44・ナイトクラブ・Mrs.アレイニーが示すこと
昼食時間。
『テトリス』東側、煉瓦棟。
深陽と別れたアルファルドは、自身が文化祭で出展する『ナイトクラブ・ミセスアレイニー』というクラブ風飲食店の内装に関する相談を仲間たちとしていた。
『学校の外でクラブ行くと翌朝絶対先生か校長に凄い目で見られるから合法的にハメを外そうぜ』なんていう誰かからの馬鹿みたいな提案で始まったこの企画だったが、本番一ヶ月前の現在なんとか形にはなっている。
提供する料理や酒の仕入れ先も決まり、演劇班から照明について教えてもらい、音楽に詳しい人物も言葉巧みに引き込んだ。後は内装のデザインと設置くらいで、アルファルドは造る際に要らなくなってそのままだという煉瓦の山に腰を下ろした。
「この棟小綺麗にして使うとしてー……あそこにカウンター、あそこに机、あそこに曲の演目書いて……あ、そういや煙草どうする?」
「あー。クラブだしいんじゃね?」
「でも最近禁煙ブームじゃん」
「え~」
「あたし吸いたい派! ……だ、けど、んー、多分けむいの嫌いな奴もいるよなぁ。分煙とか!」
「そうね、吸う場所指定して、換気扇も付けましょうか。外に喫煙可ですって目立つように書いておけば、親の仇並みに嫌いな子は来ないでしょ」
夏休み前、一緒にクラブやろうぜと誘ってくれた先輩八人──といっても年齢で言えばアルファルドより下だったり上だったりとマチマチだか──がプカプカ煙草の煙をふかしながら真剣に禁煙所について語っているのを、アルファルドは少し面白いものを見る思いで眺めていた。
因みに店名の『ミセスアレイニー』は、その先輩の内、人界出身のエマ・ロペスと魔界出身のシオニー・ピオニー・アレイニーが結婚するとかで、そこに肖ったものだ。
「なーアルファルド、お前が最近一緒にいる奴は誘うの? なんだっけ、みー、ミハ……日本人の」
噂をすれば、その先輩に話しかけられた。エマ・ロペス。チョコレート色の肌に濡れ羽色の髪、そして黒目をした三年生の女性だ。
「ミハルか? あいつまだ十五だもんよ、誘えねぇよ」
「えぇ~」と不満そうな顔を晒すエマ。「酒もダンスもやんねーと思うし」と続ければ、「楽しみにしてたのになぁ」と更にぶすくれる。年齢で言えばアルファルドよりもいくつか年上のはずだが、その態度は親にお菓子を買ってもらえなかった子供に近かった。
「あいつって独奏者なんだろ? イカスよなぁあの刺青! 魔法も炎がボーボーでちょーかっけー! あたしそういうの苦手だから、近くで見たかった!」
「…………エマ、浮気?」
「シオニー、その手に持ったナイフを下ろすんだ」
ぶんぶんと腕を振り上げて興奮しながら話すエマに婚約者の目と手元の果物ナイフが光り、仲間の内の一人が二人の間に入った止めた。
こんな風景もまた日常茶飯事であり、アルファルドは煙草の煙が天井を舐めるのと同じ回数くらいこんなやりとりと見てきた。
「でもシオニーも言ってたじゃん、珍しい魔法って! だってさ、あたし、あたしな、剣とかステゴロとか、ブワーッて手から炎出るのとか、好き!」
「扱い辛いだけよ、あんなの」と、シオニー。
「ヒーローっぽいじゃんか! あと綺麗だし! なぁ、『ミハル』は文化祭なにやんの? 曲芸? 闘技?」
話している内にさらに楽しくなってきたのか頬を紅潮させながら話すエマ。本当に派手な魔法が好きなんだなと、気持ちがわからんでもないアルファルドは「巡録係」と、期待外れの答えであろうことを妙に申し訳なく思いながら言った。
案の定、彼女は一瞬不思議そうな顔をした後、訝しげに唇を尖らせた。ついでに他の先輩やシオニーまで合点がいかない、というような顔をする。
「『巡録係』って、あの永遠ノートに書き込む……?」
「去年先輩が泣きながら手伝ってくれって頼んだあれ……?」
確認するように溢れる会話の中、しばしして「それはまた……地味なのを選んだわね」とシオニーが頭部に生やした虫のような触覚を揺らした。
「本人がやりてぇってんだから仕方ねぇよ」
「変わってんなぁ。日本人って皆そうなのか?」
「そりゃ偏見だろ」
「そういえば、もう一人の方も自分からやりたいって言ったんだっけ?」
「あー。一年生だっけ」
部屋が煙草の煙でうっすら霧がかって来た頃、先輩の一人がよいしょと重い腰を上げて窓を開ける。室内が一気に換気されるなか、アルファルドが「ああ、『深海の女』って奴」と話題を引き継いだ。
「ニーナ? って、あのニーナ・ピスキス?」
明瞭になった視界の先、シオニーが新しい煙草に火を着ける。
「知ってんの?」
「赤毛の子よ。目立つじゃない」
「つーか、ミハルのことといい、あんたらどっからそういう情報入れてくんだよ」
「や、普通に?」
「はっはっは、あたしが教えてやろう人界の魔法使い。魔の者の噂はまばたきの間に山を三つ越えるんだよ!」
「エマも人界出身じゃん……」
得意気に言う彼女に誰かが突っ込む。それに構わず「まぁあの髪目立つのもあるし、態度悪いからね! 凄い睨むし! あたしは好きだけど!」と綺麗に並んだ歯を見せて笑い、その発言にまたシオニーが目をギラつかせるのをまた誰かがどうどう、と止めていた。
「けど実際、噂になりやすい子だと思うよ。悪い意味でね。こないだも寮を抜け出して池の方に行ってただの、大人の男の人と夜に街を歩いてただの……数えればキリが無いけど」
「学校で誰かといるのは見たことないよなぁ」
「いつもひとりだよあの子。孤立しやすいから人界の出かと思ったけど、魔界から来てるんだろ?」
「顔だけならドストライクなんだけど」
「あたしは睨み殺してきそうなとこが好きかな!」
「エマ、そろそろそういう不用意な発言止めてくれるかな? 君の恋人の方が人殺しをしそうだから」
「殺さないわ、食べるだけよ」
「コローナで人食は禁止されてるから止めてね?」
カップルのやりとりだけ聞き流して、アルファルドはひっそり溜め息を唇に乗せた。
──なんであんなめんどくさいのを選ぶかねぇ。
──同じくらい真面目な奴とか、大人しい奴とか、波長の合う奴はいただようによ。
そこまで考えて、窓からの風で視界とともに思考は紫煙に遮られる。
──いや。
──情愛の色なんざ、人の数だけ形が違うもんか。
紫煙の向こう、黒人の女と触角の生えた女の姿をした異人が顔を見合わせて笑っている。
エマ・ロペスとシオニー・ピオニー・アレイニーは、──身体的特徴で言うならば──女性同士だし、二十歳半ばと二百歳だし、人界の者と魔界の者だし、人間と魔族だし、その上エマはキスや性行為で愛を示すのに対しシオニーは恋した相手を食らうことで愛を取り込む。見た目以外育ってきた環境も愛し方もなにもかも違う彼女たちだが、人目を憚らずイチャイチャし、近々結婚もする。
そんな二人に比べれば、性格の不一致など些細な問題のように思えてしまう。
特に深陽は自分と異なった考え方に寛容なようであるし、きっとニーナの他者を寄せ付けない雰囲気も彼女の個性としてやんわりと捉えているのだろう。
──……いや、うーーーん、でもやっぱ男いるのに手ぇ出すのは不味いだろ……。
アルファルドとしては──そう、彼として気がかりなのは、結局そこなのだ。
彼の体には今、他の傷を含めれば数えきれないが、三つほど刃物による裂傷と脇を掠めるように描かれた楕円型の銃創がある。全て女性関係で出来たものだ。
一つ断っておくと、彼は経験からなにかしらのコブのついた女と寝ると大変なことになると知っているため、最初から「自分は真剣ではない、子供や彼氏がいるならお断りだ」と明言している。だが、なにせ顔が良いことやギラついた仄暗さのある魅力が災いし、相手が既にいることを隠してアルファルドに近付く女が多々いる。そしてそれを知り怒りに震える彼女たちのボーイフレンド&ハズ。ひらめく鋼の軌跡。舞う火薬。飛んでくる拳。地獄である。
そんなわけで、通常誰ぞの色恋には全く我関せずなアルファルドでも、相手がニーナとなれば口を出さずにはいられなかった。
しかし、七つ年下の同級生のピカピカランドセルな恋にあまり野暮を言いたく無い気持ちがあるのも確か。
そもそもニーナにボーイフレンドがいるという話も、先程言った通り『よくない噂』の内の一つであり、確証は無いのだ。大人っぽい男の人とよく街で歩いてる、くらいの話で、話の八割はボーイフレンドということだが、残りの二割は父親とか兄らしき人とかまちまちなのである。
──うーん。
しばし悩んだ結果。
正直あまり面倒事が好きじゃないアルファルドは、
──まぁ、
──もし深陽がぶん殴られたら、そんときゃ俺が蹴って止めるか。
きっと殴られても話し合いを提案しそうな友人を思いながら、彼は眼前の先輩たちの話題に意識を戻したのだった。




