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殺めたる運命の屍を晒す  作者: 葦元狐雪
3/12

 竜舎は森閑として人の気配がなかった。『3号』と大書されている、高さがおよそ十メートルの長方形をした竜舎の鉄扉は施錠されていたが、あらかじめ誂えた合鍵を使用して中に入った。


 干し草の匂いと、云いようのない飛竜の匂いとが鼻をつく。上部のいくつかの小窓より月光が差し入る。低い唸り声がする。両脇には飛竜が二体ずつ、藁の敷かれた寝床に臥している。チタは右側の一番奥まで歩を進めると、夜に黒い巨軀を潜ませる飛竜の、怪しく光るまなこを見出した。


 名をラヴァという。性は雌。まだ人間の年齢で二歳と若いが、体長は六メートルを超える。演習のときによく騎乗したり、懇意に世話をするなどしていたから懐かれていた。ゆえに首輪を外す際、ラヴァはしきりに頭部を擦りつけて甘えた。


「おいで、こっちだ」


 手綱を引いて誘導する。こんな夜更けに寝床を抜けるなんてついぞなかったためか、竜舎を出たラヴァはすこし興奮気味だった。あたりをキョロキョロと見回している。尻尾の振り方が激しい。


 タイミングを見計らって、チタはラヴァの背に飛び乗った。騎座がないから鱗の硬さと冷たさが身にはっきりと感じられた。チタは黒いフードとローブで全身を装うており、鱗の色と同化している。

 ゴーグルをはめると、にわかに心拍数が上がった。


 独りだけの騎乗は初めてだ。上手く操れるだろうか、不安がチタを領す。しかし迷うている暇はない、一刻もはやくキリを探さねば。手綱を握る力が強まる。掌に食い込む。まぶたを閉じた。だんだんと力が抜けていく——


 横腹を軽く蹴った。

 ラヴァは大翼を羽ばたかせ、勢いよく飛び立った。


         ⁂ 


 いと寒い空気に苛まれながらも、チタは眼下をめまぐるしく変化する景色から、決して目を離さなかった。するといつとはなしに、二人の天空警備員に追尾されていた。武装した飛竜に乗っている。あたたかそうな防寒具を着た彼らは、「止まれ、止まれ!」と拡声器越しに呼びかける。


「夜半の民間の単独飛行は原則禁止されているはずだ! 許可証の提示を要求する!」


 チタは首を巡らせる。 


「見逃せ! 今はそれどころじゃない、罰ならば後でいくらでも受けよう」


「ならん! 一分待つ。その間に許可証を示せ。さもなくば、武力的手段をもってお前を拘束する!」


「聞く耳を持たないか!」


 チタは前に向き直るや、手綱を左方へ思い切り引っ張り、急旋回を促した。ラヴァはその方向へぐるりと回り、来し方の空をさかのぼった。警備員たちも続く。両者加速する。風を切り、雲を突き抜け、上昇し、左右に振り、やり過ごしたかと思えば行く手に待ち伏せていた。


 警備員のひとりが発砲した。銃弾はチタのフードを掠めていった。それに驚いたラヴァが鋭く鳴いた。しかしチタは動じず、毅然として言った。


「退け! お前に僕が殺せるか」


 撃鉄が持ち上がる、引鉄に指をかける警備員。チタとラヴァは依然としてスピードを緩めない。

 ......いよいよ射撃せんとする刹那、怱卒に銃の側面に何かが打ち込まれ、二つにわかたれた銃身が爆発を起こした。


 ラヴァを急停止させる。なにがしは東より飛来したと思われる。その方角を見遣ると、洪大な月の暈のなか、都合四枚の翼をもつしろたえの飛竜がひとりの人間をともなっていた。かの者は白い月あかりに映えるうるわしい甲冑を全身によろい、純白のランスを携えていた。竜騎士である。


 特殊な仕掛けでも施していたのか、おびただしい灰色の硝煙はなかなか消えずに停滞している。

 竜騎士は指で真下を示した。「行け」ということだろうか、チタはそのように解釈をして「恩に着る」と謝辞を述べると、いっさんに下界を目指した。


      ⁂


 結局、キリを見つけることはできなかった。

 陽が昇る前にラヴァを竜舎にこっそりと返し、その日行われる講義などをすべて欠席して街中を探し歩いた。同じ轍を踏まないよう、夜分の捜索も徒歩に徹した。あくる日も同様だった。睡眠不足と空腹と疲労で朦朧としていたが、彼を想うことでどうにか動き続けた。


 新聞に焔の悪魔に関する記事を見つけると胸がぎゅっと締まり、その都度、犠牲者がキリでないことを祈った。彼は現れなかった。


 一週間後、チタは四十度以上の高熱を出して寝込んだ。身体はとても重く、倦怠と頭痛と吐き気と眩暈と腹痛とに冒され、まともに歩ける状態ではなかった。チタの見舞いにやって来るのは講師や官憲や新聞記者ばかりだった。とうとうキリの捜索がはじまったのだ。これまでキリの所在を適当に誤魔化していたから、チタに疑惑の念がかけられたのは理である。しかしことさら病に苦しむフリをして、くだんについて決して何も話さなかった。


 それから二日後の夜、ナイトテーブルの上にあった薬をありたけ飲み下し、ジャケットを着て靴を履き、よろぼいつつ寮舎を抜け出した。走るとすぐに息が切れた。おぼつかない視界。しばらく歩いていると——薬が効いてきたのか——気分がすこし楽になった気がした。


 向こうに公衆電話ボックスがあった。靴底が街道を叩くリズムが速くなる。懐からメモ用紙を取り出しながら中に入り、震える指でダイアルを回した。スリーコール目に出た。


「はい」


「チタです。ドルさんでしょうか」


「違います」


「ドルさんに代わっていただけますか」


「おりません」


「わかりました。では、いつ頃お戻りになりますか」


「わかりません」


「なぜ」


「調査中です」


 一拍置いてチタは尋ねた。


「あなたは彼女の助手ではないのですか」


「違います」


「じゃあいったい——」


「エスです」


 食い気味に名乗った。

 チタは生唾を飲んだ。そして問うた。


「何者なんだ。エスとはあなたの名前か」


「とにかくそこから離れてください。どうか死なないで」

 

 それだけ言うと、通話が切られた。

 チタは送話口に向かって怒鳴るも、ツーツーという無機質な音がするばかりだった。

 嘆息しいしい受話器を乱暴に戻す。ガラス越しに遠くを見る。

 闇の中にぽつりと小さな灯が浮かびあがる。ボールぐらいの大きさのそれはやがて猛り狂う数匹の大蛇のようになり、ものすごい勢いでチタの方に迫ってきた。

 

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