4・試験会場は地雷原
思わず閉じた目蓋。
しかし衝撃は感じない。
その不自然さに深陽がそっと目を開けると、
そこは波に飲み込まれた後の水中でも無く、
流されて着いたどこぞの無人島というわけでも無く。
ただ彼は、何事も無かったかのように船上に立っていた。
「え……」
慌てて自分の体を確認する。着ていた制服は濡れておらず、胸ポケットのペンが流された様子は無い。
──そうだ、サックさん!
ハッとして顔を上げた先に、変わらず操縦席に立つサックがいた。
「サックさん、今の……」
「魔法だよ。信じる気になったか?」
靄がかったような青の景色を背後に、サックが杖を弄ぶように宙に投げ、キャッチする。
「魔法……」
「おう。俺らと島の間の時間を切り取ったんだ。そら」
唖然とする深陽に笑いかけながら、サックは前方の海を杖で差した。
「もう見えるぞ」
細かい水滴を含んだ靄が徐々に晴れ、そこに──土色のなにかが姿を現す。
「……?」
──岩?
深陽はその正体を確かめようと、操縦席側に二歩踏み出す。
土色と、灰色と、黒。霧の切れ間から途切れ途切れに見えるそれは全体像がわからず、彼は目を細める。しかしふと、霧が風に拐われるように掻き消えた。
「──あっ!?」
意図せず出た驚嘆の声。
靄の先にあったのは、陸だった。
緑や山はほとんど見えない。一度炎に撫でられたような焦げた土色の地面と、鉄色の大きな門。その奥には、ビルのようなものや、宮殿のようなものや、中には瓦屋根がついてるような建物が詰め込まれるように建っていた。そしてそれらの更に奥には、一本の柱が天高く伸びている。
「は、なん、でか」
「何故一瞬で到着したのか」とか、
「あれがコローナ島なのか」とか、
「あの大波はどうなったのか」とか、
浮き出た疑問が山積みになって、常識の中で生きてきた少年の口を上手く回すことを出来なくさせる。
「あれがコローナ島だ。イメージと違うだろ?」
「そ、うですね。思ったより、近代的というか……」
「色んな奴が住んでるからな。あ、降りる準備しとけ」
サックに促され、深陽は処理しきれない情報に目を回しながら倒れていたキャリーケースを手に取った。
島の船舶所に着くと、サックは深陽を降ろし、船の操縦席から手を振った。
「んじゃなちっさい魔法使い。また明日迎えにくるよ」
「はい。あの……お世話になりました」
「おう。頑張れよ」
そう言って、サックはザバババと水を裂きながら帰っていった。
「…………」
深陽は、彼が去った後改めて島を見た。
目の前にあるのは、鉄の門だ。頑丈そうに閉ざされていて、何人かの軍人のような者が数人で門番をしている。──なにやら手に武骨な銃を構えているが、一体何からここを守っているのやら。
軍人らしき彼らは顔まで軍人のようで、底冷えするような冷たい瞳とごつごつとした骨格をしている。更に服の上からでもわかる、長い年月をかけて鍛えたであろう筋肉がついていた。
率直に言ってかなり恐怖心を煽る姿をしている。
しかし話しかけないわけにはいかない。深陽はキャリーケースの持ち手を握り締め、彼らに近付いた。
「……あの、すみません」
「はい?」
目尻をひくつかせながら目線をこっちに向ける二人の門番。
──帰りたい。
途端弱気になった自分の心を、彼は奮い立たせる。
そう、なにも恐れることはない。
自分はここに、正当な理由を持って来ているのだから。
「コローナ・ボレアリス学院の編入試験を受けに来ました」
「……名前は?」
「日本の、錨深陽です」
そう名乗ると、門番は顔を見合わせる。すると片方が門に設置された窓口のようなところでなにかを確認すると、一枚の紙を片手にこちらに戻ってきた。
「確認した。イカリ・ミハル、魔法の島へようこそ!」
先程と一転、ころりと表情を和らげた門番に手を差し出され、深陽はそれを握った。
どうやら問題は起こらなかったらしい。
良かった良かったと胸を撫で下ろすと、握手を終えた門番が「じゃあ読み上げるぞ」と手にした紙に目を移した。
「ん……?」
──読むって何を。
またサインか何かだろうかと彼が頭上に疑問符を浮かべていると、門番が、大きく息を吸い込んだ。
「『これより試験を開始する』!!」
「──!?」
──これから!?
──学校にいかなくて良いのか!?
再び浮かぶ疑問の数々。
確かにパンフレットにはコローナ島まで来ることとは書いてあったし、
試験も当日発表だったが、
それにしてもあまりにも急すぎる展開に、深陽はなにか言いたげに口を開けたり開いたりを繰り返すも、門番はそんな様子に構わず声を上げ続ける。
「『試験は現時刻をもって開始され、終了は二十四時間後』!! 『合格条件は──二十四時間後までに、イカリ・ミハルがコローナ島において五体満足で存命していることである』!!! 以上!」
門番がバッと紙を折り畳む。
「『存命』……!?」
「そうだ!」
「因みに試験中学院には行ってはいけないぞ」
「えっ?」
「五体満足かー結構むつかしいな」
「難しいんです……!?」
「まぁ魔法使いだしな、大丈夫大丈夫!」
「い、いや、俺は」
「さ、行った行った」
門番が「開門!」と叫ぶと、重厚そうな鉄の門はあっさりと言っていいほどに簡単に開いた。
「現時刻は午前十一時五十分。この後の試験のことは学校側の人がやってくれる」
「いやっでも俺、まだちょっと心の準備が……!」
「頑張れー」
「ああぁ」
ばたん。
門の中に深陽は押し出され、そして門は閉ざされた。
もう一度開けようとするも先程開いたのが嘘のようにピクリとも動かない。
「そんな……」
門を見つめ、深陽は呟く。
──『存命していること』ってなんだ、そんなに危険ってことか……!?
数日前の母の言葉を思い出す。『少しくらい困難』、『ちょっとくらい危険』。そんなもんじゃない。これは命に関わることではないのかと、彼の胸に真っ黒な不安が過る。
──いや、落ち着け。
──きっと大袈裟に言ってるだけだ。
──それくらい気を付けろってことなんだろう、この島では。
深陽は頭を振って悪いイメージを払うと、一つ大きく深呼吸する。
──そうだ、たったの二十四時間、生きるだけ。普通の筆記試験よりよっぽど簡単じゃないか。
──暗くなる前に泊まれるところを探して……明日は部屋から出なければ良い。
──お金だって多目に持ってきたし、交番の場所を抑えればなにかあってもそこに駆け込める。
──いくら世界一危険と言われていても、それは全貌が謎に包まれてるからだ。突然核兵器が飛んでくるわけでもあるまいし。
「……よし!」
彼は意を決すと、顔を上げて振り返った──その瞬間。
視界に、なにかが横切る。
蜂が飛ぶときのような音を響かせて深陽の前髪を掠めていったそれ。思わず目で追うと、それが飛んでいったはるか彼方の方向がキラリと光り──地面を抉りながら爆発した。
「なぁっ!?」
疑問と驚嘆の叫びが口から飛び出る。
まわりを歩いていた誰かが「やべぇ種型原爆だ!」「誤発射か!?」と爆発地点の反対方向に逃げ出し、深陽は半ば彼らに吊られるように逃げる。背中にじりじりと熱が迫り、本能にこのままでは危険と告げられ物陰に隠れると、今まで走っていた直ぐそこの道路側光りに包まれた。
「アギャアァア」
「だぁーっちちちちち!!」
「馬鹿野郎こんなとこで試し撃ちすんじゃねえ!!!」
「ごめーん!」
燃え盛る誰か達。何故あんな元気に生きているのか深陽には全く不明だが、肉が焦げる音と臭いだけは現実味を持って彼に伝わってきた。
「あら、貴方見ない子ね?」
唖然と道路を見ていると、背後から突如女性の声がかかる。ハッとして、背後を向く。
「っ……!?」
振り返ったところにいたのは、細く美しい声からは想像は出来ないほど恐ろしい見た目をした何かだった。骸骨のような痩けた顔に、八本の腕。四本の足。なんとなく蜘蛛のような印象もあるが、一目見てまず思うのは『恐ろしい』だった。
よく見ればここは物陰ではなく小さな四角い家のようだ。彼女の家なのだろう。
言葉を失い返事の出来ない深陽に、彼女は白い骨のような顔を歪ませる。
「ああ、ごめんなさい。人の子は私を怖がるのよねぇ。でも貴方運が良いわ! 私の家ね、最近対レベル九衝撃波用に改装してもらったの!」
「ほら」と腕の一本の指で差された方に、反対側の物陰で黒焦げになっている人がいた。
あの刹那、この女性の家ではなくあちらに飛び込んでいたら、ああなっていたのは深陽の方だっただろう。焦げた臭いと恐怖に深陽はうっと顔をしかめる。
「あ、あの、救急車とか……」
「えぇ? この程度なら呼ばなくて大丈夫よ」
「この程度……」
「蟻を踏む度に警察に出頭するなんて馬鹿らしいでしょ? 同じよ」
にこにこと笑うかのように薄っぺらい皮膚を吊り上げる女性。その理屈に開けっぱなしのの深陽の口を、女性は細長い腕を伸ばして顎に指を当て、持ち上げて「開きすぎ」と可笑しそうに笑った。
「貴方いつここに?」
「つ、ついさっき」
「ああ、じゃあさっきの開く音が貴方だったのね。私ね、ここで門から来る人を眺めてるの。どうしてここに?」
「コローナ・ボレアリス学院の編入試験で……」
「まぁそうなの! なら魔法使いの卵なのね! 私、魔法使いは好きよ。私たちに敬意を払ってくれるから。じゃあそんな貴方に一つアドバイス」
女性は深陽の顎に当てていた指を滑らすと、頬を辿って、それを鼻に移動させる。女性は、擽ったさとほんの少しの不気味さに身を捩る彼の様子に愛しそうな目をしていた。
「『高くて回りが見えるところ』に行くと良いわ。街全体の様子が見えるし、門の回りは特に騒がしいからすぐ離れた方が懸命ね」
「頑張って、小さな魔法使いさん」と女性は深陽の鼻をつつく。その仕草に我に帰り回りに意識を向けると、先程の騒がしさが嘘のように辺りは静まっていた。
「……ありがとうございます。あの、お名前を伺っても?」
「ウルヴィゴよ。貴方は?」
「深陽です。ありがとうございます、ウルヴィゴさん」
「いいえミハル。気にしないで礼儀正しい子」
ウルヴィゴは笑いながら八本の手を振った。
彼女の家から出た深陽は一目散に走り出し、言われた通り高所を探した。
土くれで出来た家の隣に都会的なビルが並んでいるのを見上げながら、何故か飛んでくる手榴弾を避けながら、前から歩いてくる多数の触手を持ったクリーチャーに話しかけられそうになりながら、安息の地を探して数㎝先の驚異から逃げていく。
──そりゃ死ぬはずだ!!
なにが大袈裟だ、なにが突然核兵器が飛んでくるわけでもあるまいしだと、深陽は数分前までの自分を殴りない気持ちに駆られた。
そう、彼は知っていた。コローナ島に行った人間がどうなったのか。
けれど、どこか他人事のような、遠く遠く、自分となんら関わりのないところで起こったことだと、どこかでそう捉えていた。
自分は大丈夫だと、慢心していた。
──ここは、地雷原と変わらない!
世界一謎と危険に満ちた場所『コローナ島』。
深陽がここは危険度が斜め上に上がり続ける場所なのだと理解したのは、このときになってようやくだった。