ジェラシー
「あっ、なあなあ海利。こっちこいよ!」
リードを片手に大きく手を振る男。彼に海利と呼ばれた女の子はゆっくりと男のあとを追った。にこにこと満面の笑みで早く早くと飛び跳ねている男の手にもつリードの先にはチワワがつながっており、男と同じようにぴょんぴょん跳ねている。
「私、公園好きじゃないし……」
海利は不服そうに下を向き、ベンチに座った。その座った膝にチワワが両手をかけ乗ろうとしているが、目に見えていないかのように身動き一つしなかった。
「ほら海利。チコが遊びたがってるだろ?なー、チコ」
彼は下にいるチワワをチコと呼ぶと、チコは答えるようにわん!と一回ないた。そんなチコを横目に海利は髪をいじった。
「それに私、日向と違って猫派だし」
日向と呼ばれた男は海利の言葉を聞くと、下を向いてふるふるとバイブレーションのように震えだした。
「おっまえ、こんな可愛いチコを前にしてよくそんなこといえるなぁ!?」
チコをぎゅっと抱きしめて叫んだ日向を無視するように海利はイヤホンをつけた。青がアクセントに入った黒いイヤホンからは、海利の最近のお気に入りのアーティストの曲が流れている。日向はチコの可愛さを熱く語っていたが、海利には少しも聞こえてないだろう。
「もう散歩はいいでしょ。私、帰りたい」
「えーっ。チコ、まだ足りないよなー?」
イヤホンを外して帰りたいと言った海利に日向はチコの為、チコの為と、帰る気はないようだ。
「私、帰るね」
海利は長く一本にまとめてある黒髪をさらりと揺らしベンチから立つと、日向の横を通り過ぎて行った。
「あっ、ちょっ、海利!」
慌てて呼びかけても海利はスタスタと公園を出て行ってしまった。日向の体は家の方へ動こうとしていたけれど、結局はチコの散歩を優先させたようで公園の奥へと入っていった。
私の両親は二人とも甘くて優しくて仲がいい。本当に怒るとちょっと怖いけど。私の名前“海利”は海のように広い心で利口に育ってほしいと願いを込めてつけてくれたそう。ちょっとのことですぐ怒って不機嫌になるし、頭もいいわけではないので全く違く育ってしまったなと思う。自分でも親不孝だと思うし名前の通りになりたいと思うけれど、性格はそんな簡単に変わらないのだ。
ーーピンポーン
家の聞きなれたチャイムが鳴り、母が玄関へ向かう足音がなる。玄関から足音が増えて階段をゆっくりと登る音がする。その足音はゆっくり、ゆっくりと廊下を歩いて私の部屋の前で止まった。えっと……、これなんて言うホラーゲームですか?そっと扉を開けて外をのぞくと日向が突っ立っていた。
「日向!あんたのせいでホラゲーかと思ったじゃん!」
「え、ごめん。怖かったの?」
「怖くなんか……ないけど」
うそ。本当は少し怖かった。少し、少しだよ!ホラーゲーム好きじゃないし……。やっぱりうそ!結構、かなり怖かった。ホラーゲームは苦手なの!
「ごめんって。さっきのことも、今のことも」
「え、さっき?……ああ」
さっきのこと?いつがさっきなのかわからない。公園でのことだろうか。いいやそれで。でも、なんで謝るんだろう。別に喧嘩だってしてないのに。私が不思議そうな顔をしていると、日向も不思議そうにしながら口を開いた。
「公園で海利先に帰っちゃったの俺のせいだろ?それ」
確かに先に帰った。でもなんかモヤっとして嫌になったから帰っただけで別に……。
「あれじゃね?俺が海利じゃなくてチコの方優先したの怒って拗ねてんだろ」
そんな考えは全くなくて頭が“?”でうまっていく。拗ねた……。全然合わない。なんか違うし、別に拗ねたわけでもない。
「あれ、無自覚?」
怒ってもないし、拗ねてもない。自分でわからないだけで本当は怒ったり拗ねたりしてしまってるんだろうか。その言葉に一度頷くと日向はどんどん口角を上げてにやーっと笑った。
「なに、気持ち悪い」
「ひでー!いやな、海利は無自覚でチコに嫉妬してたんだなーって思ったら……」
しっと。shit。嫉妬。嫉妬!?理解したら途端に顔が熱くなる。え、私犬にペットにチコに嫉妬なんてしてたの!?
「素直じゃない海利もすきだよ」
日向は太陽の当たるくらい明るく元気な子に育つようにと名前をつけられたらしい。そんな彼の笑顔は窓の外から入る夕日のオレンジ色の光に包まれていた。