13.初恋日和⑤
「きゃー!柚子先輩、可愛い~!!」
「あははは!柚子がフリルエプロン!超うける!!」
「一緒に写真撮ってくださ~い!」
次々掛けられる言葉に、お店の看板を掲げた柚子の表情がげっそりとしていく。知り合いに会う度会う度、写真をせがまれ、普段しない格好を笑われれば、いくら柚子が脳天気でも疲れるというものだ。
「大人気だなぁ、柚子。」
「何で、あんたは余裕なわけ!?」
隣で涼しい顔をしている瑠偉を睨めば、彼は「さあな。」と、意地悪い笑みを浮かべる。
今の瑠偉は白いスーツに白いウサギの耳。胸ポケットからは懐中時計が垂れ下がり、左目にはモノクルという出で立ちだ。モチーフは柚子と同じ物語に出てくる“白ウサギ”だ。
“アリスと白ウサギ”という組み合わせで、柚子と瑠偉は宣伝係に回されていた。
「絶対、女子がキャーキャー言うと思ったんだけどなぁ。」
「お前の格好の方がインパクトがあったんだろ。」
「それ誉めてる?けなしてる?」
「さあ?」
意地悪な笑みなのに、なんだか瑠偉はとても楽しそうで、柚子はむっとしつつも、しょうがないなぁ、という気持ちになる。そして、ふわり、笑みを浮かべる。
「私は今日の瑠偉、かっこいいなって思うよ。」
「は!?」
柚子の突然の言葉に、その意味を理解すると同時に、瑠偉の顔が一気に赤く染まる。そんな表情変化に柚子は驚いたように瞳を瞬いた。
「え?瑠偉?」
「何でお前、普通にそういう事が言えるんだよ。」
赤くなった顔を隠すように、片腕を顔の前に持ち上げる瑠偉に、柚子は不思議そうに首を傾げた。
自分の発言に、瑠偉が戸惑っている事はわかる。けれど、何故?その理由がわからなくて、「なんでって・・・。」と柚子は言葉に詰まる。
「そう思ったからだけど・・・。私、なんか変な事言った?」
「変な事って言うか・・・。もう、いいよ。ほら、宣伝して回るぞ!」
片手に看板。空いている方の手で柚子の手を握り歩き出す。「変な瑠偉。」と呟きながらも、それ以上追求することなく、柚子は大人しく瑠偉についていく。
そうやって宣伝をしながら中庭を歩いていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。近くには他学年の女子生徒。というか、見覚えのある人物に、柚子は眉根を寄せる。
「むー。音くんの近くに気に入らない先輩発見。」
「はあ?」
口をへの字に曲げた柚子は引っ張られていた瑠偉の手を今度は引っ張っていく形で音弥の方に近づいていく。
「辻利先生!」
「・・・柚子?何やってんだ、お前らそんな格好で。」
「宣伝です!先生はサボりですか?」
「見回りだよ、バーカ。」
お前、先生を暇人だと思ってんだろう。そう言って音弥に額をこづかれた。
(だったら、こんな人に捕まらないで下さい。)
そう言いたい気持ちを抑え込み、拗ねたように顔を背けた。
「そっかぁ。辻利先生って樋野妹のクラスの担任だったんだっけ?」
「どーも、お久しぶりですね。本間先輩。」
にっこり極上の笑顔を意識して向ければ、本間桃花は肩眉をぴくり、と上げた。
桃花とこうして言葉を交わすのは、以前、夏祭りの件で揉めて以来だ。学年が違うため、滅多に会わなかったのも本当だが、互いに嫌っている為、意識して避けていた面も大きい。
「辻利先生も大変ですね。こんな跳ねっ返りがクラスにいると。」
「あはは。私は先輩みたいに陰険じゃないから扱いやすいとは思いますよ。」
にっこり笑っていた桃花の頬が引きつる。
気に入らない相手にすぐ喧嘩をふっかけるこの癖がどうにかならないものかと、瑠偉は隣でため息を吐く。
「お前、それ自分が単細胞って言ってるようなものだぞ。」
「今そこ突っ込みます!?」
まさかの音弥からの横やりを受け、そちらに顔を向ければ、音弥は柚子の反応に楽しげに笑った。
(そうやって無邪気に笑う・・・。)
文句を言ってやりたいのに、時折見せる昔と同じ表情を見ると、特に、この笑顔を見ると、それ以上何も言えなくなってしまう。
「お~い、桃ちゃん!お待たせ~。・・・あれ?樋野さん?」
「梓おそ~い。あんたのせいでコスプレしたお猿さんに絡まれちゃったでしょう。」
「本当腹立つ蛇女だな。」
「ぽんぽん、ぽんぽんよく言葉が返るわね。」
にっこり笑顔で毒を吐く柚子に、桃花は頬を引きつらせながら、音弥に頭を下げ、最後に柚子をひと睨みして、三田梓の背中を押し、行ってしまった。
「お前、先輩にまでああいう態度とってるわけ?いつか絶対しめられるな。」
「だって嫌いなんだもん、あの人。」
「柚子は世渡りが苦手そうだな。」
「辻利先生と一緒で?」
にやり、と笑みを浮かべて音弥を見上げれば、「ばーか。」と、再び額を小突かれる。何気ないこのやり取りが嬉しくて、柚子は笑みを浮かべる。
「にしても、面白い格好してるな、お前ら。」
「不思議の国のアリスだよ。」
「柚子がアリスで、穂高が白ウサギって所か?」
「正解!」
「にしても穂高。似合うな、ウサギ。」
「先生に誉められたって嬉しくないです。」
「いや、そこは素直に喜べよ。」
他愛ないやり取りの中で、先ほどの教室での様子を思い出す。
衣装に着替えた女の子達へ、先生として、讃辞を述べていた音弥の姿。
今なら、聞いてもいいだろうか。今なら、先生としてではなく、柚子の知っている音弥として、言葉をくれるだろうか?
そんな期待が膨らみ、いざ問いかけようと柚子が顔を上げると、音弥は驚いたように、瞳を見開いて別の方向へ視線を向けていた。
「・・・・・・辻利、先生?」
「美桜?」
呟くように名前を言ってすぐ、音弥は駆け出す。
引き留める間もなく、行ってしまった音弥を視線だけで追えば、人混みの中、腕を掴まれている見知らぬ女性の姿。音弥の存在に気付いた彼女は安堵した様に、笑みを浮かべた。彼女の腕を掴む男へ音弥が何やら言うと、男は彼女から手を離し、去っていった。
ドラマや漫画の様なワンシーンを柚子はただ呆然と見つめていた。
「辻利先生の知り合いか?」
「かもね。・・・・・・女性のピンチに颯爽と駆けつけて助けるとか、かっこいいね。」
「柚子?」
「本当、かっこいいね・・・・・・。」
そう呟いた柚子の表情に、瑠偉は表情を歪め、顔を背けた。
『私は今日の瑠偉、かっこいいなぁって思うよ。』
そう言って微笑んだ時とは違う。
眉根を寄せ、切なげに瞳を揺らすその表情は、瑠偉には向けられた事のないものだった。