迷子のビリー
今日もビリーはやってきた。
ビリーは、私に小銭を渡して、店先のみかんを一個とるとその場で器用に剥いて食べる。
それがビリーの日課である。
ビリーは男の子だが、イチゴ模様のパンツを履いている。
それはお姉ちゃんのお下がりだ。
なぜか気に入ったそのパンツは、雨の日も風の日も、ビリーの一張羅である。
お母さんが洗濯の時に取り上げる時以外は。
最初はお母さんに抱かれてやってきた。
この前までお姉ちゃんと手をつないで店先に来ていた。
今は一人でやってくる。
そして、山のふもとの集落の一番端にあるこの野菜売り場で、みかんを食べて満足してまた集落の家に帰っていく。
ある日、ビリーはみかんをいつものように食べ終わり、山の方をいつまでも見ていた。
家にお帰り。 と、声をかけても知らぬふり。
そして、ゆっくり家に帰って行った。
ブカブカだったビリーのパンツはいつか小さくなっていた。
次の日も、ビリーはやってきた。
上の空でミカンを買い、道端で山を見上げる。
ずっと立ち尽くしていたビリーは、山を指差し何かを訴えた。
今度は私が知らぬふりをする。
ビリーが帰った後に、
食べかけのミカンがポツリと狭い道の真ん中に落ちていた。
今日はビリーはお休み。
雨が降っているから。
数か月前は、雨の日でも一日も欠かさず、
お母さんの腕にぶら下がって八百屋に来るのが楽しみだったのに。
数日後ビリーはやってきた。
いつものように小銭を渡してミカンを一つ取る。
道端に座り込み、山を見ながらゆっくり食べる。
今日のビリーの顔はまるで輝いているかのようだ。
いつしかビリーの姿は消えていた。
店の外に出て山の方を見ると、道の向こうに小さくなったビリーのパンツが落ちていた。
「今日は、みかんをください。」
数日後にお姉ちゃんがやってきた。
やぁ、ビリーはもう何日も来ないよ。
「どこに行ったのかな?」
山に。
「なぜ」
大人になったから。
「迷子かな?」
いいや、迷ってないよ。今は。
たぶん。
今日は閉店後にみかんを一つ店先に残しておこう。
お猿のビリーが取りに戻ってくるように。