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殺めたる運命の屍を晒す  作者: 葦元狐雪
4/12

 玄関扉を開けた先にはお姫様が立っていた。

 両のかたわらに豪奢な服装の男女を置いて、その間でドレス姿の彼女は恥ずかしそうにしていた。

 それがキリとの出会いだった。彼女たちはたいそうな金持ちの家族で、首都の方である物騒な事件が起き、どうしてもそこに住めなくなったから、当座の間彼女をあずかってほしいと云う。今は亡きチタの両親が唯一心から信用できる人物だったので、いきおいその子供に頼らざるをえないのであった。


 チタは快く引き受けた。断る理由がない。まるで夢のようである。これほどうるわしい女性とひとつ屋根の下、この平々凡々的骨董屋をともに永く商うのも悪くない......。そのようなチタの思惟を見透かしてか、キリは面白い物でも見つけたかのように微笑んだ。

 

         ⁂


 あれから二週間を経たころには、キリはすっかり仕事を覚えてしまった。加えてチタより愛想が良いかつ美人のため、ほんのたまに冷やかしに来ていた客はいつしか常連となった。


「チタはもっと笑えばいいのよ」


 キリは奥で棚に並んだ商品の整理をしているチタに言った。チタは変な形をした泥人形を調べながら「ガラクタばかり押しつけに来る人たちにかい?」と当てこすりした。


 そのとき来客を告げる鈴の音がした。最近ちょっと冷たくなった風と、背の高い学者然とした男が入ってきた。キリはレジカウンター越しに挨拶する。男は深紫色の布に巻かれた長い棒のようなものを呈し、


「鑑定をお願いするよ。値段は好きにつけてかまわない」


 と言う。めずらしい客がきたもんだな、と思ったチタは動きを止めて男に目をやる。

 キリは慎重に布を解いた。長剣だった。不可思議な紋様の刻まれた鞘。刀身にも同じ紋様があった。チタもキリの隣に来て、それをつぶさにあらためた。


「見事な品だな」


「若いのに大した目だ」


 男は全然嫌味のない調子でたたえた。


「歳はいくつかね」


「十七」


「ほう」


「これをどこで?」


「家の倉庫に。うちの先祖に武具を集めるのが趣味の人間がいたらしくてね、でも僕には必要ないから」


 と男は銀縁眼鏡を指で押し上げて答える。そして「君の目利き通りそれは真作だよ。どこかの国の宝かもしれないね」と付け加えた。


「あるべきところに返還すべきでは?」


「それは誰かに任せるよ。さあ、買値を定めてくれ。いらないなら違う店に査定してもらうが」


 言うや男は彼の腕時計に目を落とした。

 どうやら急いでいる様子、あるいは交渉のテクニックのひとつか。もし彼がほかの骨董屋に交渉を持ちかければ(よほど鑑識眼のない店主でなければ)、みすみす掘出し物を逃すはずはなく、適当な値ですぐに買われてしまうだろう。しかしある国の宝剣に値段など付けられるわけがない。


 どうしたらいいのか、何か妙案は——などとチタの困ずるのを差し置き、キリが羊皮紙に示した金額に男は納得して帰っていった。彼は銀行の口座番号をキリに告げており、のちのち彼女がそこに振り込む次第であった。額は一等の豪邸が三軒建つほどである。


 よってチタが悩み抜いた末に「やっぱり断ろう」と決意した頃にはすでに男の姿はなく、鼻歌まじりに内装を整えるキリの後ろ姿を見て合点したチタは、


「さては買ったな」


 と言った。

 キリは肩越しに憮然としたチタを見やると、舌をちょっと出してウインクした。


         ⁂


 あくる日の休店日は天気も良く、チタとキリは午前中に家事をあらかた済ませ、近所のレストランで昼食を楽しみ、それからかねてより興味のあった劇場に足を運んだ。


 客入りはそこそこだった。満座は幕が上がるまでの時間を、おしゃべりや酒盛りやパンフレットを眺めるなどに充てていた。劇場の前の露店で買ったジュースを片手に、空席を探してそこに腰を据えた。結構後ろの方だったので、観客の後頭が満目に見渡せた。


 チタの隣はしばらく空席だったが、いつとはなしに痩身の老婆が座っていた。赤い下げ髪に燕尾服である。やけに姿勢がいい。まるで幽霊みたいに急に現れたから、あやうくチタは飲み物を気管に入れてしまうところだった。


「隣、よろしいかい」


 老婆は顔だけをチタにやってなごやかにたずねる。


「よろしいもなにも、とっくに座っているじゃないか」


 チタが言う。

 んひひと老婆は笑った。


「ここは特等席なのさ。舞台の様子がもっとも良く見えるからねえ。ところでデートかい」


「休日の消化さ」


 言下にキリが「デートです」とわざと大きな声で言った。チタは気にしない態をして尋ねた。


「あなたは?」


「視察だよ」


 老婆は真っ赤などん帳に目を向けて答えた。次いで怪訝そうにするチタを一瞥して口元をゆるめた。


「劇中でとくべつ派手な演出があるのだけれど、それが実は魔術ではないかという噂があってね。あたしはそれを確かめに来たんだ」


 ブザーが鳴る。照明が徐々に暗くなる。幕のあがった舞台上だけが青白く、そこには回転する大きな歯車や石段や家の壁などが置かれ、紐に吊られた幾何学的な月のもと、様々な役に扮した俳優たちが倒れ伏している。


 舞台袖から魔女があらわれる。彼女は両腕を大きく広げ呪文を唱えた。ものものしい音楽と地響きのごとき音響、明滅する光、おもむろに起き上がる役者たち......束の間の静寂。


 月が太陽に替わり、旅人が登場する。あわれにも国そのものと化した魔女の攻撃を受ける旅人は、やがて出会う盗賊の一団や正義の悪魔の子、放浪のアルケミスト、喋る生きた左腕と一緒に魔女の秘密を探り当て、ついには悪辣なる魔女を打ちたおす。そうして国と民は元の状態にかえり、旅人たちはふたたび各々の道を歩むのであった——



 幕が引き、おびただしい拍手にはっとしたチタは左方を見たが、老婆の姿はなかった。その代わり椅子の上にはペンダントが残されていた。コイン型だ。彼女の忘れ物だろうか。

 チタはそれをポケットにしまい込むと、余韻に浸るキリを連れて劇場を出た。


         ⁂


 ペンダントには文字が刻んであるらしかったが、すすけていてよくわからなかった。まるで焼け跡から発見されたようだった。形見かもしれない。だとすると、あの老婆にとって大切な物に違いない。でもチタはそれが自分の物みたいに感じられて不思議だった。


 老婆の行方はようとして知れず、あれから三日ほど劇場を訪れてみたけれど甲斐がなかった。

 次の日、チタは店の表にチラシを貼った。『ペンダントは預かった。来たれ老婆』と書いたらキリに笑われた。しかし老婆は来なかった。


 ......夕刻、チタが来客用の椅子の背にもたれてくつろいでいると、いとスカした男が颯爽と来店した。金髪である。イケメンである。高身長である。赤いジャケットを着こなしている。


 自らをヤオと称する青年はまことに良い匂いを撒き散らしながら窓拭き中のキリに寄るや、いきなり彼女に交際を申し込んだ。とんでもない男だ、とチタは思った。キリは突然の告白に戸惑うている。おそろしくでかい花束を手渡される。


「あの、お客様、困ります」


「驚かせてしまって失礼。しかし、どうかわかってほしい。あなたをもっとも愛しているのです。愛しさのあまり胸ははち切れんばかりだ。そのせいか、もう四日も寝ていない。結婚してください」


 言うわりに健康的な顔色をしている。髪は丁寧にくしけずられており、非の打ち所がない。

 おおかた嘘であろうと見当をつけたチタは席を離れ彼に歩み寄った。


「彼女が好きなんだね」


「ああ」


「いつから?」


「五日ほど前、劇場のあたりで彼女を見たときだ」


「一目惚れかあ」


「そうだ」


 チタは肩をすくめた。


「残念だけど、彼女は結婚できないよ」


「どうしてかな?」


「うちの広告塔だからさ。キリがいないと客がめちゃくちゃ減る」


「君は最低だな! それでも男か!」


 ヤオは憤慨して言う。キリは呆れていた。

 チタは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「わかったらはやく帰ってよ。ここは君にふさわしくない」


「わからないな」


 ヤオはキリに向き直り言った。


「こんな場所こそあなたにふさわしくない。あなたは幸せになるべき女性だ。万物の絶え間ない祝福と安息の待ちかける未来だ。僕が導き手になろう。さあ、ここから逃げよう」


 しかしキリは黙って首を横に振った。

 ヤオは顔を真っ赤にしてチタを指差し、


「彼女をかけて僕と決闘しろ」


 と言い放った。


「いいよ」


 チタは答えた。

  

 

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