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5・病院は特に安全じゃない



 走って走って走って、深陽(ミハル)はようやく先程よりは静かなところに辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 呼吸を整えながら辺りを見回すと、親子連れらしき人──頭からアンテナが生えてるところを見るにヒトではない気がするが──が多く、建っている建物から、どうやら住宅街のようだった。


「はぁ、高いところ……えっと」


 見上げると、少し先に外階段のついたアパートらしきものがあった。


 ──あそこにしよう。


 そう決めると、深陽は恐ろしさと疲れで震える足を叱咤し、また走り出した。



 間も無くアパートに到着し、外階段を登って屋上に出た。

 登るときは数えてなかったが、大体四階分ほどの高さだ。


 下が見える位置まで歩き腰を下ろすと、目下、爆発が起こるわ謎の光が発生するわ絶え間無く叫び声は聞こえて、歩く生命体のほとんどはSFに出てくるようなクリーチャーばかり。


 ───『魔法』なんて言うから、もっとこうふわふわとしたファンタジー世界かと思ってた……。


 素直な感想が疲れきった脳内に生まれる。


 ──情報を整理しよう。


 下の道路では原因もわからない騒動があちこちで起こっているが、それから離れたことで少し冷静さを取り戻した思考を回す。


 ──取り合えず『魔法』は『魔法』だな。


 ここにくるまでずっと気がかりだったそれは、船でのことやこの街で起きたことを考えれば直ぐに受け入れることが出来た。

 手足が合計十二本の人や触手で包まれた体を持つ人がいるのなら魔法だってあるだろう──やや強引な考えではあったが、コローナ島がこんな無法地帯であったことを受け入れるよりは簡単だった。


 次に、合格条件について。

 二十四時間後に生きていられるかどうか。今のところ不可能な気しかしない。門でのあの爆発で生き残れたのが奇跡なのだ、あれ以上の幸運はもうないだろう。


 ──それに。


 高いところにずっといればいい、というわけではないらしい。


 見上げると、空を悠々と滑空する鳥(?)の群れ。鳥のような鳴き声をしているが、その腹部はゼリー状で、その内一体が地面に糞をすると、糞が落ちた道路がどろりと熔け出したではないか。

 ここも危険なことに変わりは無い、というわけだ。


 しかしここまで来ても、一つ腑に落ちないことごある。


 ──皆俺を『魔法使い』って呼ぶけれど、思い当たることが全く無いんだよな。


 船のサックにも、門番にも、先程のウルヴィゴにも、『小さな魔法使い』とか『魔法使いの卵』と呼ばれてきたが、深陽には杖を握った記憶も呪文を唱えた覚えも皆無だ。


 ──『素質がある』って意味なんだろうか。

 

 しかし、今の深陽に、例えこの試験を通過しても『魔法』なるものを扱える自信は全く無い。

 なんせ霊感も無ければ何かを感じたり不思議な出来事に遭遇したこともないのだ。


 ──……そういえば……。


 ふと、深陽の心に『不思議な出来事』という部分で思い当たることが一つだけ浮き出してくる。


 ──いや、あれは関係ないか。


 その記憶を首を横に振って振り払うと、深陽は改めて地上を観察した。


 住人がカオスを極めていれば、町並みもカオスそのものだった。古いお屋敷みたいなものもればその隣にアメリカの都心のように大型テレビが設置された建物があり、公園の中心に協会が建っていたり、住宅地の隣にドーム──ではなくボール型(・・・・)の今にも転がっていってしまいそうな物体がある。まるで、小学生が積み木で遊んだ後のように規則性も法則性も無い街。ちなみにこのアパートの隣にはアラビアンな宮殿が建っている。


 そして、門から離れた奥の奥の方に、一際目立つ赤褐色の塔。あれが『コローナ・ボレアリス学院』の一部だろう。


 さらに後ろを振り返れば、塔とは比べ物にならないような太さと長さを持つ宇宙(そら)へ続いていく『柱』があった。ニュースで聞いた話だと、あそこから異界の者たちは来ているらしい。


 ──ウルヴィゴさんもあそこから来たのかな。


 先程の親切な女性を思い出しながら、深陽は柱を見詰めつつ呼吸を整えた。


「──よし」


 いつまでもここにいるわけにはいかない。空から酸が落ちてくる可能性があるし、直ぐそこで旋回する謎のプテラノドンもどきが襲ってくるかもしれないのだ。


 ──屋内の安全そうな場所をいくつか目星をつけて、そこを当たろう。


 深陽はそう目標を決めると、改めて地上を見渡した。

 


 

───



 同時刻。

 コローナ・ボレアリス学院の中央塔内の一室。


 塔の最上階に位置するその部屋の窓から、黒髪の青年が眼前に指でわっかを作り地上を見下ろしていた。


 『柱』を除く建築物の中でコローナ島内最長を誇るこの塔からは、街の至るところが見えた。青年はやや腰を曲げながら門のあたりをじっと見ては、「おお危ね」「日本人か?」などと小さく一人言を溢している。


「おや、来てたのかい」


 そんな彼の背後で部屋の扉が開かれ、一人の老人が入ってきた。

 老人と判断できるのは、その髭だ。床につきそうなほど長い長い白髭を三つ編みにして、それを同じように真っ白な長髪と合流させてさらに編み込むという独特なヘアスタイルをしている。顔はワニのようで、横に長い口からは牙が覗いていた。しかし目尻はどことなく優しさを感じ、二足歩行で装飾の美しい服を着ているところから、獰猛さよりも不思議な知性を感じさせた。


「校長」


 老人に気付いた青年が振り返る。

 『校長』と呼ばれたワニ頭の老人は、机の上にあった厚紙で閉じられた一つのファイルを手に取りパラパラと捲る。それをある一ページで指を止めると、そこには焦げ茶色の髪の少年──深陽の写真が貼られていた。


「イカリ・ミハル君。十五歳。つい最近まで学校に行っていたみたいだけど、ある事件の犯人として退学になってるねぇ」

「事件?」

「放火だそうだ」


 「放火だぁ?」青年が鼻で笑うように繰り返し、再び門の方に目を向ける。


「んなこと出来るようなガキには見えねぇけどな。おとなしそーな顔の奴だぜ」

「真偽は不明みたいだよ。証拠不十分で少年院行きは逃れてる」

「ふぅん……」


 興味無さそうに喉を鳴らす青年。また目の前に輪を作り門の方を見ていた彼のアクアブルーの瞳が、ふと、大きく見開かれる。


「あいつ……」

「どうかしたかい?」

「いや、…………ただ、よくウルヴィゴを見て逃げ出さなかったなと思ってよ」


 ウルヴィゴとは、門付近に四角い巣 ()を作って暮らしている女性だ。

 骸骨のように痩せこけた顔、窪んだ目元、歯の無い口。それに加え百足のなりかけのような蜘蛛の同族のような巨体に、この島に初めてやってきた人間は彼女を見てパニックを起こすことが大抵だ。

 彼女も話してみれば悪い者ではないことはわかるのだが、なんせ見た目が人の心臓に悪すぎるのだ。


 しかし──青年が見守っていた受験生は臆すことなく彼女の話を聞き、恐らくアドバイスを受けたのだろう直ぐ様門から離れていく。

 青年には数㎞も離れたその様子が見えていた(・・・・・)


「ふぅむ、心の広くて豊かな子なのかもしれないね。前の子はびっくりして逃げた先で20tトラックと正面衝突したからそれよりはいいだろう」

「あれなー。結局片目見付からなかったんだっけか?」

「今は義眼でどうにかしてるようだよ」

「あっそ。……けどまぁ、門から無事離れられても、明日の朝には首と胴体がさよならなんてことはザラだしな。も少し近くに行ってくらぁ」

「うん、見守っててあげてくれ」

「わかったわかった」


 青年はいかにも適当そうに返事をすると、老人を通り過ぎ部屋から出ようとする。


「じゃあ校長、また明日な」

「気を付けるんだよ」


 青年が出ていき、パタンと閉まる扉。 

 もう開く様子の無いそれから視線を逸らし、老人は顎髭を鋭い爪で撫でながら呟いた。


「……はてさて、『放火』とな」



───



 数時間後。

 コローナ島唯一の公式大型病院内。


「はぁ~……」


 深陽は病院の受付待ち用の席の一つに座り、大きく息を吐いた。


 病院内にいるが、怪我をしたわけではない。

 ただ、この街の『安全地帯』を探した中で、この病院が一番マトモだったのだ。だから休息としてここにいる。


 先程のアパートから探した限り、他に安全そうな場と言えば交番と静かな工場跡地があったが、交番はここに来る途中で謎の飛行物体の糞を集中砲火され熔けてしまったので、工場跡地よりも近くにあった病院に来たのだ。

 距離が近かった以外に彼がここを選んだ理由は、『病院』として機能しているならば、例え負傷してもとりあえず治療してもらえるだろうと考えたからだった。


 最近家からあまり出ずに鈍りきっていたせいで、呼吸は中々整わない。それでも背凭(せもた)れに精一杯寄りかかり冷静になっていくと、冷えた頭が現状の問題点を提示し始めた。


 ──まず先に解決したい問題は……。


 これだな、と深陽は足元に視線を移した。


 そう、キャリーケース。

 このキャリーケースである。


 信じられないことにここに来るまで深陽は小型とは言えこのキャリーケースをゴロゴロゴロゴロと引いて走り回っていたのだ。

 邪魔でしかない。

 何回(かかと)をぶつけたことか。


 ──どこかに預けたいところだけど、病院内にロッカーなんてないだろうしな。

 ──なるべく外には出たくなかったけど、少し休んだら近くにないか見てみよう。


 緊急時に上手く行動できない方が不味いと判断すると、深陽は少しの間目蓋を下ろした。



「──大丈夫ですか?」


 ふと頭上に落ちてきた低い声に、深陽ははっと目を覚ます。

 瞳を向けたその先にいたのは、白い装束を着用したタコのような外見をした人物だった。


「え……」


 腕時計を確認すると、三十分以上時間が経過している。

 ほんの少し呼吸を整えようとしたはずなのに、どうやら一瞬の内に眠ってしまっていたらしい。


「す、すみません……! 今日来たばっかりで、ええと」


 白い服と胸元に名札をしていることから、彼がこの病院の看護師か医師であることが伺えた。

 診察券も取らずすっかり寝こけていた自分を不信に思ったのだろう──深陽はそう考えると、その場に立って頭を下げた。


「ああいえ、顔を上げてください。具合が悪いのかと思いまして。今日コローナに来られたのですか?」


 タコ医療者が腕の一本を操り、深陽のずれたネクタイを直す。


「はい、受験で」

「この辺だと……ボレアリスの方ですか? 大変だったでしょう、しばらくはここで休むと良いですよ」

「すみません……。ありがとうございます」

「いいえ、丁寧な子。ところで随分少ない荷物ですけど、ホテルに預けてきたのですか?」

「え? いや、あとキャリーケースが──」


 言いながら足元を指そうとした深陽の口が固まる。


「……」


 座っていた席の後ろを見る。


「……!」


 もう一度足元を見る。


 ない。

 キャリーケースが──ない。


「うそだ……」


 深陽のその様子から何かを察したタコ医療者が、心底哀れんだような目をする。


「……なるほど、君は東一平和な国の子ですね。コローナに限らず、荷物から目を離したりましてやうたた寝なんてしてはいけませんよ」

「はい……」

「リュックが残っていたのが救いだと思って。どうか気を落とさないでください」

「……はい……」


 彼の言う通り、財布やパンフレットや端末などの大事なものは制服のポケットとリュックに入れていたし、キャリーケースに入っていたのはせいぜい着替えと歯磨きくらいなものだ。

 しかし寝ている間に盗まれたという世の非情さを感じさせる出来事に、ショックなものはショックだった。

 親切なタコ医療者が起こしてくれなかったら、更にリュックも盗まれていたかもしれない。


 ──よし、ポジティブにいこう。

 ──そうだな、キャリーケース邪魔だったし。

 ──むしろ無くなって良かったのではないだろうか。


 深陽の心の片隅で色々と反論する声が聞こえたが、それは家に帰ってからじっくり聞こうと彼はその声を無視した。


「自販機があちらにあるので、休むのならそこの方が良いですよ。ここは入り口に近いですし」

「あ、ありがとうございます。ええと……」

「レィリーです。お元気で、蕾の魔法使い」

「はい。ありがとうございますレィリーさん」


 うねる腕を振って去っていった彼に、頭を下げる。


 ──見た目は人間とは程遠いけど、意外と優しい人が多いな。


 そんな想いを胸に、深陽はしっかりリュックを背負って先程言われた通りの方へ向かう。


 間も無くして見えてきたのは小さなカフェが設置されたスペースだった。側に丸いテーブルや自販機がある。彼が言っていたのはここのことだろう。


 患者でもないのに利用するのは少し心苦しかったが、深陽はカフェがあるのならそちらで注文しようかとレジの下に置いてある立て看板のメニューを読もうと試みる。しかしそこは見たこともないような文字で書いてあり、残念ながらそれは不可能だった。そういえば異国だったな──と深陽おとなしく自販機を利用することにする。


 イタリア駅で両替した金銭を投入口に入れ、お茶っぽい色をした何かを選ぶ。ゴトンと音を立てて出てきたそれを一応ちょっと臭いを嗅いでから飲んでみると、少し酸っぱい味がしたが、なんとなく麦茶に似た味の飲料だった。


 渇いた喉にそれを流している内、ふと気付く。 


 ──あれ、でもなんで言葉は通じるんだろ。


 ここは日本ではなく、イタリアですらなく、どこかの星と繋がったという話の島で、今まで話してきた相手も言うならば宇宙人だ。

 当然文字や言葉の文化は異なる。現に今、文字は全くもって読めなかった。


 なのに何故言葉は通じるのか──。


 ──イタリアにいたときは通じなかったよな……空港で案内されたときも結構苦労したし。

 ──? いや、サックさんとは普通に話せてたな。


 思い返せば不可解なことばかりだ。

 何故今までこんなことに気付かなかったのだろうと疑問を持ったところで、


 目の前の自販機が爆音と共に潰れた(・・・)


「──!?」


 声にならない悲鳴が喉から引き摺り出され、硬直した右手からペットボトルがずり落ちる。


「う、なん……!?」


 それは、爪だった。


 爪、そう爪。巨大な足の親指(・・)が目の前の自販機をプレスにかけたように平面にしてしまったのだ。

 見上げると崩れて穴の開いた天井。足を辿ったその先の先の先の先に、二つの巨大な目玉が雲の隙間からこちらを見下ろしていた。


「んぐぉ~~めぇ~ぇえ~~んねぇ~~~~!!!」


 そんな謝罪らしき声が深陽に向かって落ちてくる。ビリビリと震える空気の中、回りの患者は半分がパニック、半分はスマホ片手に「ランダム巨人だ!」と叫んでシャッター音を響かせている。

 突如穴を開けられて崩れかけている天井は不気味な音を鳴らしながらひび割れを広げていった。そしてビキッと音がしたかと思うと、ヒビが繋がり一つの円をつくり、その部分が落下してきた。


 ──死ぬ。


 よろける足になんとか命令を下して二歩、三歩と下がると、深陽が今まで立っていた位置にその天井の一部が落ちて、砕けた。飛んできたつぶてが鋭い凶器となって深陽の頬をかする。一線の熱がじわわと頬を侵していく。

 

 ──もう、ここには。


 カフェテリアが崩れた天井で潰れる。


 ──この島には。


 スマホで撮影していた連中が爆笑しながら逃げていく。


 ──この、街には!


 その流れに押されよろよろと出口に向かざわるを得なくなる中、深陽は一つの結論を出した。


 ──安全地帯なんか、無い!!


「はいはーい、落ち着いて避難してくださーい。『もはじ』ですよー。戻るな、発砲するな、自己責任、でーす!」


 先程のタコ医療者が気だる気な声で避難を促すのを「『おかし』じゃないですか!?」と叫びながら、深陽は病院の外へ出た。





ランダム巨人……種族名『ウスラウ・ラウロル・ルノノル族』。長いのでだいたいランダム巨人と呼ばれる。普段は2mほどの身長だが、人間がしゃっくりを出すのと同じほどの確率で突然巨人化してしまう。また、そこから人間に戻るときもしゃっくりが止まるまでの時間くらい不規則で予想が出来ない。

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