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二十話 焦る時間じゃないうちに行動しておく方がのちのち助かる

 クリスマスまで、まだ時間はある。

 十一月もどんどん過ぎていくが、まだ大丈夫。焦る時間じゃない。

 とか考えていたら、あっという間に十二月だ。どうしてこうなった……

 ちょっと前までクールビズだって言っていたのに、すっかり肌寒くなっている。


 十二月十日、月曜日。

 残業を終えて帰宅した俺は、アパートでパソコンの画面を眺めている。

 二週間後はクリスマスイブだ。性夜……もとい聖夜である。


 今年のクリスマスは、少し考えていることがある。

 丸沢(まるさわ)を誘ってみようかなって。

 なのに、何も決められない。

 店はどうするか。プレゼントはどうするか。

 あいつが喜ぶ物ってなんだ?


 パソコンであっちこっちの店を検索しているが、さっぱりイメージが湧かないのは、決して俺が童貞だからってだけが理由ではない。


「酒とタバコ以外に何があるんだよ。面倒臭い女だ」


 居酒屋に連れて行って奢れば喜んでもらえる。

 タバコのカートンをプレゼントすれば喜んでもらえる。

 んなことは百も承知だ。他に喜んでもらえる内容を知りたい。


「しっかし、なんで真面目に考えてるんだ?」


 たまに疑問が浮かぶ。ここまでする意味があるのかどうか。

 クリスマスに誘ってディナーやプレゼントを。

 普段のように飲みに行くのとはわけが違う。クリスマスを狙って誘うなんて、告白に等しい。

 俺が女性から誘われれば、特別な何かを想像する。丸沢だって同じはずだ。


「何かと世話になったし恩返しのつもり……って言っても、言葉の裏を考えるに決まってる。恩返しを口実にデート、告白とか」


 デートのつもりも告白のつもりもないのに、ぬか喜びさせても悪い気がする。

 いや、俺に誘われたところで、丸沢は喜ばないか? それはそれで寂しい。


 三屋村(みやむら)さんのことは吹っ切った。今でもコンビニは利用しているし、三屋村さんや大瀬(おおせ)さんと話もするが、お幸せにって思えるようになった。

 二ヶ月近くも時間があれば、いつまでも落ち込んでいない。


 失恋し、吹っ切って、じゃあ丸沢と。

 それもなんか違うんだよ。

 簡単に乗り換えるって思われたくないし、童貞を捨てる相手がいないから手近なところで妥協したとも思われたくない。


 結局は俺のプライドがどうのって問題だが。

 そもそも俺は、丸沢と付き合いたいのか? あいつが好きなのか?


「うーん……」


 腕を組み、うなり声を上げつつ考える。

 嫌いではない。どちらかといえば好きだ。

 女性として? 付き合って、なんなら結婚してもいいと思えるほど好きか?


「あいつと結婚すると、家計が酒代とタバコ代で圧迫されるよなあ」


 まあ、好きとか付き合うとかは、この際考えないでおこう。

 クリスマスに誘うかどうかだ。

 丸沢を誘うなら誘うで、早くしないといけない。あいつにだって予定はあるだろうし、のんびりしていたら先に埋まってしまう。


 つうか、二週間前の今でも遅いくらいだ。

 先月から考えていたのに、まだ時間はあるって先延ばしにしていたら、いつの間にか二週間前になった。

 ギリギリになってから焦っている。もっと早くに行動しておかない俺が悪い。

 これ以上は引き延ばせないし、決めないと。


「しゃあない、その場のノリに任せるか。出たとこ勝負だ」


 スマホでメッセージを送る。明日、飲みに行こうと。

 代わり映えのしない内容だ。丸沢に連絡する時はいつもこれだ。

 あとは、明日の俺に任せよう。頑張れ、明日の俺。





「最近、めっきり遊佐(ゆざ)に会わなくなったよね」

「会ってるじゃん。こうして飲んでるし」


 居酒屋にて、丸沢と二人で飲んでいる。

 九月や十月は少々飲む頻度が高かったが、あれは異常だった。四日連続とか、正気の沙汰とは思えない。

 もっとも、今だって月に数回は飲んでいる。会わないってほどじゃない。


「会社でよ。遊佐が禁煙しちゃったせいで、喫煙室で会わなくなった。今月になってからは、今日が初めて会うよね」

「俺に会えなくて寂しい?」

「鏡見てどうぞ」


 ひでえ。まあ、俺だって本気じゃないが。

 同期でも、チームが違えば会社内では全然会わないのは確かだ。

 こうして飲みに誘わなければ、偶然に顔を合わせる機会もない。


「よく続けられるよね、禁煙。二ヶ月くらい?」

「そんなもんだな。意外といけるぞ? 丸沢も一緒に……」

「無理。死ぬ」


 飲み始めてから三十分。丸沢は既に四本目のタバコを吸っている。

 飲んでいると本数が増えるものだが、相変わらずのチェーンスモーカーだ。


「結婚した時の予行演習だと思えばいいだろ。いつまでも独身で通すのか?」

「……したいよ、結婚。先月末にさ、友達の結婚式に出席したの。表向きは祝ったけど、内心は……ああ憎たらしい」

「友達なら祝福してやれよ」

「遊佐はいいよ。男だし、まだ三十歳なら焦る時期じゃない。あたしは……」

「焦る時期じゃない。そう思っている時に行動しておくと、のちのち助かるぞ。俺の経験談だ」


 クリスマスの二週間前になってから誘おうとしているからな。

 既に予定が埋まっていたらどうしよう。


「経験談って、三十歳まで童貞だったこと? 確かに説得力あるわ」

「そっちじゃ……いや、そっちもか」


 中学、高校、大学と、青春時代は十年間もあったのに、ずっと彼女を作らず童貞だった。

 三十歳まで童貞を貫き、今になって焦っている。


 三十歳だろうと四十歳だろうと、いくつになっても恋愛はして構わないし、遅くはない。

 が、十代の恋愛と三十代の恋愛は、やっぱり違うと思う。

 十代の時は、十代にしかない恋愛観があるものだ。


 もしも俺が、過去の俺にアドバイスできるなら、こう伝える。

 焦る必要はないが焦らなくていいうちに行動しておけ、と。


 中高生くらいの年齢なら、彼女が欲しい、童貞を捨てたいと感じる男も多い。

 だからって躍起にならなくてもいいが、何かしらの行動はしておく方が吉だ。

 俺は何もしなかったせいで、今苦労している。

 丸沢のことも、どうやって誘えばいいのやら。

 もうちょい雑談を続けるか。頃合いを見計らって切り出そう。


「丸沢は、タバコと結婚ならどっちを選ぶ?」

「どっちも選べない。お願いだから両方取らせて」

「高望みするなよ」

「高望みはしてないんだけどなあ。顔とか年収とか、理想を言い出せばキリがないけど、そこはどうでもいい」

「じゃあ、丸沢の考える結婚相手の条件は? 酒とタバコを許してくれる奴か?」

「難しい……許してくれなくてもいいかなって」


 お? 条件が緩和している?

 以前は「結婚するなら酒とタバコを許してくれる男がいい」と言っていたのに。

 丸沢が酒とタバコを我慢できるなら、俺だって……

 俺だって、なんだ?


「禁煙できるのか? できないから結婚もしないんだろ?」

「あたしが禁煙したら、ムシャクシャして八つ当たりする。禁酒も一緒。それでも見捨てずに、辛抱強く付き合ってくれる人なら、あたしも努力しようって思える」

「ある意味、贅沢な条件だぞ。そんなに器の大きな男が残ってるか?」


 丸沢の癇癪に付き合うような男なら、そもそも酒もタバコもやらない女性を捕まえると思う。


「うっさい。言われなくても分かってるって。どうせあたしは結婚できませんよ」

「やさぐれるなよ。ちょうどクリスマスの時期だし、恋人を見つけるにはもってこいだ。デートの予定でも立ててさ」


 よし、いい感じの話題になったぞ。

 ここだ。言え。誘うんだ。


「クリスマス……」

「クリスマスなんて知るか! 予定? 恋人? あるわけないでしょうが!」


 め、面倒臭え……俺が誘おうとしたら、無駄に逆ギレしやがって。

 独り身にとってのクリスマスは、暗黒面に堕ちる日と相場が決まっているのかもしれない。


 丸沢がこの調子だと、生半可な気持ちで誘いにくいな。

 ここで俺が「クリスマスに飲もう」なんて言い出せば、どう考えてもアプローチと受け止められる。

 少し方向性を変えてみよう。


「話は変わるが、丸沢って着物着る?」

「いきなりだね。答えは着ない。浴衣すら持ってないよ。着物がどうかした?」

「三屋村さんが、来月成人式なんだよ。三屋村さんは着物を着たいって話で、大瀬さんもプレゼントしたいって」

「素敵な彼氏じゃない」

「でも、着物って高いだろ。いくら一生に一度だからってプレゼントしにくい。三屋村さんも遠慮するだろうしな。どうしたもんかって大瀬さんから相談受けてさ」


 あれからどうなったのかは知らない。また相談されるなら聞くが、こっちから根掘り葉掘り聞き出すのも悪いと思った。


「着物っていくらするの?」

「ピンキリだが、高いやつなら七桁以上」

「百万か。そりゃ買えないし、もらえないわ」

「丸沢もか? こう言っちゃなんだが、女って彼氏からのプレゼントは喜ぶと思ってた。もちろん、いらない物をもらっても嬉しくないが、今回のケースなら三屋村さんも着物を着たいって言ってるんだしさ」

「さすがに高過ぎるって」

「じゃあ、丸沢が受け取るのはどこまでだ? てか、酒とタバコ以外に欲しい物なんてあるか? まあ、ないわな。丸沢だし」


 ちょっと挑発してみた。これで丸沢の欲しい物を聞き出せればいい。

 巧みな話術なんて俺は持っていないし、わざとらしいがこれが限界だ。


「あたしの欲しい物……お金、家、車、エステの優待券とか? あと彼氏」

「…………」


 ヤバい。こんな場面で、絶句という体験をするとは思わなかった。

 想像以上に即物的だ。


「聞いておいてドン引きとか酷くない?」

「だってお前……だって……」

「人間なんだし、欲しい物はいくらでもあるって。列挙すればキリがない」

「もうちょい可愛らしい意見が聞けると思ったんだが」


 お金、家、車。いずれもクリスマスプレゼントとしては不適格だ。

 エステの優待券が輝いて見える。これにするか?

 優待券って普通に買える物? 俺では分からない。


「遊佐が悪いの。お酒とタバコ以外なんて悪魔みたいな条件を出すから」

「丸沢は丸沢だったか。飲みに誘ってタバコを吸わせておけば満足するんだな」

「そうよ。簡単でいいじゃない。文句ある?」

「ございません」


 誘える雰囲気じゃなくなったな。

 欲しい物は聞き出せなかったが、一つだけ収穫はある。

 クリスマスに予定はないと分かった。まだチャンスは残されている。

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