あのときの言葉の裏側
翌朝、港は霧に包まれていた。
潮の匂いの中、ルシアは測量器具を肩にかけて歩く。
港湾修復計画の現地調査。行政局の最重要任務だった。
「この区画の線、君が引いてくれ」
カイルの指示はいつも通り淡々としている。
「了解しました」
それだけ返し、ルシアは測距棒を立てた。
沈黙の中、カイルがつぶやく。
「人も同じだな」
「何が、ですか」
「堤防だ。外からは完璧に見えても、内側は脆い」
「……ご自身のことですか。それとも私?」
「どちらでもない」
皮肉を返す余裕もなかった。彼の瞳に疲労の影があった。
*
昼休み。課長ローナの一言が、ルシアの心を揺らす。
「王都の水路計画、知ってる? 彼、あれの責任者だったの。
不正を告発しようとして、全部の罪を押しつけられて左遷されたのよ」
「……そんなこと、聞いてません」
「言わなかったんでしょうね。あの人、不器用だから」
その言葉が胸に刺さった。
*
夕方。倉庫の中、古い地図を修正していたカイルに声をかけた。
「左遷の件、聞きました」
「課長は口が軽いな」
「隠す理由があったんですか」
「ない。ただ、過去の話だ」
「私にとっても過去です。でも、あのときのことだけは――」
ルシアの声が震えた。
カイルが顔を上げる。
「君を巻き込みたくなかった」
「それで婚約を壊したんですか」
「そうするしかなかった」
「“君のような人間を妻にはできない”――あれも嘘だったんですね」
「……そうだ」
短い沈黙。彼は苦く笑った。
「貴族令嬢のままでは、君まで処罰される。俺が悪者になれば済むと思った」
ルシアは拳を握りしめた。
「そんな理由で壊したの」
「それしか方法がなかった」
「私の人生を勝手に守って、勝手に奪っただけです」
涙が落ちた。
「あなたの“守る”は、私には呪いでした」
そのまま倉庫を出た。
波の音が、胸の奥まで響いていた。




