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恋日和  作者: 依槻
第二章 初恋日和
10/15

10.初恋日和②

 音弥にもらった飴をくわえつつ、造花作りの作業に戻る。苛立ちが収まったおかげか、先ほどよりも幾分、ましな出来の造花が出来上がった。

「あたし上達した!?」

「うんうん。蕾って感じ。」

「そこは誉めろよ。」

出来上がった造花を見せると、槙は微笑ましそうな顔をして何とも言えない感想を述べた。

「誉めてるよ。だって、さっきはいもむしだったじゃん。」

誉めてるのに文句言うな、と抗議する槙に、いもむし言うな、と返しつつ、少し上達した自分に満足して、柚子は次の紙を手に取った。

「なあ、そろそろ休憩しない?」

「おー、瑠偉。おかえり~。」

外で作業をしていた瑠偉が教室に入ってきたのを見て、柚子は造花片手に手を振った。そのまま柚子たちの所までやってきた瑠偉は机の上の造花の山を見て、目を瞬く。

「・・・・・・いもむし?」

「花だよ!どいつもこいつも同じ感想を言うな!」

棒を持って飴を瑠偉の方に向ければ、瑠偉はその飴を見てむっと眉を寄せた。

「どいつもこいつもって何?他にも誰かに言われたわけ?」

「槙と辻利先生。」

「・・・・・・その飴、何?」

何やら不機嫌になった瑠偉に首を傾げつつ、柚子は瑠偉に突きつけていた飴を振り、「これ?」と尋ねれば、彼は黙って頷き、肯定した。

「辻利先生にもらった。」

「ふ~ん。・・・・・・柚子。」

「何?」

「腹減ったからそれちょうだい。」

「へ?」

言うが早いか、瑠偉は柚子の手首を掴み、そのまま自分の口元まで持って行くと、ぱくり、と飴を食べ、柚子から飴を奪った。

「臣。飯買いに行こうぜ。」

ぽかん、としている柚子や槙、周りの人間を尻目に、瑠偉は至って普通な様子で、臣を誘い、そのまま財布だけ持って教室を出て行ってしまった。途端、教室に黄色い叫び声が飛び交う。

「きゃー!今のって間接キスじゃない!?」

「やっぱり柚子と穂高くんって付き合ってたの!?」

一気にクラスの女子に囲まれ、やんや、やんや、と騒がれ、柚子は目を白黒させる。

「ちょっと、柚子~。どうなのよ~?」

「どうって言われても瑠偉は幼なじみだし、今のだって、たぶんお腹空いてたから美味しそうに見えたんじゃない?」

「いやいやいや。お腹空いてたって、人が食べてるものは取らないでしょ。」

「え、槙は取るよ?」

「いや、柚子。そういう問題じゃないと思う。」

心底不思議そうにしている柚子に、槙が呆れた様に突っ込めば、周りの女子もうんうん、と同意するように頷いた。

「ていうかさ、樋野さんって辻利先生とも仲良いよね~。本当、周り男だらけだね。」

輪から外れた場所から上がった意地の悪い声に、皆の視線がそちらに向く。そのクラスメイトは、普段、槙や杏子以外では男子とつるむ事の多い、柚子をあまり快く思っていないグループの1人だった。

「実は辻利先生と付き合ってたりして。」

「はあ?」

音弥が話題に上がり、しかも濡れ衣を着せる様な内容に、柚子はむっと眉を寄せ、自然、低い声が出る。

「向きになってるの?」

「くだらないなって思っただけ。好きだね~。仲が良い男女をすぐにカップルにするの。」

幼稚なんだね、とにっこり笑ってみせれば、苛立ちを募らせた彼女はがたり、と席をたち、キッと柚子を睨み付けてきた。

「こら。」

ぽかり。後頭部を軽く叩かれ、柚子はむっとしながら、今、自分を叩いた杏子を振り仰ぐ。

「何すんのよ、杏子。」

「煽ってどうするの。辻利先生は臣くんの従兄だから中学の時から知ってて少し親しいんだって言えば丸く収まるでしょう?」

すぐに人を挑発する柚子に、杏子は呆れたようにため息を吐いた。先ほどまで事の成り行きを見守っていた女子達は、“臣の従兄”、というワードに食いついてきた。

「辻利先生と綾川くんって従兄なの!?」

「いいな~。私も辻利先生とお近づきになりた~い。」

「ふふ。親しい分、成績落とした時は容赦ないわよ。ねえ、柚子ちゃん。」

先日、生物のテストで赤点を取った柚子に微笑めば、柚子はその時の事を思い出し、サー、と顔を青ざめさせた。その様子にただ事ではないのだと、クラスメイトたちは悟った。

「・・・・・・うん。私、今のこの適度な距離感でいいや。」

「そうお勧めするわ。」

音弥の話題が出たことで、先ほどの瑠偉の件はすっかり皆の頭から抜けているらしく、彼女たちは騒ぐだけ騒ぎ、各々昼食を取るため、散り散りになっていった。事が落ち着いてしまい、先ほど絡んできたクラスメイトもそれ以上は何も言わず、不満げな顔で柚子をひと睨みして、他の友人らと教室を出て行った。


 「ありがと、杏子。」

人がまばらになった教室で、柚子はふぅ、と安堵したように息を吐き、杏子に微笑みかけた。にへら、と気の抜けた笑みを浮かべる柚子に、杏子は「しょうがないなぁ。」と、微笑み返す。

「すぐに挑発に乗るの、柚子ちゃんの悪い癖だよ。」

「あたし、ハラハラしちゃった・・・。」

胸を押さえて苦笑いを浮かべる槙に、柚子は「ごめん、ごめん。」と、素直に謝る。

「槙は小心者だもんね。」

「うん。そう言う問題じゃない。」

普通、友人がクラスメイトと一触即発の状態になったらハラハラするものではないだろうか、と思いつつ、柚子にその手の常識は通用しないと分かっている為、槙は諦めのため息を吐いた。そして、ふと思い出したように、「それにしても。」と、言葉を続ける。

「穂高くんがあんなことするなんて意外。」

「きっと今頃、顔真っ赤にしてるんじゃない?」

「瑠偉が?ないない!」

笑ってそう断言する柚子に、槙と杏子は心の中で瑠偉に同情するのだった。


 女子達が教室で大騒ぎをしていた一方、平静を装い、教室を出た瑠偉の横では、臣が耐えきれない、と言うように笑い出した。

「何だよ、臣。」

「いやいや。笑わずにはいられないよ。瑠偉、顔真っ赤だよ。」

「うるへ~。」

口に飴をくわえたまま、瑠偉は仏教面を作るが、その顔は赤く染まり、照れていることが丸わかりだ。

「今更照れるくらいなら、やらなきゃいいのに。」

「うるせえ。気がついたらやっちまってたんだから、しょうがないだろ。」

未だ笑っているの臣の頬を抓ってやりながらそう言えば、臣は「いいんじゃない。」と、笑った。

「これで少しは、意識してもらえるかもよ。」

「柚子だぞ?」

「・・・・・・無理かもしれないねぇ。」

にっこり笑って、先ほどの発言を直ぐさま撤回した臣に、「だよな~。」と、瑠偉はため息を吐く。

 普通、あんな行動を取れば、誰だって相手への好意へ気付くというものだ。だからおそらく、クラスの女子に、自分の気持ちはばれてしまったことだろう。だが、そこで気付かないのが柚子なのだ。

「そういう鈍いとこばっか、千夏先輩に似なくてもいいのにな。」

ため息が零れるのも仕方がないというものだ。それでなくてもライバルは強大なのだ。せめて自分を意識してくれればいい。そう思いつつも、今の関係を壊すのが怖くて自分の気持ちを伝えられないのも事実だった。

「ため息吐くと幸せが逃げるよ。」

自然、ため息が増えていた瑠偉に、臣は苦笑いを浮かべる。そしてふと、足を止めた。

「臣?」

「ほら。瑠偉の悩みの種の1人が来たよ。」

首を傾げつつ顔を上げると、前から音弥がだるそうな足取りで歩いてきた。向こうもこちらに気づき、ある程度の距離を取って足を止めた。

「何だ?もう帰るのか?」

「いやいや。お昼を買いに行くんだよ。」

「ふ~ん。ならついでに俺に飴買ってこい。」

渋る臣に要求していた音弥は、瑠偉のくわえている見覚えのある飴に少し驚いたように瞳を見開く。

「穂高。お前、その飴どうしたんだ?」

「・・・・・・柚子にもらいました。」

奪い取った、が正しいが、あえてもらったと言う。それは、瑠偉のちっぽけな対抗意識だった。そんな幼い嫉妬に気付いているのかいないのか、音弥は「そうか。」と言って、いつもの無表情に戻ると、「じゃあ、飴よろしくな。」と、手を振り行ってしまった。

「相変わらず、何考えてるかわかんねえよな。お前の兄ちゃん。」

「従兄ね。・・・・・・わかり、づらいかなあ?」

臣は苦笑いを浮かべる。音弥との付き合いも長い臣は、従兄の表情がほんの少しだけ変化していたのを見逃さなかった。

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