十一話 ドラマみたいな展開が現実に起きるとは思わなかった
コンビニで変なおっさんに説教されるという理不尽な目にあっている。
聞く価値のない内容だし、右から左へと聞き流しているが、おっさんはこんなことを言い出した。
「名刺は?」
「はい?」
「名刺だ、名刺。会社員なら持ってるだろうが」
「会社に置いてあります。滅多に使わないので持ち歩きません」
「お前も嘘をつくのか! 名刺も持たない会社員がいるわけがない!」
くっそめんどくせえ。嘘じゃないのに。
「経費削減のために、同じグループ会社の人とは名刺交換をしないように指示が出ています。他社のお客様には名刺をお渡ししますが、現在の業務で関係するお客様には既にお渡ししてありますし、そもそも私は営業の人間ではなく開発を行っておりお客様とお会いする機会が少なく名刺の必要性も……」
「言い訳ばかりするな! 口だけ達者になりやがって! 会社では言い訳のやり方ばかりを習ってるのか!」
俺は事実を述べているだけだ。
営業マンで、あっちこっちを飛び回るような人なら名刺も持ち歩くだろう。
俺はほとんど会社で仕事をするし、客先に行くことはあまりない。
同じグループ会社の人とは名刺交換をしないのも本当で、経費削減のためになるべく名刺を作るなと言われているほどだ。
うちの会社だけが特別でもないと思う。経費削減はどの会社だって喫緊の課題だ。削れる場所は削ろうとする。
名刺を絶対に作らせてもらえないとか、名刺交換を一切しないとかってわけでもないんだし、このおっさんの常識で語られてもなあ。
「その格好はなんだ! だらしない! ネクタイも締めてないじゃないか!」
「クールビズです。こちらも、お客様とお会いする時はネクタイと上着を着用しますが、社内にいる時はノーネクタイ、ノー上着でよいことになっています」
「十月になってクールビズだと! 嘘をつくな!」
また嘘だと言われた。
要するに、自分の気に食わない発言は全部嘘ってことか。身勝手な奴。
「環境省から発表されているクールビズ期間は、確かに九月末までです。しかし、私の勤める会社では今月末までがクールビズ期間になります」
「嘘をつくなと言っている!」
「嘘ではありません。もう少し正確に言いますと、今月は日によって臨機応変にしましょう、といったところです。暑い日は軽装でもよく、涼しい日はなるべく上着とネクタイを着用すべき、と」
なるべくなので、俺の格好でも注意はされない。客先に行くわけでもないし。
俺は理路整然と話しているつもりだが、おっさんには通じない。ギャーギャーわめき続ける。
「嘘かどうか確認してやるからな! 名前と社名、電話番号!」
個人情報を教えろって? うざってえ。
「申し訳ありませんが、個人情報を教えることはできません」
「会社に報告されたら困るんだな! だからお前みたいなのはダメだというんだ! 俺が若い頃は……」
今度は自慢話かよ。
ついてない。ただコンビニにきただけなのに、どうしてこうなった。
ひとしきり説教して自慢話もして、それでも満足せずにしつこく俺の名前や務めている会社などを聞かれた。
仕方なく教えたが、判断を間違えたかもしれない。会社に電話して、あることないこと吹き込む情景が目に浮かぶ。
おっさんは、ようやく買った物が入ったレジ袋をつかんで帰って行った。
あー、疲れた。俺も弁当を買ってさっさと帰ろう。
からあげ弁当か焼肉弁当辺りだな。肉をつまみにしてビールを飲む。
嫌なことを忘れたければ、これが一番だ。
俺は丸沢ほど酒飲みじゃないから、家で飲むのは週に二日か三日ほど。
それでも、缶ビールは必ず冷蔵庫に入れてあるし、今日みたいに飲みたい気分の時は飲める。
明日は丸沢と飲みに行こうかな。金曜だし付き合ってもらおう。帰ったら連絡入れとくか。
ざっくりと予定を立てつつ弁当を物色していたら、奥に引っ込んだ三屋村さんが戻ってきた。
焼肉弁当に決めてレジに行けば、真っ先にお礼を言われる。
「あの、ありがとうございました。おかげさまで助かりました」
「どういたしまして。災難でしたね。何かミスでも?」
「ミス……になるんでしょうか? 私はミスのつもりはないんですけど」
曖昧な言い方だ。自分の過ちを認めたくないだけとも受け取れるが、俺は何十回と三屋村さんにレジ対応をしてもらっているのに彼女がミスをしたことはない。
あのおっさんの態度と合わせて考えれば、十人いて九人はおっさんに非があると答えるだろう。
「うかがってもいいですか? 話したくないなら無理にとは言いませんけど」
「えっと……愚痴を聞いていただいても?」
「もちろん構いません。私から言い出したんですし」
三屋村さんとお近づきになりたいっていう下心もあるし、純粋に心配だって気持ちも少しはある。
俺も丸沢と飲みながら愚痴ったが、話してみるだけでも気分は楽になるものだ。
「商品を持ってレジにきたんですけど、お会計を分けてもらいたかったみたいなんです。ただ、言葉にされなかったので、一緒にしてしまいまして」
「そりゃ当然ですよ。何も言わなかったら、普通はまとめます」
「確かに何も言いませんでしたけど、それっぽい形にはなっていなくもなくてですね。変な言い方ですみません。要するに、カゴに入れてあった分と手で持っていた分があったんです。どちらも同時に置いたので、お会計も一緒だと思いました」
「それで気付けって?」
「はい。『なんのために分けて持ってきたと思ってるんだ。会計を分けてもらいたいからに決まってるじゃないか』と言われまして、あとはお説教です」
「んな無茶な」
決まっているじゃないかって言う方がおかしい。そんな決まりはない。
鋭い人なら察することも不可能ではないかもしれないが、察しろと当然のように要求するのは間違っている。
「手で持っていたのが、二リットルのペットボトルと氷だったこともありまして、私はカゴの中の商品を潰したくないのだと思っちゃったんです。でも、潰したくないならペットボトルと氷を下にして、上に他の商品を入れますよね。そうと気付いていれば、もしかしたらお会計が別だとも察せたかなって」
「そこまで深く考えます?」
「あるいは、私が知らないだけで地域によっては常識だとか」
「だとしても、限定された地域の常識を全国に当てはめるのは変でしょう。会社ですらない……いや、どうだろ」
理不尽な人ってのは実際にいるし、あり得ない展開とも言い切れない。
むしろ、おっさんの言い分が間違っているって終わらせてもいいのに、自分の行動を振り返られるこの子が凄いと思う。若いのに立派だ。
「十九歳なのに、しっかりしていますね」
「あ、さっきの話、聞こえちゃいました?」
「大学生だってことと十九歳だってこと、聞こえました。すみません」
不可抗力ではあったが、思わぬところで年齢を知ってしまった。
十九歳。大学一年生か二年生だ。
今年の誕生日が過ぎて十九歳になったのか、今年で二十歳なのか。
この一歳の差はでかいと思っている。成人した女性なら、学生であっても許容範囲内。社会人が手を出してもギリギリ許されるんじゃなかろうか。
「あの……実は嘘をつきました」
「嘘?」
「私、二十歳になったんです。先月が誕生日だったので。でも、成人しているって言うよりも未成年だって方が見逃してもらえそうだなって思って。効果ありませんでしたけど」
「そんなことですか。嘘ってほどでもないし、気にしなくていいですよ」
とか言いつつ、俺は内心でガッツポーズだ。
二十歳。成人済み。これならいける。
今すぐどうこうする気はないが、少しずつ距離を縮めてやがては。
「ユザキョウジさん……ですよね?」
「私の名前ですか? そうですけど、あの人に教えたのを?」
「はい、私も聞こえました。私の名前は」
「三屋村さん。名札に書いてあるから知っていますよ」
「あ、そっか」
自分の名札に視線を落として、三屋村さんはペロッと舌を出した。
仕草が可愛いな。丸沢がやればキモいって思うが、若くて綺麗な女の子なら可愛い。
「あれ? 名札の文字、見えます?」
「見えますって。レジ越しでも十分に見えます」
「じゃあ、あの人は視力が悪かったんでしょうか? ただのセクハラ?」
名札に手を伸ばした時のことを言っているのか。
視力が悪いってのは、好意的に解釈し過ぎだ。なくはないが、スケベ心としか思えん。
あまり胸の話題になっても気まずいし、話題を変えよう。
「私の名前ですが、遊ぶに、にんべんに左と書いて遊佐です。京都の京に侍で京侍」
「京の侍! 素敵なお名前ですね!」
「名前負けしているってよく言われますけど」
「いえいえ、お似合いですよ。私を颯爽と助けてくれた先ほどなんて、本物の侍みたいでした。今日は本当にありがとうございました!」
かなり社交辞令は入っていると思うが、三屋村さんは俺に好印象を持っている様子だ。少なくとも、一言お礼だけ言ってサヨナラとはならなかったんだし。
これは、いよいよか? 俺にも春が?
困っている女性を助け、そこから二人の仲が深まる。
ドラマみたいな展開が現実にあるなんて、自分でもびっくりだ。
変なおっさんに絡まれた時はついてないと思ったが、こうなると感謝してもいいって気になる。
焼肉弁当とタバコを買い、コンビニを出た時の俺は、有頂天になっていた。
嫌なことを忘れるためにビールを飲む予定だったが、祝杯に変更だな。
よっしゃあっ!




