいい? 高価な代物は却下な」

『普通、自分で考えない? あたしに聞く?』

「童貞に何を期待してるんだ。ここで、女性の好みにピタリの物を渡せる男がモテるのは分かるが、恋愛経験皆無の俺には無理」


 童貞には無理。不可能。できてりゃ人生楽勝だって。

 できない真似を要求されても困るし、直接聞いておく方が確実だと判断した。


「ちなみに、俺はネクタイで」

『自分の分まで要求するの!?』

「逆に聞くが、丸沢はもらうだけのつもりか? 俺がプレゼントを贈れば、丸沢も何か買ってくれるんじゃ?」

『そりゃまあ……』


 一方的にもらうだけもらっておしまい。

 そんな性格はしていない。だったら、普段から奢られようとするはずだ。

 かといって、変に悩ませても悪いし、最初からネクタイを要求しておけば楽になる。高い物でもなく、俺なりの気遣いだな。


「丸沢のセンスに期待してるぞ。安くてもセンスのいいネクタイを選んでくれるって。無駄に高いブランド品はやめてくれよ。こっちが申し訳なくなる」

『難易度高っ。男の好みなんて知らないのに』


 一から十まで指定してもなんだし、丸沢が考えられる余地を少し残した。

 センスとか言っているが、俺だってセンスがあるわけじゃない。どんな物でもいいと思っている。


「で、丸沢は何がいい? 指定がなければタバコのカートンにするぞ。俺に恥をかかせる気か? 店でタバコを出して、『プレゼント用のラッピングお願いします』とか、どんだけ恥ずかしいんだよ」


 想像すると、とんでもなくシュールな場面だ。

 相手も仕事ならやってくれるだろうが、内心で何を思われるやら。


『す、すぐには決められない。ちょっと待って』

「分かった。決まったら連絡よろしく」

『うん。あ、あのさ……誘ってくれて……ありがと』

「どういたしまして」


 電話を切り、俺は大きく息を吐く。

 あー、緊張した。普通に話せていたと思うが、実際は心臓が破裂しそうだった。

 最後なんて、「誘ってくれてありがと」じゃねえよ。あんなしおらしいのは、俺の知る丸沢じゃない。


 社交辞令か? 単なるお世辞か?

 だとしても、俺は舞い上がっていた。クリスマスイブが楽しみだ。

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