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愛されなかった令嬢、地図を描きながら人生を描き直します  作者: くまくま


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1/3

辺境で再就職したら元婚約者が上司でした

港に近づくにつれて、潮風が紙のように頬を叩いた。

ルシア・ハーランドは、小さなトランクを片手に駅の階段を降りた。

王都の石畳はもうなく、土と潮の匂いが混じる風が彼女を包んだ。


「ようこそ、マリンベル行政局へ。今日からあなたの職場になるわ」

出迎えたのは課長のローナ。豪快な笑い声に、ルシアの肩の力がわずかに抜けた。

王都を追われて一年。今日からは一介の地図官として働く日々が始まる。


「堅苦しくしなくていいわよ。辺境に来る人間なんて、みんな何かしら理由を抱えてるものよ」

その言葉に、ルシアは苦笑した。図星だった。


だがその数時間後、彼女の再出発は冷たく止められる。


「新任の地図官、ルシア・ハーランドです」

執務室の扉をノックすると、低い声が返ってきた。

「入ってくれ」

聞き覚えのある声。

信じたくないまま扉を開けると、デスクの向こうにいたのは、かつての婚約者――カイル・フェルナーだった。


「……久しぶりだな」

「ええ。ずいぶんと、辺境がお似合いになりましたね」

皮肉を込めて返すと、彼は変わらぬ無表情で言った。

「今日からここで働くのか」

「はい。上司があなたと伺いました」


淡々と応じながらも、胸の奥では心臓が暴れていた。

婚約破棄のあの日、彼は冷たく告げた。

「君のような人間を、妻にはできない」

あの言葉が、まだ耳の奥に残っている。



午後、古い地図の整理をしていると、背後から聞こえた声に手が止まった。

「進捗を確認する」

「急かさないでください。ここでは線一本引くのにも潮風が敵です」

「そんな口の利き方を覚えたのか」

「もう令嬢ではありませんので」


沈黙のあと、カイルは一枚の地図を指差した。

「この線、右上が甘い。君の癖だ」

ルシアは動きを止めた。

彼は、まだ覚えている。自分の線の癖まで。


「……余計な詮索をしないでください」

「仕事の話だ」


声は低く、しかしどこか抑えた響きがあった。

そこに、課長のローナが入ってきて笑う。

「もう火花散らしてるの? いいわね、若いって」

「仕事の確認をしていただけです」

二人同時に言い、目をそらした。



日が沈む頃、ルシアは港の見晴らし台に立っていた。

新しい地図用紙の上に、風で揺れる線を丁寧に描く。

「この線が、私の再出発」


潮風が髪を揺らす。

遠く、行政局の灯の向こうにカイルの姿が見えた。

――なぜ、彼がここに。

その疑問が胸の奥で静かに灯った。

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