始まり
最悪だった、迂闊だった。
俺はlevel.over、195の脱走を取り押さえるよう上から命じられた。監獄の職員と共に向かった、のだが。
運が悪すぎた。悪天候で見失いやすいし、対象が敷地外へ出てしまった。今いる位置から走るなら、10、いや。数分で街へとついてしまう。
何人か犠牲者がでた。軽いけがでも重い怪我でも、死んだとしても構っている暇はない。
判断を間違えれば、被害は急激に拡大する。
対象を敷地内に誘導することができた。見失ったが、外は抱囲したので出ることはないだろう。
監獄の周りは森のように木が生い茂っている。理由は良く分からないが、対象が逃げにくくするためか、内部の行動を見せないようにしているのかー実際のところわからない。
職員に、固まらず別々で行動するよう伝えた。その方が被害者を最小限に抑えられる。勿論、誰かが見つければすぐ周りに伝えられるようにしてある。…伝えられる余裕があればの話だが。
しばらく一人で警戒しながら歩いていると、後ろ姿の人影が見えた。二十mほど先に。職員のように武装していない、人影。
しかも、女のようだった。
俺が知っている女ではない。髪の色も違うし、服も少しぼろぼろだ。
一般人、それなら即刻ここから出さなければならない。
俺はそいつに近づこうとしてーーーやめた。
おかしい。
あの木々はあんなに暗い色をしていただろうか。今は大雨だが、それにしても暗すぎる。
暗い…いや、違う。黒い。
女の周りの木々が、真っ黒に染まっているのだ。まるで、そこだけ夜になったような黒。
195に周りを黒くするような能力は備わっていない。なら、
ーーまさか。
「おい」
俺はお互いを確認出来るくらいの距離まで近づき、声をかけた。
女は振り向く。すると目が合った。
そして、
「ここら辺に化物を取り扱ってる場所があるって聞いたんだけど迷っちゃった。…ね、そこまで案内してくれる?」
「……ノーだ」
妙な人と出会った。ん?人間なのかな、あの人。
生えてる足はどう見ても鳥の足だし、片腕も鳥脚のようだ。もう片方の腕は紺色っぽい羽だし、背中からはもう一つ羽が出てるし。
なんか空想上の生き物にいる、八咫烏とハーピーを無理矢理合わせたみたい。飛べるのかしら?
どう見ても異常。世に出してはいけない生物。ってことは、近くに例の監獄があるってことね?
…それで声をかけたんだけどな。拒否されちゃった。
「なーんで?」
「今俺達は脱走した奴を追いかけている。それに…」
「それに?」
「なんの能力を持っているかもわからないのに、安易に連れていくわけには、いかない」
目の前のスズメは、私の足元を見てそう言った。
ああ、そうね。黒いもんね。
「悪さなんてしないわよ、そんな。私はただか弱い人達を炭にしないようにここにぃ"っーーーーぁ"?」
ああ、クソが!今日は失態ばかりだ。
さっきまで話していた女の頭が195の手によって木っ端微塵に吹き飛んだ。あの女が異常だったなら殺したとしてもあまり問題はないが、一般人だとしたら……クソが!
195がゆっくりとこちらを見る。まずい、このままじゃーー他の職員はどこに行きやがった!!
背を向ければ195は追いかけてくる。目を合わせれば殺される。手を出せば殺される。音をたてても…
…どうしろっつーんだよ!!
俺は195と目を合わせないように、腰にかけている銃をとる。195が少しずつ歩いてくる。残りの距離は、10メートル、8メートル、5メートル…ああ、もうターゲットされてるのか。
一か八か。俺は銃を構えてーー
「痛かったよおおおぉお!!?ねえ!!殺す気!!?」
俺と195は驚いて声がした方を向いた。するとそこには、頭が砕けたはずの女が無傷で立っていた。
…なんだ、何があった?死んだんじゃなかったのか?
訳のわからないまま呆然としていると、195はターゲットを女に変えた。
「おい!女ーー」
「こらぁあああああっ!!!!」
女が叫ぶと同時に、女の周りにある黒い部分の面積がぶわっと広がる。
「…!?!?」
195は驚いて動きを止めた。
「………ハウス!!」
「っ!」
195が監獄の方へ走っていく。女は「そっちか!」と、喜々とした表情で195について行った。
俺は、しばらく呆然とその場に突っ立っていた。