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恋日和  作者: 依槻
第二章 初恋日和
12/15

12.初恋日和④

 そしてやってきた、文化祭当日。柚子は手渡された衣装に眉根を寄せる。

「ほら、柚子ちゃん、早く着替えて!」

「いやいやいや。配役おかしくない?」

「そう?槙ちゃんはすごい似合っているけど。」

そう言って杏子が指さす先には、手渡された衣装に身を包み、「うーん。」と、柚子と同じく眉根を寄せる槙がいた。

 彼女は、白を貴重としたワンピースに上から赤いずきんのケープを纏っている。何の登場人物かは、そのフードを見れば一目瞭然。

「槙、赤ずきん似合うなぁ。」

身長やら童顔な容姿やら、これ以上の適役はいないであろうというぐらいしっくりくる。なんだったら持ち帰って妹にしたいくらい可愛い。

「柚子ちゃん、思考だだ漏れよ。気持ち悪い。」

「だって、可愛くない!?何、この生き物!」

「のぉ~!?何、柚子!?苦しいんだけど!?」

突然ぎゅうぎゅう力を込めて抱きしめられ、槙は柚子の腕の中で苦しそうにもがく。2人の様子に杏子は呆れたように額に手を当てため息を吐いた。

「槙ちゃんが可愛いのは当たり前です。私が配役を決めたんですから。」

「え~!?何で私赤ずきん!?子どもっぽいよ~。」

「元が子どもっぽいからぴったりじゃん。」

「そういう事言う!?」

柚子の一言にショックを受ける槙は、キッと柚子を睨み上げた。涙で睨み上げられ、さらには似合いすぎている格好に、いつも以上に可愛い槙に、柚子はメロメロになる。

「え~、超似合うよ。後でちぃ兄に見せに行こうよ。ぜーったい、メロメロになるよ!」

「柚子ちゃん、変態っぽいよ。じゃなくて、いい加減着替えてきて下さい。」

「えぇ~。マジですか。」

「はいはい。もう無理矢理着替えさせます!」

渋り続ける柚子に痺れを切らし、杏子は柚子から衣装を奪い取るとそのまま彼女をトイレへ連行していった。


 「柚子、めっちゃ可愛い!」

戻ってきた柚子を見て、槙は瞳をキラキラと輝かせる。一方の柚子はげんなりした顔をし、その隣に立つ杏子は実に満足そうだ。

「ねぇ~、何であたしこの衣装?絶対杏子のが似合うじゃん。」

そう言ってスカートの裾を持ち上げる柚子に、杏子は「はしたない。」と、注意をする。

 柚子が着ているのは水色のワンピースに白いフリルのエプロン。白黒のニーハイに黒の靴と頭にはリボン付きの黒いカチューシャ。モチーフは“不思議の国のアリス”だ。

「あとはウィッグを被れば完璧!」

「こういうフリルとかリボンカチューシャとかって絶対杏子の方が似合うと思う。」

「だからよ。私は調理係で衣装が着れないの。柚子ちゃん顔は私と同じなんだから、絶対に似合うと思って。」

そう言って微笑む杏子と自分は確かに双子で一卵性双生児であるだけに顔はそっくりだ。この格好で黙ってお淑やかにしていれば杏子の様に似合うのかもしれないが、如何せん自分で自分に違和感がありすぎる。

 「お~。着々と着替えてるな。・・・・・・戸塚、赤ずきん似合うな。」

最終チェックを終え、教室に入ってきた瑠偉は柚子達の方に近づいてきて、柚子を一度見て、槙に視線を向けた。

「おい!あたしへのコメントは!?」

「お前、その格好でそのしゃべり方やめろよ。」

呆れたような顔をする瑠偉にイラッとしながら「無視した方が悪い!」と噛みつく。

「まあ、まあ、柚子ちゃん。すごい似合っているよ。」

「臣く~ん。君は本当になんていい奴なんだ。」

頭を撫でながらそう言ってくれる臣に、柚子は泣きつく。「私も誉めたよ。」と、槙が不満げに言えば、今度は槙に泣きついた。

「ていうか、そういう格好は杏子の方が似合いそうだけどな。」

「え?」

話を振られ、杏子は驚いたように瑠偉に視線を向けた。

「お前着ないの?好きだろ?ああいう衣装。」

「だって、私は調理係だし・・・。」

「別に交代でやればいいじゃん。」

だめなの?と他の調理斑や女子に瑠偉が話を振れば、皆ふるふる、と首を横に振った。

「あたしも衣装着ている子達見て着たいなぁって思ってた!」

「せっかくだし、皆で順番に着ようよ!」

嬉しそうに声を上げる女子達に、杏子はそわそわし始める。

 本当は、衣装を着る柚子や槙が羨ましかった。衣装を縫いながら、着てみたいと密かに思っていた。

 ぽんぽん、と頭を優しく撫でられる。皆に向けていた視線を戻せば、瑠偉が優しく微笑んでいた。

「よかったな。杏子、絶対似合うぞ。」

「あ、当たり前です。」

ほんのり頬を染めて、でも嬉しそうに微笑む杏子に、柚子は自分がアリスの衣装を着ているのもそう長くはないだろう、と安堵する。

「杏子って、実は瑠偉くんの事大好きだよね。」

「ああ~、そうね。杏子ブラコンだから。」

槙の言葉に苦笑いを浮かべながら答えれば、彼女は「なるほど。」と、納得したように頷いた。

 杏子にとって瑠偉はもう1人の兄の様な存在。柚子にとってそうであるように、家族の一員なのだ。普段は冷たい事を言っていても、千夏の事も、瑠偉の事も、杏子は“兄”として好いている。

「ただ、そう思わない人もいるんだよね~。」

先ほどまで一緒にいたのに、いつの間にか離れていった臣に、柚子は内心ため息を吐く。

 いらぬやきもち。けれど、彼にとってはたぶん、結構深刻な悩みだろう。

(爆発しないといいんだけど。)

臣の方を見やりながら苦笑いを浮かべていると、教室の入り口が騒がしくなった。

「辻利先生、辻利先生!この格好どうですか!?」

「可愛いですか!?」

どうやら出席を取りに音弥がやって来たらしい。衣装に身を包んだ女子生徒達に集られ、柚子の所からだと全く音弥の様子が見えない。

「柚子ちゃんは行かないの?」

「何処に?」

「あそこ。」

そう言ってひょっこり隣にたった杏子が指さす先はその人集りだった。

「行かないよ。」

「今の柚子ちゃんすごく可愛いなのに。勿体ない。」

「私は辻利先生を困らせたいわけじゃないもの。それに・・・。」

「それに?」

「先生としての言葉なんて、私はいらないから。」

今行ったところで、もらえるのは先生としての讃辞。そんなもの、いらない。

「私は、他の女の子たちと同じ扱いなんて嫌よ。私が欲しいのは、音くんの言葉なんだから。」

欲しいのは、先生でない、1人の男の人として、辻利音弥の言葉。

 欲しくて、欲しくて、絶対に手に入らないもの。

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