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19・代表の言葉



 中央塔二十九階、始業式会場。


 多数の生徒が慌ただしく会場内に駆け込む中、入り口に設置された一冊の大きな絵本から三人の人間が勢いよく吐き出された。


「ぐわっ!?」


 最初に出てきたのはアルファルドだ。

 次いで深陽。

 その次のイザベルだけは、床にキスした前の二人と違いよろけはしたものの膝を着きはしなかった。


「くっそ、雑になんのはミハルだけかと思ったのによ……」

「言ったのはアッ君なんだから当然じゃないかな……ミハル君は大丈夫、みたいだね」

「あ、はい」

「アッ君がクッションになってたもんねぇ」


 アルファルドがクッションになったので──そう言おうとしたが、正直に言う前にイザベルに先に言われ口を閉じる深陽。


 始業式が始まるまであと数分。

 とっくに会場の準備は終わり、大きな円形の会場には同じ黒いローブを羽織った生徒が多く集まっていた。これでは後ろ姿では誰が誰だかわからなそうだなと思った深陽の目に止まったのは、背面に縫われた刺繍の違いだ。深陽のは冠を被った蛇の柄だが、他に、鹿や獅子や鳥──おそらく鷹──なんかがある。


 ──なにかを分けているんだろうか。

 ──クラスとか?

 ──それにしては多いような。


「おいボーッとしてんな!」


 やや気になったが、アルファルドに急かされ深陽は会場に入った。



───



 かくして、始業式は始まった。


 開始ギリギリに来た深陽とアルファルドは、背丈の関係だろうか後ろの方に座る巨人のように背の高い者に囲まれて着席した。そこは、前に座る生徒たちの様子がよく見えた。


 ローブを着用していれば後は自由──その規則に従い、生徒たちは皆ローブの下に各々の服を着込んでいた。足が七本ある者はズボンの出口が七個あったし、人間もラフなツナギの者や洒落たネクタイを着用していたりと実に様々だ。

 きっちり下にYシャツとベストを着ている深陽とローブすら着ずいつものMA-1を肩にかけているアルファルドが並ぶと、その席だけやや浮くほどだった。


 しかし制服や校風は変わっているが始業式自体は深陽が知っているものと良く似たもので、夏の間に活躍したよくわからない研究会が紹介されたり、新しく入った教員が紹介されたり、その中の一人が勝手に好きな映画を紹介したりなんかしていた。滞りなく終わるかと思ったとき、次に学年代表の言葉があると伝えられた。

 これは深陽に経験の無いことだった。

 高校のとき、入学式で新入生代表として利発そうな少女が壇上に上がったのを見たことはあったが、学年別にあるというのは初めてだ。


 ──そういえば、イザベルさんが四年生代表とかなんとか……。


 なるほどこの話か、と納得したところで、六年生と紹介された幽霊のようにひょろりと高い背の青年が舞台に上がった。背丈に反しやたらと声の小さい彼の内容は、知らない用語が多く深陽にはあまり理解出来なかったが、将来的に大きな組織を作り島の治安を良くしたいというものだったことは解った。五年生代表は幼稚園生ほどの背丈の女性で、魔法使いの発見方法を新しく確立したい……といったようなことを言っていた。

 因みにこの頃、隣に座る同級生は小川で水が流れるように静かに夢の世界に飛び立って行っていた。


 ──イザベルさんは何を話すんだろう。


 次は四年生となれば、気になるのは当然そこである。ボサボサの髪にのんばりとした風な性格、失礼ながらイザベルが六年生と五年生のようにきっちりとネクタイを締めて壇上に上がって演説を行う様子は深陽には浮かばなかった。


 そうこう思っている内に、イザベルがふらふらと舞台方向に歩いていく。


 予想通りと言えばいいのか。壇上に上がったイザベルは、やはりネクタイなど絞めず、先程と同じボサボサの髪と黒縁の野暮眼鏡で、マイクを震える手で握り締めていた。


「……あの、」


 キィーーッン、と。

 彼女が話始めた途端に間が悪くハウリングするマイク。

 多くの生徒が耳を塞ぎ、教員がどこかにジェスチャーで指示を出したが、イザベルはそれを見て「あっいいんです」と止めた。


「──ヨギ六年生。ラブ五年生、ロブ五年生。リルル三年生。ガロナ三年生。マクロリーナ二年生。ツガハラ二年生。それからアルファルド一年生」


 突如名を呼ばれ、顔を上げる複数の生徒たち。それに伴い、隣に座るアルファルドも閉じていた目蓋をゆっくり上げた。


「目は覚めた? 他にもいると思うけど……一生懸命代表の言葉考えてきてるんだから、寝ないでよね、もう」


 不機嫌そうに頬を膨らますイザベル。

 どうやら、今呼んだ人たちは居眠りをしていた者らしい。数人の生徒は周りの人からくすくすと笑われ、アルファルドも前の席の者にちらりと視線を送られていた。


 ──しかし、よくわかったな。


 ザッと見て生徒数は千は越える。会場が広いこともあり、いつどこで誰が船を漕いでもそうそう気付かれないだろう。

 しかしイザベルはそれを見抜いた。


 ──魔法なのか、

 ──それとも単に観察力が高いのか。


 後者だとしたら恐ろしいなと考えたところで、イザベルが一つ咳払いをして話し始めた。


 内容は、深陽にはやはりよくわからなかった。

 知らない用語や横文字よりも意味のわかる言葉の方が多かったけれど、理屈がいまいち理解できないのだ。犬は賢いから踊れるね、と当然のように言われているような話が深陽を混乱させるが、イザベルが話し終わった後彼女には惜しみ無い拍手が送られていた。


 ──『トーマス』とか言ってたか?

 ──……機関車?

 ──いや………違うか。


 内容を思い出しつつ復唱しようとするもさっそく意味不明な用語で躓いた。後でアルファルドに訊こう、と隣人に目をやると、大きな欠伸をしながらもさすがにまた目蓋を下ろすことは無かった。


 その後は三年生、二年生と続き、

 あとは一年生で終わりというところまで来た。


 話の内容は相変わらず意味不明だったが、この頃深陽は一つ気付いたことがあった。

 ローブに刺繍された動物の意味だ。


 六年生の生徒のローブには獅子。

 五年生は狼。

 四年生(イザベル)は鷹。

 三年生は針鼠。

 二年生は鹿。

 そして、深陽たち一年生のローブには蛇が描かれている。


 壇上に上がっていった生徒たちは各々そう縫われ、他の動物が描かれたローブを着用した生徒は会場を見回しても見つからなかった。


 つまりこれは、学年をわけているのだ。

 深陽の過去の高校もネクタイの色は学年別だった。多い生徒、多い学年。教員からすれば何学年なのか、生徒からすれば同輩なのか先輩なのか、一目でがわかるようにしているのだろう。

 

 深陽がそんなことを考えていると、次に一年生の番となった。


 一年生で知っている人と言えば、アルファルドと先程のアイルくらいだ。きっとまた知らない人だろうなと深陽が思っていると、教員が代表の名前を呼んだ。


「──一年代表、アルファルド。壇上へ」


 ──えっ。


 呼ばれた名に、

 深陽は目を見開いて隣を見る。

 君だったのか、と驚きのあまり出そうになる大声を飲み込んで。


「……?」


 しかし、隣の彼は動こうとしない。

 まるで呼ばれたのは自分とは違う者だ、と主張するかのような態度だ。


 ──同名の違う人か?

 ──いやでも、ファミリーネームのない『アルファルド』ってあまり無いんじゃ……。


 壇上に視線を転じさせる。誰も上っていない。


「アルファルド君! 壇上へ!」


 教員が再びそう声を上げ、深陽は「アルファルド、呼ばれてないか」と訊くも、彼から反応は返ってこない。


 そんな様子に、深陽の中に──まさか目を開けたまま寝ているのか、という疑問が生まれる。


 ──もしや昨日は寝不足だったのだろうか。

 ──……そうか。今まで一人部屋だったのに突然俺が同居人になったから、気になって寝れなかったのかもしれない。

 ──そのせいで彼に恥をかかせてしまっているのだとしたら……なんてことだ!


「アルファルド……! すまない……!!」


 飛躍した思考が深陽の口から謝罪の言葉を出させる。

 当然、ただ前に出るのが面倒臭くて無視をしていただけのアルファルドは、見に覚えのない謝罪に困惑する。


「えっえっはっ? ごめん聞いて無かったんだけど?」

「お、起きた!」

「いや起きてたんだけどさ」

「アルファルド、先生に呼ばれている! 前に出たほうがいい!」

「や、なんつーかお前ちょっと静かにしてくんね?」


 深陽がアルファルドアルファルドと連呼したことで、周囲の生徒や近くにいた教員が未だ壇上に出てこない一年生代表の存在を視認し始めた。ややざわつく中、「アルファルド君、早く出なさい」と包帯ぐるぐる巻きの教員に指を差されたことで、アルファルドは長いため息を吐いて席を立った。


「へーへー……」

「頑張れ……!」

「お前……」


 拳を握って応援する深陽の目には他意など存在しなかった。アルファルドはまたため息をつくと、その長い足で壇上に向かった。


 壇上に上がった彼は、照明の光が眩しいのかただ単に面倒だと思っているのか、目を細くして眉をひそめていた。


「……あー……」


 低く青年らしい声が、気怠そうに発せられる。


「えーっと、なんでも良いんだっけ……。……っつっても別に目標なんざねーんだけど……」


 どうやら、前の五人のようにちゃんと考えてきてはいなかったらしい。考えるように視線を右下に落としたアルファルドが、ふと、思い付いたように「あ、そうだ」と顔を上げる。


「綺麗、可愛い、エロい、育ちが良い、愛想が良い、頭が良い、化粧が上手ぇ……一つでも当てはまる女いたら紹介よろしく。あ、メンヘラと人妻は勘弁な。メンドクセーから」


 「以上」。と言って、アルファルドは壇上から下りた。


 代表の言葉とは──字の通り、その学年で最も優れた者の言葉である。選ばれたくても選ばれなかった者もいるだろう。楽しみにしていた者もいるだろう。

 それを、『女を紹介しろ』というものにして、面倒臭そうに、たったの三十秒で舞台を下りたのがアルファルドである。


 そんなものが生むのは多大な非難か、もしくは、唖然とした生徒たちが作る静寂だ。


 今回はその後者だったようで、生徒たちは皆ぽっかりと口を開け、固まっていた。発言を止めるべき教員はあまりの簡潔さに止める間もなく、同じように目を見開いて、怠そうに席に戻るアルファルドを呆然と見詰めていた。


「はー」


 再び深陽の隣にどっかりと座ったアルファルドは、隣にいる深陽まで気まずくなるくらいに、先程と比べ物にならないほどの視線を集めていた。


「……アルファルド」

「んだよ。お前が出ろって言ったからだぜ」


 責任転換のプロのごとく深陽に罪を擦り付けるアルファルドに、深陽は「そうか、それはすまない」と謝ってから、


「演説、堂々としていて格好よかったぞ。ところで女性を集めてどうするんだ?」


 と首を傾げた。


 その様子にアルファルドが苦虫を三十二本の歯の間全てに詰めたような顔をした頃、同じくらい苦い顔をした教員によって校長の言葉が始まることを告げられた。


 壇上に上がった校長は、ワニのように恐ろし気な顔と長い長い髭を持っていた。魔法学校の校長先生は髭が長くないと駄目なのだろうか──そんな疑問を持ちながら校長の言葉を待っていると、彼は、


「代表者諸君、立派な挨拶をありがとう。だがアルファルド君……君は後で校長室に来なさい」


 と大きな口の端をひきつかせてから話を開始した。


 深陽が話を聞く中、アルファルドは大きな欠伸をして、椅子に深く座り寝る体勢に入る。



 かくして、問題児の友人と共に、深陽の学校生活は幕を開けた。





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