二話 タバコワンカートンで四千四百円とかバカじゃねえの
九月十六日は俺の誕生日だ。
今年で三十回目を迎える誕生日は、もうすぐそこまで迫っている。
いやあ、魔法使いになれると思って、ちょっと舞い上がってしまった。俺はまだ三十歳になっていなかったんだ。
一円玉を動かそうとした時、うんともすんとも言わなかったから変だと思った。
一瞬、魔法使いになれなかったのかと目の前が真っ暗になったが、冷静に考えて勘違いしていると気付けた。
俺は九月十六日が誕生日だが、深夜零時ピッタリに産まれたわけじゃない。
俺が産まれた時刻は、夕方の五時頃だ。親に電話して聞き、教えてもらった。
母子手帳には出生時刻が記録されているらしいな。初めて知った。
夕方に産まれたのだから、日付が変わった瞬間に魔法を使おうとしても無理に決まっている。その時間は、俺はまだ産まれていないんだから当然だ。
魔法が使えるようになる時間を、アパートの部屋でじっくりと待った。
今日、九月十六日は日曜日だ。せっかくの休日、しかも誕生日なのに、何をするでもなくじっと待つ。
普段の日曜日は、時間が過ぎるのが早く感じ、夕方になれば明日からまた仕事だと憂鬱になる。
今日ばかりはとても遅く感じた。早く夕方になって欲しいと待ち望んだ。
まだ昼の三時。五時まではあと二時間か。
遅々として進まない時計に苛立てば、タバコの消費量が自然と増える。
今のご時世、褒められたものではないと自覚しているが、俺は喫煙者だ。一日に一箱、二十本ほどを吸う。
ところが、今日はいつもの二倍は吸っている。
短くなったタバコを灰皿に押し付けて火を消し、新しいタバコを……
「あ、なくなった」
タバコの箱には、一本も残っていなかった。
買い置き分も切らしているし、仕方なく近所のコンビニまで出かける。
まだまだ残暑が厳しいので、クーラーの効いた部屋を出ればむわっとした熱気が襲った。昨日までは涼しかったのに、今日になってまた暑さが戻ったな。
魔法が使えるようになれば、暑さも自力で緩和できるようになるのかね。冷気をまとうとかさ。
とりとめのないことを考えつつ、コンビニへ。
ついでに他の物も買っておくか。
買い物かごにスナック菓子とお茶、からあげ弁当を入れて、レジに持っていく。
「タバコをワンカートン」
大学生くらいの女性店員に短く告げた。
週に五、六日は通っているコンビニなので、銘柄を言わなくても通じる。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ライターはおつけしますか?」
「いらないです」
事務的な会話を繰り返す。常連客だからって、親しげに話すような仲ではない。
タバコを吸わない人にとっては、いまいち分かりにくい会話だろう。
カートンとは、タバコ十箱入りを指す。ワンカートンなので十箱買ったわけだ。
タバコをカートン単位で購入すると、コンビニではおまけとしてライターをもらえることがある。ライターは余っているのでいらないと断った。
「お弁当は温めますか?」
「そのままでいいです」
「恐れ入ります」
タバコの次は、弁当を温めるか聞かれた。こっちはよくあるやり取りだろう。
どこまでも、店員と客としての事務的な会話。少し寂しい。
一瞬、「今日は俺の誕生日なんですよ」と言ってみようかと考えたが、やめた。
言われても相手は困るだろうし、変なおっさんと思われればコンビニを利用しにくくなる。
商品を袋詰めしてもらい、会計を済ませてからコンビニを出る。
女性店員の可愛い声で「ありがとうございました」と聞こえた。
あの子、綺麗だよなあ。
今時珍しい、長い黒髪で清楚な見た目だ。胸も結構大きい。
実はファッションモデルだって言われても驚かないほどの美人だ。あんな女性と付き合えれば、毎日が楽しそうだ。
魔法使いになるためには付き合うこともできないが。
童貞でなければ魔法使いになれないなんて、世知辛い事実だ。
世知辛いと言えばタバコ。買うたびに思うが、高い。
さっきの会計は五千円を超えた。タバコだけで四千四百円とかおかしいだろ。
数年ごとに値上がりするから嫌になる。来月からは、また値上がりだ。
世の中は喫煙者に厳し過ぎる。もうちょい優しくてもいいんじゃないか。
タバコは百害あって一利なし、みたいにも言われているが、そんなことはない。ちゃんと利点はある。
会社の喫煙所でタバコを吸えば、普段は会わない人と一緒になることもあるし、相手が課長、部長クラスの人なら顔と名前を覚えてもらえたりもする。
もちろん、それで出世したり評価が上がったりはしない。
が、軽くでもいいのでアピールしておけば、場合によっては有利になる。
俺が「こんな仕事をしてみたいんですよ」とか話すとしよう。運よく覚えてもらえれば、その仕事が舞い込んできた時に思い出してもらえるかもしれない。
さらに運がよければ、仕事を任せてもらえるかもしれない。
媚を売ると言えば聞こえが悪いが、コミュニケーション能力は大切だ。
っと、そんなことはどうでもいいか。今は魔法だ、魔法。
アパートに帰り、買ったばかりのタバコを吸いつつスナック菓子もつまみ、適当に時間を潰す。
ようやく五時になったが、ピッタリだとまたしても失敗する可能性がある。
はやる気持ちを抑え、念のために六時まで待つ。
空腹だとうまくいかないかもしれない。ゲーム的に言うならMP不足で。
スナック菓子じゃ腹の足しにはならないからな。先ほど買ったからあげ弁当で腹を満たし、お茶も飲んで喉を潤した。
そして六時。
体調は万全。俺が産まれた時間も確実に過ぎた。
今度こそいける!
「はあっ!」
昨夜と同様に一円玉を動かそうと試みる。
果たして、結果は――