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37・冷たい赤色



 数十分後、修練場を出た深陽とアルファルドは、『テトリス』北部の内側に沿って中庭を歩いていた。


 視界の先に中央塔、そして『テトリス』の日当たりの良い場所に一部ビニールハウスもある植物園が見える。疲れた、と訴える体が歩みを遅くして、遠くでぼんやり「授業で使う植物はあそこで作っているのかな」と考えた。


 ふと、アルファルドがミハルに横目を流す。


「体調に変化あっか?」

「……あぁ、少し、虚脱感が。あと頭が重いな……」

「さっきまで心臓がすっげー働いてたからな。熱も風邪並みだったし」

「そうなのか」

「見てみ」


 アルファルドに渡された紙には、こと細かく深陽のバイタルサインや精神状態が書かれていた。こんなに調べられていたのかと驚くと同時に感心する。


「凄いな……これも魔法で調べたのか?」

「あん?」

「病院だと、聴診器とか、血圧計とか使うだろう? それがないのにこんなに詳細にわかるなんて。あ、リストバンドで計ってたんだったか?」


 やや興奮気味で口角を上げる深陽に、アルファルドが「あー」と「うん……」というなにやら煮え切らない返事をする。否定も肯定もしないその逸れた視線に、はてと首を傾げた。


「違うのか?」

「や……まぁ魔法……魔界由来の技術には違ぇねえんだけど……」


 言葉を濁すアルファルド。

 やがて決心したように深陽の目を見ると、 


「聞いて……後悔しねぇか」


 と訊いた。


 それに深陽は、恐る恐る、頷いた。


「……検証始める三十分前に、飴、食ったろ」

「飴……」


 その言葉に、脳裏に薄桃色の丸い飴玉が浮かぶ。

 『リラックスして』と渡されたものだった。


「ああ、校長先生がくれたやつか?」

「それ。……美味かったか?」

「? もちろん」


 飴なのだから相当変なフレーバーでなければ不味いということはあまりないと思うが──不思議そうに肯首する深陽に、哀れみのアクアブルーが向けられた。


「……あれな、中身がさ……極小サイズのシロガネメンスイっつーやつで、そいつっつーのが、回りの環境に合わせて表皮の色彩と温度を0.001秒以内に変える特性があるんだわ。で……それを体に入れて特殊な観測器機で観察することで生命兆候を判断できる」

「シロガネメン……? えっと、つまり薬? だったってことか?」

「いや、虫」

「え?」

「だから『虫』。あの飴の中身は、五億二千匹の(シロガネメンスイ)。お前のバイタルはその虫の生態を利用して調べられてたんだよ」


 むし。

 むし。

 むし……。


 しばし深陽の脳はその言葉を理解するのに時間を要し、

 ──あの薄桃色がなんとなく蠢いたように見えた覚えがあって、ウッと吐き気が込み上げた。


 手の内にあった紙がバササササーッと音を立てて芝生に落ちる。


「な、な、なっ……!?」


 光の加減でそう見えたのかと思ったそれは、ただありのまま、蠢いていたのだ。ピーチ味の飴の中身、五億越えの生きた虫が、うぞうぞと中で動いていたのを、深陽は知らずにボリボリ食べていた。

 なんかちょっと変わったピーチ味だな、とか思いながら。


「そ、それあ、アルファルド知ってたのか……!?」

「そりゃお前俺もやられたし」

「なんで教えてくれくれなかったんだっ」

「教えたら精神的ストレスでバイタルの影響因子になっちゃうからなァ」


 取り乱す深陽の姿が愉快になってきたのか掴みかかる彼に対し、アルファルドは段々とからかうような雰囲気になってきた。


「くく、まだ歯の間に挟まってるのもいると思うぜ」

「うぅっ……!」

「しばらくは吐き出す息も屁も涙も虫入りだぜケケケ」

「ぇぐう……!!」


 深陽は特別虫が嫌いというわけではない。幼い頃は妹とカブトムシを取りに森に突っ込んだこともあるし、家でゴキブリが出たときもティッシュでそっと包んで外に逃がしたし、蜘蛛の巣に引っ掛かったときでさえ「ツイてないな」という程度だった。

 しかし食べるとなると話は別だ。

 深陽は某猛獣ハンターではない。芋虫を見てる分には不快感を持たないがじゃあ食べてと言われても困る。それはちょっと無理である。だって脳が食べ物と認識してない。


 にもかかわらず、知らぬ間に──しかも生きたまま──食べていた事実。


「まぁ安心しろよ。その内クソになって出てくっから」


 ──なにを安心しろと。


 なんだか泣けてきた深陽に、落下した紙を拾い上げたアルファルドが「情緒不安定」と書き込んだ。


「あ、いけね十一時じゃん。じゃあ俺ァこの後用事あっからよ。またな」

「え、あ、ああ」

「昼食うなら歯ァ磨いた方が美味しく感じると思うぜ」


 意地の悪い笑顔でじゃーなーと手を振り校門の方へ去っていくアルファルド。心なしか少し焦っている風だった。


 ──なんという置き土産を……。


 アルファルドを批難しかけた深陽に、記憶の中の父が「深陽……もし嫌なことをされても、すぐ感情的になっちゃいけないぜ……相手にも相手の想いがあるんだからよ……」と言い聞かせる 


 ──くっ。

 ──確かに後悔しないと言ったのは俺だしなぁ……。

 

 後ろ姿が小さくなるのを見送り、深陽は一つ溜め息を溢して前を向いた。


 本日土曜日。本来学校は無い日だ。

 そして、深陽にとってこの学院に来て初めての休みの日でもある。

 空は青く雲の少ない良い天気だ。こんな日に寮に籠ってばかりいるのも勿体無い──かといって行きたいところも特に無いのだが。


「……取り合えず」


 さくさくと芝生を踏みつつ中央塔の北入り口に向かう深陽。


「昼食だな」


 少し早いが、と端末に表示されたデジタル時計に視線を落としながら入り口に入った。

 ──それが、悪かった。


 どん、と肩になにかがぶつかった。


「わ、」

「ッた」


 よろけた体が反射的に壁に手をつく。ぱ、と向けた視線の先には、校舎内で尻餅を付く赤毛の少女──ニーナの姿があった。


「ご、ごめん! 余所見をしてて……」


 慌てて手を差し伸ばすも、ニーナはそれを取らず床に散らばった本を拾って自力で立ち上がった。ぱんぱん、とズボンを叩いて、鋭い眼光を深陽に向ける。

 舌打ちでもしそうな勢いだ。


「……ごめんなさい」


 もう一度謝ると、彼女の眉間のしわが少し──本当にちょっとのちょっとだけ──浅くなった。


 ニーナは今日、登校日で無いためかローブを着用してはいなかった。

 きちんと食べているのか少々心配になるほどほっそりとした体躯の上、臍部(へそ)の出たデザインのノースリーブという涼しげなトップスに対し、下は足首までダボッと隠されたアラジンパンツのようなものを履いている。可愛いというよりも、さっぱりとシンプルながら格好いい。そう感じさせる格好をしていた。


 謝罪の返事もなくじっと深陽を睨んでくる彼女に、「えと、忘れ物?」と訊く。


「……図書館で本借りたついでに外で課題やろうと思っただけ」

「ああ、読書論。今日お天気だしな。何借りたんだ?」

「『空飛ぶ海賊船』」

「空飛ぶ……魔界(あっち)の本か?」

「──ねぇ。イカリ・ミハル」


 溜め息混じりに冷たくフルネームで呼ばれ、思わず「ヒ」と溢した。


「貴方がそこ退()かないと、私通れないんだけど。黙ってどいて」

「え……、あっ」


 言われても初めて、入り口を塞ぐようにして立っていたことに気付く。

 道理で睨んでくるはずだ、と再び深くなってしまった眉間のしわを見て、すごすごと横に退いた。


「ごめん」

「……鬱陶しいから何回も謝らないで」


 深陽の眼前を、ニーナは長い髪を広げて去っていった。


「…………」


 一人残された深陽は、


 ──邪魔だなって思いながら会話してくれてたのか……。


 と、妙にポジティブなことを考えながら食堂へ向かった。



 

 

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