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恋日和  作者: 依槻
第一章 夏恋日和
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05.夏恋日和⑤

 約束の花火大会まで1週間。槙たちは放課後、花火大会に着ていく浴衣を探していた。

「柚子には、これが似合うと思う。」

白地に青系のモダンな花柄の描かれた浴衣を柚子に当てる。普段は快活な柚子を大人びて見せるその浴衣に、隣で見ていた杏子も同意する。

「柚子ちゃんって青系が似合うよね。」

「いやいや。何であたしの浴衣選んでるの?槙と杏子が選びなよ。」

呆れたように言って、槙が差し出した浴衣を避ける柚子に、槙と杏子は不満げな視線を柚子に送る。

「杏子に効いたよ。穂高くんを花火大会に誘ったんでしょう?」

「瑠偉を誘うのがそんなに珍しい?」

「特には。でも、折角の花火大会。お洒落をしても罰は当たらないと思わない?」

微笑んでそう言って、杏子は再び、浴衣選びに入る。今度は、クリーム色をした生地に薔薇や秋草が淡い色合いで描かれた生地を手に取る。

「これ、槙ちゃんに似合いそう。」

ほら、と差し出された浴衣を手に取り、「わぁ。」と、槙の口から感嘆の声が漏れる。描かれる薔薇や秋草は大人っぽいが、淡い色合いの柄と柔らかな色の生地が女の子らしくまとめてくれている。

「あ、それ可愛い!絶対、槙に似合うよ。」

「そ、そうかな?」

「試着お願いしてみようか。」

2人に後押しされて、槙は試着のお願いをして、試着室に向かった。


 「私も、このお色はお姉さんにお似合いだと思いますよ。」

試着をお願いした店員は優しく微笑みながら、着付けをしてくれた。着付けながら、可愛い帯の結び方、当日の髪型など、色々相談にのってくれた。

「好きな人と花火大会に行かれるんですか?」

「まだ、片思いなんですけど・・・。」

「じゃあ、目一杯お洒落をしていかないといけないですね。」

「はい。」

接客の一貫だとしても、そうして背中を押されることは嬉しくて、槙は満面の笑顔を浮かべて返事をした。

「さ、出来ましたよ。」

「ありがとうございます!」

店員が持ってきてくれた姿見に映る自分は、いつもより綺麗に見えた。浴衣姿の自分を見て、千夏はなんと言ってくれるだろうか。可愛いと、思ってくれるだろうか。女の子として、見てくれるだろうか。

「きっと、お姉さんの想い人も見惚れてしまいますよ。」

そっと耳打ちしてくれた店員に、槙は薄紅に頬を染めた。

 槙は試着したその一着に決め、杏子は、桜と蝶を染め上げた柄に薄い紫のグラデーションの入った帯の浴衣に決めた。


 「柚子は買わないの?さっきの浴衣すごい似合いそうなのに。」

会計を済ませた槙は待ってくれている柚子に再三尋ねていた。その度に柚子は困ったように微笑む。

「・・・・・・見せたい人がいないから。」

名残惜しげに浴衣から手を離す柚子の横顔は少し寂しそうで、歯がゆい気持ちになる。そんな槙の気持ちを察してか、柚子が笑う。

「ありがとう。今日は買わないけど、いつか見せたい人が出来たら、買い物付き合ってくれる?」

「勿論!」

勢い込んで答える槙に、柚子は満面の笑顔を浮かべた。


 「浴衣着るの楽しみだねぇ。」

「写真撮りたいね。」

「じゃあ、花火が終わったら家に集合しようよ!」

髪飾りやら何やら一通り必要な物を購入し、お茶をしがてら、3人はファミレスにて女子トークで盛り上がっていた。

「でも、槙ちゃんの可愛い浴衣姿を一番最初に見るのは兄さんなのよね。」

「あ~あ。何か、妹を嫁に送り出す気分だよ。」

「嫁って。」

柚子の発言に照れて頬を染める槙に対し、向かいに座る双子はかなり不満げだ。

「ねぇ、やっぱり、ちぃ兄なんてやめてあたしにしとかない?」

「変態か。」

テーブルに肘を付き、ポーズを決める柚子の後頭部にすかさず杏子がチョップを入れて突っ込む。

「そういう柚子ちゃんは、瑠偉くんとデートがあるでしょう。」

「デートじゃなくででばが・・・。」

「ごめんなさい。わかったからもうしゃべらないで。」

言葉の途中で今度は脳天チョップをくらい、柚子が机に沈む。繰り広げられたやり取りに、槙はただ瞳を瞬くばかりだ。


 「あれ?樋野くんの所の双子ちゃんじゃない?」

「「はい?」」

突然掛けられた陽気な声に、双子は訝しげに返事をする。槙も双子にならって声を掛けてきた人物を振り返る。そこにいたのは、槙達と同じ制服を着た女子生徒たちだった。

「桃ちゃん。双子ちゃん達は私たちの事知らないと思うよ。」

「そりゃそうか。私、樋野くんのクラスメイトの本間桃花。こっちは三田梓。」

ギャルっぽい女子生徒の方が自己紹介をし、その後ろで、友人に紹介された女子生徒が礼儀正しくお辞儀をする。

「どうも。」

「いつも兄がお世話になってます。」

双子もとりあえず挨拶を返す。そのやり取りを黙ってみていた槙は視線を感じ、そちらを見ると、三田梓と目が合った。じっと見つめてくる彼女に、槙は首を傾げる。

「あの・・・?」

「え?あ、ごめん。」

視線の意味を暗に問いながら声を掛けると、彼女は慌てた様子で謝った。しかし、未だに視線は槙に向いたままで、その瞳は何かを問いたがっていた。それに気付いた本間桃花の視線が槙に向く。

「ねえ、もしかして、戸塚槙ちゃん?」

「え?そう、ですけど。」

どうして名前を知っているのか。槙は少しの不安を抱きながら瞳を瞬く。不安げに揺れる槙の瞳をにっこり笑顔で受け止めながら、桃花は梓に視線を送る。その続きはお前が言え、とてもいうように。

「・・・・・・千夏くんが、双子以外にも妹みたいな奴がいるって。もしかして、あなたがそうなのかなって、思って。」

“妹”。その言葉が槙の心を抉る。自分が千夏の目にどう映っているのかなんて、とっくの昔に知っていた。自分が、女の子に見られていないことなんて、ずっと前から知ってた。

 痛みに震える心をねじ伏せて、槙は笑ってみせる。

「中学の時からお世話になっているんです。」

「そう、なんだ。」

「じゃあさ、妹なんだったら、譲ってくれるよね。」

「はい?」

桃花の威圧的な言い方に、びくり、と肩が竦む。

「妹なんだったら、樋野くんを好きな梓に、花火大会行くの譲ってくれるよね。」

桃花は笑っているのに、怖いと感じた。何より、それはお願いというよりも、命令されているようだった。

「何で、先輩にそんな事言われなきゃいけないんですか?」

沈黙を破ったのは不機嫌そうな柚子の声だった。友人の声に、槙は知らず詰めていた息を吐き出す。

「そんなに兄と花火大会に行きたいなら本人に言えばいいんじゃないですか?裏で槙に交渉するなんてせこい手使わないで。」

見下すようにため息混じりに話す柚子の態度に先ほどまで笑みを浮かべていた桃花の表情がすっと、冷たいものに変わる。

「ちょっと、あんた。樋野くんの妹だからって調子にのってない?」

「兄の妹だからって調子にのった事なんてありませんけど。先輩こそ、先輩だからって後輩に命令してくるのやめてくれません。部活の先輩ならまだしも、はっきり言って、あなた達と私達は無関係ですから。」

態度を改めることなく、すらすらと嫌みを返してくる柚子に桃花は今にも殴りかからんばかりだ。

「ゆ、柚子!」

「桃ちゃん、ストップ。」

ヒートアップしそうな2人を槙と梓が止める。梓に止められ、桃花はキッと、柚子を睨むが、柚子はもう興味が失せたかのように、桃花に視線を向けることはなかった。

「あの、ごめんね。私、千夏くんを花火大会に誘ったら、槙ちゃんと行くからって断られてしまって・・・。」

「それで、槙ちゃんに直接交渉しに来たんですか?」

「・・・・・・うん。あの、桃ちゃんは私の為に言ってくれただけで、悪気はなくてね・・・。」

「三田先輩。偽善者ぶったって、あなたが槙ちゃんを傷つけた事に変わりはないですよ。・・・・・・帰ろう。」

柚子を突っつき、出るように促し、「槙ちゃん。」と、呆然としている槙に声を掛ける。槙は、こくり、と頷くと席を立ち、柚子と杏子に続こうとした。その腕を梓が掴んで引き留める。

「お願い。私、やっと勇気を出して誘ったの。槙ちゃんは妹みたいな存在なんだから、いつでも一緒にいられるじゃない。千夏くんだって言ってたよ!槙は妹たちと同じくらい大切だって!あなたは、妹としか見られてないんだよ。」

梓の紡ぐ言葉全てが槙の心を抉る。千夏が、槙を周りの人間になんと言っているかなんて聞きたくなかった。知りたくなかった。

「いい加減にしてください。みっともない。」

槙の腕を掴んでいた梓の手を杏子が引きはがし、庇うように間に入る。

「みっともなくたっていい!だってしょうがないじゃない、好きなのよ!諦めきれないんだもの!」

瞳に涙を浮かべてそうはっきりと言う梓に、この人も、今の関係を変える為に必死なのだとわかる。同じ人を好きだから、彼女の気持ちだって痛いほどわかる。

(でも、それでも・・・。)

「すみません、三田先輩。私も、やっと勇気を出して誘ったんです。だから、譲れません。」

真っ直ぐに梓を見つめ、一度頭を下げて槙は背を向けた。

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