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恋日和  作者: 依槻
第一章 夏恋日和
7/15

07夏恋日和⑦

 花火大会当日。槙は母に浴衣の着付けを手伝ってもらい、あの日、店員に教えてもらった通りに髪を結わき、少しだけ化粧もした。

「うん!可愛い!」

支度の整った娘の姿を大絶賛する母に、槙は照れ笑いを浮かべながらも、嬉しそうに「ありがとう。」と、お礼を告げる。

「じゃあ、行ってきます!」

下駄を履き、玄関まで見送りに来てくれた母に見送られ、槙は笑顔で家を出た。それから数歩進み、家から離れると、足取りは次第に重くなり、とうとう槙の足は止まってしまった。


 結局あの日、槙は基に答えを出すことが出来なかった。そんな槙を基は急かしたりはせず、一つだけお願いを聞いて欲しい、と言われた。

「花火大会、一緒に行ってもらえないかな?」

「でも、花火大会は・・・。」

千夏と約束した花火大会。けれどそれは、さっき自分で反故にした。予定は空いているが、だからといって行く気にはなれなかった。

「花火大会の日、夜18時に緋色橋の上で待ち合わせね。」

「え?あの、高倉くん、私・・・。」

「だめです。この間プリント作り最後までやったんだから、戸塚さんは僕のお願いを一つ聞かなきゃだめ。」

「・・・・・・ふふ。何それ。」

何度か目を瞬き、やがて槙から笑みが零れる。いつもの笑顔にはまだ遠い。けれど、ずっと悲しそうだった槙に笑顔を取り戻せた事に、基は内心、ほっと息を吐く。

「横暴だなぁ。」

「横暴だよ。だから、戸塚さんは来なきゃだめだよ。」

「・・・・・・うん。」

口元に小さな笑みを浮かべ、槙はこくり、と頷いた。


 あの時は、基の優しさにつられて頷いてしまったが、花火大会に行くことにはやはり抵抗があった。

「でも、買った浴衣がもったいないし!」

何より、基の優しさが嬉しかったから。実らない想いを追いかけ続けるのなら、自分を好きだと言ってくれる人を好きになりたい。こんな自分を好きになってくれた事に感謝しなければ。これはその一歩だ。

 そう言い聞かせ、止めていた歩みを再開する。


 基と待ち合わせした緋色橋は、花火大会と共に開かれている縁日の入り口前にあって、待ち合わせをしている人が何組かいた。なるべく見つけやすいようにと人が少ない橋の手前の方に立ち、基にメールを入れる。

「あら?この間のお姉さんじゃありませんか?」

「え?」

声を掛けられ、顔を上げると、目の前には驚いた顔をした綺麗な浴衣姿の女の人がいた。どう考えても目が合っているのだから、槙の事を言っているのだろうが、こんな綺麗な人と知り合いだっただろうか、と首を傾げる。

「あ、突然ごめんなさい。私、この間浴衣の試着をお手伝いさせて頂いた者です。」

「あ!店員のお姉さん!」

「はい。その節はありがとうございました。」

「こちらこそ!お姉さんに教えてもらった髪型やってみました!」

指を差して告げると、彼女は嬉しそうに頷き、「とても可愛いです。」と、誉めてくれた。やがて、嬉しそうな笑みを浮かべていた彼女は、瞳を細め、優しく微笑む。

「・・・・・・何かありましたか?」

「え?」

「想い人さんと一緒に行くと楽しみにしていた時と表情が違う気がしたので。」

「・・・・・・ダメに、なっちゃったんです。私、その人に、妹としか見られてないみたいで。あの人の近くにはもっと綺麗な人がいて。どんなに想ったって、実らないんです。」

一度しか会ったことのない店員に、何故こんな話をしているのだろう。頭の片隅でそう思いつつも、何故か、この人の前では素直になってしまう。

「だから、自分を好きだと言ってくれる人を好きになろうって決めたんです。」

「そうですか。」

「でも、それでいいのかなって、思うんです。」

「どうして?」

「私は、逃げたんです。振られるのが怖くて、気持ちを伝えることから、逃げたんです。高倉くんは、ちゃんと伝えてくれたのに。」

きっと、彼は自分が千夏を好きなことを知っていた。知っていて、それでもあの日、伝えてくれた。傷つき、落ち込む槙を励ます為に、理由をつけて、強引に見せかけた優しさで、花火大会に連れ出してくれた。優しい、優しい人。

「正解なんて、ないんですよ。」

巾着の紐を握る手に力を込め、唇を噛みしめる槙の耳に、優しい声が響く。

「想いを告げられるから正しいわけでも、好きになってくれた人を好きになろうとすることが間違いなわけでも、ないですよ。すぐに、答えをださなきゃいけないわけでもないです。」

焦らないで。優しい声に焦燥感から荒波だっていた心が落ち着きを取り戻していく。

「ひとつ、想像してみてください。」

「想像?」

「あなたは、今日打ち上がる花火を、誰と見たいのですか?」

「・・・・・・。」

涙が一滴、頬を伝い落ちる。

 思い浮かぶ人は、1人しかいない。それが、槙が今わかるたったひとつの確かなもの。

「どんな答えを選ぶのだとしても、抱いた気持ちは大切にして下さい。」

ぺこり、とお辞儀をして、彼女は行ってしまった。


 「戸塚さん?」

彼女と入れ替わるようにして、基がやって来た。「遅くなってごめんね。」と、微笑む彼に、胸が締め付けられる。

「高、倉、くん・・・。」

「槙?」

聞こえた声は、聞きたくて、聞きたくなかったもの。

「千夏先輩。」

千夏の周りには、彼との約束を反故にした時と、同じメンバーがいた。つまり、その中には梓の姿もあった。

「・・・・・・可愛い浴衣ですね、三田先輩。」

びくり、と梓の肩が揺れた。彼女は、槙と全く同じ浴衣を着ていた。自分と違って、綺麗な彼女に、浴衣はよく似合っていた。

「行こう、戸塚さん。」

その場から連れ出すように、基が槙の手を引く。引かれるままに進もうとした足が、反対側から引く手に押し留められる。

「千夏先輩?」

「俺と行かないって言ったのは、そいつと行く為?」

「そうです。僕は、戸塚さんが好きだから。彼女と花火を見たかったんです。」

行こう。もう一度そう言われ、手を引く基と共に、再び歩き出す。反対の手を掴んでいた手はゆっくりと、離れていった。


 縁日の屋台を見ることないまま、2人は花火がよく見える高台に続く階段を上っていた。

「高倉くん。」

振り返ることないまま階段を上り続ける背中に、声を掛ける。けれど、基は振り返らない。足も止めない。

「高、倉くん。」

何度も、何度も呼びかけた。次第に呼ぶ声が、震えていく。基が足を止めたのは、高台を上がりきってからだった。花火まで時間があるからか、そこはまだ誰もおらず、いるのは、槙と基だけだった。

「高倉、くん。」

階段を上がった先で、再度、槙は基を呼んだ。みっともないくらい、声が震えている。まだ泣いたらいけないのに、目頭が熱い。

「何て顔してるのさ。」

「・・・・・・私・・・・・・。」

「僕、振られちゃうんだよね。」

振り返った基は泣き出しそうな顔で、それでも微笑んでいた。

 優しい、優しい、人。私の為に、笑ってくれる、優しい人。

「ごめん、なさい。」

耐えきれない涙が瞳から溢れ、頬を伝う。

「高倉くんを好きになりたいって思った。でも、だけど、私が・・・。私が、一緒に・・・。花火を見たいって、思うのは・・・、どうしても、やっぱり・・・、千夏先輩、なの・・・。」

『あなたは、今日打ち上がる花火を、誰と見たいのですか?』

浮かんだのは、たった1人。千夏だった。こんなに、千夏が好きなのに。千夏しか浮かばないくらい、千夏で一杯なのに。他の誰かを好きになるなんて、出来ない。

「ごめんなさい。好きに、なってくれたのに。優しさをもらったのに。私は・・・。」

「ごめんは、いらないよ。」

両の頬を包まれ、親指で瞳から溢れる涙を拭われる。優しい瞳が槙を映し出し、その瞳から涙が一滴こぼれ落ち、槙の目元に落ちた。

「くれる言葉は、ありがとうが、いいよ。」

「・・・・・・ありがとう。」

「うん。」

「花火大会に誘ってくれて、ありがとう。」

「うん。」

「優しくしてくれて、ありがとう。」

「うん。」

「好きになってくれて・・・、ありがとう・・・。」

「・・・っ。」

槙を見下ろしていた瞳が切なく揺れ、後ろ頭と腰に手が回ったと思ったら、強く引き寄せられ、抱きしめられていた。肩口に押しつけられ、強く、強く。

「好きだよ。」

切ない声が、槙の鼓膜を揺らす。

「好きだよ。」

震える声が、何度も、何度も、想いを伝える。切なくて、苦しくて。震える身体を抱きしめてあげたい。けれどそれは、想いに応えられない槙が、今一番、してはいけないこと。

 やがて、ゆっくりと、基が槙の身体を離す。1歩、2歩と槙から離れ、基は目元をこすり、少し赤くなった瞳を細めて笑った。

「ありがとう。真剣に、僕の気持ちと向き合ってくれて。・・・・・・行っておいで。君が、一緒に花火を見たい人の所へ。」

「ありが、とう。」

背中を向け、槙は駆けだした。カンカン、と下駄を鳴らし、階段を下りていく。


 下駄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、基は高台の柵に背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

「樋野さんたち、そこにいるんでしょう?」

声を掛けると、ガサガサ、と茂みから音がして、樋野姉妹と瑠偉、臣が罰が悪そうな顔をして出てきた。

「あの、高倉くん、ごめんね。」

「本当に、覗きとかをするつもりはなくて・・・。」

「わかっているよ。心配してくれたんでしょう?」

弱々しい笑みを浮かべる基に、柚子も杏子も顔を歪め、泣き出しそうな顔をする。

「よかったのか、送り出して。」

「うん。あんな風に泣かれちゃったら、どうしようもないし。」

「基くん、格好良すぎるよ。」

「格好つけてるだけ。だって、今の僕には格好つけるくらいしか出来ないし。」

槙のおりていった階段の方に目を向ける。


 あの時、強く引き留めて、泣いて縋ったら、槙は自分の所に残ってくれたかもしれない。格好悪く立って、何だっていい。それで槙が自分の方を見てくれるのなら。でもきっと、泣いて縋って、今日この場に残ってくれたとしても、槙はきっと、自分に振り向いてはくれない。その瞳はきっとずっと、千夏を追いかける。その心はずっと、千夏を想い続ける。だったら、今の自分に出来るのは精一杯格好をつけることだと思った。


「振られちゃったけど、今の自分が嫌いじゃないから、これでよかったって、思えるんだ。」

どんな答えを選んでも、後悔は残る。引き留めても引き留めなくても。それでも、今の自分が嫌いじゃないなら、それはきっと、今の自分に出せる精一杯の答えだったのだと思うから。

「格好いいなぁ、高倉。」

「ありがとう。」


だから、君も君の、精一杯の答えが出せますように・・・。

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