回転シープと2段階すーぱー
羊人形。それは機械。
人間であって怪物。
訂正、人間ならざる者。
その程度の形容がいちばん適切だ。
頭に羊みたいな角がめるっと生えてるけれど、もちろん人間には見えない。
人間には私たちという機械を認識することができない。
私たちは人間の認識の外側をうろつき続ける怪物。
しかし子供を生むことはできるみたいで、現に私は、母と妹と私の、3人家族だった。
父は知らない。
私たちは人間の認識を食べることで生きている。
人間に私たちは家族だと認識させることで、生きていく。
それはもう、寄生生物。
目に見えないナイフのようなもの。
それが羊人形の目に見えない恐ろしい武器。
しかもその武器で殺されたものは決してそれを自覚できない。
周りの人たちもそれを自覚できない。
それを振り回して人間に傷をつけると、相手の認識を書き換えることができる。
ナイフと呼んでる。
殺してしまわないよう注意すること。殺したら認識書き換えできない。
子供の羊人形はまだナイフが使えない。
すべては母から教わった。
2段階でシフト成長できること。
能力が急激に成長し、出来ないことができるようになり、背丈も伸びて、大人っぽくなる。
それ以外ではまったくと言っていいほど外見の成長がみられない。
母は能力を使うのがとても下手だった。
認識書き換えがまったく出来ていなかった。
「悪いことなのよ」
認識書き換えの機能が弱く、その家の家族からいつもバカにされていた。
「本当はこんなことはしちゃいけないの」
でも私たちは基本そういう生き物で、訂正、そういう機械で、そうしないと生きていけない。
いつも冷たくされていた、そんな私たちは。
食べ物もこそこそ隠れて急いで食べなきゃいけなかったし、トイレでさえ、こっそり隙をうかがわなくてはいけなかったし。猫の方が私たちより堂々と暮らしていた。
それでも私はこう思う。
不幸では無かった。
母がいたから。
その頃はまだ。
そのお隣にも羊人形の家族がいた。お母さんと子どもで、男の子だった。
親が仲良くしてたので、それはもうおずおずと、
声をかけた。
話をした。
一緒に遊んだ。妹と彼と私。
ある朝。母が死んだ。
それは機械の常として、突然に壊れて2度と動かない。
寿命だったんだと思う。
私と妹は冷たい世界に置き去りにされた。
私たちはだから冷たく生きた。
そもそも羊人形とはそういうものだ。
母の弱い認識書き換えの残光の中で、私たち姉妹は生きていく。
男の子とは疎遠になった。
彼は1段階成長して中学生の背丈になった。
私は彼を遠くからしばしば眺めていたけれど、会話することはなかった。
そんな私にもやがて若干の友達ができた。決して長い付き合いになるはずもないとはいえ。
それはまるで長い冬の光だった。
妹には誰もいなかった。
彼女はひどい虐めを受けていた。
あるとき、妹は。
暴力で虐げるものから愛されるために、残酷なことをしてそれを受け入れてもらった。
その日から私は妹がこわくなった。
「こいつ、生きてるんじゃね。やるじゃん」彼らは血にまみれた妹を誉め称え、彼女はいわばギャング団に受け入られた。虐めはおしまいになった。
妹が1段階成長した。
彼らは子供とはいえ、本当に残虐である。
私は怖くて怖くて仕方がなかった。
こっちはまだ0段階、勝てるはずがない。
ある日、話のあう友達といるところに妹がついてきた。
殺されると咄嗟に気づいた。
でもその友達は空気を読むスキルを使用して「いいって」さりげなく私をその場から帰させてくれた。妹だけになったら何をするか分からなかった。私は黙ってその場から立ち去り、彼女は残った。
それっきり、その友達を見たことがない。
彼女は消えてしまった。
私は随分と後になるまで彼女を見殺しにしたのだという認識がなかった。
今ならそれが分かる。思い出すと少し気が狂う。
そうやって私は妹から離れてなるだけ孤立、1人ぼっちの世界を生きていく。
友達を作ってはいけない。
また奪われるだけ。だからいつも1人で生きていた。
でもある日、あの男の子に会った。
それは街角を曲がった途端にばったり出会ってしまった類のもので、回避することはできなかった。
彼は私に話しかけてきた。
「久しぶり、覚えてる?」
そのとき、妹はナイフを使うことができるようになったので、自立してどこかに行ってしまっていた。
怯え暮らす私に飽いたのかもしれない。
そこで私は彼を家に連れてきた。
しかし彼は養い親のどこか逆鱗に触れたのか、養い親は冷たく「付き合うな」と言い切ったので、それで彼と関わらないようにした。
なるだけ関わらないようにする。私はナイフを使えず、自分の力では生きていけない。
でも関わった。
彼が話しかけてくるのだった。無視にも限度がある。
彼は何でも(言い過ぎ!)知っていた。
何より、買い物の仕方を教えてくれた。
私はなんと正しい買い物の仕方を知らなかったので。そこら辺のミニマートでさえ買い物したことがなかったのだ。生まれて初めてミニマートに入り、かごにいれてレジに持っていく。
養い親は、私に買い物をさせようとはせず、自分たちが買ったものしか与えなかった。私のことを疑っていたのかもしれない。
他にもいろいろ教えてくれた。
ある日、男の子は2段階目の成長をして大人になった。
この時点では大学生と小学生のカップルだ。
私は彼につきまとい、ある晴れた休日の昼に唐突にはしゃぎたくなった。
私は道路から川沿いの小さな草場に飛び降りた。
そして私も1段階目になった。
それから私の感情はよみがえり、だんだんと明るく笑えるようになる。
私達は色んな人と仲良くなり始めた。あの冷たい家族もきちんと話せば良い人たちだった。悪い人たちじゃなかった。
もちろん私がナイフを使えるようになったからだけど。
人間てそんなもんだ。でも落胆はしない。
彼と一緒にその街で通称“いちばん有名な元気な豆腐屋さん”に行き、豆腐を買った。そのことを覚えてる。
たかがお買い物だけど、うれしい。
誰かと一緒に居られるのがうれしい。
次の日、豆腐屋さんが殺された。
妹が戻ってきた。
2段階成長して大人になっていた。
妹は私達の親しい人を次から次へと殺し始めた。
ナイフは認識書き換えのためにつかうものだが、もちろん殺すこともできる。
人間側には決して認識できない見えない凶器。
人間たちには事故で死んだとしか判断できず、妹に一方的に殺されていった。
妹はもっぱら殺すためだけにナイフを振るう。
悲しめばいいのかな。
それとも。
苦しめばいいのかな。
私はまた1人ぼっちの世界に戻ることにする。
よく考えて御覧。
あなたが見捨てたからああなったんじゃないの?
そうやって多くの人を見捨てて来たんじゃないの?
母も、友人も、それ以外の人も。
豆腐屋さんも私が関わったからああなったんじゃないの?
結論。彼も私が殺すんじゃないの?
でも逃げ出す私の手を彼がつなぎとめた。
でも離してもらえなかった。
ある日、ミニマートに2人で買い物に行った帰り。
外で待ち伏せしてた妹が襲い掛かってきた。
見えないナイフを振り回して危険極まりない高速戦に突入。
これは非常に危険だ。どれだけの羊人形が見えない戦いであっさり死ぬことか。
最初から存在しないかの如く消えていくか。
彼は必死に戦ってくれた。でも妹の方が強い。
うわああああああ。悲鳴が聞こえる。
血で汚れる路面。
勝てない!
逃げる私達。
団地の中を逃げていく2人。
彼は自分が囮になるからそれで逃げろ、と私に言う。
ごめんなさい。
戦い続ける彼を置き去りにして、またも私はみじめに逃げた。
恐怖に駆られて走り、疲れては歩き、また走り、
夜になってようやく逃げきれたことを知る。
こうやって何もかも奪われていくんだ。
失いたくなかった。
何かが焦げるような感情。
それからは曇り空の下で、見えない空の下で、
不思議な感情に1日中、内側から焼け焦がされ続ける。
そんなことが何日も続いて。
私はある日、2段階目になった。
私は大人になった。
私のナイフは強かった。
思い出した。これは母のものだ。
母はとりわけ長い射程距離の“剣”を持っていた。
認識書き換え能力の極めて低いその“剣”は、しかし殺傷兵器としてはきわめて強力だった。
これが血筋なのだった。忘れていた。妹のは普通のナイフだったから。
ある日、街角で彼と再会した。
生きていたんだっ。
彼はすぐには私が分からなかったけど。
その時、遠くの雑踏の中に妹の姿が見えた。
この時を待っていたかのように。
妹のナイフが、その軌跡が眼に見えるよう。
私は相手よりも長い“剣”で妹のを弾いた。
妹は一瞬ためらった後、退いて去った。
私は、私の世界を守る力を手に入れたのだ。
でも時々ひどく自信がなくなる。
私は今まで自分が何をしてきたかを理解し始めていた。
ある日ある時、田舎駅のバスターミナルにしては広い場所。羊雲の下で。
私と彼とお互いの養父母たちといるときに、彼女が来た。
彼のナイフと私の“剣”。
ひどく怖かった。悪い予感がする。
そして妹のナイフ。
本気を出した彼女は強い。
2対1でも勝てるかどうか。
可愛い私の罪。
私のせいだ、私が妹を守ってあげなかったから。そう思えるようになったのがごく最近だ。手遅れ過ぎる。
私は妹の攻撃を弾くけど、返す刀のタイミングを間違えた。
私は勇気を挫かれかけていた。大きく後ずさる私。
その時、大量の人たち、普通の人間たちがその場にやってきて、バス停があふれかえったのだった。
みんな知り合いの人たちだ。
人が大勢いるので、さすがの妹も殺すのをあきらめた。
忘れさせる力にも限界がある。この人数を一度に殺戮するのはさすがに正体が露見する危険があった。
「大丈夫だった?」
知らない人が私に語りかけてくる。
見つめられて守ってもらったまるい社会の外側に妹がいる。
それは凍結した感覚の向こう側で。
彼女は去った。また来るだろう。
でも私は。
とにかく次も戦う。
守るために。
誰かを守ることが、私を守ることだから。
まだとても怖いのは続く。
違うのは、自分の手が届くこと。
また、明日がはじまる。
このお話はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。
テスト投稿用短編。
未熟ですがよろしくお願いします。