十三話 気になるあの人のために禁煙しようと思う
いつも通りの、丸沢との飲み会。店もいつもと変わらず居酒屋だ。
たっぷりと飲んで食ってタバコも吸って。これも変わらない。
アルコールが入って口が滑らかになったところで、俺が切り出す。
「なあ……俺たちって付き合ってると思われてるのか?」
「は? なんで?」
新田さんに言われたから、少し気になっていた。
客観的に見た場合、しょっちゅう二人で飲みに行っていれば、付き合っていると誤解されても不思議じゃない。
ただの飲み友達にしては頻度が高い。他の奴を誘いもせず、常に二人きりだし。
俺が第三者の立場なら、あいつら付き合っているなって判断する。
「新田さんに言われてさ。結婚式には呼べとまで」
「な、なんて答えたの?」
「ただの飲み友達だって。納得してくれなかったけど」
お似合いだとは思う。何度も考えていることだが、酒とタバコって共通の趣味があるし、こいつと一緒なら楽しい。
丸沢の顔は……まああれだが、そこまで悪くもないんだよ。
どこが悪いんだろう。目が一重で小さいのがダメか?
鼻筋は通っているし、胸は小さいが太ってはいない。肌も綺麗だ。
決して悪くないはずなのに、どういうわけか美人になれない不遇な奴だ。
頭の中で、ぱっちりとした二重になっている丸沢を想像してみる。
うーん……よく分からん。
「遊佐はさ、まだコンビニ店員の女性を?」
「そうだ、聞いてくれよ」
昨日と今日に起きた一連の事件を、丸沢にも話す。
「へえ、じゃあ仲よくなれたんだ?」
「まあな。棚ぼたというか、捨てる神あれば拾う神ありというか」
「二十歳の大学生で美人なんでしょ? 理想通りの人ってこと?」
「理想だ。話した感じ性格もよさげだし、三屋村さんと付き合えれば幸せだろう」
「……好き?」
好きかと問われると、返答に困る。
美人だとは思う。性格を好ましいとも思うし、付き合いたいとも思う。
もちろん童貞を捨てさせてもらいたいとも。
だが、好きか? 異性として愛しているか?
仮にだが、三屋村さんと結婚して夫婦になっている情景を思い描けるか?
そうなると、素直に頷けない。
恋愛経験皆無の童貞だとこんなもんだ。童貞をこじらせ過ぎれば、恋愛感情自体が未知なる存在に変化し、自分でもうまく消化できなくなる。
だから、魔法使いになるなんて言われているんだ。恋愛で与えられるはずの刺激を体験しないまま、三十歳になってしまうから。
「正直、自分の気持ちもよく分かってない。童貞舐めるな!」
「胸を張られても……嫌いではないの?」
「あの人を嫌える男は、そうはいないと思うぞ。女の嫉妬なら別だが」
「悪かったね」
「丸沢が悪いとは言ってなくて」
「うっさい、バカ」
丸沢は不機嫌になった。
ビールのジョッキをあおり、それでも気持ちが収まらないのか日本酒を注文した。しかも冷酒。
俺、冷酒って悪酔いするから苦手なんだよな。熱燗なら飲むが。
一般的に熱燗の方が酔いやすいと言われているが、アルコールは体温に近いほど吸収が早くなるからだ。裏を返せば、冷たいと吸収が遅い。
冷酒はなかなか酔わず、調子に乗って飲み過ぎた結果、悪酔いすると。
ほどほどでやめておけるならいいが、俺みたいに自制心の弱い人間はつい飲んでしまう。
俺が苦手なのを知っていて、丸沢は勧めてくる。
仕方なく飲むが、お猪口一杯でやめておく。
「すみません、カシスオレンジ一つ」
「あたし、ハイボール」
口直しにカシスオレンジを注文した。ビールが一番好きだが、甘い酒も好きだ。
丸沢は、甘い酒を認めない性格をしている。他人が飲む分にはとやかく言わないが、自分は飲まない。
甘い物が嫌いなわけじゃなく、ケーキなんかは大好物だし普通に食べる。
ただし、タバコやコーヒーや酒は、甘いやつはダメと豪語する。
そのくせ、梅酒はOKなんだと。基準がよく分からん。
「芋焼酎お湯割り」
「おい、大丈夫か? ちゃんぽんは悪酔いするぞ?」
次々と酒を注文していく丸沢が心配になって忠告するが、こいつはやめない。
「明日は休みだし平気」
「丸沢が酒に強いのは知ってるが……」
「んなことより、もっと聞かせなさい。コンビニ女の話」
「コンビニ女って変な表現だな。何を聞かせろって?」
「処女なの?」
「ぶっ!」
唐突に何を言い出すんだ、こいつは。
危うくカシスオレンジを吹き出しそうになった。
「遊佐は処女がいいんでしょ? 美人で若いって条件を満たしてるのは分かったから、処女? 美人の大学生なんて、男が放っておかないと思うけど」
「仮にも女のくせに、処女を連呼するな」
「非処女で悪いか。ええ、大学時代に適当な男とヤったけど何か? 何人かと付き合って長続きしなかったけど悪い?」
「声でけえよ。誰もそこまで暴露しろとは言ってない」
こいつ、やっぱり処女じゃないんだな。
てな感想はどうでもよくて、相当酔っている。あれだけ飲んでいれば当然だ。
顔に出ないタイプだから分かりにくいな。
酔っ払いの相手をまともにすると疲れるだけだが、色々と相談に乗ってもらっている手前、答えておくか。
「この際、処女かどうかは関係ない」
若くて可愛くて処女。そういう女性を望んだが、高望みなのは理解している。
三屋村さんは、少なくとも若くて可愛いの部分はクリアしているし、これ以上の相手なんてそうそう見つからない。
「もうちょい距離を縮めて、恋人になってもらいたいな。彼氏がいれば無理だが、いないことを祈る」
「具体的には?」
「そこで相談なんだが、遊びに誘うのはまずいかな? 引かれるか?」
恋愛ゲーム的に言うなら、フラグが立った状態だと思っている。
ただの店員と客の関係だったのが、今ではお互いの名前や連絡先まで知っているんだ。
俺を交際相手の候補として見てくれているかはともかく、行動しなけりゃこれ以上進展もしない。今がチャンスだ。
「ダメ元でアタックしてみれば? 男を見せてさ。んで、玉砕しろ」
「玉砕覚悟の特攻なんてごめんだ」
「モタモタしてたら、どっかの誰かにかっさらわれるよ」
「でもなあ……」
どうしても、立場の違いや年齢差が気になる。
俺としちゃあ大歓迎だが、向こうからすれば冴えない三十路のおっさんなんて嫌だろう。
百パーセント成功する保証なんていらないから、せめてもう一歩踏み込みたい。
だから遊びに誘う……と考えているが難しい。
なんつうか、助けたことを恩に着せているみたいだ。断りにくいだろうし、そこに付け込むって。
「丸沢ならどうする?」
「押し倒す」
「すまん、真面目に頼む」
「共通の趣味でもあればいいんだけどね。飲みに誘うでもいいし、他の趣味でも」
意外と真面目な意見になったが、趣味ねえ。
「俺の趣味……酒とタバコ? それ以外に趣味らしい趣味はないな」
「映画が好きとか、小説が好きとかは? それとなく話題を振って、あの映画を見に行こうって誘いやすいでしょ。面白かった小説を貸し借りしたり」
「どっちも趣味って言えるほどじゃない」
どうやって距離を縮める?
そもそも、三屋村さんの趣味も知らないし、映画や小説の話題を振ったところで相手が興味を持っていなければ意味がない。
三屋村さんの好きな物を聞いてみるか?
「いや、待てよ」
好きな物も趣味も知らないが、一つ知っていることがある。
「三屋村さんは、タバコを吸わない」
「だから?」
「吸い過ぎは体によくないとも言ってた。タバコ自体が好きじゃないと思う」
「吸わない人なら、そりゃそうでしょ」
「ゆえに、俺は禁煙する!」
「正気? 禁煙するなんて、あたしからすれば死ぬって言ってるに等しいのに」
いささか大げさな発言だが、喫煙者が禁煙するには並々ならぬ努力が必要だ。
というか、努力でどうにかなる問題でもない。
ニコチン中毒なんて言葉もあるように、極度の依存は病気だ。
病気を努力や根性で治せるか? 否だ。
ちゃんと医者に診てもらい、時には薬を処方してもらって治療する。
病気の治療に根性論を持ち出す人はいないのに、禁煙となると根性がないとか自分に甘いとか言われるんだよな。
病気レベルで依存するほど吸っているから悪いのかもしれない。
まあ、愚痴は置いておいて、俺は禁煙するんだ。
「禁煙するってこと、話してみる。そこから話題を広げられればなおよしだ」
「はいはい。せいぜい頑張ってちょうだい」
「もうちょい応援してくれよ」
「うっさい、バカ」
またそれか。愛煙家仲間がいなくなるのが嫌なのかもな。
「禁煙しても、飲みには付き合うぞ」
禁煙と同時に禁酒までしたら、いくらなんでも耐えられない。
いずれはするかもしれないが、まずは禁煙からだ。
「言質取ったからね。明日も付き合いなさい」
「あ、明日? 構わないが、二日連続だぞ?」
「なんなら三日連続にする? 月曜は休みだし、いけるっしょ」
「日曜も飲むって意味か? さすがに金が心許ない」
「独身で彼女もいないなら、貯金あるでしょうが。あたしはない! 全部お酒とタバコにつぎ込んでるから!」
「酔っ払いってタチわりい……」
ここまで酔っている丸沢を見るのは初めてだ。
気分が悪くなってはいないみたいだし、若干余裕はあるが、これ以上飲むと帰れなくなりかねない。
「もう出るぞ」
「あたしは飲む! 付き合え!」
「マジで面倒くせえ……」
言い聞かせても無駄で、丸沢に付き合ってさらに飲む羽目になった。
俺の方が先に酔い潰れ、帰るのに苦労した。
酒はほどほどに。




