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26・自己提示



 翌日もまた、授業は滞りなく開始された。


 朝起きたときから、なんとなくアルファルドと交わす口数は減ったけれど。



 一・二限:魔法創造学。


 十五階の教室。

 いつも通り、深陽は一番前の席に、アルファルドは後方の席に着いている。


 「魔法にはいくつかの種類がある」と、創造学の教師フラゴラ・キスは言った。

 眼鏡をかけてさっぱりとした髪型をした真面目そうな男性教師だ。


「ある一つの魔法を扱うにも、『魔法陣』、『呪文』、『杖』、『魔薬』、『体杖(ボディアクション)』と方法は様々だ。我々魔法使いはその中から最も効率的かつ最大限の力を引き出せるように学び続ける。一つの方法を短縮させたり、二つの方法を組み合わせることで短縮化を図ったりな。アルファルド、壇上へ」


 フラゴラの言葉に行儀悪く椅子に座っていたアルファルドが心底面倒臭そうに腰を上げた。


「お前また制服……」

「趣味じゃねーんだもん」

「子供か」


 軽口を叩きつつ壇上に足を乗せるアルファルド。ポケットに手を突っ込み、随分な態度だった。


「こんな奴だが知っての通りこいつは『呪文』と『体杖』に関しては天才だ。こんなクソみたいな態度の奴だが。こ・ん・な、クソみたいな態度だが」


 嫌味というよりかなりシンプルな非難をするフラゴラだったがその先にいる青年はどこ吹く風で、ポケット内の手を改善しようとはしない。それにフラゴラはわざとらしく顔を歪めつつ、「アルファルド、この紙を使って『呪文』と『体杖』の手本を」と教卓に数枚の色折り紙のようなものを置いた。


「あんたがやれば」

「オレよりお前の方が上手い」


 当然のように言うフラゴラ。その言葉にアルファルドは後頭部を掻く。


「……んー……『この瞳は万色の識別眼』、『鴉乱れて()は捕れず、傀儡(くぐつ)糸切れ頭を垂れる』」


 アルファルドの言の葉に合わせて、机上の紙が形を変える。

 黒いものは鳥のような形になって宙に浮き、

 白いものは人のような形になって立ち上がった。

 前者はひょいと天井まで上がって教室の奥の方へ飛んでいき、後者はふらふらと机を飛び降りて床を歩いていく。

 

「『呪文』の構成は大きく別けて二段、『自己提示』と『本文』だ。自己提示は自分の身体的・心理的・装飾的特徴を提示することで魔法に喚びかける(・・・・・)ことだ。これは妖精によって教えられたり、代々家に伝わっていることが多い」


 生徒が紙人形に好奇の目を向ける中、フラゴラは黒板に『自己提示』と『本文』と書いていく。


「『本文』は教科書に乗っているが、そのほとんどは五節以上の長文だ。大がかりな召喚術や日常生活になら使えるが、……魔界であった大戦中はほとんど利用されなかった。当時は短縮させる技術の確率があまりされてなかったからな。代わりに予め用意した魔法陣や、後方で魔法使いが杖を構えて援護していた」


 そのとき、フラゴラの言葉を遮るように生徒の一人が手を上げた。


「どうぞ」

「アルバート・ロックです。あの、魔界で言うところのその……戦争方法って……?」


 拙い問いにフラゴラは「ああ」と相槌を打つ。


「……そうだな、捕捉しておこう。政治的なこと置いておくとして……戦場での戦いは勿論魔法も用いられたが、基本的に『歩兵』と『魔兵』に分けられた。『歩兵』は剣を持って敵の陣営に直接乗り込み、『魔兵』はその後方で魔法によってサポートする」

「『歩兵』は魔法を使わないんですか?」

「いや、使うとも。使うが……使い辛い、と言うかな。当時は、短縮能力に個人の差が出る『呪文』と、書くのに時間のかかる『魔法陣』、材料の用意に手間のかかる『魔薬』、持ってると常にかさばる『杖』の四つの方法でしか魔法が使用出来なかったんだ。……べらべら呪文喋ってる間に斬られてた、なんてこともあってな。剣も魔法も両方使おうとすると中途半端になっていけない、なら分けてしまった方が効率が良いということで『歩兵』と『魔兵』が出来た」


 長々とした説明に飽きたのかアルファルドが欠伸をし出す。それをボコンとグーでフラゴラが叩き、説明を続けた。


「ところが、そのオーソドックスな戦闘法を狂わせたのがリチャード・ベーカーが確立した『体杖』による魔法だ」


 「アルファルド」。先ほどと同じように合図され、名を呼ばれた彼が面倒臭そうにポケットから手を出し、

 その指先をくっつけた。


 そのポーズに、深陽は覚えがあった。

 試験のとき深陽と子供の命を救った、あの──。


「『この瞳は万色の識別眼』」


 パチン、と指が鳴らされる。


 教室中を徘徊していた紙たちが一ヶ所に集まり、色を変え、形を変え、やがて黒い蛇の形をとった。

 紙の一枚一枚が関節のように連動して動くことでそれは本物の生き物のように振る舞う。


「リチャード・ベーカーは五本指にそれぞれ役割を振ることで対象物に魔法をかけることを論文にした。それが発展し、あるポーズや仕草、今のような指のクラック音を合図に発動する式を展開ようになって、それを総じて『体杖』と称するようになった。古来から使われていた四つの方法に対し、これは本当にごく最近の話だな」


 暇そうな顔のアルファルドは指を動かして蛇を操り机の脚に巻き付けたりしている。フラゴラがそれに口を曲げながら、アルファルドに戻るように言う。彼が怠そうにしつつも素直に従い後方に歩を進める中、蛇は元の紙切れに戻り机の上に積み上がった。


「『体杖』は体一つで成立できると言う性質上、他の方法と組み合わせやすく、『創造学』では主にその組み合わせによって魔法発動の効率化を学ぶ。基礎的なことは教科書に。というわけで、次の授業までに教科書二十八ページまでをノートにまとめてこい」


 「えーっ」。生徒から非難の声が上がるが、フラゴラは「提出してもらうからな」と無情に言い放った。仕方無さそうにペラペラとページを確認する彼らと一緒に深陽も捲ってみると、そこそこのページ数だった。


 と、ふと半ばのページで目が止まる。

 『独奏者(ソリスト)』について書かれた例のページだ。


「……先生」

「ん?」

「『独奏者(ソリスト)』の魔法も、その五つの方法で発動するんですか?」


 なんとなく浮いた疑問を、口に出す。予習の範囲では無かったせいか近所の生徒はなんのはなしかわからないというようにキョトンとしていた。


 フラゴラは「ああ……」と少し考える素振りをすると、深陽のみに答える形で口を開いた。


「『独奏(ソロ)』はまた別だな。あれは特別だから。各々に発動条件がありそれが整っていないと発動は出来ない。例えば……精神的な興奮や、特殊な呪文、自傷行為…………色々あったと思うが、それを封じられると他の魔法も使えなくなるらしいから、原則その条件は独奏者(ソリスト)の死後にしかわからない」

「……? 他の魔法も使えなくなるんですか?」

「そうだ。大きな力を持つと、必ず代償はついてくる。彼らの場合『他者に魔法を封じられる危険性』だったのだろう」


 納得し頷く深陽に、フラゴラは「よく予習しているな」と言葉をかけ、改めて教室に視線を向け直した。


「人界で『魔法』と訳されるこの法則だが、これは規則的なようで不規則だ。例外だらけだし、魔界でも未だ全て解明されているわけではない。だが、だからこそ多くの可能性を秘めている。柔軟に思考を働かせ己の閃きを信じれば、幻想を現実に変わるだろう」


 リアリストのような顔立ちと雰囲気のくせ、口から出た言葉はロマンチストのようだった。どうにも似合ってないが、隣の席の生徒はきらきらとした目をして友人と笑い合っていた。



 次は、魔法技術演習の時間だ。



───



 「アルファルドは凄いんだな」と、中庭に向かう道中で深陽は溢した。


 周囲に生徒の数は多くない。アルファルドが、近道を行こうとあまり使われない細い廊下を選択したからだ。


「あん?」

「指でパチンって」

「まぁな。天才だから」


 嫌味ではなく、それは恐らく事実としての言葉だった。もう散々言われてきたというように出された言葉に、深陽は「なるほど」と返す。


 ──たったの数日。

 それだけアルファルドの側にいれば、彼がいかに周囲よりも優れた人物かというのは誰にでもわかる。

 任された監視員としての仕事。

 一年生代表の言葉。

 教師ではなく彼が見本になる場面。

 入学して半年のはずなのに、教師は皆彼の顔を知っている。

 『趣味でない』というふざけた主張で制服を着ていないことを受け入れられるのも、気を抜くと崩れる敬語を咎められないのも、酷く悪い態度の改善を強くは求められないのも、それらを捩じ伏せ口を出させない実力が彼に備わっているからだ。


 しかしそういったものは──自ずと嫉妬を生む。


「なに、俺プレッシャー?」


 アルファルドは、皮肉ったような顔をして深陽の目を見た。

 碧い、海のような瞳。熱を帯びた感情が乗っているようでいて、その中心にはどこか冷たいものが通っている。

 それを受け止めた深陽は、少し悩むように眉を寄せると、


「──ああ。秀でた人が側にいると、やはり焦るな」


 と答えた。

 それは、先ほどのアルファルドの言葉と同じく、

 嫌味や妬みを内包しない、ただ率直に自分の心情を言葉にしたものだった。

 

 しかしアルファルドは、その言い回しにどこか引っ掛かりを覚える。


「……お前さ、学校の成績良かった方なん?」

「え? いや……どうだろう。国語と理数系は比較的良かったが、世界史とか政治がかなり悪かったから中の下くらいじゃないか?」


 あやふやな言い方に、アルファルドはそういえばこいつは高校入学後すぐに退学になったのだということを思い出した。

 成績の差が顕著に出始めるのは高校からが多い。あまり自分の得意不得意も良くわかってないか、と思考を巡らせたところで、深陽が「なんでだ?」とアルファルドの問いの真意を尋ねた。


「『秀でた人が側にいると』っつったろ。今まで回りに自分より下の奴しか居なかったみてぇな言い方じゃねえか」


 コツ、コツ、コツと、足音三つ分間が空いた。


 それから、深陽が困ったように笑って──笑って。

 首を横に振った。


「いや、そういうわけじゃない。……恥ずかしながら、成績を競い合う程仲の良い友達が居なかったんだ」

「……ふぅん」


 再び、ブランド物のプレーントゥと安いローファーの音が間を埋めた。


 ほんの数秒後に辿り着いた廊下の角。そこに、円の黄金比を見事に取り入れた螺旋階段がある。頭上には青と黄金色のステンドグラスで飾られた窓があり、午前の日差しの色を変えて階段を照らしていた。

 深陽はその階段の手摺にある本を見付けると、アルファルドより一歩前に出た。


「だから、アルファルド」


 空を、雲が遮ったのか。

 それとも鳥が太陽を割いて飛んだのか。

 光が瞬き、ステンドグラスの色合いを変え、木漏れ日のように深陽の体に降り注ぐ。


「俺は今、友達と勉強が出来てとても楽しい」


 初めて会ったときと変わらず、まるで中学生が英文を翻訳したような堅苦しい無機質な色の言葉使いだった。

 しかし、故にあまりに真っ直ぐなそれは、アルファルドの耳に深く入っていく。


 こういうふとしたとき、

 目の前の同級生が七つも歳が違い、

 正しく子供の域を出ていないことを認識させられる。


「──……は」

 

 アルファルドは深陽の笑顔に吊られるように笑って、「そりゃ結構」と返した。


 そして、二人揃って本に手を乗せる。


「『この瞳は万色の識別眼』」


 いつも通り、魔法の第一規則である『自己提示』を行ってから、始業式のときのように横に立つ未熟な彼を代弁しようとした──そのときだった。


「──『この左腕は火花の化身(・・・・・・・・・・)』」


 ──朝起きて欠伸をするような。

 あるいは、太陽の眩しさに目を細めるような。

 生理現象や反射のごとく、極々自然に。


 深陽が、『自己提示』を行った。


「な、」


 驚き口から漏れた吐息と共に深陽の方を向くと、彼もまた、琥珀色の瞳を大きくしていた。


 そして深陽が何かをアルファルドに問おうと息を吸った瞬間──二人は本の中に吸い込まれた。

 


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