13・『四季』
キャリーケースの上に紙袋を重ねて、それを掴む右腕にローブを抱え、空いた左手でやや赤くなった額を擦る深陽が案内された場所は塔の螺旋階段を上った先の二階に設置された図書室らしき場所だった。
──『寮』と言ったのに図書室?
二階にある、のならまだわかる。しかし入った部屋は引き抜くのに些か力が必要と思わせるほど本が詰まった本棚の並ぶ部屋。これを図書室や書斎と言わないのなら深陽の中の常識がいくつか覆る。
しかし女性職員は確かに「寮への案内」と口にした。もしかしたらこの図書室の隣に寮があるのかもしれない、と深陽は黙って彼女の後を着いていく。
「『季節のお方』、どこにいますかー……」
部屋の中央だと思われる円形の机が設置された場所にくると、女性職員は声量を落としてそう呼びかけた。
「『季節のお方』~……!」
『逆立つ毛』と同じく恐らくあだ名だろう名前を何度か呼ぶ女性職員。
少しすると、深陽の頭上からコンコンという音が聞こえてきた。
──上から?
ノック音のようにリズミカルだが、上に扉があるわけではないだろう──疑問を抱きつつ見上げると、高く分厚い本棚の上で、青緑のメイド服に身を包まれた女性が、柔らかな照明に照らされてこちらを見下ろしていた。
「『季節のお方』!」
どうやら、彼女が探していた人だったらしい。女性職員の弾んだ声に彼女はシッ、と唇に人差し指を当ててから、花弁が舞い落ちるように軽やかに着地した。
近くで見ると、彼女は人の形をしていたが、ヒトではなかったことに気付く。その筆頭は側頭部からそれぞれ生える二本の角だ。羊のようにくるりと丸まった形のそれには、所々小さな花の咲いた蔓が絡まっている。その上目はその花と同じ朝焼けのようなオレンジで、髪は薄緑色。それに、頬には雨粒のような模様があった。
「『季節のお方』、この子が以前話した新しい生徒です。寮の案内をお願いします」
女性職員の言葉に彼女はコクリと頷くと深陽と目を合わせた。それに答えるように、深陽は左手を差し出す。
「深陽です。よろしくお願いします、えっと……『キセツノオカタ』さん」
女性職員の真似をして名前を呼んでみたが、彼女は不満そうに頬を膨らましてプイと横を向いてしまった。
──あれ、名前聞き違えたか?
戸惑い差し出した手を彷徨かせる深陽に、女性職員が「ああ」と声をかける。
「この人を呼ぶときは自分で考えた名前で呼んであげてください」
「自分で?」
「はい。そういう人なんです。皆『お花さん』とか『みどりちゃん』とか、あと『花の雨』とか好きに呼んでますよ」
「好きに……」
言われて彼女を見れば、横に逸らした瞳はなんだか楽しみそうにチラチラとこちらを見ている。
──呼び名か。
──これからお世話になるだろうし、短くて呼びやすいのがいいだろか。
朝露の落ちる葉のようにキラキラと輝く髪に、可愛らしい花の咲いた蔓の絡まる角。頬の雨模様。森を体現したようなその姿を包む上品なドレスのようなメイド服。
改めてその姿を見てから、深陽はふと浮かんできた言葉を溢した。
「『四季』さんと呼んでいいですか?」
深陽の問いかけに、彼女──否、四季は嬉しそうに顔を綻ばした。──気に入ってくれたらしい。そう判断すると、深陽は改めて手を伸ばす。ギュッと掴んだ四季の手は、少し体温が高いと言われる深陽の手よりも暖かかった。
「それじゃあ、あとはお任せしますね」
二人の様子を見守っていた女性職員がそう言って踵を返し、二人に手を振りながら図書室の入り口の方へ向かおうとするのを、深陽は「あの、すみません」と引き留めた。
「はい?」
「お名前、伺っても?」
いつも通りにそう聞くと、職員は「ケイトです」と笑った。
「また会いましょうね、魔法使い」
「はい」
「具体的には始業式とかで」
「あ、そうですね」
ケイトは最後にそんな冗談のようなことを言って図書室の奥に消えていった。
二人残された図書室で、さて寮はどこなのだろうと深陽が振り返ると、四季が机の上に数冊本を重ねていた。
──?
何をやっているのだろう、とその手元を覗き込む。下から英語、中国語、日本語、その上には恐らく魔界のであろう見たことのない文字の本が重ねられ、最後に四季の手が重ねられた。
「……あの?」
つい、声をかけてみる。すると四季はうんと一つ頷いて、空いた手の方で英語の本を指差した。
「……?」
もう一度、ピッと指差す。
「……英語?」
思ったことを答えれば、四季はうんと頷く。続いて中国語のものを指した。
「中国語?」
また頷かれる。次に、日本語のものを。
「日本語?」
「……!」
「で、そっちの世界の本?」
全て答え終えると、確認するようにもう一度下から指を差される。何度か淡々と答えれば、彼女は満足げな顔で大きく頷いた。
その内なんとなくその行動の意図がわかり、
「ええと、順番を覚えておけってことか?」
と口に出せば、また頷かれた。
──英語、中国語、日本語、異界語……。
──順番を覚えてどうするんだろう。
一向に寮に案内されないしはて困ったな、と頭の後ろを掻こうとした深陽の左手が、ふいに四季に掴まれる。
「え」
そして、有無を言わさぬように、本に乗せれた彼女の手の上にさらに重ねられる。
「なんっ……」
驚いて離そうとするが、手は何故か深陽の意思を無視してその場から動こうとしない。見開いた目のまま隣に立つ四季の横顔を見ると、桜色の唇が小さく何事か唱えていた。
「──、────、……──」
歌い紡ぐように淀みなく口は動き──やがて止まった、その瞬間。
深陽の肉体は、本の中に吸い込まれていった。




