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十六話 顔がいい男は性格もいいと知った今日この頃

 ふと思った。俺の周囲にはイケメンが多いなって。

 どうせなら美女が多ければ嬉しいのに、なぜかイケメンだ。

 俺が女だったら、逆ハーレム気分を堪能できて幸せだろう。

 男なのにイケメンに囲まれたって、惨めな気分になるだけで嬉しくない。


 俺の周囲にいるイケメンの代表格は、上司の新田さんだ。四十歳過ぎなので、イケメンって言葉は不適切かもしれないが、男から見て格好いいと思える男だ。

 先輩の小林さんもイケメンだ。三十歳を過ぎても若く見える。

 別のチームになるが、同期の男にもイケメンがいる。

 そして、最近の俺が知り合った中で一番のイケメンが、目の前に。


「お会計、五百五十円になります」


 会社帰りにコンビニに寄れば、今日は三屋村(みやむら)さんじゃなくて店長の大瀬(おおせ)さんがレジをしていた。

 弁当を買う俺に値段を告げるが、思わず聞き惚れてしまう声だ。この人、声優にでもなれば大人気になるんじゃないか?


 顔がよくて声もいい。世の中は理不尽だと思い知らされる。

 この美声で愛の言葉を囁けば、女ならイチコロだろうな。羨ましい。

 イケメン店長に嫉妬しつつ会計を済ませれば、ちょうど三屋村さんがコンビニに入ってきた。


「こんばんは。これからバイトですか?」

「はい、そうです」


 もう少し遅ければ、大瀬さんじゃなくて三屋村さんになったのか。惜しかった。


遊佐(ゆざ)さんも、お仕事お疲れ様です。禁煙は続いていますか?」

「ちゃんと続けてますよ。お店の売り上げに貢献できなくなってすみません」

「私のバイト代は変わりませんし、お気になさらず……あ、店長」


 まずい、という顔になった三屋村さんだが、大瀬さんがいるのは分かっているはずだしわざとだろう。

 大瀬さんも苦笑している。


「困るなあ、三屋村さん。僕の前でそんなことを言われちゃ」

「すみませーん。真面目に仕事するので許してくださーい」

「まあ、よくシフトに入ってもらっているから、仕方ないね」

「お金欲しいですから。大学生は何かと物入りなんです」


 三屋村さんは、まるで甘えるような話し方になっている。あたかも彼氏にするみたいに。

 バイト代がどうのって言い出したのも、突っ込み待ちと考えられる。好きな人に反応してもらいたくて、わざと変なことを言うんだ。

 大瀬さんの一人称も「僕」だし、口調も柔らかい。


 俺の邪推か?

 見ていると辛いので帰ることにした。

 はあ……やっぱりあの二人は付き合っているのかな。





 店長の大瀬さんと、アルバイトの三屋村さん。

 二人の関係が分からずモヤモヤした気持ちを抱えている。

 いっそ聞いてみようかとも思うものの、度胸がなくて踏み込めない。

 ヘタレな俺は、家でテレビをつけてゴロゴロしていた。

 土曜日なので仕事は休みで、今日は丸沢と飲む予定もなく、自堕落な休日だ。

 テレビを見たいわけじゃないが、BGM代わりにつけている。


 夕方になりニュースが流れる。全国ニュースの次は、ローカルなニュースが。

 そして、俺は自分の目を疑った。


「大瀬さん!?」


 テレビに映っているのは、行きつけのコンビニだ。

 大瀬さんや三屋村さんの顔は映っていないが、アナウンサーは大瀬さんの名前を読み上げている。


『警察は傷害容疑で五十三歳無職、雲江(くもえ)一夫(かずお)容疑者を逮捕しました。雲江容疑者はコンビニの女性従業員に付きまとっており、止めに入った大瀬光河(こうが)さんに暴力をふるった疑いです。大瀬さんは頭蓋骨にひびが入るなど重傷を負っており……』


 女性アナウンサーの淡々とした声が耳に入ってくる。

 事件が起きたのは今朝だ。俺が家でゴロゴロしている間に、こんな事件が。

 雲江一夫という人は知らないが、ひょっとしてクレーマーのおっさんか?

 女性従業員は三屋村さんのことかもしれない。

 どちらも推測の域は出ないが、一つ言えるのは大瀬さんが重傷だってことだ。


 俺は慌ててアパートを飛び出し、コンビニに行ってみた。

 パトカーや救急車は止まっていないが、野次馬と思われる人が何人かいた。

 俺だって野次馬みたいなものだし、文句は言えない。

 コンビニの中には、面倒臭そうにする店員の姿がある。大瀬さんでも三屋村さんでもない。


 しょっちゅう通っているので、顔だけは知っている。パートのおばさんっぽい人と、大学生くらいの男性だ。

 事情を聞きたいが、聞ける雰囲気じゃない。出直そう。

 アパートに帰り、三屋村さんの電話番号を知っていることを思い出した。

 俺の無実を説明してもらう際に、電話をかけてもらったからだ。あの時の番号は、まだ履歴に残っている。


 かけてみようかどうか悩む。

 スマホを手に取ったままでしばし考え、電話をかけることにした。

 大瀬さんが心配だという気持ちは、もちろんある。

 三屋村さんと話す絶好のチャンスだという下心もある。付きまとわれていたのが彼女だとすれば、心細いと感じているかもしれないし、アピールのチャンスだと。


 大瀬さんは重傷なのに、自分の欲望ばかり考える最低の人間だ。

 自己嫌悪しながらかけたが、出てくれない。取り込み中なのかな。

 しつこくコールし続けるのも悪いし、電話を切る。

 折り返しかけてくれればよし、ダメでも構わない。

 そう思っていても、スマホを手元に置いたまま電話を待つ。

 十五分ほどして、三屋村さんからかかってきた。


「はい、遊佐です」

『もしもし、三屋村ですけど……』

「先ほどは、急にすみません。実はニュースを見まして、コンビニの女性従業員が男に付きまとわれており、止めに入った大瀬さんが重傷を負ったと」

『ニュースになっていたんですね』

「大瀬さんの怪我も心配ですし、女性従業員とは三屋村さんかとも思いまして、失礼ですがご連絡を差し上げた次第です」

『いえ、ご心配いただき、ありがとうございます。確かに私のことですね。遊佐さんもご存知だと思いますけど、以前にクレームをつけてきた男性です』


 やっぱり、あいつだったか。五十三歳が二十歳に付きまとうなよ。

 三十歳の俺に言えた義理ではないが、棚に上げさせてもらう。


『私は無事です。付きまとわれていたと言っても、たいしたことじゃありません。ストーカーと呼ぶほどでもなく、何度か来店され、その時に住所や連絡先を聞かれたくらいでして』

「ストーカーですよ、それは」


 これまた自分の行いを棚に上げ、おっさんをストーカー認定した。

 だが、俺よりも悪質だと思う。おっさんは立派なストーカーで、俺はせいぜい予備軍といったところか。

 威張れることではないが。


『警察の方にも言われましたけど、ストーカーでしょうか? 私が想像していたのは、もっとしつこくて被害が生じるような状況だったので。私は平気ですけど、店長が。今は病院です』

「大瀬さんの怪我ですか?」

『そうです。でも、心配しないでください。店長は元気ですよ』

「元気って……」


 ニュースでは重傷だと言っていた。頭蓋骨にひびが入る重傷だって。


『こめかみの辺りにひびが入っただけです。だけって言っちゃうと店長に悪いですけど、言葉ほど大げさな怪我じゃありません。全知三週間ほどだと言われました。入院もしませんし、もうすぐ帰れますよ。さっきまで「腹減ったあ」って言っていました。昼食を食べていないので』


 俺に心配かけないように誤魔化している……わけではなさそうだ。

 三屋村さんの声は明るいし、無理をしているようには聞こえない。


『あ、店長です。代わりますか?』

「大丈夫そうであれば。ご無理はなさらなくても……」


 俺としてはどちらでもよかったが、三屋村さんは電話を代わってくれた。


『もしもし、大瀬です』

「遊佐です。ニュースを見ました。大変だったようで」

『ニュース? そこまでになっていたんですね』

「ニュースでは重傷と言っていましたが」

『重傷……になるのでしょうか? 私としましては、さほどでもなくて。確かにひびは入りましたが、所詮はひびなんですよ。場所が場所なだけに大げさに聞こえるかもしれませんが、たいしたことはありません。むしろ、手足を骨折するよりも楽なほどです。ギブスも必要ありませんし、痛みも少しだけです』

「そう……なんですか?」


 俺は頭蓋骨を骨折した経験なんてないし、よく分からない。


『看護師さんなんて「頭蓋骨は元々割れているし平気平気」とおっしゃっていました。お上手ですよね。あははは』

「笑い事じゃないですよ」

『失礼。でもまあ、本当にたいしたことはないので。場所もよかったんですよ。眼の横だったら、「最悪は、割れた部分から眼球が流れ出して失明」とか物騒なことを言われました。想像して気分が悪くなりましたよ。グロいのは勘弁です』

「失明!?」

『ですから、最悪のケースだったらです。私が骨折した箇所は、そのようなことにはなりません。不幸中の幸いですね』

「ご無事……とは言えないかもしれませんけど、お元気そうで安心しました。お怪我をされているのに、長々とお話に付き合わせてしまい申し訳ありません」

『こちらこそ、わざわざありがとうございました』


 電話を切り、一息つく。

 三屋村さんの声は明るかったし、大瀬さんも元気なようだ。

 いくら俺だって、恋敵に死ねと思うほど非人道的ではない。元気が一番だ。


 安心したが、別の意味では安心できない。

 怪我をした大瀬さんが病院にいるのはいいとして、三屋村さんはなぜか?

 大瀬さんが三屋村さんを庇い怪我をしたから、責任を感じて付き添ったとも考えられなくはない。


 しかし、もっとしっくりくる説明がある。

 二人は付き合っているから。恋人同士だから。

 そうと決まったわけではないものの、俺は半ば以上確信している。


「敵わないわな、こりゃ」


 身を挺して女性を守る男だ。俺が勝てるわけがない。

 イケメンってだけなら、中身で勝負することもできた。俺の中身が勝負できるほど立派かどうかはともかく、可能性はあった。


 大瀬さんは、ただのイケメンじゃない。顔もよくて性格も立派な人だ。

 残念ながら、俺に勝てる見込みはない。皆無だ。

 これは失恋かな。

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