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翌日。町のはずれ。森の中。
「おはようーございまーす!」
こじんまりとした家の扉を勢いよく開け、イリアは締め切られた窓をカーテンとともに開け放った。
次々に開けていき、散らかった部屋を見渡して嘆息した。どこもかしこも書きかけの紙切れや分厚い書籍が積まれていた。
片づけようとして、以前変な風にして怒られたことを思い出した。
「それよりも……」
屈めようとした腰を上げ、一つの部屋へわざと大きく足音を響かせ、扉を勢いよくあけた。
そして各々眠っている者たちに叫んだ。
「起きなさい!もう日は上がっていますよ!」
「ぬあ」
「あと一日」
「そこは五分と言うものです」
「じゃあ、五分」
「お断りします」
布団にもぐりこんだ双子を足首を掴んで引きずり出す。
そのまま放り投げられて、受け身をとりきれなかった双子は床に直撃した。
「「痛す」」
「また夜更かしをしましたね。それだから朝が遅くなるし、背も伸びないのですよ」
「むー」と唸る双子を放っておいて、寝台にすら入っていないデュークを起こしにかかった。
「双子は着替えて、片づけをしておいてください。朝食を作りますので」
「「へーい」」
寝ぼけ眼で部屋から出ていく双子を見届けてから、イリスは懐から短剣を取り出した。
それを降りあげて、
「せいッ!」
デュークの頭めがけて突き刺そうとした。
デュークはそれを身をよじるだけして、短剣はもはや寝台の代わりとなっているソファーに傷を作った。
「避けないでください。仕事が増えます」
「んー」
「この低血圧」
非難がましい声を聴いてもデュークは起きない。
「仕方がありません。あなたのへそくりは私がいただくことにします。確か、地下倉庫の三番目の棚の上から四番目の右から十二冊目の」
「なんでそこまで知っているんだ」
「誰が整理していると思っているのですか」
長い前髪からわずかにイリアを見やった。
「もう少し」
「何時だと思っているのですか」
「……六時?」
「九時です。堕落しすぎです」
「昨日の今日だぞ。指名手配でもされいているかもしれない。なら、出ない方が得策だ」
「どこかのお馬鹿さんたちが、正面から侵入しましたからね。朝からそんなに言葉が回るなら上出来です。起きてください。仕事が進みません」
「貴族の娘が召使の真似事か。無理だ。というか、気分が悪くなってきた」
そう言って、身を丸めたデューク。
最早顔を上げる気配のない様子にイリスは肩をすくませた。
「本当に顔が具合悪そうに見えるのが、曲者なんですよね」
刺したままの短剣を抜いて、素早い動作で懐に戻す。
開けられたままの扉の向こう側からバサバサと「おとっと」という、仕事の増える音が聞こえてくる。
眉根をもんでイリスは朝食の仕度と双子の手伝いをするために部屋から出た。デュークは身じろぎをするだけで起きようとはしなかった。
イリスは部屋を出てすぐに、先ほどよりひどい惨状の様子を見ることになった。
一気に棚に詰め込もうとしたのか、かわりに埋まっている双子の片割れはなぜか腕だけでて、だらんと垂れ下がっていた。
もう一人の片割れは抑揚なく「大丈夫かー」と声をかけている。
「片付けは何れも、一時だけ片付いていればよいという物ではないのですよ?」
声をかけたイリスの言葉を無視して、垂れ下がった双子の片割れはもう片割れの腕をぺちぺちとたたいた。
「イリス、フィンリーが埋もれているんだけれど」
「どっちがどっちですか。というか、もう死体になっている雰囲気なのですが」
「おぉ!本当だ。フィンリー……安らかに眠れ」
「それでも血のつながった家族ですか」
「認識が間違ってなければ」
「そうですか。それよりもどかすのを手伝ってください」
突っ込むのも億劫だというのように言いながら、双子の片割れに分類を聞きながら山を崩していく。
埋もれていた片割れが姿を現し、瞼は閉じていた。
「あらら。本当に死んじゃっている。さようなら、フィンリー」
「私的には、この状況で寝れることが驚きですね。本の角で痛くないのですか」
「痛くないよ。あと突っ込みが突っ込みを放棄しちゃいけないよ。ね、フィンリー」
「そうだね。フィンリー」
まだ少し埋まっている片割れの双子を引きずり出しながら、もう一人の双子はくすくすと笑った。
「はいはい。それはわるーございました。そもそも、片づける魔法とかないのですか」
勢いが出すぎて一緒くたになって尻餅をついた双子がさめた目で、イリスを見た。
「世の中そんなに甘いわけないじゃん」
「だいたい一般人は魔法をなんでもできる便利モノと思っている節があるよね」
「魔法には、天文学や数学、薬学、錬金術」
「地理学、経済学、宗教、心理学、統計学、文学」
「いろいろな知識を蓄えていかなければならないし、新しいものを常に探し続けていくものだよ」
「それらの知識を一般的な科学で解明できない、未知の力を扱う物が魔法使いであって……」
「分かった、分かった。もういいよ」
なおも言いつのりそうな雰囲気の双子に、手で制止を示した。
「それよりも片づけを」
「というか、確かにイリア言う通りかもしれないね。フィンリー」
「不特定多数の質量を浮かせて運ぶみたいなものかな。フィンリー」
「埃とか細かいゴミも加えるとしたらどうする?」
「いや。まずは大雑把なところから創っていって、そこから細かいものにしていこう」
頭を突き合わせて考え事をはじめかけた双子の頭をイリアは掴んだ。
「お願いだから、朝食食べた後にして。君たち平気で熱中するから食糧がもったいない」
「「うーす」」
あからさまに不満げな声をあげた双子。
それにイリアはため息をつくしかなかった。
読んでくださった方々に最大限の感謝を。