十五話 男の魅力は顔じゃないと言いたいが所詮は負け犬の遠吠え
注意。
かなり生々しい話が含まれます。R15の範疇には収まっていると思いますが……
「てやんでい、チクショウめ!」
どんっ、と。
割れんばかりの勢いで、ビールのジョッキをテーブルに叩きつける。
気持ちだけな。いくらなんでも、店でそんな真似をするほど非常識じゃないし、我を忘れてもいない。
だが、やさぐれているのは事実だ。
「重症だね。別に、恋人同士だって決まったわけでもないのに」
「決まってないから辛いんだよ。恋人だって判明すれば気持ちを切り替えられる。今のままじゃ、生殺しもいいところだ」
大瀬さんと三屋村さんの関係が知りたい。
付き合っているなら付き合っているで、三屋村さんのことは諦める。失恋しても、切り替えて次の相手を探せばいいんだ。
今のままだと進むことも引くこともできない。
「イケメン店長と勝負してみる?」
「俺に勝ち目があると思うか? いやない!」
タバコの煙を吐き出している丸沢に向かって怒鳴った。
八つ当たりだと分かってはいる。丸沢は何も悪くないし、こうやって付き合ってくれるいい奴だ。
つうか、いい奴だから甘えてしまうのか。
丸沢なら受け止めてくれるって思っているんだ。同期だが俺より年上だし、頼りがいがあってしかも気安いから。
男の魅力は顔だけじゃない。社会的な地位とか金とか、顔以外にもある。
あとは頼りがいだよな。男女平等と言いつつ、頼りになる男はモテる。
「男は顔じゃねえ……のに、俺は顔以外だって何も持ってない」
「何もってことはないでしょ。社会人として働いてて、安定した収入はあるし」
「それで勝てるのは、ニートかフリーターくらいだろうが。安定した収入なんて、あって当たり前だ。なんの自慢にもならん。年収うん千万とかなら別だが」
三十歳としては平均的な年収になる。多いわけでも少ないわけでもない。
ないよりはマシって程度で、自慢できることじゃない。
何も持たない俺が、「男の魅力は顔じゃないぞ」なんて言ったところで、負け犬の遠吠えにしかならないんだ。
せめて、丸沢くらい頼りがいがあれば。
「丸沢が男だったらなあ……」
「どういう意味? 男だったら手を出すとでも? 遊佐って同性愛者?」
「ちげえよ!」
「じゃあ、あたしが男っぽいとでも? 確かに、お酒は飲むしタバコも吸うけど。胸だってギリBカップだけど。美人でもないけど」
「それも違う! サラッと胸のサイズを話すな! 丸沢はいい奴だし、俺の愚痴に付き合ってくれて頼りになるから、そういう性格ならモテるんじゃないかって」
愚痴るだけの俺とは違い、器の大きな奴だ。人間ができている。
俺ときたら、女の丸沢にまで嫉妬する始末。自己嫌悪だ。
「いい奴ねえ……複雑」
「褒めてるぞ?」
「知ってる。でも複雑だよ。遊佐が女から『いい奴』って言われたら嬉しい? 素直に喜べないんじゃない?」
言わんとしていることは理解できる。
いい奴やいい人は、典型的な断り文句としても使われるからな。
俺は言われたことがないが、想像はつく。「遊佐君はいい人だけど、彼氏にするのはないかな」なんて言われたら悔しい。
いい人って思うなら付き合ってくれって感じるな。
「はあ……イケメンになりたい」
「無理でしょ。あたしが美人になれないのと同じで、遊佐はイケメンになれない」
「女は化粧で誤魔化せるだろうが」
「誤魔化してるだけでしょ。あたしだって、特殊メイクばりに化粧すれば見れる顔になるよ。でも、本来の顔はこれ。ちなみに、今日は薄く化粧してるからね」
丸沢は、ちょいちょいと自分の顔を指差している。
じっと見てみるが、お世辞にも美人とは言えない。化粧をしていてさえも。
とはいえ。
「言うほど悪くもないよなあ。全然ありだ」
「え? ほ、ほんと?」
「ありあり。よし、丸沢……いや、丸沢さん」
俺は姿勢をただし、丸沢に向き直る。
ここは個室だから、他の客の目を気にする必要はない。俺が愚痴りたいだろうからって、わざわざ個室のある店を選んでくれたんだ。
気遣いのできる奴だ。意外といい女だ。
だから。
「童貞捨てさせてください!」
「アホか!」
土下座して頼む俺の後頭部に、丸沢が投げつけたタバコのケースがぶつかった。
プライドをかなぐり捨てて土下座したのに、ダメか。
「遊佐ってバカでしょ。童貞捨てさせてって、要するに一発ヤらせろってことでしょうが。エッチだけして別れる気? それで承諾する女がいるとでも?」
「ごめん、忘れてくれ」
土下座していた姿勢を戻し、座ってビールを飲む。
気まずい空気だ。俺の責任なんだが。
「京侍って名前のくせに、矜持を捨ててどうするの」
「お、うまいな。座布団一枚」
「うっさい!」
再びタバコのケースを投げつけられた。
「まったく、ヤケになるのはいいけど、最低限の常識まで忘れるんじゃない。遊佐は何がしたいの? 童貞捨てたいだけ? 恋人が欲しいんじゃなくて?」
丸沢のセリフは、俺にとっては結構重要な意味を持っていた。
俺は何がしたいのか。
童貞を捨てたい。これは言うまでもないが、童貞を捨てるだけなら風俗で済む。
風俗を最終手段にしたのは、プライドとか見栄とかの問題もあるが、愛する恋人を作って童貞を捨てたいと思ったからだ。
恋人も、ただ作ればいいんじゃなく、「愛する」って部分が重要になる。
童貞を捨てるためだけに恋人になるのは、愛すると言えるか? 言えないんじゃないか?
この考え自体が童貞臭いと言われてしまうとそれまでだが、俺の本心だ。
「童貞を捨てることにばかり頭がいって、重要な部分を忘れてたな。ごめん」
「分かればいいけど……相手はしっかり考えた方がいいよ」
「選べるほどの余裕は、俺にはないんだが」
高望みし出せばキリがない。それこそ三屋村さんよりも素敵な女性を求めたり。
例えば、絶世の美少女とか現役アイドルとかで童貞捨てられるなら願ったり叶ったりだが、あるわけない。
俺は三十歳童貞の冴えない男だぞ。一般人の三屋村さんだって高嶺の花なんだ。
「……あたしさ、大学生時代に思ったよ。処女を捨てたいって」
「お、おう……反応に困るな」
丸沢が唐突に語り出した内容に、どう返していいか分からない。
「返事はいらないから、聞くだけ聞いて。男の気持ちは知らないけど、女もいつまでも処女ってのは恥ずかしいの。美人で、選り好みできる立場なら話も変わってくるけど、あたしみたいなのだと特にね。遊佐と一緒で選べる余裕がないから」
彼氏を作りたくても作れない。処女を捨てたくても捨てられない。
そうやって思われるのが嫌で、早く処女を捨てたいと考えたんだそうだ。
「大学生の男なんて、自由になるし遊びたい年頃だよね。今の遊佐みたいに、童貞捨てたいって思ってる人も多い。処女を捨てたいあたしとは、利害関係が一致してたの。だから適当な男を捕まえて、処女捨てた」
「利害関係か」
「よくある彼氏彼女の関係じゃない。利害関係の一致。キモいおっさんとかじゃなければ、誰でもよかったの。だからこそ、付き合っても長続きしなかった。そりゃそうよ。どっちもたいして好きじゃなかったんだし」
赤裸々な告白だが、割と多いんじゃなかろうか。
俺は男だし、処女を捨てたいって気持ちはよく分からない。
割と多いって思うのは、たいして好きじゃない状態で付き合うことだ。
大学生時代の俺が女性から告白され、処女を捨てたいと言われたらどうするか。
よほどのブスでもない限り、喜んで付き合う。相手は俺を好きじゃないし、俺も相手を好きじゃなかったとしてもだ。
恋愛に慣れている奴なら軽々しく付き合わないかもしれないが、童貞の俺なら簡単に引っかかる。大学生どころか、今でも引っかかるかもしれない。
丸沢の彼氏もそんな感じだったのだろう。
「別にさ、ドラマみたいな大恋愛をしろって言ってるんじゃないの。童貞処女で結婚しろとも言わない。今時あり得ないでしょ」
「まあ、ないな」
「誰でもいいからエッチしたいと思っているなら、それはその人の考えだし構わない。他人がとやかく言うことじゃない。でも……あたしはもう少し、真剣に考えればよかったなって思う。だって、初めての相手のこと、好きでもなんでもなかったし。あたしの感想は『痛くて辛い』だよ」
どんどん過激な告白になっていく。
それでも、今ばかりは茶化す気にはなれなかった。
「後悔してる?」
「自分が悪いんだし、後悔はしてないかな。少なくとも、当時は処女を捨てて喜んだよ。文字通り『捨てて』ね」
「処女を『あげる』ってよく使うが、そうじゃなかったと?」
「そんなに綺麗な思い出じゃない。いらない物を捨てただけ。しかも、それで終わらなかった。欲が出て、経験人数が一人だけだと物足りないって理由で、適当に付き合ってエッチして。まあ、若さゆえの過ちってやつ? バカだとは思うけどね」
女も女で大変なんだな。
俺は、こんなつまらない感想を持った。
「あたしの偏見かもしれないけど、男は抱いた女の数を自慢するんじゃないの?」
「人によるとしか。そんな男もいるだろうが」
「女も似たようなもので、経験人数がイコール自分の価値って考える人もいるの。それだけ男にモテるって言いたいの」
全員ではないのだろう。男も女も、結局は人による。
丸沢は、おそらく。
「モテるって言いたかった?」
「うん。こんなあたしでも、男に相手してもらえるんだって。ブスだから、経験人数でしか自分の価値を示せなかった。ほんとバカ。妊娠しなかったのは運がよかったよ。あたしも困るし、妊娠させた男も困る。望まれないのにできちゃった子供も困る。誰も幸せになれないからね」
「妊娠させたなら、男は自業自得じゃないか?」
「女もね。合意の上なら、男だけの責任にはできない。あたしがバカなの」
格好いいセリフだな。自立した大人の女だ。
繰り返し、自分自身を「バカ」と罵るが、バカな真似をした分だけ成長できたってことだ。経験のない俺とは大違い。
「あぁ……あたし酔ってるな。とにかく、色々言ったけど、遊佐も真剣に考えてってこと。どうせなら『いい思い出』にしたいよね? 『苦い経験』にはしたくないよね? そゆこと」
こいつ、後悔してないって言ったが、しているのかもしれない。
だからこそ、俺のことも考えてくれている。
「真剣に考える、か」
「考えてくれたら……」
「なんだ?」
「なんでもない。ほら、飲も飲も」
「酔ってるんじゃなかったのかよ。明日は仕事だし、ほどほどに」
「あたしの酒が飲めないのか!」
「絡んでくるな、うざったい」
明日は火曜日で仕事なのに、丸沢に勧められるがままに飲んでしまった。
起きられるか?




