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恋日和  作者: 依槻
第一章 夏恋日和
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06.夏恋日和⑥

 ようやく勇気を出して誘った花火大会。誰かに譲るつもりなど毛頭ない。ないけれど、梓に言われた“妹”、という言葉だけは喉に引っかかった小骨の様に、ずっと消えずにいた。


 今にも降り出しそうなどんよりとした空模様。それはまるで、今の槙の心の様で、吐いたため息まで重くなる。

 「おい。あそこだけやたらと空気が重いんだが。」

「恋する乙女には色々あるのよ。」

1人自分の席で空を見上げてはため息を吐く槙の様子を遠巻きに眺めながら、柚子は心配そうにその背中を見つめる。

「せっかく上手くいきそうだったのに、嫌な展開。」

「何があったのかさっぱりわからないんだけど。」

槙の姿に心配そうに表情を曇らせる双子に、事情を知らない瑠偉と臣は先日との差に疑問符を浮かべるばかりだ。

「ねえ、兄さんって槙ちゃんをどう思っていると思う?」

「千夏先輩、そういうの疎いからなぁ。」

「大切で特別なのは間違いないけれど、それが恋愛対象としてなのかは、読めないよね。」

千夏と仲の良い2人にもわからなければ、正直妹である自分にはもっとわからない。

 千夏にとって、槙は特別なのだとは思う。それは、一番近くで見てきたのだからよくわかる。けれど、特別にも色々ある。柚子や杏子に向ける、家族という特別。瑠偉や臣の様に、長い付き合いで、家族同然に信頼している特別。1人の女の子としての特別。

 近くにいるからわかること。近くにいるからこそわからないこと。

 今不安で落ち込む友人を助けてやれない事が心苦しかった。

 「何にしたってさ。出来れば、上手くいって欲しいんだけどな。」

いつになく真剣な声で言う柚子の言葉に、杏子は頷いた。

「まあ、これ以上は口出し出来ないな。」

「あとは、本人達次第、だよね。」

2人に諭され、双子はこくり、と頷いた。

「でもさ!槙の為に甘い物奢るくらいは良いと思うんだ!」

「え!?突然何!?」

いきなり両手に拳を固め、気合いを入れた柚子に、杏子はびくり、と肩を揺らす。けれど、そんな彼女にお構いなしに、「槙ー!」と、柚子は早々に槙の暗い背中に飛びつきに行った。

「柚子ちゃんって、パワフルだよね。」

「じっとしてられないんだろ。」

「そんな所が好きなくせに。」

「うるさい。お前も早く行けよ。大好きな槙ちゃんの為に。」

「言われなくても。」

にやり、と笑ったその顔は、柚子にそっくりで、双子だなぁ、とどうでも良いところで瑠偉は感心する。


 そして、後から加わった杏子も加えて、柚子は槙を連れ、教室を出て行った。

 「ね~。何処行くの?」

「購買だよ~。今日は特別にお姉さんが槙に大好きなクリームメロンパンを奢ってあげよう。」

「そして私が、槙ちゃんの大好きな3色蒸しパンを買ってあげよう。」

「えぇ!?天変地異の前触れ!?」

「「失礼!」」

衝撃を受ける槙の額に双子のチョップが入り、3人は顔を見合わせて声を上げて笑った。

「・・・・・・心配、してくれたんだよね。ありがとう。」

「まあ、それもあるけど。今回は槙がとっても頑張ったから、ご褒美、かな。」

「兄さんは鈍感だから、私たちが槙ちゃんを甘やかしてあげようかと思って。」

そう言ってぎゅーっ、と抱きしめてくれる2人に槙もようやく笑顔を取り戻した。

 そのほくほくとした気持ちのまま、買ってもらったパンの袋を抱えて歩いていると、前方から千夏が友人と連れだって歩いてきた。その中には先日会った本間桃花と三田梓の姿もあった。思わず柚子達の背に隠れた槙だったが、千夏に気付かれてしまった。

「槙!」

そう言って手を振って近づいてくる千夏に、槙は2人の背からひょっこり顔だけ出して、「こんにちは。」と挨拶をする。

「実の妹の前に槙ちゃんですか、兄さん。」

「だってお前らより槙の方が可愛い。」

「何だ、何だ?千夏の彼女か?」

千夏の友人の1人が興味津々、という様子で双子に隠れる槙を覗き込む。見知らぬ人に覗き込まれ、びくり、と肩を揺らす槙を庇うように柚子が眉根を寄せてその先輩を睨む。

「ちょっと、長門先輩。うちのお姫様を怖がらせないでくれます?」

「へ~。ちっちゃくて可愛いじゃん。いつの間にこんな可愛い彼女作ったんだよ、千夏。」

「ばーか。槙は妹みたいなもんだっての。」

(やめて。)

千夏の言葉が胸を刺す。何より嫌だったのは、今日はここに梓がいたこと。

「可愛い妹なんだから、手、出すなよ、多久。」

「私、先輩の妹じゃないです・・・。」

震える声が口を吐く。だが、千夏は何も気付いていない様子で、言葉を続ける。

「柚子や杏子と同じくらい、大事な妹だよ。」

(その人の前で、妹扱いしないで・・・!)

「私は、先輩の妹になりたかったわけじゃない!」

手していた購買で買ったパンの袋を感情のまま千夏に投げつける。

「・・・・・・槙?」

ぽろぽろ。槙の瞳から大粒の涙が溢れ出す。槙が泣く姿など、久しく見ていなかった。何故、泣いているのかわからない。わかるのは、自分のせいだということだけ。

「槙?」

「触らないで!」

双子の間に立つ槙に伸ばした手を弾かれる。助けを求めるように左右の双子を見るが、双子の視線は心配そうに槙に向けられているだけだった。

「槙?ごめん、俺のせいで泣いてるんだよな。」

(ごめん?何のごめん?)

千夏が謝る事なんて何もない。ただ槙は千夏が男の人として好きで、千夏は槙を妹として大切にしているというだけ。こんなの、ただ思いが通じ合わないから起こしている癇癪だ。千夏が謝る必要はない。謝られるなんて、惨めなだけだ。

(だから、もういい。)

「槙?」

「花火大会、もういいです。」

「え?」

「一緒に、行ってくれなくていいです。」

「何、突然・・・。」

戸惑う千夏の声が聞こえる。けれど、俯けた顔を上げることが出来ない。溢れる涙が止まらない。それでも必死に、陽気な声を出す。

「折角の花火大会。妹となんて行ったら、勿体ないですよ。」

「何だよ、それ。俺、楽しみに・・・。」

「私だって、楽しみだったよ。」

楽しみだった。浴衣を買って、当日の髪型の練習をして、指折りその日を数えて。千夏に可愛いと言って欲しかった。一緒に花火を見たかった。けれどそのどれも、“妹”では、意味がないのだ。

 勝手に泣いているだけなのに、自分を心配してくれる優しさが嫌い。“妹”にしか見ていないくせに、「楽しみにしていた」という優しさが嫌い。

「大嫌い・・・。」

もう、その場にいることが耐えきれなくて、槙は背を向けて掛けだした。

「槙!」

慌てて追いかけようとした千夏を双子が両側から腕を掴んで取り押さえる。

「何だよ、離せよ!」

「追いかけて何を言うの?」

「・・・っ。」

何を言うかなど考えていなかった。何故、槙が泣いているのか、千夏にはわからないのだから。追いかけたところで、何を言ってやればいい。

「どうせ今追いかけたって、槙を傷つけるだけだから、やめて。」

「じゃあ、お前らが追いかけろよ。」

「追いかけないよ。私たちが追いかけたって、槙は笑ってくれないもの。」

柚子は千夏から手を離すと、怒るでもなく、嘆くでもなく、無表情で兄を見返し、淡々と言った。

「ちぃ兄さ。本当に槙を妹としか見てないなら、もう槙に関わらないでやって。」

「どういう意味?」

「そのままの意味。行きましょう、柚子ちゃん。」

それ以上は何も言わず、千夏の手から袋を取り上げると、杏子は柚子の手を引いて教室に向かって歩き出した。


 千夏から逃げ出した槙は、教室に戻る気にもなれず、立ち入り禁止で人気のない、屋上の扉の前に座り込んでいた。扉の前に体育座りをして、膝に額を押し当て、全てを拒絶するように膝を抱えこんだ。

「そんなに小さくなってると、身体が痛くなっちゃうよ。」

「・・・・・・。」

声を掛けられたが、答える余裕はなく、無言を貫く。相手はそれに文句を言うでもなく、槙の隣に同じように体育座りで座り込んだ。

「よく、頑張りました。」

ぽんぽん、と頭を撫でる優しい手。千夏とは違う、その手の温もりに、益々涙が溢れる。

「なん、で・・・。ここに、いるの?・・・・・・高倉くん。」

「ここに逃げ込むのが見えたから。」

頭を撫でる手はそのままに、基は泣いている理由も、ここに逃げ込んだ理由も何も聞かなかった。いや、もしかしたら知っているのかもしれない。知っているから、聞かないでいてくれるのかもしれない。どちらにしろ、何も聞かないでいてくれる事がありがたかった。今は、何も話したくなかったから。

「ねえ、戸塚さん。僕と、花火大会に行ってくれませんか?」

“花火大会”、という言葉にぴくり、と槙の肩が揺れる。顔を上げない槙の腕を取り、基は自分の方に引いた。縮こまっていた槙の小さな身体はいとも簡単に基の胸に倒れ込む。その身体を抱きしめた。突然の事に、槙は未だ反応する事が出来ずにいた。

「今、こんな事いうのはずるいってわかってる。でも、言わせて。君が好きだ。」

千夏とは違う手。千夏とは違う声。

 これが千夏だったら良かったのにと思ってしまう自分に、槙は再び涙を流した。

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