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十話 ドラマみたいな展開を希望する童貞のわびしい妄想

 童貞を捨てる方法が分からないまま、日々は過ぎる。

 平日は会社で仕事、休日は家でのんびりと。たまに友達と遊んだり、丸沢(まるさわ)と飲みに行ったり。

 代わり映えのしない毎日だ。俺が童貞を捨てられる日はいつになるやら。


 最近は、風俗でいいかなって思い始めている。

 だって、どう考えても無理ゲーなんだ。くそったれめ。


 十月一日、月曜日。やさぐれた気持ちを抱えながら、会社帰りにいつものコンビニへ寄る。夕飯の弁当とタバコを買うために。

 今日からタバコが値上がりするし、昨日までに買っておくべきだったが、うっかり買い忘れていたんだよ。

 童貞を捨てることで頭がいっぱいだったせいだ。ドジった。


「タバコをワンカートン」


 弁当をレジに持って行き、そこで例の女性店員である三屋村(みやむら)さんに告げた。

 普段ならマニュアル通りの対応をしてくれるはずが、今日は少し違っていた。


「セッタですか?」

「いえ、いつもの……ああ、この前買ったのは、友達にあげる用なんですよ」


 丸沢にあげたタバコもここで買い、三屋村さんがレジをしていた。

 あの時は、いつもと違うタバコを買うんだし、銘柄をきちんと言ったんだ。

 今日は銘柄を言わなかった。俺としては伝わるつもりでいたが、相手からすれば何も分からないわな。


「かしこまりました」


 事情を説明すれば、俺がいつも吸っているやつを持ってきてくれた。


「お弁当はこのままでよろしいでしょうか?」

「は、はい」


 こっちも違った。「温めますか?」じゃなく、「このままでよろしいでしょうか?」って。

 帰ってすぐに食べないから、いつも温めてもらわないようにしている。電子レンジくらいなら持っているし、食べる時に自分で温める。


 マニュアル通りの対応ではなく、俺用の対応だった。

 些細なことではあるが、それが嬉しい。

 さらに、三屋村さんが話しかけてくる。他に客がいないから暇なのか?


「強いタバコに変えたのかと思いました。変えてなかったんですね」

「変えるにしても、1ミリからいきなり14ミリにはしませんよ。とてもじゃないけど吸えません」

「そうなんですね。私はタバコを吸わないので、よく知らなくて」

「平気な人もいるかもしれませんが、私は無理です」


 長らくコンビニに通っているが、初めてだな。この人と普通に話すのって。

 弁当とタバコを袋詰めしてもらったから、いつでもコンビニを出られる状態なのに、会話はもう少し続く。


「吸い過ぎは体によくありませんよ。よく買いにいらっしゃいますけど、実は『この人、ヘビースモーカーだな』って思っていました」

「ははは、お恥ずかしい。よくないとは思いつつ、やめられなくて。タバコ税が上がるたびに、今度こそ禁煙しようとするんですけど……妻とか恋人とか、止めてくれる相手がいないせいもあって、誘惑に負けてしまいます」


 少し踏み込み、こちらのプライベートな情報を伝えてみた。

 要するに、「俺はフリーですよ」って言いたいわけだ。


 俺はスーツを着ているので、社会人だと分かる。

 弁当を買っているから結婚もしておらず、食事を作ってくれる恋人もおそらくいないと推測できるだろうが、直接伝えることで確信を持ってくれたはずだ。

 多少なりともプライベートの情報が伝われば、親近感も湧くんじゃないかって。


 ぶっちゃけ、だからどうしたって話ではある。

 こんなことを言われても迷惑なだけで、まさか「じゃあ、私が恋人に立候補していいですか?」みたいな展開になるとは思えない。


 童貞のわびしい妄想だ。妄想と知りつつも、万が一の可能性を捨て切れないのが童貞たるゆえんというか。

 ドラマみたいな超展開を、心のどこかで期待していた。

 この前読んだラノベのように、女性側から言い寄ってきてくれないかって。

 現実はやはり厳しく、思い通りの展開にはならない。


「今日から、また上がりましたよね。昨日までは、それはもうタバコが売れましたよ。逆に今日は全然です。昨日、買っておかなかったんですか?」

「うっかりしていました」


 タバコ税よりも恋人の方に突っ込んでもらいたかったな。

 これ以上アピールするのも変だし、しつこく食い下がっても逆効果だ。

 そう判断した俺は、大人しく帰宅する。


「ま、こんなもんか」


 ワイシャツを脱ぎ、ラフな部屋着に着替えながら独りごちた。

 理想は「私が恋人に」だったが、そこまでいかなくても彼女のプライベートを知れればラッキーだと思った。

 特に、彼氏の有無は知りたい。フリーなら俺にも可能性は生まれる。


 こっそりと観察していたりもして、左手の薬指に指輪がないのでおそらく独身。

 右手にも指輪はなかったが、だからといって恋人がいないとは限らない。バイト中は外している可能性もある。

 外見は、何度見ても綺麗だ。比べて悪いが、丸沢とは全然違う。胸も三屋村さんの方が大きい。


 って、なんかストーカーみたいだな。我ながら気持ち悪い。

 俺が知っている情報はこの程度であり、他はさっぱりだ。だからストーカーではない、と言い訳しておく。

 もうちょっと親しくなれればとも思うが、厳しい。





 と思っていた三日後、十月四日の木曜日。

 仕事を終え、疲れた体でコンビニへ行くと、ちょっとした事件に遭遇した。


 今日も三屋村さんがレジにいて、客に対応しているが、様子がおかしい。

 客は五十歳くらいのおっさんだ。どうも三屋村さんに絡んでいるっぽい。

 二人のやり取りが聞こえてくる。


「大学生か?」

「は、はい……」

「年齢は?」

「十九です」

「未成年のアルバイトだからって、こんないい加減な仕事をしていいと思ってるのか? 十九歳でもほとんど成人してるようなものだ。大人の自覚を持ってしかるべきなのに、みっともない。俺が雇い主の立場なら、絶対に雇わん。店の恥だ」

「すみません……」

「時給はいくらもらっている? 給料にふわさしい仕事をしてるか?」


 面倒臭い客だな。娘みたいな年齢の女性に絡むなよ。

 今店にきたばかりの俺じゃあ、事情は呑み込めない。

 会話を聞く限り、三屋村さんが何か失礼なことでもしたのか? そしておっさんが、「いい加減な仕事」って注意しているんだ。


 若者に毅然と注意できる立派な大人……のつもりだろう。本人としては。

 傍から見れば、イチャモンつけるクレーマーでしかないが。


「店長はどこだ? バイトリーダーでもいい」

「今はちょうど私一人でして……もうすぐ次のバイトが……」

「嘘をつくな! バイト一人に店を任せるなんて話があるか!」

「ふ、普段は何人かいるんですけど、今はちょうど……」

「ちょうど!? 自分に都合の悪い時だけ、ちょうど店長がいない! クビになりたくないからって、なあなあで済ませようとするな! その腐った根性がよくないんだ! お前、名前は!? 見せろ!」

「ちょ、ちょっと」


 あのおっさん、名札に手を伸ばしやがった。

 名札は胸についているから、必然的に胸元に触れそうになる。三屋村さんが体を引かなかったら触れていた。

 手を伸ばさなくたって文字は見えるだろうに、なんだあいつは。


 ダメだこれ。助けよう。

 レジに行き、おっさんの横から口を挟む。


「タバコをワンカートン、お願いします。1ミリのプレミアムメンソール……このタバコですけど、あります? ちょっと探してきてくれませんか?」


 タバコのケースを三屋村さんに見せて、自然な形でレジから離れられるように話を向けた。

 三屋村さん相手なら銘柄を告げる必要はないが、俺と彼女が知り合いだとバレればおっさんは余計に絡んでくると思う。

 あくまでもただの客だと主張したくて、回りくどいやり方を選んだ。


 俺が口を出した時の二人の反応は対照的だった。

 ホッとした表情になった三屋村さんに、俺を睨みつけてきたおっさん。


「兄ちゃん、会計を待つこともできないのか? これだから最近の若いもんは」

「すみません、少し待っていたのですが、終わりそうになかったので。えっと、店員さん、タバコをお願いします」

「は、はい、少々お待ちください」


 タバコを取りに行くという建前で、三屋村さんは奥に引っ込んで行った。

 これで、おっさんの怒りの矛先は俺に向くだろう。

 レジに割り込んだ常識知らずのサラリーマン。社会人のくせに、なっとらん。

 ほら、好きなだけ説教できる。


 案の定、おっさんはありがたーいお説教を開始した。

 社会人のくせにレジに割り込んだ、とかなんとか予想通りの内容だ。

 俺が喫煙者であることにも言及され、マナーがないとか周囲への迷惑がとか。

 マナーの悪い喫煙者に言えそうな説教を個人に当てはめられても困るが、論破するつもりはない。言いたいだけ言わせればいいんだ。


 社会人をやっていれば、理不尽な目にだってあう。

 幸運にも、今の上司である新田さんは、筋の通らない説教はしない人だ。怒られるのは俺が悪い時と決まっている。

 だが、入社以来、何人かの上司と仕事をしてきたし、客先の人にも会った。中には無類の説教好きもいた。


 そこで学んだのは、正しいと思って注意している相手には、こちらの理屈が通じないってこと。

 俺の言葉は、見苦しい言い訳としか受け止められない。

 言い返せば言い返すほど説教の時間は長くなる。


 はいはいって頷いとけばいい。すみませんって口先で謝っておけばいい。

 世の中を生きるコツだな。自慢にもならないことだ。

 早く終わって欲しいと思いながら、つまらない説教を聞き流していた。

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