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43・巡録係2



 あの後自分の課題完成させた深陽(ミハル)とアルファルドはエンシエンと別れ、英語圏外の生徒向けの英語の授業に出席していた。



 二限:英語。



 教師の名前はローレンス。人界出身の魔法使いで、口の端が大きく裂けている──本人曰く銃創によるもの──若い男性だ。


「『You know what?I would like to propose a toast.To jobs that pay the rent.』。このシーンの会話は覚えておいて。僕は難しいことを教える気は無い、大切なのは表情と伝える意思だ。伝わらないことを恐れて黙っていると相手も困ってしまうから、最初は身ぶり手振りでもいい。誰にだって上手に出来ない時期はあるんだからその間は相手の慈悲に甘えてしまって大丈夫だよ」


 教材である映画の一シーンが映された液晶スクリーンを指しながら彼が淀みなく説明する内容をノートに取りながら、深陽は視線で教室に座る生徒たちを見渡した。


 ──ニーナはいない、か。

 

 よろしくという旨を伝えようとしたのになぁと少し残念に思い、深陽は肩を落とす。魔界出身で必要無いからか、ニーナはこの授業には参加していないようだった。


「それはともかく僕アニ・ハサウェイ大好きでねー。というわけでこれから見せる映画だいたいアニ・ハサウェイ出るやつばっかだけど気にしないでね」

「せんせぇ去年ヴィキャンドルこそ我が人生の女優とか言ってなかった?」

「結婚したからぁ! イケメンとォ! ヴォん!」

「やべぇ地雷踏み抜いた」

「うぉおんえっえっうぇえェェ~~~ンン」


 ワッと泣き出したローレンスを泣かせた本人であるアルファルドが「落ち着けよ、ファンなら快く祝ってやんのが粋ってもんだろ、な」と宥めるのを見て周囲の生徒が「先生泣き出すと長いんだよな……」と自習の準備をし出す中、深陽は次の授業にいたら言おう、と一人頷いていた。



 三限:呪文学。



 英語の時間中ずっと頭の片隅でニーナによろしくを言う準備をしていた深陽は、少しばかりの緊張感を持って再び教室に視線を巡らした。


 ──あ、いた。


 一つに纏めた赤毛を揺らす少女の後ろ姿に、アルファルドに断りを入れて近付く。


「ニーナ」


 今しがた机に着こうとしたのだろう、少し腰を落とした体勢から、彼女は億劫そうな動きで立ち直し深陽の方に視線だけ向けた。


「なに」

「文化祭、巡録係で一緒になった。よろしく」


 簡潔に言って手を差し出す。


 が。

 ニーナは、その刺すような美しい顔を夕食に嫌いなものを出された人のように歪め、なにか言おうと口をモゴッとさせた後、それを飲み込むような動作をして、


「………………そ」


 とだけ言った。


 ──す、

 ──……凄く嫌そうな顔だ……!


 口の中は文句で一杯ですという表情に、伸ばした手がショックで引っ込んだ。

 これまでもニーナは素っ気ない態度が多かったが、いや、多かったというより素っ気ない態度しか見たことが無かったが、手も取って貰えないし、彼女が顔を逸らし席に着いたものから深陽はもうすごすごと友人の元に戻るしか無い。


 もうここまでのレベルだと、ニーナが無愛想というよりも、これまでろくに誰かと仲良くしてこなかった深陽としては自分に問題があるのではないかと思えてきてしまう。


 着席し、

 思案顔。


「……俺は……人付き合いに向いていないのかな……」


 冷や汗を滲ませながら呟く。


「おい勘弁しろよ俺さっき先生慰めたばっかなんだけど。次はお前かよ?」


 深陽とアルファルドが別々の理由で頭を悩ませる中、授業は開始された。



「創造学で……触れたと思うが……呪文は『自己提示』と『本文』に分かれており……今回は前者の話をする…………」


 ボソボソとした口調で話す教師の名前はフラゴラ・キス。実技教員メーロン・キスの弟の内の一人で、ふくよかな体型をした人物だ。


「自らの、身体……心理的……装飾などの……特徴を提示することで魔法に喚びかける『自己提示』……ではなぜ、魔法に喚びかけ、るの、に、本名を言わずに……わざわざまどろっこしい長文が必要になるか……それが今回の、はなし、だ……」


「ううん……簡潔すぎたのが悪かったのか……」

「ミハルよ、お前授業聞く気あるか? あとそれお前も海底の女も言葉が足りねぇんじゃねえの」


「魔法使いの間で……基本的に、……自らの名を……自らの口から(・・・・・・)名乗ることは……危ういこと、と、されている……。……名前はこの世に命を降ろされて……初めて受ける祝福で、あり、呪詛、であるから……他者に知られると、自分の命運を握られる可能性……簡潔に言え、ば、肉体や精神を操られて、しまうかも、しれない……」


「なぁミハル。俺はこれまでの人生で三回くらい股間を銃で撃たれかけたことがある。これがな、女にじゃなくて男になんだわ。そう、その三人は順に人妻・彼氏持ち・人妻だったのさ。でよミハル、俺お前にニーナんことで最初に言ったこと覚えてる?」

「もしかして俺は……顔が人を不快にする作りをしている……?」

「アジア系が嫌いな奴じゃねぇ限り大丈夫だから安心しろ平凡面(ボンヘーヅラ)。で、覚えてるか?」

「顔面筋マッサージ……必要か」

「聞け~」


「だから魔法使いは……偽名やアダ名を使ったり、ファーストネームのみ、など、一ヶ所しか名乗らなかったり、……『この(ディスイズ)』等から始まる自己証明を、名前の代わりにする…………だから、特定の一人に、自分の名前をぽんぽん言うのは、あまり、よくない……」


「おいこれお前の話じゃねぇか?」

「なにがいけないんだろうか……『よろしく』のイントネーション……?」

「聞けよマジで」


 いよいよアルファルドが深陽の襟に掴みかかり、

 それまで思考の海に身を投げていた深陽が「な、なんだ?」と驚いた顔を晒し、

 フラゴラが「アルファルド、及びイカリ・ミハル、……そんな遠回しに騒がずとも……、評価を1にされたいなら……口で言いなさい……」と教科書を指の太い手で握り締めたりなんかして、授業は進んでいった。



 四限:魔法陣学。



 魔法陣学の教員は美術の授業も兼任しているロマノ・キスだ。相も変わらずバッチリメイクと女性的な仕草で黒板には丸っこい字で──しかしさすがと言うべきか不思議と読みやすい──説明を書いていた。


「やっだも~ミハルちゃん円の大きさがめちゃくちゃよぉ! それじゃあ教室ごと外に吹っ飛んじゃうわ気を付けて! って、ん? なんか書いてある呪文まで違うわね。なになに……『同級生と仲良くなる方法』『顔面筋』『口を大きく開けて話す』……? ミハルちゃん、熱かなにかあるの……?」

「ロマノちゃん先生、そいつは今日放っといて大丈夫だから」


 なにやらげっそりした様子のアルファルドが、悩まし気な顔でぶつぶつ言っている深陽を一瞥しながら溜め息を吐いた。


 

 一時間後、チャイムが鳴り。

 生徒たちはぞろぞろと食堂へ向かっていった。


「俺文化祭のことで調べモンあるから外すな。……おいミハル、おーい、お前大丈夫かおい」


 一周回って心配し始めたアルファルドに深陽が「大丈夫だ、追い焚きに三十分だろう」と意味のわからない返答をして、アルファルドはちょっと疲れた顔で「頼むから昼メシ食って元に戻ってくれよな……」と言い残して去っていった。


 数秒後、深陽はよろよろとノートと教科書を持って立ち上がり、食堂のある二階まで下りようと歩を進めた。


 教室の外に一歩踏み出した、そのとき。


「──?」


 ふと、後ろを振り返りたくなった。

 というよりも、呼ばれ引き留められた(・・・・・・・・・・)気がして、深陽はただ普通に、反射的に、振り返る。

 

「……ニーナ?」


 視線を向けた背後には、どこか驚いたように黒目を大きくするニーナの姿があった。しかし、その指先が深陽の袖を掴んでいる様子も、肩を叩いた様子も、ましてや口が深陽の名前を発音した様子も無い。

 けれど深陽は彼女に引き留められた気がして、そして結果的にそこに彼女がいた。──それが全てだった。


 声をかけられる前に存在に気付いた自分に対しての妙な違和感と先程のニーナの対応の心傷で動けないでいると、彼女の薄い唇が、若干の戸惑いを乗せたような小さな動きで「係のこと」と語った。


「……?」

「話すから、いい? 食べながらでもいいから」


 なんとも事務的な口調だった。最近のAIの方がよっぽど彼女よりも感情を乗せて話してくれるだろう。それでも深陽はその申し出を嬉しく思い、強く頷いた。




 食堂に移動した二人は、大勢の生徒を避け隅の席に座った。

 深陽はバランス定食A。

 ニーナはというと、バニラシェイクだけをトンと机上に置いた。


 思わず深陽が「それだけ?」と問うと、少し間があって「朝、食べ過ぎたから」と返ってきた。


 あまり顔色が良いとは思えないニーナを少し心配に思いつつ、それでも本人が言うならと深陽はそれ以上口出ししなかった。



 その後彼女がした説明は簡潔なもので、

 記録することは『飲食系』、『展示物系』、『パフォーマンス系』、『その他』とノートが分けられ、それぞれの詳細と進歩具合と必要になったものや参加人数等々、とにかく事細かく書かなければならないらしい。


 深陽が想像していたよりも大変そうで、なるほどやりたがらない人もいるだろうなと納得した。


「飲食店とダンスが合わさったものとかは責任者がどっちをメインにしてるかで分ける。……理解した?」

「ああ。……これ、後に溜めてしまうと大変だと思うから、またお昼とか時間があるときに集まれないか?」

「昼に?」

「放課後でも。俺こういう係初めてだから、書く内容が不安になったとき直ぐニーナに聞けると助かる」


 駄目だろうか、という問いを込めてニーナを見ると、黒水晶染みた瞳が一度伏せられ、そのまま頷かれた。控え目ながらもはっきりとした肯定に胸を撫で下ろす。


 それきり少し気まずい沈黙があり、

 深陽は残り少なくなったグリーンピース入りの炒飯をつついた。


「……あんた、本当にやる気だったんだ」


 調度スプーンが深陽の口に運ばれたとき、ニーナがそう言った。目が伏せたままのせいで長い睫毛が余計に濃い影を作って、僅かに傾いた首筋に赤糸がゆるりと流れた。


「……?」


 彼女の発言の意図を汲み取れきれず、深陽は少し眉を寄せた。

 しばしして、もしかして活力のパロメーターを示していないのが悪かったかなと、自分が出来る限り誠実そうな表情を作る。


「……俺、やる気は凄くある」

「そうじゃなくて」


 キリリと無理矢理引き締めた顔──実際はあまり上手くいかず近眼の人が黒板を見るときのようなものになっているが──をする深陽にニーナが呆れたように言葉を遮った。


「説明聞いてわかったでしょ。『巡録係』なんて地味で目立たないくせにやることだけが多くてうんざりする仕事、てっきり内容を知らないか適当に名前だけ係の担当欄に乗せたいのかと思った」


 言葉が長くなるとなんとなく言葉と言葉の隙間に吐息の多い気怠げな話し方になる彼女に、深陽は「じゃあ、どうしてニーナはこの係に?」と訊く。


「誰もやりたがらないなら、一人になれるから」

「……これ、一人でやるのは大変そうじゃないか?」

「は、他人とやるよりはマ」


 「シ」と動いたニーナの唇の勢いは、しかしその視線が深陽を捉えた途端動きを止めた。

 一応目の前にいる『他人』の彼に気を使ったのだろうが、もうほとんど言ってしまっている。それを苦く笑って、


「なにはともあれ、よろしく」


 とだけ言った。少し気まずげな彼女は、「ん」と首を立てに振った。




 今後集まるときは食堂入り口にある自由掲示板に伝言を書いておくことを深陽に伝え、ニーナは去った。


 ──『他人とやるよりはマシ』かぁ。

 

 一人バランス定食のお盆を片付けながら、深陽は思案する。


 思い出すのは、中学のときのクラスメイトだ。長い黒髪とイザベルと似た野暮ったい黒縁眼鏡をかけた女子生徒。休み時間も授業中もよく絵を描いていて、誰とも関わることも無く、クラスの打ち上げにも一度も顔を出さなかった。

 周囲からの印象はあまりよくなかったようだが、本人はそれで楽だったのだろう。学校に限らず、社会人の中でも周囲との飲み会などの付き合いが面倒だという話はよく聞く。

 

 ──そういう子もいるか。


 そもそも深陽もそこまで人付き合いに積極的だった方ではない。

 今でこそ急速に積んだ経験や過去との対峙、肩の模様へのいくらかの理解があり、友人を作りたいと思えるようになったが、高校に通っていた頃までは自分の一挙手一投足がどう見られているか気が気で無くて、人と関わることに凄まじいエネルギーを使うため苦手意識があった。


 確かにあのツンツングサッな態度には心の傷という意味でたまにドキドキさせられるが、今回の昼食会議で深陽を悪く思ってはおらず、最後の肯首から一緒に係の仕事をしてくれる気があることもわかった。

 だからそう、深陽が気にしているのはそこではない。そこではないのだ。


 気にしているのは──。


「お昼が……バニラシェイクだけというのはどうなんだろうか……」


 ポツリ呟いた台詞は人々のガヤに掻き消される。


 ──朝食べ過ぎたとしても、授業が始まったら食べれないだろうし、放課後まで持つのだろうか。

 ──いや、あの腹の薄さで食べ過ぎとかあるのか……?


 ニーナの服といえば、趣味なのか何らかの種族柄なのかヘソの出たデザインをしたトップスが目立つ。ローブの合間からチラリと腰の細さが見えればセクシーさを感じるものだが、深陽の場合、まず思ったのはきちんと食べているのかという不安感だった。


 ──女性に対して体型のことをとやかく言うのは失礼だと夏野(いもうと)から言われたから口に出さなかったけど……いや、あれか。そう夏野。夏野がよく食べるから、余計不安になるというか……。


 錨家でのよく食べるランキング一位は、性格も活発的で更に運動部に所属し、日頃から色々とエネルギーを使う夏野である。

 ぱくぱくとよく胃に入るなぁと思うほどに米肉野菜を食べる姿はなんとも爽快で、普段それを目にしている深陽にとって、ニーナのバニラシェイク(Sサイズ)はそこそこ衝撃的だったのだ。


 ずずずと面倒臭そうに啜られていたそんなバニラシェイクを思い起こしたとき、

 ふと深陽の中に、小さな()が出た。


「……?」


 その正体を彼はまだわからなかったが、なにか昔から側にあったものが今再び甦った──そんな感触がした。



 ともあれ。

 授業中とは違い正常になった思考回路を携え、深陽は五限の数学に供えロッカーに向かった。





さらっと触れた魔法使いの間での『名前』の話ですが、簡単に例えると、街の中で名前をフルネームで呼ばれることは100万円貯まってる通帳の暗証番号を叫ばれることと同じくらいドキッとすることです。



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