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41・ノアとイヴ



 十分後。



 深陽(ミハル)はホワイト・モカを。

 男の一人はエスプレッソを。

 もう一人はカフェ・アメリカーノを。

 そして二席離れた席にこっそり座ったテーキは、エスプレッソ・マキアートを片手に聞き耳を立てていた。


 「俺、深陽です。名前訊いてもいいですか」。鼻にナフキンの切れはしを詰めたやや間抜けな姿で深陽が言う。


「……コルド」

「メキュリオ」

「コルドさんとメキュリオさん。なんで喧嘩してたんです?」

「こいつが、こいつが、俺が接客苦手だってわかってんのに勝手に紹介なんざしやがったから……」

「いつまでも無職じゃ金も稼げないし劇団を続けることも難しくなるだろ」

「劇団?」

「こいつ『コンフェ』って劇団の団員なんだ。小さなとこだからいつも金欠で、こないだトラックの運転のバイトクビんなったって……」

「だからってなぁ!」

「メキュリオさんはコルドさんのためを思ったんですよね?」


 再び声を荒げたコルドを遮るように深陽が言う。

 続いて、すず、とホワイトモカが(すす)られた。


「は……」

「だって、友達だからって理由で紹介するって中々難しいじゃないですか。それともメキュリオさん、好きにアルバイトを雇える立場とか」

「いや……」

「そうですよね。そんな上手い話はないでしょうし……コルドさんの良いところを沢山アピールしなくちゃいけなくて、雇ってもらえたとしても、コルドさん自身が頑張らなければ、……評価を落とされるのはメキュリオさんです。それって、メキュリオさんにとってコルドさんがとても大事で、そして信頼しているってことだと、俺は思うんですが、」


 ゆっくりゆっくりと、淡々と、考えながら、話される仮説。

 それに「へ……」と口を開けて、コルドはメキュリオの方を見た。


「…………別に、俺は……」


 その顔がまるで、こっそり知られないようにと渡した誕生日プレゼントのお礼を大声で言われた内気な友人のようで。

 コルドは浮き上がった腰を、すとんと椅子に落とした。



 三十分後。



「高校のときにさ……バイト先のレストランでキレた客にコーヒーぶっかけられたことあって……それで接客嫌ンなって……」

「は? そんな話聞いてねぇ」

「言えるかよ情けねぇ……」

「情けなくないです。情けないのは訴えたいことがあるのに言葉じゃなくて暴力を使ったそのお客さんの方ですよ」



 一時間後。



「お前が演劇の道諦めたの、ふざけんなって思ったけど、本当はちょっと羨ましかったんだ。少なくとも生活は安定するし、時間に縛られることもないだろ?」

「いや……お前の言う通り、俺は安全牌を取って好きなものから逃げた人間ってだけだ」

「そんなことねぇよ……嫁の腹にガキがいたんだ、正しい選択だろ。そういやエミリオ今年で五歳くらいだっけ?」

「ああ。生意気にこないだガールフレンドだとか言って女の子連れてきやがった。なぁミハル、お前いくつだ?」

「十五です」

「エミ坊もこんなでかくなんのかね」

「はぁ~想像つかねぇなぁ~」



 一時間半後



「へぇ、魔法学校ってあの茶色っぽい塔がそれだったんだ」

「二人は外から来たんですか?」

「おう。観光でさ、こいつの嫁さんがたまには息抜きしてこいって。そこでなぁんで俺を誘うのかはわかんねーけどな」

「会社の同僚とか後輩は気ぃ使っちまって楽しめねぇよ。お前くらい雑にしていい奴がいい」

「んだとォ?」


 キャッキャウフフと談笑している三人に、


 ──長いわ!!


 とうとうテーキは心の中で叫んだ。


 ──自分の休日だろ!?

 ──なんで赤の他人の仲介と関係修復に大半の時間使ってんだよ!? そこまでアフターケアするか!? もう昼! ランチタイム!


 いい加減空腹になってきた影響で苛々しつつ、テーキは通りかかった店員に三回目になるエスプレッソのおかわりを頼んだ。



 二時間後。



「世話かけたな」

「鼻大丈夫か」

「平気です」

「じゃ、またどっかで会ったらよろしくな」

「はい。よい一日を」

「そっちもな」


 午後一時。

 ようやく三人は解散した。


 テーキはたぷたぷになってしまった腹を抱えつつ深陽の後を追う。


 ──力によって無理に止めるのではなく対話による和を目指す姿勢は好感が持てるが、

 ──なんというか……要領が悪くて器用さが無い。


 暢気(のんき)にまた空を見上げる深陽。その姿に、テーキはハァと息を吐いた。



 その後。

 プテラノドンモドキに拐われかけるも巣に着いた途端躊躇無く地上三メートルから飛び降り、テーキが風の魔法を使わなければ危うく大怪我を負うところだったり、

 電子操作の影響を受け制御不能の暴走車となった車に轢かれそうになり、テーキが重力操作の魔法で車を持ち上げなければ病院送りになるところだったりと、


 通常の人間であれば、「今日は災難だ」と感じるだろうそんな休日の終わりに。


「今日は良い一日だな」


 そう深陽が呟いたことにより、

 テーキは深陽の観察──もとい無意識の護衛──を中止することを決めた。



───

 

 

 夕方。

 自警団『八剣』学園支部。 


「ただいま戻りました……」


 身体的ではなく精神的に疲弊し、テーキは支部の執務室に入った。

 リアルタイムで町中をモニタリングするモニターやそれを操る魔界の技術も合わせた影響で一本の木のような形をしたコンピューターが置かれたその部屋の窓際に、小休止というようにコーヒーを飲みながら書類を見ているイヴの姿があった。


「あら、おかえりなさい」


 窓一面の橙色とほろ苦く立ち昇る香りとともにイヴは顔を上げた。彼女は近くの机にまだ中程まで残っているカップを置く。


「それで、午後の仕事を放ってまで追いかけた彼はどうだったのかしら?」

「……怒ってますか?」

「いいえ。貴方は普段誰よりも勤勉で優秀だから、たまの失敗くらい流せるわ。けれど故意に失敗(・・)したのなら、私はその理由と経緯を訊かなければ。そうでしょう?」


 問い詰めるように首を傾げる上司の姿に、失敗、とテーキは言葉を舌の上で転がす。

 

「……そうですね。失敗です。……団長が決めることですから、どうせ全て上手くいく」

「……ザーカリオ?」

「疑問を持ってんの、俺だけなんでしょうし。……空回ってることくらいわかってます」


 ──テーキがこの自警団に入って少ししたとき、

 どんな存在よりも大きく思えた『八剣』の団長と副団長は、自分とそう歳が変わらない人間なのだと知った。


 以来、古くなった皮膚が剥がれるようにぼろぼろと死んでいく友人の中、テーキは生き残り続け、二人の助けにならんと走った。

 その先にあったのはどこか遠くなった二人の存在と、

 大きくなった中で変わっていく組織の形だった。


 それを不安に思い嫌だ嫌だと駄々を捏ねることが愚かなことだということを、テーキは知っている。彼の上司は明晰な頭脳を持ち、いつだって万人にとって幸福になる選択をしてきた人だったから。


 それでも、走らずにはいられない。

 そうやって生きて、そうやって助けることしか、テーキには経験が無かったから。


 机上のコーヒーからゆっくりと湯気が上がり、二人の間を隔てるように視界を曇らせた。その先でテーキが静かに目を逸らして、イヴは困ったように眉を寄せてからコホンと咳を払った。


「テーキ・ザーカリオ。私が今まで、どれだけ新人が貴方のことを怖がろうと、どれだけその後の処理に時間がかかろうと、それでも貴方をその場に同席することを許したのは、貴方が下した新人への評価が外れたことが無かったからよ」


 ぱち、とテーキの目蓋がまばたく。


 そんな青年の様子に、イヴは「確かに、」と呆れたような声色で続ける。


「貴方は私よりも一つ年上だというのに妙に子供のようだし新人に嫌がらせをするし回りくどいし正直心の中でこれまで四回ほどテーキ・(シュートメ)・ザーカリオと呼んだけど」

「初耳なんですけど?」

「だけど貴方には人を見る目と長所をありのままに捉える客観性がある。そして──私はそれを信じてる」


 彼女は言いながら、テーキに手に持っていた書類の内の一枚を差し出した。そこに、『面接後報告書』と書いてある。


「貴方がした失敗は『面接の一部』ということにするわ。──それで、イカリ・ミハルはどうだったの」


 渡されたA3用紙を指の腹で撫でる。ざらざらとした感触は、酷く事務的なのに妙に慣れ親しんでいた。


 テーキは、一つ息を吸って、

 仕事の報告をした。 


「……イカリ・ミハルは、見た目と態度に違わず……日常生活においても、かなり、実直な行動を取ることが多く。ときにそれが自らの危険を省みない結果に繋がることに注意が必要ですが、市民を護ることの尊さには、気付ける人柄だと思われます」

「そう。それは良かった。……ザーカリオ、貴方は彼を認める?」

「……ええ、まぁ、はい。とりあえず。使えなかったら追い出せばいいですし」


 もごもごと言葉を口から落とす様子に、イヴはまた困ったように眉を寄せて、小さく笑った。



───



 数分後。

 報告を終えたテーキが出ていった執務室で、イヴは机に座り先日の崩落事故についての資料の整理をしていた。

 途中、ある文献が必要なことに気付き、学院の図書館に行こうと椅子を引いた、そのとき。


 キィ、という音と共に執務室の扉が開かれた。


 彼女が顔を上げた先にいたのは、不気味な人物だった。

 体を覆うネズミ色の丈の長いローブと、足のふくらはぎまであるだろう乱れ伸びた黒い長髪。それだけでも異様な佇まいだと言うのに、顔の上半分は前髪で目元が全く伺えず、下半分は鮫の牙を模したようなマスクで口元を完璧に隠している。いっそサーカスにでも出てきそうなその人物からわかることは、ローブの下の軍服のデザインから性別が男性ということと、


「団長」


 というイヴの台詞から、彼が、自警団『八剣』学園支部団長──ノア・コル・ヒドレだということだけだった。


「コーヒー、淹れますか?」

「……、…………」


 ぽそぽそ、と。

 鮫牙マスクの下で、ほんの少し口が動いた。


「そうですか。イザベルさんとは会えました?」

「…………、……、………?」

「私ですか? いえ、以前の崩落事故のときに少し会いましたよ。変わらず元気そうで安心しました」

「……」

「ええ、また近々お茶でもと」


 ノアの声は蚊が鳴くような小さなもので、加えてマスクと前髪のせいで唇の動きも感情も読み取れない。それでもイヴはノアの言わんとしていることを理解し、淀み無く会話を交わしていた。

 団長である彼があまり表に出ず、代わりにイヴが多く現場に出る理由はここにあった。

 ノアという男はイヴのみならず他の誰に対してもこの調子で、魔法の力に関しては島の一二を争うと名声高いのに声は小さいし佇まいは異様だしで、根本的に鋭い声で部下に指示を出すことはイヴの方が向いているのだ。


「そうです団長、今日例の学生が面接に来ましたよ」


 のそのそと移動しソファに身を沈めたノアにイヴが言う。

 彼女は手元にあった履歴書を彼に手渡し、微笑みを浮かべた。


「崩落事故時の彼です。『太陽のトライバル』は発現したとき大きな炎の形をしていますし、威嚇にも効果があると思います。ザーカリオは堅実で素直な性格と評していました」

「…………?」 

「私は……そう、ですね、少々人の善性にばかりに目を向けがちなきらいがあるように感じますが……」

「……。……、…………」

「ええ……まだ十五だと言いますし、そこは長所と捉えたいと思います。では、加入の方向で」

「……」

「……『第四部隊』は私たちが何らかの理由により動けなくなった際、ザーカリオが自由に操るためのものです。なので私としては、ザーカリオが使いたいと思うような人材であることが第一かと」

「…………? ……、……」

「──え?」


 それまで途切れることなくノアの言葉を受け取っていたイヴが、初めて聞き返すような声を喉から発した。


「……? ……? ……、」

「いえ、彼は()、その……」

「…………。……」

「そういうわけでは……、……ですが、聡い子でしたし、私の態度がそう受け止められるようなものだったのだと、思います」

「……?」

「はい。嫌悪とかそういうわけではないです。ただその……」


 口ごもるイヴ。

 自分の複雑な気持ちを表現しようとして、しかし出来ず、今必死に脳内で検索している──そんな顔で、ふと彼女は、先日ある友人が放った言葉を思い出す。


「──『カイシャクチガイ』なんです」


 ノアの見えない顔面にクエスチョンマークが張り付いた気がした。しかし彼女は構わず繰り返す。それしか形容する言葉が見つからなかったから。


「彼……アルファルド君は、そう、『解釈違い(カイシャクチガイ)』なのです」


 夕暮れを夜が侵し始めた頃、鴉に似たなにかの鳥がイヴに返事をするようにヴーッッと鳴いて、一日の終わりを報せた。


 


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