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異世界は小説より奇なり

作者: 戦場 トモキ
掲載日:2016/04/30

何のために生きるのか、自分に生きている価値はあるのか。あまりにも辛いときそう感じることがあります。

 この作品の舞台はあまりにも生き難い時代。そんな時代に生まれた少年達が、様々な価値観と向き合い、様々な考えを汲み取り、自分が生きる価値を見つけていきます。

 価値観、それを考えて彼等の生き方を見てみましょう。

とある国で、少年と少女が攫われる。その際、二隻の航空機により戦闘機三機と駆逐艦一隻が沈められる。これは、航空機を乗る少年少女達の血塗られた戦いの始まりである。


「人の人生と言うのは歴史から見れば一瞬であり、また儚い物である。英雄のような働きをしても、それ以上に鮮烈な活躍をした英雄が同じ時代にいれば、霞んで見える。その様子は闇夜に浮かぶ星のようである。例え輝く星であっても、それ以上に強く輝く星が側にあれば見え無いのである。しかし、小さな星であっても強く強く印象を残す時がある。それは、その身を焦がす事により迎える終わりの時である」


ここは、三つしか国の無い世界。科学水準はまだ未熟で、それでも魔法と言う便利な物のおかげで生活水準はそれなりに高い世界。そんな世界で、飛行機と言う物が出来たのはここ五十年であった。その飛行機の飛ばし方と飛行機での戦い方を知り、実践出来るパイロットを育成するための学校で始業式が行われていた。

「皆様、おはようございます」

 その言葉を上の空で聞く一人の少年がいる。身長は一六〇センチ程、中肉でやや低身長と言う具合であり、取り立てて目立つ特徴が無い、この少年の名前はオギ。その目は一人の少女に釘付けとなっていた。

「はい。では代表者挨拶」

 壇上に立っていた老人がそう言うと、その少女は元気よく返事をする。

「はい!」

 立つと少女の特徴が際立つ。眩いばかりの黄金色の髪、一七〇センチはある高い身長で足はスラリと長く尚且つ健康的な太さ、背筋も歪みの無い真っ直ぐで肉感的な背筋、そのような女性の魅力を持ちながら、男性に負けない強さを感じられる。その少女が凜とした声で定型文を話す。

「オギ、聞こえてるか?」

 その声にオギは振り向く。そこにはオギの友人であるヨシがいる。このヨシと言う男、切れ目で身長は一七〇センチよりやや高く、整った目鼻立ちをして、冷静沈着でどのような難事も淡々とこなしてしまう。そのため表情から感情を計る事は難しいが考えていることが行動に出るため、以外とわかりやすい。

「ん? ああ」

 周りを見ると皆移動している。

「思ったよりも早く感じたな」

 オギがそう言って立ち上がる。腰や尻に痛みを感じない。

「実際に早い。見ろ」

 ヨシがそう言って時計を指刺す。時間は始業式の開始時間から三十分しか経っていない。

「お前は上の空で聞いてないから分からないだろうが、先生の話は皆短い。校長なんて自己紹介と『意欲を持って勉学に励んで下さい』の一言だけだ」

 それを聞いてオギは感心した。

「そりゃ素晴らしい校長だな」

 なんてことを話していたら、二人に声が掛けられた。

「君たち、さっさと教室に移動しなさい」

 見ればスーツを着た三〇歳あたりの男が立っている。背が一八〇センチはあるだろうという高身長で、筋肉の膨らみがスーツ越しでも分かる。熟練の老兵のような雰囲気を漂わせているため見た目以上に老けているように感じられる。

「今移動します。校長」

 そのヨシの言葉にオギは驚いた。

(この人が校長?)

 校長と言うには若い。他にも五〇は超えているだろうと言う教師も確認していたオギにはその人が校長とは思えなかった。

「ほら、ボケッとしてると置いていかれるぞ」

 そう言われてから、二人はやや駆け足で教室へと向かった。


(あれが教師か)

 オギは教師を見る。おとなしそうな男性で体格のいい坊主頭。背は一六〇センチ程であるため威圧感は感じない。

「さて皆さん。今日は初日のため、あまりやることがない。暇だろうが、我慢してくれ」

 と教師が言う通り、細かく面倒な連絡ばかりで暇である。それなりに真面目なオギはきっちりと聞いていたのだが、ヨシは見た目に反して不真面目なので、真面目な顔をしていながら配られたプリントの端に落書きをしていた。これがばれて教師が素早い動きでチョークを投げ、それは正確にヨシの眉間に当たった。

(あの教師、おとなしい顔に見合わず大胆なことをするな)

 オギはこう考えて、教師に奇妙な尊敬の念を抱いていた。


さて、授業の後で担任の教師が出て行った直後、ヨシは機敏な動きで音も無くオギに近寄った。

「オギ、教えてくれ」

 オギは何のことか分からずに首を傾げる。

「いったい何のこった?」

 それに答えるのは何故かヨシでは無かった。

「つまりね、先生が連絡を色々としていたけど、聞いていなかったので教えてほしいの」

 なんて茶目っ気タップリで言うのは、始業式の時に凜とした声をしていた、あの少女である。現在ではあの時の立派な顔はしておらず、悪戯好きの悪ガキのような表情をしている。

「構わないよ」

 と、言った瞬間に窓をガラガラと開けて更に違う人が現れた。

「ジャスミン様。昼食の時間ですよ」

 なんて言いながら現れたのは校長だ。ここでオギは

(ああ、この少女はジャスミンと言う名前なのか)

 なんて思っていた。同時に、何故校長が訪ねてきたのだろうと首を傾げる。

「おや、君たちはさっきの子達だね。君たちも私の家で一緒に食事しないか?」

 校長はそんなことをいきなり言った。

(なんだか突然の申し出だな。いったい何の意図があるんだろう?)

 オギはそう考えていたが、ヨシは二つ返事で了承して、ジャスミンも同じ答えを返した。オギも校長はどのような家で住んでいるのかが気になったので同じように返事をする。

「行きます」


 車を校長が運転し、助手席にジャスミンが、オギとヨシは後部座席に座る。黒いツーシートの車であり、話によれば大圏構造を試験的に取り入れた軍の試験車との事である。

「ああ成る程」

 とヨシは納得していたが、オギは分からない。

「着いたぞ」

 校長が止まったのは質素な平屋である。瓦張りの屋根で質素な板張りの壁である。と、作りは質素なのであるが広さは中々の物であり、家族一つなら楽々住める程である。

「おーい、帰ったぞ」

 と校長が言うと中から女性が現れる。校長と同い年かそれよりも少し上の歳であり、快活で気力が溢れているような見た目である。

「あら、今日は多いのね。なら張り切って料理を作らなきゃ」

 なんて言った後、女性は奥へと引っ込んだ。オギが様子を覗き見ると、二キロはあるであろうでかい肉を豪快に切り調理をしている。どうやら快活な見た目の通り、活力の溢れる女性であるようだ。

「あれは家内です。まあ座りなさい」

 と校長の言う手招きされるまま座敷へと通される。十畳程の畳敷きの真ん中に机の置いてある部屋であり、校長とジャスミンは慣れた様子で靴を脱いで机の側に正座する、オギとヨシは作法がよく分からずに首を暫く傾げた後で靴を脱いであぐらを組んで座る。

「さて、君たちはオギ君とヨシ君だね」

 そう言われてヨシは驚いている。

「生徒一人一人の顔と名前を覚えているので?」

 このヨシの問いに校長は頷く。

「君たちは特別だからね」

 校長のこの言葉にオギは落ち着いている。

「ヨシ、お前は肺活量が今期トップじゃなかったか?」

 ヨシは首を傾げる。

「そこまで凄いことだとは思えないが」

 しれっと言うので、校長はそれ以上の追求は止めた。どうやら本当になんてことは無いと思っているようである。

「オギ君は耐G能力が一番高いとのことだが、何か秘訣があるのかね?」

 この問いにオギはのんびりと

「こうグッと足に力を入れるんですよ」

 と答える。

「無意識にやっているようだから、あてになりませんよ」

 ヨシの言葉に納得してしまう。

「見た目に反して天才型かもしれないな」

 なんて校長は言葉にする。そんな話をしていると、目の前に凄い獣の臭いのする肉料理が目の前に出てきた。

「さあどうぞ」

 校長の奥さんの持ってきた食事を見て、ヨシは少々引いている。

「この臭いは、ジビエか。しかし量が凄いな」

 そう言う通り、肉を一キロは使っているのでは無いかと言う量である。その食事に臆することなくジャスミンはご飯を片手にどんどん食べ進めている。この様子に目を丸くしているヨシに対し、校長も落ち着いた様子でマイペースに食べている。

「オギ、これどう思う?」

 そう言いながらオギを見ると、オギは腕まくりをしている。

「負けられないな」

 そんなことを言いながらオギはジャスミンに張り合うかのように食い進める。

(すぐに張り合おうとするな)

 そんな様子のオギを見ていたら、引いているのが馬鹿らしくなりヨシも箸を手に取った。


 食べ終わった後、校長はゆっくりと口を開いた。

「なあオギ君、これに見覚えはあるか?」

 それは写真だ。白黒で色は分からないが形は分かる。

「単葉の飛行機ですが……似たような物を見たことがあります」

 その写真に写っている物を見てオギはある名前を口にした。

「Sturzkampfflugzeug(シユトゥルツカンプフルークツォイク)

 その名前を聞いて校長は目を細める。

「ウェルタ」

 そう校長が言うと、先ほどの校長の妻である女性が現れる。どうやら、この女性はウェルタと言う名前のようだ。

「周りに人はいません。今確認しました」

 そう言うと、校長は折りたたまれた紙をポケットから取り出した。

「オギ、一五歳。グロワール共和国生まれ。五歳の時に父親が借金を作った後で行方を眩ませる。この借金を返すために手早く金を稼ぐことが出来る戦闘機のパイロットを希望する……間違いないか?」

「はい。間違いありません」

 オギがそう言うと満足そうに頷いた後でヨシを見る。

「ヨシ、君はエイブラムス合衆国生まれで後にグロワール東部に移り住む。母親が嫌いで離れて暮らすために寮暮らしである学校に住むことにする。親の元には弟と妹が一人ずつ。これはこれで興味深い」

 それを聞いてヨシは真面目な顔をする。

「母親は嫌いですが、女性は嫌いではありません」

 校長は暫く真顔で何を言わずにヨシを見つめた後で口を開く。

「男の私では無く愛しい女性にいいたまえ」

「そうしましょう」

 ジャスミンは小声でオギに話しかける。

「真剣な話をしてる時によく冗談を言えるね」

 とジャスミン。

「それだけ心に余裕があるってことだろう」

 とオギ。そんなジャスミンとオギの会話に気がつかずに校長は話を続ける。

「さて、本題に入るが君たちに頼みたいことがある」

 校長はオギに渡した写真を指刺す。

「君にこの写真の機体に乗ってもらいたい」

 オギが顔をしかめる。

「事情をまずは説明して貰いたい」

 そうオギが言うと校長は頷く。

「よかろう。君はこの世界の国三つについてどれ程知っている?」

「エイブラムス合衆国、グロワール共和国、エスペランサ王国の三つの中でグロワール共和国がきな臭くなってきていると」

 そのオギの答えに満足そうに頷き、校長は更に質問をする。

「では君たちの学校が何故建てられたのかは?」

 校長の質問に今度はヨシが答える。

「エスペランサ王国がグロワール共和国との友好の証として建てられた平和のための学校と言うことになっていたはずだ。怪しいが」

 最後の一言を聞いて校長は苦笑いをする。

「本来はそういう理由だったんだ。俺はエスペランサ王国から派遣されて純粋に平和のために働いてきた。しかしこの頃グロワール共和国から戦闘機パイロットを育成するよう話が来ている。袖の下を携えてな」

「袖の下?」

 校長の聞き慣れない言葉にオギは首を傾げる。

「賄賂だよ」

 ジャスミンの言葉にヨシは眉間に皺を寄せ、オギは目を見開く。

「更に言えば、外に銃を持った優しい顔をした人もいた」

 それを聞いてオギは成る程と頷いた。

「つまり、首を縦に振ればそれでよし。首を横に振ればそのまま口封じと言うわけか」

 ヨシは力無く首を横に振った。

「穏やかでは無いな」

 そう言った直後に校長は一枚の紙を渡す。

「詳しいことはそこに書いてある。それを見て、よく考えてほしい」

 そう言ってお開きとなるかと思った校長であったが、オギは一通り紙面に目を通した後で

「了解しました。引き受けましょう」

 と答えた。

「良いのか? もう少しよく考え無くて」

 ヨシはそう言ってオギの見ている書類を見る。そこに書かれているのはこのような内容である。


 新型爆撃機の試運転の依頼。報酬は以下の通り。

 一月ごとにエスペランサ王国の平均月収と同じ額を配布、飛行時間に応じて追加手当。また本来機密の情報閲覧の権利。また、これにより得られたグロワール共和国の情報はエスペランサ王国へと流れるようになっている。


 ヨシはそれを見て頷いた。

「なあ、これ俺も受けたいんだが」

 ヨシの言葉に校長は頷く。

「君にはこっちだ」

 校長から書類を渡されるので、それを眺める。報酬は同じだが、依頼内容が少し違い、新型爆撃機の後部座席での試運転である。

「ちょうど金に困ってたんだ。引き受けよう」

 そうヨシが言うと校長は少し考える。

「一応確認をしておこう。これは近年怪しい動きをしているグロワール共和国を抑制するためにエスペランサ王国が建てた作戦の一つだ。報酬は大きいが危険も大きい」

 校長は淡々と話すが、なんとも殺伐とした話である。

「もしかしたら、忙殺されるかもしれないと?」

 オギの質問に校長は頷く。

「ああそうだ」

「それでも答えは変わりませんよ」

 オギは淡々と言う。

「ならいいが」

 校長がヨシを見ると、ヨシは気楽そうに

「俺も同じです」

 と答えるため、校長はそのまま黙る。


話し合いが終わった後、ジャスミンはウェルタと校長と共に卓について緑茶を飲んでいた。

「ねえ、キヌ」

 そう言うと、校長は返事をする。

「はい、なんでしょう」

 校長改めキヌはオギ達と話をしている時の真剣な表情とは打って変わり、のんびりとした穏やかな表情をしている。

「あの二人に言ってたシチューチャンプルーチーズって何ですか?」

「Sturzkampfflugzeug(シユトゥルツカンプフルークツォイク)です」

「シュ……なんです?」

「覚えられないならシュトゥーカでいいです」

「そのシュトーカって何?」

「急降下爆撃機のことです」

 この急降下爆撃機と言うのは水平爆撃も出来るため、正確には「急降下爆撃が出来る爆撃機」と言う事になる。

「それを試運転するってのとエスペランサ王国の作戦ってのは分かったけど、どうして試運転がグロワール共和国の抑制に繋がるんですか?」

 それを聞いてキヌはウェルタに視線を向ける。

「大丈夫ですよ。ジャスミン様なら」

 そう言うウェルタはお茶菓子を持っている。それを机の上に乗せてウェルタもお茶をのんびりとお茶を飲んだ。その後キヌが

「つまり、今回のグロワール共和国の要求はパイロットの育成です。また、機体の試験運転もついでにやってほしいと言われている。あの二人は素晴らしい素質がある。その二人を育成して尚且つ彼らに試験運転をしてもらえばこの二つの要求を満たすことが出来る。で、俺はその情報を全部エスペランサ王国に提出すればいい」

 それを聞いてジャスミンは渋い顔をする。

「そう言うのって守秘義務があるんじゃないの? 暗殺者とかきちゃうんじゃない?」

 ジャスミンの言葉を聞いてもキヌは飄々としている。

「そんなのが恐くて敵国で働けるか」

 おまけにそんな言葉まで吐く。

「大丈夫かしら」

 ジャスミンの言葉にウェルタは微笑む。

「大丈夫ですよ。キヌさんに手を出す人は私が黙らせてあげますから」

 その言葉にジャスミンは苦笑いをする。

「まあ、ウェルタならなんとかするか」

 するとジャスミンは「でも」と声のトーンを落とすしながら言葉を続ける。

「あの二人はなんでこんな厄介事を引き受けたんだろう?」

 それを言った瞬間、キヌは真剣な顔をする。

「二人はこの状況を脱したいのさ」

 そう言うとジャスミンはキョトンとした顔でキヌを見る。

「どう言うこと?」

 キヌは一度自分を落ち着かせるようにお茶を飲む。

「オギは金不足と父への恨みを抱いている。ヨシは頭の中で慢性的な母への不満がある。それをなんとかしたいのだろう。私はそれにつけ込むように依頼を出したんだ。こちらの利益のためだけにな」

 キヌは自覚をしているとはいえ、やはりどこか割り切れないような顔をする。

「これが彼らを不幸にしなければいいが」

 そう言うと、ジャスミンもまた真剣な顔をする。

「人の不幸は成長の機会を逃すことよ。成長すれば困難をはね除けることが出来るけど、成長をしなければ困難に躓く。人の人生に困難の無いことなんてあり得ない。貴方は彼らに成長の機会を与えたから、気に病む必要は無いの」

 そのジャスミンの言葉にキヌは苦笑をした。

「教え子から教えを受けてしまった」

 キヌはそう言うと、緑茶を一口飲みながら外を見る。

「教育の結果が出るのは十年二十年先、私の教えたことが彼らの将来に糧となればいいが」


 訓練はオギ達の担任が行った。この訓練はなんとも厳しい。

「厳しいなあ」

 なんて軽口をヨシが言った瞬間、担任が大声を出す。

「ヨシ、一周追加」

 それを遠目から見ていたオギは口をひきつらせる。

(あいつ、これで三周追加だぞ)

 オギはそう考えながら足を動かす。一周が五百メートルの学校周りをヨシはオギと並んで走っているのだが、ヨシのその足取りからは余裕を感じられる。

(肺活量が多いのもあるんだが、それだけじゃ無さそうだな)

 オギはそう推測する。ヨシの足取りは軽薄そうな顔とは裏腹に長い距離を効率良く走ることを熟知しているかのようであり、他の生徒が速度を落としていたり、早くしていたりと速度が不安定であるのに対し、彼はあまり速度を変えずに走っている。

 オギは後で知ったのだが、ヨシは最初と最後で一周あたりの秒数が一割も増えていないのである。それに対し、オギは特に際立った成績は無い。

「何かコツとかあるのか?」

 オギは食堂で牛乳を飲みながらヨシに訊ねるとヨシは首を傾げる。

「こう……足をグッと引っ張る感じかな」

 と、どうにか説明しようとしたのだが、途中で諦めたようで

「要するに勘だな」

 とまとめた。

「面倒だからって適当に言ってないか」

 とオギが訊ねるとヨシはお茶を飲んでから答える。

「と言っても、楽に走る方法を模索してたら自然と出来てたからな」

 それを聞いてオギは納得したようでしきりに頷く。

「つまり、飽くなき探究心と向上心を持って行動しろ、ということか」

 それを聞いてヨシは思わず吹き出した。

「そんな深い意味を持って言ったわけじゃないから、もっと肩の力を抜けばいいのに」

 そうヨシにからかわれるがオギは至って真面目である。


 その様子を遠目から見ているのが二人。

「あの二人、かみ合っていないようですが」

 そう口にするのはオギ達の担任だ。

「そうか、そう見えるか。私にはいいコンビに見えるがな」

 キヌの言葉に担任は驚く。

「彼等がいいコンビ? あんな馬が合いそうにない二人がですか」

「似てない者同士のほうがいいんだよ。そのほうがお互いの欠点を補い合いやすい」

 そんなことを言うもんだから担任は首を傾げる。


 特筆することも無いような淡々とした日々が一月が過ぎたある日、オギ達の元へと一つの依頼が舞い込む。正規の依頼では無い。非公式の依頼だ。

「練習機の動作チェックですか」

 概要を見てオギは少し考える。場所はキヌの自宅、一枚の雑な紙に丁寧に手書きの依頼書を見ながらキヌと話をする。

「これは君たちのテストパイロットとしての力量を見る試験でもある」

 それを聞いてオギの横で茶をすすっていたヨシは渋い顔をする。

「まだ一月です。座学を一通りこなしただけの学生にいきなり操縦桿を握れって言うので?」

 その言葉を聞いてキヌは頷く。

「その通りだ。何、まずは試しだ。やってみたまえ」

 そう言われてもヨシはすぐには頷かなかった。

「少し浮かせるだけだ」

 そう言われてようやくオギは頷く。

「それで、機体はどこに」

 キヌは地図と機体の写真を取り出して机に広げて見せる。

「山奥だ。休日に向かってもらう」


 周りを見ながらオギは思ったままの感想を口にする。

「隠居生活はこんな場所で暮らしたいもんだ」

 そうオギが言うと、一緒についてきたジャスミンが呆れた顔をする。

「どうにも老人臭いわね」

 その言葉に肩をすくめてから視線を逸らす。彼等が来たのは山奥ではあるが整備された飛行場であり、緩やかで冷たい風の吹く場所である。その先にあるのは派手な黄色の複葉機である。

「俺は出来れば三葉か四葉の航空機が乗りたかったな」

「そんな物に乗りたければ小説の中に行け」

 ヨシとキヌがそう話していると、野球帽を被った若い真面目そうな青年が走ってきた。

「キヌ様、用意が出来ました」

 その青年がオギとヨシを見てから首を傾げる。

「で、どちらがどっちの機体を乗るんです?」

 そう言われてオギとヨシは揃って首を傾げる。

「どっち? とは」

 そう言われると青年は手招きをして倉庫に案内をする。その倉庫の中を見ると、置かれている機体は二つある。両方とも単葉機であることは共通しているのだが、一つは引き込み脚で馬鹿でかい機関砲が翼に取り付けられている。もう一つは固定脚でスピナの頭から突き出るような機関砲が一本取り付けられている。

「いきなり大袈裟な物を持ってきたな」

 苦笑いをするオギにヨシが訊ねる。

「単葉機の値段っていくらだっけ?」

「(正社員の)平均年収の五十倍位だった覚えがある」

 それを聞いてヨシは肩を落とす。

「つまり俺達のためだけにそんな金をかけちまったわけか」

 そのヨシの様子をキヌは不思議そうに見ている。

「なんだ。こんな高級品をタダでいじくり回すことが出来るんだぞ、もっと喜べ」

「ケチには無理です」

 ヨシがハッキリと言うがオギは

(ただ単に貧乏が骨身に染みこんでいるだけでは?)

 とか思っていたが声にはしない。

「俺の乗るのはどちらだ?」

 冷静にオギが訊ねると青年は引き込み脚の機体を指刺す。

「こちらか」

 オギが脚を撫でる。

「丈夫そうだ。その分重いだろうに」

 青年が頷く。

「その分馬力は強いです。それと……暴れます」

 その言葉を聞いた瞬間オギの目から好奇心が溢れる。

「それは面白そうだ」

 オギは俊敏な動きで機体に乗り込む。

「準備をしてくれ」


オギが飛行をする様子をヨシは落ち着いた様子で見ている。

「あれだけ批判をしていたのに、随分とおとなしいな」

 キヌがそう口にするが、ヨシは相手をせずに様子をじっと見つめている。

「準備できました」

 整備士の青年がそう口にした直後、オギはエンジンを動かす。すると、機体が驚く程の早さで全身を始める。それにより生じた風により整備員の付けていた帽子は吹き飛び、砂が飛んできたためヨシは思わず目を細めている。キヌは堂々と仁王立ちしてたいして驚かず、ジャスミンは風により乱れる髪を手で押さえている。

「ああ、成る程。暴れると言われる理由はこれか」

 そんな呑気なことを言いながら、機体に乗っている本人は回る機体を抑え、明後日の方向へと進もうとするのを無理矢理直進させる。機体は五月蠅い音が似合わない程の軽やかさでその身を浮かび上がらせて脚を収納しながら空へと進む。

「すごい。あの機体をあんなに綺麗に飛ばすなんて」

 整備員が目を輝かせて機体を目で追う。その機体は分厚い楕円の翼を持ち、その翼の端からは細い雲が出る。その雲で空に「〆」と書いてから、緩やかに飛行場へと着陸した。

「飛べば素直な奴だ」

 降りたオギの感想はそれだった。

「見事だ。やはり見込んだ通りだな」

 キヌはそう言って絶賛するが、それに反しヨシは冷や汗をかいている。

「なあ、俺は特に上手く飛行出来ないんだがいいのか?」

 そう言うとキヌは頷く。

「ああ、よく知ってるよ」


 ヨシはブツブツと文句を言っていた。

「全く、俺は別に上手く空に飛べるわけでも無いのに何故こんな見世物みたいな。あいつと比べられるような真似をするなんて冗談じゃない」

 そんなことを言いながらも律儀に準備をする。彼が乗るのは固定脚で逆ガル翼の機体であり無骨でガッシリとした印象を受ける。エアブレーキがおり、急な減速が出来るようになっていた。

「準備できました」

 と整備員が言っても、すぐには動かずにゆっくりと調子を確かめるようにエンジンのピッチを上げていく。機体は滑るように空へと入り込む。先ほどの軽やかなオギの離陸と違い、重い物を無理矢理滑らせているような印象を受ける。綺麗な旋回もせずに黙々と上に上がる。

「地味ですな」

 キヌはそうきっぱりと言った。

「まあ初めてだし、こんなもんじゃない?」

 ジャスミンはそう擁護する。機体は遙かに高い場所へと飛んでいく。ところが、ある高さに到達した瞬間、急遽失速して下へと降りてきた。速度は上がり続ける。

「いけない……速度を下ろせ!」

 オギはそう言うが、遙か上空におり五月蠅いプロペラの音を聞いているヨシの耳にその言葉が聞こえる筈が無い。

(さあ、どうする?)

 キヌは唾を飲み込み、神妙な顔をして機体を眺める。様子を見ていると、下で眺めている人間全員の耳にある音が聞こえてきた。空気と大地を切り裂くような背筋を凍らせるような音を出しながら、機体は飛行場に脚が当たるのでは無いかと思う程のすれすれの高さで機体を地面に対し水平になるように持ち上げる。これにより起きた風圧に流石のキヌも驚く。しばらくしてややフラフラしながら滑走路へと降りてきて、機体からヨシが降りてくる。

「おいこら、聞いて無いぞ」

 ヨシが開口一番に言ったのがその一言である。

「なんのことだ?」

 キヌの問いにヨシは大声で応える。

「高さが四千を超えたあたりで音が変わったと思ったら、馬力が落ちて急に機首が地面に向きやがった。あの高さで性能が落ちるってわけだな」

「ああそうだ。言って無かったっけ?」

「聞いてない!」

 その後、その文句は長々と続いたが、途中で見かねたジャスミンの仲裁で治まった。


 豪華な外観をした建物の一室で見事な髭をした強面の男性だ。その男性が質素なカップに高級な紅茶を淹れて、それを楽しみながら受話器に耳を当てる。

「どうかね、人材捜しは」

 その言葉に応えて声が返ってくる。

「中々の人間が二人と言った所です。片方は優れた適応力で機体を乗りこなし、もう一人は突発的な危険に対処する能力が高いです」

 そのキヌの報告を聞いて男性は好奇心を顕わにする。

「成る程。お前が言うとなると相当な強者なのだな」

 一口紅茶を口に含む。

「ううむ、話は変わるがこちらに戻るのはいつだい?」

 突然そう言われてキヌはなんと応えたらいいか少し迷ってから報告をする。

「今年は無理かと」

 聞いた瞬間男性は閉口する。

「どうしました?」

 キヌの言葉に男性は応える。

「俺の紅茶は? あとお土産の食い物」

 少し間が空いた後で答えが返ってくる。

「王自ら用意すればいいじゃないですか」

 男性改め王は応える。

「気軽に買いに行ける身分じゃないんだよ。一番Gutなお土産を持ってくるのがお前だし」

「我が儘言わない」

「こうなれば会談を行って」

「止めて下さい」

「なら輸送機をもっと発達させて気軽に行き来が出来るようにしてやる」

 そう言うとキヌから溜息が聞こえた。

「まあ、それならいいですけど」

 その後、細々とした報告を受け取り受話器を置く。受話器の側には写真が置いてある。その写真には王とキヌ、ジャスミン……それと王妃の姿があった。

「なあ、お前の言った通りになったよ」


「こちら、第一遊撃部隊。応答願います」

 一人の少年が無線機に声を入れる。

『こちら管制塔。聞こえてる。目標は見つかったか?』

 それを聞いてオギは周りを見渡す。現在、少年の現在地は高度六二〇〇メートルの上空で気温は極めて低い。大地は一面が雪に包まれており、防寒装備無しであれば凍える程の寒さである。彼は単発レシプロ機に乗っていた。主翼は逆ガル型で全金属製であり引き込み式の足を持つ。この機体は二人乗りで、一人が操縦して後ろには後部機銃を操作するために席が用意されている。そこにも一人乗っているはずなのだが、どう言う訳か声が聞こえてこない。

「おい、何かあったのか?」

 そう訊ねてから、ようやく声が返ってくる。

「おう。銃身が曲がってる」

 その言葉を聞いてぎょっとする。

「何だと? ちょっと待ってろ」

 そう言うと、オギはもう一度無線の電源を入れる。

「後部座席の銃に不具合が見つかった。どうすればいい?」

 そう言うと、すぐに返事が返ってきた。

『作戦を継続せよ』

 そう言った後、無線機から声が聞こえなくなった。

「簡単な任務だからいいか」

 そう言ってまた遠くを見る。すると、機影を見つけた。双発エンジンを積んだ翼が機体の後部についたエンテ式の機体。

「ここらで秘密の飛行試験が行われていると言う話は?」

 管制塔にそう訊ねた直後、もう一機の機体を見つけた。細い翼を持つその機体に刻まれた模様には見覚えがある。

「あれはエイブラムスの機体だな」

 そう言った直後、少年はその様子を見て眉をひそめる。エンテ式の機体を一方的に撃っていたのである。

「趣味が悪いな」

 少年は速度を上げた後、エイブラムスの機体に向かう。逆ガルの翼に仕込まれていた銃から放たれた銃弾はエイブラムスの機体の尾翼を吹き飛ばす。そのまま僅かに高度を下げつつ速度を上げて二機の側から離れる。エイブラムスの機体がこちらを追ってきたのを見計らい、機体を上昇させる。ついてこれずに大地へと向かうエイブラムスの機体を確認した後、オギは視線をエンテ式の機体に向ける。見た所、国籍を現すマークは一切ついておらず、銃は配備されていないようだ。その前に機体を滑るように置いてから無線を繋げる。

「所属不明機を確認。今からそちらに誘導する」

 そう言うと、返答が来る。

『了解した。ところで、レーダーから機影が一つ唐突に消えたのだが、知らないか』

 この問いにオギは少し考える。

(さっき尾翼を破壊した機体だな。落とした、と言ったら勝手に発砲したのがばれるから知らんぷりするのが吉だ)

 そう判断してから返事をする。

「覚えて無いな」

 そう返してから暫く経つと、返事が来る。

『銃弾の数を後で確認するからな』

 そう言った直後、冷や汗が出る。

(なんて誤魔化そうかな)

 そう考えながらオギは機体を基地へと向けた。


 オギとヨシが試験飛行を初めてから季節は巡り十一月の冬となった。入学した月が四月で季節は春であったため、入学してから実に七ヶ月時間が経ったのである。二人は順調に腕を上げていき、単独で飛び回っても問題が無い程であった。新人の中では傑出した技能を持つ精鋭である彼等は、現在トイレの掃除をしていた。寒い中、冷たい水に触れて渋い顔をしている姿は精鋭では無く雑兵に見える。

「お湯が欲しい」

 ヨシが水に触れる度にそう言うのに対し、オギは何も言わずに黙々と掃除を続ける。苦行と呼ぶに相応しい掃除の辛さを誤魔化すようにヨシがオギに声をかける。

「なあ、そう言えばよ」

 寒さに凍えながら小さな声で言ったが、オギには聞こえていたようで返事をする。

「どうした?」

 オギがそう言うのを確認してからヨシが声を出す。

「お前が初めて乗った航空機、あれを飛ばした時に整備員がやけに感心してたんだが、あれはどう言うことだか分かるか?」

 それを聞いてオギは掃除の手を止めること無くこう言った。

「あれは加速が早すぎる。そのくせタイヤのグリップが悪い」

 聞いてヨシは眉をひそめる。さて、加速が早くタイヤのグリップが悪いとどうなるかと言うと、滑る。タイヤが地面にしっかりとくっつかない訳だから、僅かに横に動いただけで機体が横滑りして、酷い時はそのまま横転する。航空機なのに飛ばないのだから、性能以前の問題である。

「やってるかい?」

 そう言ってやってきたのはジャスミンだ。

「お嬢様。この作業はいつまで続けてればいいんだ?」

 ヨシの言葉にジャスミンは応える。

「現在、捕虜から事情聴取をしてるから、それが終わって、問題が無いと判断されればそのまま解放ね」

 その言葉にオギは軽い調子で反応する。

「随分軽いんだな。軍規違反なのに」

 その言葉にジャスミンは軽く笑って応える。

「そうでも無いよ」

 その言葉にオギとヨシは手を止める。それを見て、ジャスミンは更に口を開く。

「貴方達は確かに勝手に戦闘を始めた。しかし、領内での勝手な戦闘を先に始めたのは彼等の方よ」

 それを聞いてヨシは軽口を挟む。

「つまり、俺達は領内で暴れた不届き者を成敗しただけだと?」

 ジャスミンは頷く。

「俗な言い方をすれば、そうね」

 この二人の会話の通り、オギよヨシは軍規違反に当たる行動をした。彼等の役目はあくまで新型戦闘機の試運転であり、戦闘では無い。オギとヨシの所属する部隊はグロワール共和国第一遊撃隊である。任務は救援を必要とする部隊に向かい、援護をする。それが表向きの任務である。しかし、その実情は違う。エスペランサ王国が作った新型戦闘航空機の試験運転、それが彼等に課せられた任務である。

 そもそもこの世界と言うのは、大きく三つの国に分かれている。エイブラムス合衆国、グロワール共和国、エスペランサ王国、この三つだ。この三つの内、オギとヨシが所属している学校はグロワール共和国領内に設立されている。

 このオギ達の学校と言うのは立ち位置が特殊で、エスペランサ王国とグロワール共和国の共同経営である。親交のためと言うのが表向きであるが、実際には腹の探り合いと言うのが正しいのである。

 二人がトイレ掃除を終えて三人揃って呑気にお茶をすする。

「なあ、これは……戦争の火種になるのか?」

 今まで黙っていたオギが口を開く。

「なるよ」

 ジャスミンはあっさりと肯定する。

「いくら小さかろうと、戦闘は戦闘。これを口実に戦争好きが戦争を起こす可能性は大いにあり得る」

 それを聞くと、オギは落ち着いた様子で

「そうか」

 と言ったまま黙ってしまった。

「ねえ、二人はやっぱり戦争には反対なの?」

 ジャスミンの言葉にオギはハッキリと首を横に振る。

「いいや、戦争になっても嫌いな祖国の手伝い戦が始まるだけ。このまま平和でも煩わしいことが多い。どちらに行っても嫌なことだらけだ」

 この、はっきりと理由を言うオギに対し、ヨシの反応は曖昧だ。

「俺は……弟と妹がいるからな。そいつらが心配だ」

 と、そう行った所でキヌが来る。

「用意が出来た」

 と、いきなり何のことやらわからないことを言い出す。それを聞くと、ジャスミンは静かに頷いてオギとヨシを見る。

「ねえ、二人とも。私が『一緒にエスペランサ王国に行きましょう』と言ったら、ついて来てくれる?」

 聞いた瞬間、ヨシが突っかかる。

「だから、俺には弟と妹がいて……」

 その言葉を遮るように、今度はオギとヨシの担任が現れる。

「暮らす場所と学校はこちらで用意しよう」

 その姿を見た瞬間、オギとヨシは唖然とする。

「担任、どうしてここに?」

 オギの言葉に担任は答える。

「俺は元々エスペランサ王国の所属で、キヌ殿とジャスミン様の部下だ。それと、俺の名前はシゲタだ。覚えておけ」

 担任改めシゲタはオギ達の混乱するような言葉を次々と吐く。

「何が何だか分からない、と言った様子だな」

 キヌの言葉にオギとヨシは揃って頷く。

「君たちが落とした戦闘機のパイロットから証言を聞けた。あのパイロットはエイブラムスの人間で、彼の話によればグロワールは宣戦布告をしたそうだ。これに対し、エイブラムスは激怒し、グロワールに対して戦闘を行っている。ここもやがて戦場となるだろう」

 聞いた瞬間、オギとヨシの体が強張った。戦争、その言葉が死を身近な物に感じさせた。

「さて、ここからが本題だ。この二国に対し、我々エスペランサは防衛を強化して中立を叫ぶつもりでいる。どちらが勝とうが知らんが、俺達の国に侵入したら許さないと言う態度だな。でだ、このためには優れた人間が一人でも多く必要だ。お前達のような優秀な人間が」

 これに険しい剣幕で突っかかったのはヨシだ。

「エスペランサ王国所属になれ、と言うことか。悪いがそんな事は出来ない。俺には弟と妹がいる」

 その言葉を予想していたかのように、シゲタが懐から写真を取り出す。小さいが、作りの丈夫そうな無骨な家だ。

「前金と言ってはなんだが、お前達の家族の家も用意させて貰った。暖炉も風呂もある。一月は困らない食料と薪もある。航空基地と軍港が近いことだけが難点だな」

 この言葉にはオギが反応する。

「ご近所の軍人様が悪い人間じゃなきゃ、良さそうだな」

 オギの皮肉にキヌはしれっと答える。

「何を言っている。お前達専用の基地だぞ」

 これにオギとヨシは固まる。

「なんだって?」

 オギは辛うじて言葉を口にする。因みに、ヨシは固まって言葉が出せない。二人が唖然とする中、キヌは説明を続ける。

「正確には、俺が勤務している港のすぐ近くに航空基地を作ってみたんだが、どうにも海軍と空軍と言うのは仲が悪くていけない。お陰で問題が尽きないんだ」

 その問題と言うのは相当大変なもののようで、キヌは頭を手で押さえている。

「で、つい先日にでかい航空基地が出来たもんだから、そちらに空軍のパイロット全員が移ってしまい、お陰で港近くの基地は整備員と航空機しか無い。まあ、そのための補充のため……」

 とそこまでキヌが言った所でオギは口を開く。

「いいよ、引き受けよう」

 これにはオギとジャスミンを除く全員が驚いて閉口する。

「つまり、俺達の腕が欲しいから来てくれってことだろう? そういうことなら断る理由は無いね」

 言い終えると、ヨシはやれやれと言った顔をしてから口を開く。

「俺にも問題は無い。弟妹達もあの親から逃がすことが出来る。が、あいつら自身はなんて言うかな」

 なんてことを言っていると、シゲタがまたしても懐から何かを取り出す。見てみると、それは二通の封筒だ。

「一応、君の親から二人を引き離しておいた。これで、法律的には君の弟妹の保護者は君となるな。二人も、君が保護者なら問題は無いそうだ」

 言い終えるのを待たずにシゲタからひったくるように封筒を奪うヨシ。中身を見てヨシは成る程と納得した。

「これなら憂いは無い」

 ヨシは安心しきった表情をして満足そうにするのを横目に、オギは質問する。

「ヨシの弟妹は今どこに?」

 言った瞬間、シゲタの表情が曇る。

「実はだな、連れていこうとしたらグロワールの右翼の連中に妨害された」

 それを聞いた瞬間、ヨシは血相を変えてシゲタに詰め寄る。

「ちょっと待て、それはどう言うことだ!」

「あいつら、これはグロワールの善良な市民を拉致してるも同然だとか言って君の弟妹達を警備付きの軟禁状態にしやがった」

 聞いた瞬間、ヨシは近くの机を叩きつけた。それを無視してキヌは口を開く。

「それでだ、もしヨシの弟妹を連れていきたいなら今から言う作戦に参加して欲しい」

 その言葉に反応して、キヌを睨むヨシ。

「俺の弟妹を連れていけないなら、嫌だ」

 そうヨシが言うと、キヌは少し笑って答えた。

「なら問題は無い。これは、少年少女拉致作戦だからな」


 グロワールの郊外にボロボロの一軒家がある。家族一つ暮らすのがやっとと言う小さな家である。その周りを、軍人が歩き回る。時間は正午、家の中には少年と少女が一人ずつ、部屋の隅で息を潜めていた。

「ねえ、どうなるの?」

 少女が訊ねると、少年は首を横に振る。

「わかんない」

 そう言った瞬間、外で人が倒れる音がする。数人の足音、それが近づいてきてドアが一気に開く。人が数人入ってきて、その全員が海軍陸戦隊の軍服を身に纏い、銃を持っている。

「スズメ様と、カヤ様ですね?」

 突然、エスペランサ語訛りのグロワール語でそう聞かれたため、二人は無言で立ち尽くす。軍服の人も、少し困った様子を見せた後で背中に無線機を背負った人間が無線の受話器を差し出す。

「あー、あー。聞こえてるかスズメ、カヤ」

 そこから聞こえたヨシの声に、二人は驚いて顔を見合わせた後で少年が受話器を手に取る。

「兄ちゃん?」

 そう少年が言うと、少し弾んだヨシの声が返ってくる。

「その声はスズメか。今近くにいるんだが、手が離せないからな。その物騒な格好をした人達についていってくれ」

 そう言ってすぐに切れてしまう。

「お兄ちゃん、なんだって?」

 カヤがそう聞くと、スズメは答える。

「この人達についていけだって」

 その言葉を聞くと、急にお行儀よくなり大人達についていく。家から出た後は、スズメとカヤがそれぞれ別の軍服の人の背中に乗って移動する。十分程移動すると、海岸が見えてくる。そこにも警備をするように全長が百メートル程の艦艇が一つ浮かんでいる。彼等は木の陰に隠れると、無線でどこかに連絡をした。

「港に艦艇が一隻、場所を変えますか?」

 言い終えるとキヌの言葉が聞こえる。

「必要は無い。〇五部隊、攻撃を許可する」

 そう言い終えた直後のことだった。突然、彼等の耳に奇妙な風切り音が聞こえた。まるでサイレンのようなその音、それが大きくなると同時に、空に浮いていた雲から一つの黒い影が現れる。巨大な翼にガッシリとした固定脚、腹には1トンの爆弾のくっついた爆撃機である。その爆撃機は太陽を背にして艦艇に向かい、爆弾を真ん中に落とし、爆発。艦艇は真ん中から二つに折れ曲がった。

「こちら〇五部隊。目標艦艇を爆破した」

「こちらからも確認した。被弾は無いか?」

「昼寝でもしてたのか全く撃たれなかった。幸運だな」

 そこに、ザーっと音が鳴る。

「Achtung(気をつけろ),Feind gesichtet(敵発見)」

その言葉を聞いた瞬間、軍人達は強張る。

「グローリエ語……西グロワールの空軍か」

 これを聞いてスズメが首を傾げる。

「グローリエ?」

そう首を傾げていると、スズメの袖をちょいとカヤが引っ張る。

「グローリエ語は、グロワール共和国の西側で使われている言葉」

 聞いて、スズメは空を見上げる。青い空に雲で白い線を描きながら飛ぶ黒い機体、これの胴体には赤い丸の中に「〇五」と書かれている。使われている字がアルファベット、数字は算用数字しか使われていないこの世界で、漢数字で「〇五」と書かれているのだ。機体を見上げる人間達には書かれている漢数字の意味は分からない。

 「〇五」と書かれた機体を追うように、三機の戦闘機が進んでいた。


ヨシは三機の機体を見てから、淡々とした調子で言葉を出す。

「現在、羽の先端を切り落としたような翼を持つ戦闘機に追われている。他の特徴を考えるとWo109 C型だと思われる」

 このWo109はグロワール共和国の迎撃戦闘機の一つであり、離着陸の難しさと航続距離の短さと言う欠点と量産性の良さとスピード、急横転、スピン性能、ダイブ性能に優れている。

「こちら了解。ところでヨシ、貴方って……そんな冷静に喋れるのね」

 とジャスミン。その言葉に答えてヨシが言う。

「悪いか?」

 これに対して答えるのはオギだ。

「オギは飛行中は俺よりも冷静なぐらいだ。この時のヨシは頼りになる」

 そう言っていると、Wo109の翼部から発射された機銃がオギ達の乗っていた航空機のすぐ上を通り過ぎる。そのすぐ後にキヌから通信が入る。

「こちら〇五部隊海戦組、〇五部隊空戦組に戦闘を許可する。Wg87の力を見てやれ」

 それを聞いたオギは操縦桿を強く握り締めて返事をする。

「こちら空戦組一番機了解、二番機援護してくれ」

 答えるように空戦組二番機に乗るジャスミンが声を出す。

「頑張って援護が必要無いようにしなさい。私の機体の弾薬数は多く無いんだから」

 言うと同時にオギ達の乗っていた機体、Wg87は角度を大きく左に傾ける。

 このWg87と言う機体なのだが、戦闘機では無く急降下爆撃機である。複座の逆ガル翼、整備性良く堅牢であるが、低速で鈍重で空戦能力は低い。その機体に乗る彼等に対し、キヌは空戦を促すような言葉を口にしている。無茶苦茶だ。

「もう少し敵を右に寄せてくれ」

 そうヨシが言うと同時にオギは機体を僅かに右に傾ける。その直後、Wg87の後方機銃は銃弾を発射してWo109の翼端を吹き飛ばす。すると、その機体がバランスを崩して横にいたもう一つのWo109の翼に胴体後部を叩きつけた。二つのBf109が爆発音も出さずに静かに落ちていく。

「……狙った?」

 ジャスミンの言葉をヨシが否定する。

「偶然だ」

 そう言った直後、真上から弾丸が降ってくる。Wg87の翼のすぐ近くを擦るように飛んできて、その後に上から煙を出したWo109が下へと落ちていくのが見える。

「こちら空戦組二番機、敵を一機撃墜」

 その声の主の機体は雲のすぐ下を通っていた。上半分は深緑、下半分は白に塗られ、前翼で真下から見ると独特のシルエットであり、機銃が無い上、プロペラの直径がやや小さいことからスッキリとした見た目である。どう言うわけか、少しふらついている。

「こちら一番機、二番機の機体がふらついている」

 すると、キヌの溜息が返ってくる。

「二番機、巻風は白風と違ってロールがよく効くんだ。もう少しゆっくりと操縦桿を傾けろ」

 そう言われて暫くして、ようやく機体のふらつきが止まる。

(巻風に白風? 聞いたことの無い航空機の名前だ)

 そうヨシが考えていると、無線から声が出る。

「こちら陸戦隊、目標を救助。船に到着しました」

「こちら海戦隊、確認した。空戦隊も帰投してくれ」

 無線でそのような会話の後で、先ほどまでふらついていた機体がJu87の前に踊り出て軽くバンクする。どうやらついて来いと言っているようだ。

「なんで無線で言わないんだ?」

 オギの疑問にヨシが答える。

「さっきの失敗が恥ずかしいから、暫く口を開きたく無いんだろう」


 近くの沿岸部の道路に着陸した後、オギ達の航空機二機は奇妙なシルエットの船に乗せられることになった。見た目は空母に近いのだが、後ろがのっぺりしている。いわゆる揚陸艦と呼ばれる存在であり沿岸部を強襲して上陸するのを支援するのが目的の船である。奇妙な話だが、揚陸艦と言うように艦と言っているのに、組織によっては特殊船と言う区分になっていたりするため、艦であるか船であるかが所属している組織で変わるのである。因みにエスペランサでは後者であるため船と言う区分である。そののっぺりとした後ろが開く。そこから青い作業服を着た作業員がワラワラと現れて航空機を押して船へと乗せていく。

「成る程、これか」

 見て、何やら納得しているヨシ。

「知っているのか?」

 オギは知らないようで首を傾げている。

「陸上機を飛ばせる空母があるって噂があったんだ」

 オギの疑問に短い言葉で答えるヨシ。

「しかし、これは着艦が出来るのか?」

 オギ達が上空から見た限り、この船上には確かに航空機が発進出来るだけの長さがあるのだが、アレスティング・ワイヤー(着艦支援用ワイヤー)が見当たらない。

「出来ないよ」

 横から声が聞こえるため、見てみればどこかで見たことがある整備士がそこに立っていた。

見れば船倉へと機体が詰め込まれているため、オギとヨシはWg87から降りてその人の顔を凝視する。

「確か、俺達が初めて航空機を操縦した時にいた整備士だな」

 そう言われて、その真面目そうな青年は元気よく答える。

「はい。私はバーンズって言います。これからよろしくお願いします」

 整備士改めバーンズはそう言うと、これで用は終わりだと言わんばかりに早足で立ち去り機体の整備に向かってしまった。

「見た目に反してドライな男だ」

 オギはそう言いながら回りを見る。船倉は中々広い。それもそのはずで、航空機以外にも大小様々な上陸用船艇も収納することを前提としているのだ。本来、揚陸艦と言うのは上陸を支援する目的であり、上陸の主役はこの上陸用船艇なのである。むしろ、オギ達航空隊の方が脇役と言っていい。

「にいちゃん!」

 そう言いながら近寄る二つの陰を見て、ヨシは顔をほころばせる。

「スズメ、カヤ。良かった。無事だったんだな」

 それを見て、邪魔しちゃ悪いとオギは立ち去ろうとしたのだが、それをヨシが止めた。

「まあ待て。お前も顔を合わしていけ」

 そう言われてオギは立ち止まるが、どうにも子供とはあまり接する機会が無くてどのような態度で話せばいいのか検討がつかない。どう困るオギの顔をスズメとカヤはじっと見つめる。

「なんだが、パッとしないね」

 とツバメ。

「飛行機に乗れば格好いい。でも、今はそうでもない」

 とカヤ。遠回しに地味で魅力を感じ無いと皮肉っているのだが、オギはそれが分からず

「これは褒め言葉と受け取ればいいのか?」

 なんて言っている。そう言うオギに対し、ヨシは

「お前がそう思うなら、それでいいんじゃない?」

 と返す。

「お疲れ様です」

 そう言いながら現れたのはキヌの妻であるウェルタだ。オギ達にとって予想外な人物であり驚きを隠せない。

「どうしてここに?」

 そうオギが言った直後、背中を軽く叩かれる。見てみれば、ジャスミンが立っている。

「や、こんなところで立っていたら、作業員の方々の邪魔になるよ」

 そう言われてみればそうだとオギは考える。

「しかし、別の場所で移動しようにも船内のことをよく知らない」

 そう言われると、ウェルタは手招きをしている。どうやらついて来いと言うことらしいのでオギ達五人は黙ってついて行くことにした。暫く歩くと、船全体が振動する。どうやら船が動き始めたようだ。


 ついていった先には船長室と書かれており、中に入るとそこにはキヌとシゲタがいた。

「苦労をかけたみたいだな」

 キヌがそう言うと、オギは特に何も言わない。無表情で手近な椅子に座った。これに対しヨシは何やら神妙な顔をして椅子に座る。船長の部屋とは言え、船の中であるためそこまで広く無く、簡素なテーブルと椅子がいくつか置かれただけである。

「で、助けて貰ってなんですけど、狙いはなんです?」

 そうヨシが言うとキヌはゆっくりと口を開く。

「君は魔法と言うのはどこまで知っているかね?」

 言われると、ヨシはしっかりとした口調で答え始める。

「魔法、かつて文明を支えた重要な技術であり、また協力な軍事力を誇るのに必要不可欠な要素の一つ。しかし、一一五年前の科学革命によって衰退した技術だ」

 一一五年前、と言うことはオギ達は現在十五歳であるため、オギの生まれたちょうど百年前が技術革命の年となる。

「ヨシ、詳しいな」

 とオギが感心していると、袖を軽く引っ張られる。ツバメとカヤが揃って袖を引っ張っているのである。

「兄ちゃん、歴史が好きだから」

 ツバメのその言葉を肯定するようにカヤがうんうんと頷く。

「今度話をしてみるとしよう」

 そんなことをオギが言っていると、キヌが口を開く。

「その通り、表の歴史をよく勉強している」

 その言い方に引っかかりを覚えたヨシが質問をする。

「まるで、公表されていない歴史があるとでも言いたいようだが」

 ヨシの言葉をキヌは深く頷いて肯定する。

「ああ、そうだ。あるとも」

 すると、キヌはオギをじっと見た。

「オギ、作戦の前のことを覚えているかい?」

 オギは淡々と答える。

「倉庫の中の好きな航空機を選べと言われて、私が気に入った機体を選んだ。とまあこんなこと位しか覚えていません。詳しいことは忘れました」

 そう言われてキヌは困った顔をする。

「ううむ、そうか……違ったかな?」

 キヌは当てが外れたと言った顔である。それを見て、オギとヨシは揃って首を傾げる。それに答えるようにシゲタが口を開く。

「日本と言う国を、聞いたことは無いか? またはジャパンと言う単語に覚えは」

 ヨシは首を横に振るのに対し、オギは一度渋い顔をしてから口を開く。

「夢の中で……確かジャパンとか言っていたような」

 すると、キヌとシゲタとジャスミンの目が鋭くなる。

「たかが夢ですよ? しかもかなり短い夢です」

 オギが念を押すように言うが、それでも彼等の目は変わらない。

「短さは関係無い。有無が問題なのだ」

 シゲタがそう言うと、キヌが口を開く。

「始めから説明しよう。ある時、魔法を研究している人が異世界はあると考えて論文を出したのが全ての始まりだ」

 それを聞くと、ヨシは呆気にとられて口を開く。

「そんなの、誰も信じないでしょう」

 キヌは頷く。

「当然だ。私だって当事者で無ければ信じなかっただろう」

 その単語にヨシは口を開く。

「当事者? 貴方は異世界に関係する何かだと言い張りますか」

 そう言われてキヌはなんと言ったらよいかと少し迷ってからヨシとオギの顔を交互に見てから緊迫した顔ではっきりとした口調で言う。

「私は、異世界の日本と言う国の出身だよ」


 キヌの言葉を聞いた後、どうしても信じられないと言うヨシにまたしてものんびりとした顔に戻ったキヌは答えた。

「一度に色々言われても混乱するだけだろう。後は基地に戻ったらにしよう」

 そう言われて渋々とあてがわれた船室で寝て、起きてもやることが無くてダラダラとする日々が数日続き、ようやく目的地についた。

「さあ、いきましょう」

 そう言うのはウェルタだ。どこから持ってきたのかサイドカーをつけたバイクにまたがっている。

「俺はこの子達の家まで案内しなければいかん」

 旦那の言葉に、ウェルタは肩を落とした後で微笑む。

「じゃあ、家で」

「ああ、気をつけて」

 緩やかな加速をして走り去っていくウェルタ。その姿を見てジャスミンは感心している。

「ウェルタも随分と暴走しなくなったね」

 オギは「なんのこと?」と訊ねると、ジャスミンはどこか遠い目をしながら答える。

「昔のウェルタの運転は……凄かったのよ」

 ジャスミンの言葉でますます分からないオギ。これを見てヨシは

(余程危ない運転なんだろうな)

 と考える。

「車が用意してある。乗るといい」

 そのキヌの言葉でジャスミンは普段の顔に戻った。

「さあ、行きましょう!」

 と何故か意気揚々と歩き始めた。

(可哀相に。必死で忘れようと他のことを考えているんだ)

 と考えながらヨシは涙を微かに流している。状況の飲めないオギは

「なんで泣いているんだ?」

 と首を傾げるばかりである。


 オギ達のいる基地は東西九キロ、南北六キロ、活火山の火山島である。西側に独立峰が一つあり、この山の頂上に気象観測所が設けられている。ヨシの家として提供されているのはその山の麓にある煉瓦造りの家で、南西を見れば山、北を見れば海のある場所である。

「普通に立派な物件だな」

 とオギは感心と残念さが混ざった口調である。

「もう少し変わった家のほうが面白かったのに」

 これはヨシ。やはり少し残念そうである。

「なんでお前ら、まともな家を貰えるのにそんな残念そうなんだよ」

 キヌのツッコミに二人は答える。

「多少面白い作りの家の方が見てて面白いのに」

 これはオギ。

「もう少し小洒落た家が良かった」

 とヨシ。

「贅沢な奴らだな」

 とキヌ。

「兄ちゃん、ここはいいとこだね」

 とカヤが言うとヨシは満面の笑みを浮かべる。

「ああ、ここは良い場所だ」

 ヨシの言葉を聞いて

(お前、さっきまで文句を言ってたじゃねえか)

 と、キヌは思うのだが笑顔のカヤとヨシに横やりを入れるのは無粋に感じたため何も言わない。

「そうだ、オギの家は別で用意してあるぞ」

 キヌがそう言うため、オギはそれについていく。オギの家はヨシの家よりも小さく、家具もベットがあるのみである。

「おいおい。俺よりも頑張ってくれたオギにこれは無いんじゃないか?」

 ヨシは少し不満そうであるが、オギは満足そうである。

「家に拘りがある訳では無いからな」

 オギはそう言いながらベットに横たわると、そのまま眠ってしまった。

「疲れが溜まっていたのかもな」

 そう言いながら出て行くキヌ、ヨシも同じように家から出ようとする。そのヨシの目に珍しい物が入った。空調を行う魔法の道具だ。科学技術が進んだ今となっては殆ど見ることの無い代物だ。見てみると、維持費が安くて効果も高いが、本体価格が高いことで有名な物である。それを起動させて、部屋の中を快適な温度にしてからヨシは家を出た。


 オギとキヌは二人で海を眺めていた。

「まずは感謝をしないといけない」

 オギはそう言ってキヌを見る。

「弟と妹をありがとうございます」

 その言葉とは裏腹にオギは険しい顔をしている。

「狙いが聞きたいのか?」

 キヌがそう言うと、オギの顔が更に険しくなる。

「突然、一人のパイロット候補生を精鋭部隊に勧誘した訳はなんだ、と言ったところか」

 険しかったオギの顔が自嘲じみた物に変わる。

「お見通しか」

 オギの顔を軽く一瞥してからキヌは静かに話し始める。

「科学技術は五十年前に唐突に発展した。突然鉄の塊が空を飛び、魔法無しで鋼鉄の箱が地面を走るようになり、煙を吐き出しながら進む船が現れた。唐突と言っていい」

「開示されている歴史が、その辺は曖昧であることと関係しているか?」

「察しがいいな。この時、ある魔法が開発された。その魔法の名前は『小説よりも奇なる異世界』と言う。異世界の知識と経験を引き出す魔法だよ」

 聞いてもオギは素直に信じられなかった。異世界の知識を引き出すと言っても、オギは異世界の存在自体を信じていない。それにオギには腑に落ちないことがあった。

「その話が例え本当だとしても、私達をここに連れてきた事と何の関係があるんです?」

 キヌは表情を強張らせる。これから話すことが本題と言わんばかりだ。

「この『小説よりも奇なる異世界』を使うにはある条件と制約がある。この魔法は引き出した知識と経験を結晶として物質化する。そして結晶を取り込むことで知識と経験を読み取ることが出来る。しかし全員が結晶を取り込める訳では無い。結晶を取り込むためには素養が必要なのだ。その素養を持つ者を『継承者』と呼んでいる」

 そこまで聞いてヨシは瞳を細めた。

「オギと俺が、その『継承者』なんだな?」

 キヌは頷く。

「君にはどんな結晶が埋め込めるかは不明だが、オギには結晶が既に埋め込まれている」

 ヨシはキヌを睨む。

「そんな目で見ないでくれ。これは本当に予想外だった。元々オギが『継承者』であることは分かっていた。だが、気がついた時には既に結晶が埋め込まれていた」

「何故だ。結晶と言うのはそんな簡単に手に入るのか?」

「いいや。結晶は最も重要な物の一つだと言われる程の物だ。そう簡単に手に入る物では無い。しかし、彼の過去を調べていると一つの事実が浮かびあがった。君は、エスペランサ王国の王妃が死んだ事件の事を知っているか?」

 ヨシは頷く。

「十年程前に『事故』で死んだって聞いている」

 キヌは『事故』の詳細を話し始める。

「王妃は自ら結晶を輸送していた時のことだ、彼女の乗っていた車は町外れの人のいない場所で襲撃されたその時、野次馬として一人の少年が彼女に近寄り、その結晶を渡された」

 ヨシの目が見開く。

「まさか、そんな。ではあいつは国の事件に巻き込まれたってことになるぞ!」

 ヨシの言葉にキヌが頷く。

「一人の少年は王妃から受け取った国家秘密を受け取り『継承者』となった。その少年は名前をオギと言う。彼は、幼少の時に重要な国家秘密を胸に秘めているんだ」


 赤い火が見えた。町外れに周りを照らすように赤々とした火柱が立っていた。それが気になり近寄ると、女性が倒れていた。女性は驚く程綺麗な顔と髪をしており、その胸からは言葉を失う程の血が出ていた。

「け……」

 何かを言いながら手を伸ばす女性、その視線の先には鷲の形の石があった。石は全体が赤黒いが、目だけがダイヤのように透明、近くで見ると重厚そうな鈍い輝きを放っており、重そうである。しかし、以外にも子供の手でも持てる位軽く、大きさは大人の拳程度。その石は持った瞬間、溶けて手の平の中に吸い込まれて消えてしまった。

 石が消えた後で頭の中に様々な映像が流れる。無骨でガッシリとしたシルエットの航空機、それに乗り込む者達。今考えると、その機体はオギ達の乗っていたWg87と酷似していた。

(いいや、むしろ俺達が乗っていた機体が偽物なのでは?)

 オギの頭にそんな考えが浮かぶ。何故かは分からないが、唐突にそんな考えが頭の中に浮かんだのである。


 視界が唐突に鮮明になる。そこは先程の航空機は無く木の天井があるだけだ。寝ている布団と空気は心地いいが、来ている服が堅くて少しだけ寝心地が悪い。着替えようと起き上がるとそこには少女が鼻歌を歌いながら紅茶を煎れていた。

「なあ、ここって俺の部屋なんだが」

 オギがそう言うと、鼻歌を歌っていたジャスミンは満面の笑顔でこちらを見る。

「何言ってるの。貴方が鍵を開けたまま寝てるからでしょ」

 笑顔で淡々とそう言うジャスミン。

(言動と表情が一致して無い)

 オギがそう思っていると、ドアがノックされる。

「どうぞ」

 オギがそう言うと、静かな音を出しながらドアを開いてキヌが現れる。

「やあ、調子はどうかね……って、ジャスミン様。妙な顔ですな」

 そうキヌが言うと、ジャスミンがキヌの袖を掴む。

「ちょっとキヌと話をするから、待ってて」

 そう言って外に出る。

(なんだろう?)

 様子が気になってオギはドアに近づき聞き耳を立てる。

「私はクールな少女で通ってるから、変な事を言わないで」

 ジャスミンの声だ。オギが聞いた事の無い声色である。

「なんだ、そうなんですか。そう言えばジャスミン様は笑顔で誤魔化そうとする癖がありましたね」

 キヌがそうイタズラっぽく言うとジャスミンは少し拗ねた調子で返す。

「貴方は相変わらず意地悪を言うね」

 そんな会話だ。

(これ以上は聞かないでおこう)

 そうオギは考えて静かにドアから離れてから、窓から外を眺める。

(ジャスミンとキヌは仲が良いんだな)

「羨ましいことだ」

 そう言った直後、窓に急に手が出てくる。手は下から伸びており、覗いてみるとそこにはツバメとカヤがいた。

「何が羨ましいの?」

 二人が声を揃えてオギに訊ねる。

「あの二人さ。あの二人は恐らく親子では無いのだろうが、まるで親子のように会話をしているからな」

 そう言うと、ツバメとカヤは顔を見合わせる。

「親子が羨ましいの?」

 そう言われてオギは答えに困ってしまう。オギが物心ついた頃には母親はおらず、父親は借金を作って行方を眩ませてしまったからだ。親に対して良い印象を持っていない。

「親子と言うより、親密な関係が羨ましいのさ。私には、そのような人は今まで居なかったからね」

 そう言うと、ツバメとカヤは何故か緊張した面持ちでオギを見つめる。何か気になる事があるが、聞きづらいと言った顔だ。

「私の顔に何か付いているかね?」

 そう訊ねると、ツバメが口を開く。

「お兄ちゃんは、オギ……」

 ツバメはそこで口ごもる。なんでだろうとオギは首を傾げて一つの答えが出る。

(そうか、私は自分のことを何も話していないな)

 オギは、ツバメ達どころかヨシにも自分の事について詳しく話していない。彼等にとってオギは「謎の人物」である。そのため、どのような距離感で話せば良いのか分からない。何て呼べば良いのかさえも分からない。そんな存在なのである。それを察したオギは微笑みながらツバメとカヤを見る。

「好きに呼んでいいよ」

 そう言うと、ツバメとカヤは少し考えた後でこう言う。

「じゃあ、オギおじさんって呼んでいい?」

 そう言われてオギは少し肩を落とした。

(私はまだ一五歳なのだが)

 オギはそう思ったが、ツバメとカヤの純粋な眼差しを見ていたら「おじさん」扱いでもいいかと思えてきた。

「いいよ」

 そうオギが言うと、ツバメとカヤは途端に満面の笑みを浮かべる。

「じゃ、じゃあオギおじさん」

 少し恥ずかしそうにそう言うカヤに

「どうした?」

 とオギが言うと、カヤは恥ずかしそうにツバメの後ろに隠れる。

「オギおじさん、あんまりカヤをからかっちゃ駄目だよ」

 ツバメに注意されて

「からかったつもりは無いんだが」

 とオギは言うがツバメに無視される。

「ねえ、オギおじさん。お兄ちゃんはオギおじさんと実は仲が悪いの?」

 それを聞いてオギは驚く。

「ヨシのことか。あいつは頼れる相棒で、親しい友人だと思ってるよ」

 そう聞いてもツバメは厳しい目つきでオギを見る。

「だってさっき『親密な関係が羨ましいのさ。私には、そのような人は今まで居なかったからね』と言っていた」

 その言葉を聞いてオギは成る程と頷いた。

「つまり、ツバメには私の言葉が『私とヨシが親密な関係では無い』と、遠回しに言っているように聞こえたんだね?」

 ツバメは小さく頷く。

「考えすぎかもしれませんが」

 そう言うツバメが何か可笑しくてオギは少しだけ笑う。

「本当に考えすぎだ。大体、どうでもいい奴のためにこんな面倒なことをする訳が無いだろうに」

 そう言った直後、ツバメとカヤは揃って首を傾げる。

「面倒?」

 オギは頷く。

「ああ、面倒だ。今回は数が少なかったとはいえ……」

 オギは言っていて、自分の口から出た言葉の違和感に気がついた。

(今回は数が少なかった? まるで以前にもっと多くの敵と戦ったかのような言い方だ)

 オギはまだ戦ってから日が浅い。回数で言えば空戦が二回、対艦戦闘が一回で、空を飛んだ時間だって十時間もいってない。それなのに、オギの頭には不思議と多くの戦闘が思い浮かんだのである。制空権が取られた場所で必死で逃げ回り、迫り来る戦車に爆弾を落とす、そんな光景が一瞬の内に頭の中に思い浮かぶ。

(これは何だ?)

 オギが混乱していると、その肩に手が置かれる。見てみればヨシである。その後ろにはキヌとジャスミンがいる。

「飯を作ったんだ。俺の家にあるから食いに来い」

 そう言われて、オギは「あ、ああ」とぼんやりとしながら答えた後で入口から出て言った。

「どうしたんだ、あいつ」

 そう呟くヨシにツバメが訊ねる。

「ねえ、兄ちゃん」

 聞かれてヨシがツバメの顔を見る。ツバメの顔には何やら好奇心が湧いている。

「何か面白いことでもあったのか?」

 ヨシの言葉に、ツバメはやや興奮気味に口を開く。

「ねえ兄ちゃん。オギおじちゃんって、たくさんの敵と戦ったふるつわものだったりする?」

「いや。あいつは俺と同じでまだ新兵だよ。古強者なんて言える存在じゃない」

 そう言われて、ツバメは首を傾げる。

「でも、オギおじちゃんは『今回は数が少なかった』なんて言ってたよ。そう言っているオギおじちゃん、すっごくかっこよかった」

 その言葉を聞いて、オギは渋い顔を一瞬浮かべてから、笑顔を作ってツバメとカヤに言う。

「まあ、細かいことは気にするな。飯が出来てるから家に先に戻っていなさい」

 そう言うと、二人はおとなしく立ち去る。

「継承者ってのは、記憶障害も起こるのか?」

 キヌは頷く。

「受け取った記憶が、自分の記憶に感じる」

 キヌの言葉にヨシは不安を感じた。継承者は自分の本当の記憶がなんなのか分からなくならないかと思ったからだ。

「あいつは、自分を見失ったりしないだろうか?」

 それを聞いてキヌはのんびりとした調子で口を開く。

「それが出来るかどうかは、支える人間がいるかいないかにかかっている。私とジャスミン様のお父上も支えてくれる人がいたからこそ正気を保っていられるのだ」

「っと、言うことは貴方も継承者なのか?」

 そのオギの言葉には応えず、キヌとジャスミンは去っていった。

「どう言うことなんだ」

 その問いに答える人はいなかった。




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