十八話 勇者とは勇気ある者
「時々思うんだ。丸沢はエスパーじゃないかって」
丸沢が飲みに誘ってくれる時は、大概俺も飲みたいと感じている時だ。
まるで、こちらの気持ちを見抜いているかのような行動。ゆえに、エスパー。
「単に、遊佐が飲みたがってる日が多いだけじゃ?」
「そうとも言うな」
十月二十日、土曜日の夜。
俺と丸沢は、居酒屋で飲んでいる真っ最中だ。
誘ってくれたのは丸沢からで、今朝はこいつの電話で叩き起こされた。
土曜日の朝六時に電話だぞ。緊急の用件ならまだしも、「今晩暇? 暇なら飲みに行かない?」だ。
昨夜、俺は初めての失恋を経験した。ヤケ酒って気分ですらなく、アパートに帰り次第ふて寝した。
今日か明日には酒でも飲もうと思っていたら、丸沢から誘われたって流れだ。
ただし、土曜日の早朝に電話ってバカじゃねえの。昼にしろよ。
「飲みに誘ってくれるのはいいが、俺の睡眠時間を返せ」
「謝ったじゃない。ちょっと深夜テンションでハイになってたのよ」
この話は電話で聞いたな。なんでも、徹夜してドラマを見ていたそうだ。
撮り溜めしてあった分を、酒を飲みながら一気に見た。ほどほどでやめとけばいいものを、よほど面白かったらしく、やめられなかったんだとさ。
第一話から最終話までを一晩かけて視聴し、興奮冷めやらぬまま俺を誘った。ドラマの話をするために。
つっても、俺はそのドラマを見ていない。共感はできず、ドラマの内容を語り合うこともできずに、丸沢の話を聞くだけだ。
「遊佐にも貸してあげるからさ、見ようよ。でもって語り合おうよ」
「めんどいし興味もない。恋愛物なんだろ?」
「恋愛物って嫌い? 遊佐が読んでた本なんかより面白いと思うけど」
ラノベとドラマを比較されても困る。ジャンルが違うし、一概にどちらが上とは言えない。
それに、俺は恋愛物が嫌いなわけでもない。
「嫌いじゃないが、パターンは決まってるしなあ。結ばれてハッピーエンドか、別れてそれぞれの道を歩むか、どっちかが死ぬか」
「そんなの、創作系全部に言えるじゃない。どれもこれもパターンなんて決まってて、突飛な展開なんてないよ。このドラマも、設定自体はよくあるパターンでひねりも何もないし、主演の男性アイドルの演技がこれまたへったくそでキャスティングした責任者出てこいって思うけど」
面白かったって割には、文句も多いな。
「好きなのか嫌いなのか、どっちだ?」
「大好き! だって面白かったもん!」
もんって……キモいぞ。
ハイテンションになっているところに水を差すのもなんだし、口には出さずに心の中で思う。
「とにかく、いい意味で王道なの。ひねってないからこそいい。ラストだって……これはネタバレになるか」
「どうせ見ないし、ネタバレしてもいいぞ」
「じゃあ言うけど、綺麗なハッピーエンド。遊佐も言ったみたいに、恋愛ドラマって男女どっちかが死ぬパターンも多いでしょ? 途中に不穏な空気も漂ってて、どうなるのかハラハラしてたけど、ハッピーエンドでよかったって思った」
丸沢は、そのドラマのどこがよかったのかを事細かに説明してくれる。
聞いていると、なるほど王道パターンだと思えた。
主人公とヒロインを引き裂くような事件が起き、すれ違いを繰り返す。破局の危機が何度も訪れ、それでも二人で乗り越えて絆が深まりハッピーエンド、と。
ストーリーはありきたりで、丸沢が熱弁するほど面白そうとは思えない。
だが、こいつがここまで言っているんだし、面白いんだろうな。
スマホを使って軽く検索してみると、高評価の嵐だった。
少しだけ興味は湧くが、見ようとは思わない。
失恋したばかりだぞ。ドラマだからって、他人の恋愛を見る気分じゃない。
俺がつまらなそうにしていると気付いたのか、勢いよく動いていた丸沢の口が止まる。
「ごめん、つまらなかった?」
「ちょっと気分的にな。空気悪くして、こっちこそごめん。続けていいぞ」
せっかく飲んでいるんだ。楽しく過ごしたいよな。
俺は散々愚痴を聞いてもらったのに、丸沢の話は聞かないなんてフェアじゃない。真面目に聞こう。
丸沢は再び語り出した。身振り手振りを交えながら、それはもう楽しげに。
俺としては、ドラマよりも丸沢の百面相を見ている方が面白い。
一通り語り終えれば、満足したみたいだ。
「いやあ、語った語った。あたしゃあ満足だ」
「そいつはよかった」
「んで、遊佐は?」
「俺はドラマを見てないし、感想も何もないって」
「そうじゃなくて、なんかあったんでしょ? 聞いたげるから話しなよ」
「……お言葉に甘えて」
話したいことは山ほどある。失恋したとか色々と。
だが、改まって話そうとすると、うまく言葉にならない。失恋したのは昨日だし、気持ちの整理もついていないし。
丸沢はタバコをふかしつつ、辛抱強く待ってくれる。
「勇者とは勇気ある者。昔のマンガでこんなセリフあったんだが、知ってるか?」
脈絡のない俺の発言に、丸沢は若干面食らっていた。
それでもしばし黙考し、答えてくれる。
「知らないけど、セリフの内容からして少年マンガ?」
「そうだ。勇者や魔王が登場するマンガだな。少年向けだし、『勇気を持てば君も勇者になれる』みたいなメッセージ性が含まれてたのかなって思ってる」
「いかにもありそう。子供に夢を与えるというか」
「勇者って聞くとファンタジーを思い浮かべるが、ファンタジーに限った話じゃない。物語の主人公は勇気がある。丸沢の好きなドラマもそうだ。主人公は勇気があり、困難な状況を乗り越えて恋人と結ばれたんじゃないのか?」
「確かにね。そう考えると、あの主人公も勇者になる」
勇気のない主人公は、あまり見かけない。シリアスな物語ならなおさらだ。
時には恐れたり屈したりしても、いざとなれば勇気を出す。
特別な力があるから主人公になれるわけじゃない。
特別な心があるから主人公になれる。勇者にもなれる。
丸沢が話してくれたドラマの主人公は、特別な力を持たない普通の青年だ。
しかし、勇気ある者だから、ラストは恋人と結ばれてハッピーエンド。
ドラマの主人公が大瀬さんに重なる。三屋村さんを守ってみせた大瀬さんに。
ケンカが強いわけでもないのにストーカーに立ち向かえる、勇気ある男。
「大瀬さん……コンビニの店長は、特別な力なんてないのに三屋村さんを守るために立ち向かった。物語の主人公みたいに」
「立ち向かった? 何に?」
そっか、丸沢は事件を知らないのか。
三屋村さんをストーカーしていたおっさんのことを教える。大瀬さんが、ストーカーから三屋村さんを守ったことを。
そして……二人が付き合っていることを。
「すげえよ。尊敬する。イケメンってだけじゃなく、男として完敗だ」
「でもさ、遊佐もコンビニ女を守ったんでしょ? レジに割り込んで助けたって」
「あれは勇気じゃない。何も考えてなかったからできたんだ。おっさんが暴力をふるうなんて頭になかった。説教で済むと思ってた。コンビニ強盗相手なら無理だ」
「そんなの当然でしょうが。店長さんも、強盗相手じゃ何もできないよ」
「かもしれないが」
俺が大瀬さんを過大評価している可能性はある。
三屋村さんの恋人なんだし、凄く立派で素敵な男だと思いたいんだ。
この人になら負けてもおかしくないって言うために。
「なんかさ、大瀬さんを認めようと認めまいと、どちらにせよ卑屈な考えになるんだよな。認めた場合は、相手が悪かったから俺に魅力がないわけじゃないって言いたい。認めない場合は、俺と同様に勇気のない人間だって言いたい」
どこまでも卑屈で、ひねくれた考えだ。
素直に「大瀬さんは凄い」でいいものを。
「遊佐……」
「こんな俺でも、魔法使いになっていれば今頃我が世の春だ。魔法の力でなんでもできるが、それじゃあ意味がないんだって思い知らされた。必要だったのは心、内面だ。だから恋人だって……」
情けないセリフばかりが口をついて出る。
丸沢になんて言ってもらいたいのかは自分でも分からないが、一度決壊した言葉は止まらない。
俺を慰めつつ話を聞いてくれていた丸沢は、いきなりタバコのケースを投げつけてきた。俺の頭にポコンと当たり、下に落ちる。
「グダグダ抜かすな。落ち込むのは分かるけど、そこまでいくとキモい。慰めるのすらバカバカしくなる」
「すまん」
「失恋の一つや二つ、誰だって経験するの。それを、まるで自分こそが世界一不幸みたいに話されても困る。とっとと吹っ切れ」
発破をかけてくれている……と思っていいのかな。丸沢らしいやり方だ。
吹っ切れって言われてもすぐには難しいが、確かにこのままじゃまずい。
「ま、一つ経験になったって思っておくよ」
「そうしなさい。むしろ、失恋してよかったじゃない。童貞のくせに、初めての恋愛でいきなりうまくいっちゃうと、かえって困るよ。耐性がないから、別れた時に絶望のどん底に叩き落されて自殺とか」
「自殺はさすがにしないと思うが……」
「どうだか。遊佐は意外とナイーブみたいだしね。失恋は誰でもするんだし、次の恋を探せば? それとも、コンビニ女のことを一生想い続ける?」
「そこまで重い性格はしてない。よし、丸沢、童貞捨てさせて……ったあ!」
冗談だったのに、丸沢は全力でタバコのケースをぶん投げやがった。
俺の鼻先に直撃して、結構痛い。
「そこは! 普通! 付き合おうでしょうが! エッチだけさせろって何様よ!」
「じょ、冗談なのに……」
「悪質な冗談は冗談にならないの! 罰として、今日は遊佐の奢りね!」
「はいはい」
「言質取ったからね。さあて、何食べようかな?」
奢りと知った丸沢は、メニューを開いて品定めを始めた。
落ち込んでいたが、おかげで少しは元気が出た。ありがとう。
でも、できれば自重してくれ。俺の財布が軽くなる。




