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恋日和  作者: 依槻
第二章 初恋日和
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09.初恋日和①

二部開始です。

 声を大にして叫びたいくらいに好き。だけど、迷惑をかけたいわけじゃないから、この想いは口にしない。好きだから我慢できる。そう思っていたのだ、本当に。


 カサカサ、と一枚一枚重なった紙を広げる作業を続けながら、樋野柚子の眉間に皺が寄っていく。机の上には、紙で出来た不格好な花の山が出来上がっていた。不格好な花が増える度に、柚子の顔はどんどん不細工になっていく。

「柚子、顔、顔!」

「何か?」

「極悪人みたいになってる!」

「おい、こら。」

ひくり、と笑みを浮かべた柚子の頬が引きつる。鬼の様な形相になっているが、慣れっこである戸塚槙は動じた様子もなく、「顔、酷いわ~。」と、更に酷い事を言ってくる。

「造花係進んでる~・・・ってうわぁ。」

「ちょっと、何その反応!?」

ひょっこり顔を出した双子の姉の樋野杏子は柚子の作った花紙に残念なものを見るような目を向けた。

「ねえ、どうして柚子ちゃんはこれを選んだの?」

「選んだんじゃないよ!これしか出来そうなのがなかったんだよ!」

蔑むような目を向けられた柚子は半泣きになりながら抗議の声を上げる。


 夏休みも終わりに近づき、柚子たちは、2学期早々に行われる文化祭の準備に励んでいた。柚子たちのクラスは童話の登場人物がお客さんをおもてなしする、というコンセプトの物語カフェをすることになった。その為、主に女子が衣装作りや内装。男子が大道具作りや色塗りなどをすることになっていた。文化祭実行委員で、器用な杏子は衣装斑兼料理斑に、裁縫が得意でない柚子や槙は内装斑に入り、今も店の飾りである造花作りを行っていた。

「あんまりだわ。最早、中傷行為ね。営業妨害だわ。」

「言い過ぎじゃね?」

双子の姉の容赦ない言葉に、柚子は危うく手元の花紙を握りつぶしそうになった。苛立ちをため息で逃がし、気持ちを新たに紙を開いていく。

「ねえ、あたし大道具斑に行っちゃダメ?色塗りとかならまだ出来ると思うんだけど。」

「こっちは猫の手も借りたいくらいなのよ。少しは臣くんを見習って。」

「あたしは猫の手レベルですか・・・。」

そう突っ込みつつ、杏子の指さす方を見れば、鮮やかな手捌きで衣装を縫っている杏子の彼氏、綾川臣が女子に囲まれていた。

「綾川くん、すごーい!」

「早いのに、綺麗!」

「器用なんだね~。」

女子から黄色い歓声を受け、それにマイナスイオンたっぷりの微笑みで受け答えしている臣の姿を何故か自慢する杏子に、柚子は冷めた目を向ける。

「あんたの彼氏、女の子に囲まれてるけど。」

「はあ~。臣くん素敵。」

恍惚とした表情を浮かべる杏子に、もはやどう突っ込めばいいかわからない。それはどうやら槙も同じ様だった様で、彼女も冷たい瞳をしていた。

「あたし、たまに杏子がわからない。」

「大丈夫だよ、槙。双子のあたしもわからない。」

普段は一番常識人であるはずの杏子をここまでおかしく出来るのだ。恋って恐ろしい、と他人事の様に心で呟きつつ、柚子は目下の問題に思考を戻す。


 「ねえ、槙。やっぱりこれはまずいかなぁ。」

「え?うん。まあ、花ではないよね。」

「お前、花を作っているつもりだったのか?」

心底驚いた、と言わんばかりの新たな声に、柚子はどいつもこいつも、と思いつつ顔を上げる。

「あたしが何してると思ってたんですか、辻利先生。」

柚子が作った花紙をひとつ手に取り、興味深げに見ている担任、辻利音弥に柚子はドスの効いた声で尋ねる。

「いもむし?」

「んなわけあるか!」

持っていた花紙を音弥に投げつけるが、易々と受け止められ、柚子はさらにいらいらを増長させた。

「慣れないことしてイライラしているからって俺にあたるな。ほら、飴やるから。」

差し出されたのは棒付きの飴。喫煙者である音弥が学校で煙草を吸わない為に持ち歩いているものだ。

「幼稚園児じゃないんだから。」

「いらないのか?戸塚はご機嫌になったぞ。」

「いつの間に・・・。」

いつもらったのか、正面で槙がご機嫌で飴を口にしていた。お腹が空いていたのか、よほど嬉しかったのか、のほほん、とした笑顔を浮かべ、頭の周りには花が飛んでいそうな勢いだ。。

「辻利先生って優しいんだねぇ。」

「飴一個で安い女だな!」

以前、兄の千夏が言っていた「食い物くれる人ならついていきそう。」があながち間違っていない気がしてきた。

「それで?お前はいらないのか?」

自分も飴の袋を取り、口に入れると、にやり、とした笑みを浮かべ、ポケットから新たに出した飴を柚子の目の前に差し出しふらふら、と振る。

「いーりーまーすー。」

不承不承、といった様子で飴を受け取り、パッケージの袋を取り外す。暑さで少し溶けているのか、袋が剥がれる、ぺりぺり、とした音がした。全て取り外し、口に含む。レモン味なのか、さっぱりとした甘さが口内を満たし、イライラしていた気持ちが少し落ち着いてきた。

「飴も案外悪くないだろ。」

「私のアイディアですけどね。」

「ああ。感謝しいてるよ。」

ぽんぽん、と頭を撫でられ、いつもより少し近い距離感に、どきり、と鼓動が跳ねる。むず痒い気持ちに、ふて腐れた様な顔になってしまった。

 「辻利先生。私には飴くれないんですか?」

「お前は臣にでももらっとけ。極甘な奴。」

にっこり笑みを浮かべ催促した杏子に、音弥がしれっとした表情で答えれば、彼女の頬が薄紅色に染まる。珍しい事に、柚子はおぉ~、と心の中で感心する。

「セクハラです。」

悔しそうに呟いた杏子に音弥は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、「ああ、そうだ。」と、何かを思い出したように声を上げた。

「文化祭準備は全校生徒15時までだから、時間はちゃんと守れよ。」

「じゃあ先生もその後は帰れるの?」

「バーカ。先生は忙しいんだよ。」

柚子の額にデコピンを一発入れ、「じゃあな。」と言って、音弥は教室を出て行った。弾かれた額に触れながら柚子は口元に笑みを浮かべる。

「柚子、なんか嬉しそう。」

「そうね。たまのご褒美ってやつかしらね。」

柚子と同じく嬉しそうに笑う杏子に、槙は訳がわからず首を傾げるのだった。

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