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1・ひとりの魔法使い



 錨深陽(イカリミハル)の元にその学校のパンフレットが届いたのは、彼が高校を退学になって二ヶ月後のことだった。


「…………『コローナ・ボレアリス学院』……?」


 数学の教材と共に机に広げられたパンフレット。辞書並み、とはいかないが少年漫画一冊分ほど分厚いそれの表紙には聞き覚えのない名前がシンプルに書かれていた。


 はてさて、ネットで学校を調べているときに誤って資料請求をしてしまったのか。

 しかしこんなあからさまに海外のものらしき学校、例え寝ぼけていたり焦っていたりしても間違えるだろうかという疑問も同時に浮上する。


「……まぁいいか」


 深陽は一度思考を投げ出すと、数学の教材を閉じた。勉強の休憩がてら読んでみるかと代わりにパンフレットの中身を開いた深陽の目が──大きく開かれる。


『錨深陽様。コローナ・ボレアリス学院への編入届けが届いております』


「……、編入……」


 全く身に覚えがない──。七月現在、高校一年の五月の時点で退学となっていた深陽にとってそれは願ってもないありがたい話ではあったが、何も知らない学校から編入を受け入れてもらえるというのは不可解以外の何でもない。

 そもそも、何故自分の名前を知っているのか。何故こんなものが届くのか。何故退学したと把握しているのか。いや、仮に自分が退学になったとこを知っていたのだとしても、こちらから頼んだわけでもないのに突然編入届けが来るものなのだろうか。


 次々出てくる疑問の中で、ふと深陽の中でこの状況を説明する一つの仮説が。


 ──もしかして間違えて届いたんじゃ……。


 自分はあまり間違えられるような名前をしているとは思わないが、可能性はある。だとしたら自分と間違えられた本人に迷惑がかかってしまうだろう。

 深陽は家の受話器を取ると、パンフレットをパラパラとめくり、学校の電話番号を探した。すると最後のページの『学院事務局』と書かれた欄にそれらしき番号──始めてみる数字の配列だったが──があったため迷うことなく受話器に数字を打ち込む。ププププ、と鳴るそれを耳に当てたときに、そういえばこれ外国語になるのではと彼は思ったが、なんとか伝えてみようと頭の中で英会話のシュミレーションをした。


 やがて発信音が切れ、『はい、コローナ・ボレアリス学院です』と柔らかいハキハキとした女性の声が届いた。


 ──良かった、日本語だ。


 日本からの電話番号と気付いて日本語のわかる職員が出てくれたのだろうと安心した深陽は、誤って編入届けが届いてしまった可能性がある旨をありのまま話した。

 

『なるほど。お名前をお伺いしてもよろしいですか?』

「あ、はい。錨深陽です。金偏の方の錨と、名前が深い陽気で深陽です」

『錨様ですね。少々お待ちください』


 女性職員がそう言うと、受話器から保留音が流れ出した。ドラムとギターが中心のやたらロックなジャカジャカとした音楽だった。自由そうな学校だなぁ、と思いながら待つこと数分、サビに差し掛かった音楽が止められ、『お待たせしました!』と職員の声。


『ただいま確認したところ、錨深陽様、それは間違いなく貴方への編入届けです』

「えっ?」

『魔法普通学科への編入ということになっていますので、そちらで言うとこの七月十八日に試験を受けていただきます』

「ん? まほ……ん?」

『詳しいことはパンフレットに挟まっている編入案内にあると思います。いくつかサインしていただく書類もありますので、流し読みはしちゃいけませんよ』

「あ、はい。親切にどうも……いやそうじゃなくて、あの、俺、……そもそも編入を許してもらえるような学校、あまり無いと思うんですけど……」


 「前の高校は退学になってるし」と深陽は口の中で転がす。


 一瞬の間の後、受話器の向こうで女性職員が優し気に笑うような気配があった。


『大丈夫、大丈夫です。貴方にパンフレットを送ったのは他でもない我が校長なのですから。またお会いできる日を楽しみにしていますよ』


 そう言われ切られた通話。


 ツー、ツー、ツーと寂しく音が鳴って、深陽は不可解そうに眉を寄せたままそれを元の場所に戻した。


「……そりゃ、嬉しいけど……あっ」


 整理の出来ない頭を思わず片手で押さえると、持っていたパンフレットが指の間から滑り落ちてバサッと床に広がってしまった。

 慌てて拾おうとしたとき、たまたま開いたページに学校の外観とアクセスと住所が書いてあった。──随分大きな校舎だな、とデザインに目を滑らすと、そのアクセスと住所に思考が引っかかる。


 『イタリア付近コローナ島北部』。


「『コローナ島』?」


 そういえば学院の名前の一部でもあったが、聞き覚えのある島だ。


 コローナ、コローナ、コローナ、と何度か復唱して、

 彼は「あっ」と声を上げた。


「コローナ島って──あの島(・・・)か?」





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