Ⅴ
決闘の仕方はヤオに任され、はたして翌々日の早朝に広場にて真剣をかけた勝負となった。
雨もよいの空。空気はいつにも増して冷えている。
たくさんの見物人を枠として形成される、直径がおよそ七メートルの円の中心でチタとヤオは相対した。
「使うといい」
ヤオがサーベルを差し出す。上等な品だ。彼は彼が金持ちであることを証した。が、チタは受け取らず、紋様の刻まれた長剣を深紫色の布よりあらわした。あの買い受けた宝剣だった。
「まがい物だな。それじゃあ僕には勝てない」
ヤオは昂然と言うと、彼の背後に控える召使い的女性の持ついくつかの剣から一本を選んだ。光沢を宿す白刃を払う。振り返り、すでに勝ちを得たさながら自信に満ちた表情で直剣を構えた。
「来い」
座がとみに沸く。チタの後ろでキリが心配そうに見ている。
おもむろにチタも構える。
「剣は不慣れなんだ。手加減してよ」
「真剣勝負に手は抜けないよ。降参するかい?」
チタは頭を振る。
「しないさ。キリはゆずれない」
「僕も同じだ。......打ってこないのか」
「はあ」
チタは凄んだ。
「欲しけりゃ自分で奪りに来なよ」
雨が降りだした。
⁂
ヤオが喚声をあげて駆けて行き、真っ向からチタの胴を断たんとして垂直にふられた刃を、チタは長剣の刀身で防いだ。火花がひらめいた。するとヤオの剣はみるまに腐食をはじめた。あたかも久遠の時を経たかのようにぼろぼろになり、ついには形を保てなくなって地面にくずれ落ちた。
ヤオは動顚して尻もちをついた。手のひらに付着した錆を必死に払った。震える指でチタを差し、「魔術だ!」とおそれに歪んだ顔で叫んだ。
場は異様な雰囲気に転じた。あまねく観戦客は剣呑に何やかやとさざめいている。雨足が強くなる。
チタは長剣を不思議な気持ちで見つめた。眼前に起こった超自然的な現象が信じられなかった。絶対に負けられない戦いであったためにやむなくこれを用いたのだが、悲しいかな、勝利と引き換えにあらぬ弁解の余地ない嫌疑をかけられてしまった。
野次が飛ぶ。石畳を叩く雨粒の音に混じる。降雨のとばりを通して、観客のおびえた様相が手に取るようにわかる。
水気を帯びてつややかに光る剣を鞘に納めた。
そのおり、人垣をわけてやってくる者があった。
竜騎士である。厳しい純白の鎧を身につけ、半歩後ろに二人の騎士を連れている。
「騒々しいな。どうした」
竜騎士が誰ともなしに訊いた。
すかさずヤオが「あいつが魔術を!」と訴えた。
「ほう」
竜騎士の兜の面がチタへ向く。その横長に空いた暗い穴からは表情をうかがい知ることはできない。
やおら歩を進める。しかしキリが竜騎士の前に立ちはだかった。両腕を拡げ、厳然たる態度で言った。
「やめてください。この人は悪魔ではありません」
止せキリ、とチタがどなる。キリは、大丈夫だからと小さく答える。
「わかった。だが、さしあたりその者の身柄を預からせてもらえないだろうか」
竜騎士は声をひそめる。
「懸念を除くためだ、すぐに返そう」
「明朝、この国を去ります。それではいけませんか」
「申し訳ないが、現下みなの愁眉を開いてやることに意味があるのだ。あくまで我々は厳粛であらねばならない。竜騎士全体の信用を、その長が損なうようでは示しがつかないだろう。どうか堪えてくれ」
キリは肯首しなかった。下唇を噛み締めて無言、拒絶の意を呈した。
どうしても退けない理由があった。人智の及ばない力——すなわち魔術を行使する者はすべからく『悪魔』とされ、忌みきらわれていた。過去に悪魔の疑惑のある者が竜騎士によって捕縛された際、その者は二度と釈放されることがなかった。秘密裡に処刑された、あるいは人体実験の材料にされたのではないかと取り沙汰されたが、真偽のほどは定かではない。ゆえに竜騎士の言葉は信ずるに足りず、彼女はチタを必ず守らなければならない、と決意したのであった。
......竜騎士が手を伸ばす。小刻みに震えるキリの背後で、チタが柄に手をかけた。
キリの肩に金属的指先が届かんとしたそのとき、突如として世界はおびただしい蒸気の奔流に満たされた。雲の中に居るさながら、ものの様子がまったく不明瞭だ。とても暑い。四方八方から叫びがする。ややあって、「焔の悪魔だ!」と口々に言う声が聞こえはじめた。
鋼が鞘をはしる音と哄笑がした。
「はははははは! なんと運がいいことか! ......お前たち、これに乗じて上手く逃げろ。追いはせん」
煙の底から竜騎士が言った。
チタはとっさに目の前に立っているであろうキリに腕を伸ばした。手応えがあった。どうやら手首を掴んだらしかった。そのまま後方へ走り出した。背後に遠のく竜騎士の科白を聞いた。
「少女たちよ! 互いの献身と勇気、実に見事であった!」




