十四話 禁煙するには宣言しておくと有効
「禁煙ですか?」
「はい、一昨日からですけど」
十月八日、月曜日。体育の日で仕事は休みだ。
コンビニに行けば三屋村さんがいたので、禁煙を始めたと告げた。
金曜の夜に、丸沢にも言ったが、俺は本気で禁煙をしようとしている。
金曜を最後に一本も吸っていない。まだ二日半ほどだが、今のところは平気だ。
元々、数日ほど吸わないこともあったからな。風邪を引いた時とか。
盆や正月に帰省した時も、基本は吸わない。俺の家族は、両親も兄貴も吸わないから、吸いにくいんだ。
最近は、兄貴が結婚して子供が産まれたこともあり、義姉や子供の前で吸うのがためらわれるという理由もある。
俺のタバコで、一歳半の姪っ子の健康を害するなんてあってはならない。
「禁煙はいいですね。頑張ってください」
「ありがとうございます。こうやって宣言しておけば、余計に吸いにくくなりますからね。すみませんが、利用させてもらいました」
「こんなことでよければ、いくらでも。ですけど、なんで急に禁煙を? 値上がりしたからですか?」
三屋村さんが話題を振ってくれた。ありがたい。
俺の方から、これこれこういう理由で、とは話しにくい。つまらない長話をする男は嫌われそうだし。
三屋村さんのためです、とは言えないものの、用意しておいた理由を述べる。
「値上がりも理由の一つですね」
十月一日からタバコが値上がりし、俺の吸っているやつは一箱四百八十円に、丸沢のやつは五百円になった。
一箱四十円の値上がりとなると、たったそれだけとも思うが、毎日吸っていればバカにならない。一日に一箱吸う俺なら、一年で一万五千円近く支出が増える。
喫煙者に優しくない増税だな。喫煙者いじめもほどほどにしてもらいたい。
「もう一つあって、姪っ子がいるんですよ。兄の娘で、一歳半の赤ちゃんです。めっちゃ可愛くて、帰省した時なんかは会うのが楽しみなんですけど、タバコの臭いが染みついてるとよくないと思って。遅まきながら禁煙しようと思いました」
こちらの理由も、あながち嘘じゃない。姪っ子は可愛くて大好きだ。
そして、子供好きアピールのつもりでもある。
せこい考えだと思うが、子供好きだと性格がよく見えるかなと思った。
「姪っ子ですか。遊佐さん、子供が好きなんですか?」
「それはもう。自分の子供が産まれたら、絶対に親バカになる自信があります」
冗談めかして言えば、三屋村さんは可憐な笑みを見せてくれた。
よしよしよし。アピールできているぞ。
もっと話していたいが、仕事の邪魔をしちゃ悪い。
適度なところで切り上げて、徐々にやっていけばいいんだ。
だべっているだけで、まだ買い物をしてなかった。目当ての物を買って帰ろう。
「……遊佐さん、これはちょっと」
「あ、あははは」
栄養ドリンクだのウ○ンの力だのを何本もレジに持って行けば、三屋村さんに眉をひそめられてしまった。
「会社の友人に付き合って、少し飲み過ぎてしまいました」
「禁酒もした方がいいんじゃないですか?」
「そっちはおいおいですね。いきなり両方断つと耐えられません」
金曜に、丸沢は三日連続で飲むとか言い出していた。
冗談ではなかったらしく、土日は両方とも二人で飲んだ。
翌日が休みだと思うと、加減しなくて済むせいで、しこたま飲んだな。
今日はさすがに勘弁してもらったが、今週末はまた飲みに行く予定だ。
「もう、しょうがない人ですね」
苦笑しつつ、商品のバーコードを読み取っていく三屋村さん。
呆れているようだが、そこまでではない。
これは、思わぬところでアピール成功?
たまに隙を見せると親近感が湧くというか……考え過ぎかな。
そういうのは、普段から完璧に振る舞っている有能な男であれば効果的だが、俺は平凡なサラリーマンだ。
みっともないとかだらしないとか思われるだけで、アピールにはつながらない。
買う物も買ったし、アパートに帰ろう。
と思ったところで、一人の男性に呼び止められる。
「遊佐さん、ですよね?」
「はい、そうですけど?」
店員の男性だ。名札を見れば「大瀬」とある。
店長か。コンビニに電話をかけた時、出てくれたのがこの人だ。
……若い。そしてイケメンだ。
二十代半ばであり、長身で爽やかな外見をした好青年。
コンビニの店長ってよりも、ホテルのフロントマンでもしていそうな見た目だ。ホストだって務まるだろう。
コンビニを利用していると、何度か見かけたことはあったが、男の顔なんて覚える趣味はないし気にしなかった。
店長だとも思わず、バイトの兄ちゃんかとばかり。
「私は店長の大瀬です。先日は、うちの三屋村がご迷惑をおかけしたようで、すみませんでした」
「い、いえ、迷惑なんて……悪いのは客のおじさんでしたから」
電話越しだとあまり思わなかったが、声もいいな。低音の美声だ。
物腰や言葉遣いも丁寧だし、一人称は「私」。社会人なら当たり前の常識だが、イケメンがやると絵になる。
いかん、自分と比較して惨めになってしまう。
つまらない嫉妬心を抱きつつ、店長の大瀬さんと少し会話をした。
といっても、たいした話じゃない。以前のことで、お礼と謝罪を。それだけだ。
三屋村さんもレジから出てきて、店長と並んで改めてお礼を言ってくれた。
嬉しいんだが……この二人が並ぶと……
美男美女で、すっげえお似合いのカップル。実際に付き合っているかどうかは知らないが、付き合っていてもおかしくない。
「あの後、会社では何かありましたか?」
「特には何も。三屋村さんが説明してくれたおかげで、お咎めなしです」
「それはよかった」
たかが客一人に対して丁寧だな。
店員を守ったから? もしくは、三屋村さんだから?
この二人、まさか本当に……
お似合いの二人を見ているのが辛い。
話はすぐに終わったし、そそくさとコンビニを出た。
アパートに帰れば、すぐに電話をかける。こういう時は、あいつの出番だ。
『もしもし』
「華恵もーん!」
丸沢が電話に出てくれたから、某少年が猫型ロボットにするように泣きついた。
あ、切られた。いたずらだと思われたかな。
もう一回かけ直す。
『……もしもし』
「いきなり切るなよ」
『いきなり変なこと言い出す方が悪い』
「それはごめん。でも、マジでショックなんだ。泣きそうなんだ。寒いジョークでも言わなきゃやってられん」
『どしたの? フラれた?』
ぐっさあっ!
イメージとしては、伝説の剣で心臓を貫かれた感じだ。エクスカリバーとか。
すなわち、即死級ダメージ。
こいつ……言いにくいことをズバリと……
オブラートに包むって言葉を覚えてくれ。三十路男が泣くぞ。
「カクカクシカジカでさ」
『分かるか!』
「冗談だ。実は」
店長の大瀬さんのことを丸沢に愚痴る。イケメンへの嫉妬があふれ、いくらでも文句が言えてしまう。しょうもない男だ。
『ふうん』
「ふうんって……そっけないな」
『他に言いようがないし。何? 二人は付き合ってるの?』
「そこまでは知らないが、付き合っててもおかしくない雰囲気だった」
『ご愁傷様』
「マジでそっけないな」
『じゃあ、今晩も飲む? 付き合うよ?』
「飲む!」
三日連続で飲んだせいで、今日はやめておいたが、飲むことにした。
四日連続で何が悪い。明日は仕事だが関係ない。
「奢るから愚痴を聞いてくれ! 頼む!」
『奢らなくていいよ。あたしも……』
「あたしも、なんだ? 飲みたい気分だった?」
『まあね。じゃあ、六時でいい? あんまり夜遅くなると、明日が辛いし』
時間と待ち合わせ場所を決め、電話を切る。
今日も飲んでやる。仕事とかどうでもいいからヤケ酒してやる!




