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恋日和  作者: 依槻
第二章 初恋日和
14/15

14.初恋日和⑥

 柚子の知らない顔で、知らない人の名前を呼ぶ音弥。

 胸が潰れそうだと思ったのは、初めてだった。


 女性を助けに行った音弥は彼女の腕を引いたまま、柚子達の元へと戻ってきた。

「あ、先生、おかえりなさい。」

目の前まで帰ってきた音弥にはっと我に返り慌てて言葉を紡ぐが、彼は「おう。」と不機嫌そうに答え、その瞳は女性に向けられたままだった。

 一方の女性の方は、不機嫌な音弥など気にした様子もなく、柚子と瑠偉に興味津々の様子だった。

「音弥の生徒さん?」

「俺のクラスの生徒だよ。」

渋々、と言った様子で答える音弥に代わり、柚子と瑠偉はそれぞれ彼女に頭を下げる。

「樋野柚子です。」

「穂高瑠偉です。」

「可愛い~!やっぱり高校生っていいわね。」

ふふ、と笑う彼女は可愛らしい雰囲気で、幼い雰囲気もあるのに、けれどやっぱり、大人の余裕の様なものが感じられた。

 高校生である自分とは違う、“女の人”なのだと強く感じた。

「辻利先生のお友達ですか?」

「うん!大学の同級生なの。小山美桜よ。」

「へ~。辻利先生に女友達がいたんですね。」

瑠偉が意味深な視線を音弥に送れば、彼は着気まずげに視線を反らす。そんな彼の様子を見れば、ただの友達でないことくらい、柚子にだってわかる。それ以上知りたくなくて、柚子は瑠偉の手を握る手に力を込める。けれど、瑠偉の追求は止まらなかった。

「もしかして、辻利先生の彼女とか?」

「穂高、お前な・・・。」

「元、ね。これでも結構長く付き合ってたのよ?」

笑って話す美桜に、何でもない振りをしながら相槌を打つ。

 ぐらぐら、ぐらぐら。心が揺れる。

「美桜。生徒にそういう話するな。」

「はーい。」

 柚子の知らない音弥を美桜はきっと、沢山知っている。だって彼女は、音弥の“生徒”ではないのだから。先生じゃない音弥を知っている。音弥と一緒に出掛けることだって出来る。どんな話だって出来る。例えば、好きだと、想いを伝えることだって出来る。


 ぐらぐら、ぐらぐら、心が揺れる。

(大丈夫だって、思ってた。)

この気持ちを押し隠しても笑っていられると思っていた。“いい生徒”でいられると思っていた。


 「瑠偉。そろそろ交代の時間だし、戻ろう。先生のデートを邪魔しちゃ悪いし。」

わざと戯けてみせる。にっと、音弥をからかうような笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込む。

「ちゃ~んとエスコートしなくちゃダメですよ、辻利先生。」

「だから、俺は仕事中なんだよ。」

「見回りしながら案内するぐらいいいと思いますよ~。ねえ、瑠偉。」

「そうですね。大人は大人同士、仲良くすればいいんじゃないですか?学生は学生同士で楽しむんで。」

そう言って瑠偉は、音弥達に見せつけるように未だ繋いだままだった手を掲げてみせる。そして、仏教面が常の瑠偉には珍しく、満面の作り笑顔を浮かべる。

「こうやってね。・・・それでは。」

ぺこり、と頭を下げ、繋いだ手を引いて、瑠偉は歩き出す。柚子も瑠偉に倣い2人にお辞儀をしてから歩き出す。


 人で賑わう中庭を抜け、一般客は立ち入り禁止になっている昇降口の方へ回ると、そこには、柚子と瑠偉を待っていたかの様に、槙と杏子、そして臣がいた。瑠偉はそのまま3人の元へ行くと柚子から手を離し、後頭部に持って行くと、そのまま杏子に向かって柚子を押しつけた。

 「・・・乱暴。」

難なく受け止めながら文句を言って見上げた瑠偉の表情に、杏子はそれ以上軽口を叩けなくなった。

「瑠偉くん・・・。」

「パス。あとは任せる。」

「あ、瑠偉・・・。」

杏子に何かを言われる前に、瑠偉はさっさと靴を履き替え、歩き出した。その背中を、臣が慌てて追いかける。

「臣くん!」

「大丈夫だよ。杏子と戸塚さんは、柚子ちゃんをお願いね。」

そう言って微笑み、臣は瑠偉の後を追っていった。

 「柚子・・・?」

先ほどから何も言葉を発しない柚子に、槙は不安になりながら呼びかける。けれど、反応はなく、槙は眉をへの字に曲げ、杏子を見上げる。その杏子も、とても心配そうに柚子を抱きしめていた。

「大丈夫だって、思ってた。」

杏子の肩口に顔を押しつけたまま、柚子が言葉を紡ぐ。何の事かわからない2人は顔を見合わせ、柚子の話に耳を傾けた。

「私と音くんは、皆とは違う繋がりがある。他の皆より少しだけ特別だって、そう思ってた。・・・・・・知らない、あんな人。知らない、あんな顔。私は音くんを、何も知らない・・・!」


 震える声が、柚子の悲しみを訴えるように、響いた。

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